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1 育休が取れない!?

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「え……。育休が、ない?」
 私は驚いて聞き返した。
 事務の担当者は頷き、話を続ける。
「はい。育休は前例がありませんし、パートの方は取れないことになってます。産休はまあ、取れないこともないんですが……、産休に入ると、給料は出ないんですが、その間も保険料は発生するので、振り込みか、直接持ってきてもらうことになります。ですから、産休も取らずに旦那さんの扶養に入る方がほとんどですね」
「ええ?」
 何それ。
 それが最初の感想だった。

 ここは、那架川なかがわやまと市の市立病院。
 私は、ここでパートとして働き始めて五年目に入っていた。
 パートとはいっても、月曜から金曜までフルタイムで働いている。
 一年契約の毎年更新だが、実質は自動更新のようなものだ。
 年度末に、上司から、
「来年も同じように働くよね? 時短にしたいとか何か希望ある?」
 などと気軽な感じで訊かれ、答えるだけだ。
 それが契約更新のための面接という扱いになっていた。
 契約更新の回数に制限はない。
 何もなければ、このまま働き続けることができるはずだった。
 だが、周りのパートの人に訊いても、この病院でパートの誰かが育休を取ったという話は聞いたことがないと言う。
 三人の子をもつ先輩も、出産の度に辞めては再就職するということを繰り返したらしい。
 そんなものなのか、まあパートだしな……と、その時は思った。

「いや、それはおかしいよ」
 家に帰って夫にその話をしたら、夫は顔をしかめた。
「今の時代、パートでも産休は取れるはずだろう? 育休もそうじゃないの?」
「でも、取れないって事務の人が言ってたよ?」
「いやいやいや」
 夫にそう言われると、やはりおかしいという気がしてきて、私は育休について調べることにした。
 この時代、疑問に思ったことは大抵インターネットで調べられるから便利だ。
 調べていくと、私は産休や育休に関してほとんど知らなかったのだなと気付かされた。

 出産・育児に関係する休みに産休と育休があるということくらいは知っていたが、その具体的な期間や、貰える給付金などには色々と違いがあるらしい。

 まず産休だが、正確には「産前産後休業」といって、労働基準法によって定められた休みだ。
 正職員だろうとパートだろうと関係なく、働いている者なら誰でも取ることができる。
 期間は、最大で、出産予定日の6週間前(双子など多胎の場合は14週間前)から、実際の出産後8週間まで。
 産前は、本人が希望すれば出産直前まで働くこともできるが、産後6週間は、会社がその女性を働かせてはいけないと決められているため働けない。
 出産が予定より早まった場合は、産前の休業が短くなる。
 逆に遅れれば長くなるらしいので、できれば予定日より前には生まれないでほしいな、と思った。

 産休の期間は、職場から給料が出ない場合、健康保険から(加入していれば)出産手当金が支給される。
 その額は、それまでの給料の3分の2だという。
 そして、たとえ退職したとしても、それまでに健康保険の加入期間が継続して1年以上あり、退職日に出産手当金の支給を受けている、もしくは、受ける条件を満たしている(つまり、有給休暇等で仕事を休んでいる)と、全額が支給されるらしい。
 私は、健康保険には加入していたから、産休を取れる期間に入ってから退職すれば、扶養に入ってもこの出産手当金は貰えることになる。
 退職日に出勤していると貰えないという謎ルールがあるようだが、これは、働けなくなったから休みに入るという体裁を守るためだろうか。
 産休のことだけを考えれば、退職して夫の扶養に入っても特に損はないようだ。

 一方、育休は、正確には育児休業というらしい。
 産休とは違い、取れるかどうかにはいくつかの条件があるとのこと。
 まず、原則として1歳未満の子を養育する男女であること。
 今の職場で継続して1年以上働いていること。
 1週間の所定労働日数が3日以上あること。
 ……ここまでは、私にも当てはまっているので問題ない。
 あとは、育児休業を申請してから1年以内に雇用関係が終了することが明らかでないこと。……問題はこれか。
 私は1年契約だ。
 ということは、子供が1歳になる前に確実に契約が切れる。
 出産予定日から考えると、4月頭の時点で子供はまだ6か月になっていない。
 はたして、保育園は見つかるだろうか?
 出産後の自分の体力にも不安がある。
 契約更新の時期に働ける状態でなければ、やめなければいけないのだろうか?
 それとも、そもそもそこで復帰できる見込みがなければ、育休自体の取得ができないということなのだろうか?
 だが、「育休の取得や申請をしたこと」を理由として、当事者に異動や解雇、契約打ち切りなどの不利益な取り扱いをしてはならないとされている。
 つまり、私は、妊娠しなかったとしたら次の年度も普通に契約更新できるはずだったのだから、妊娠したとしても同様に更新しなければならない、ということだ!
 大丈夫。
 育休中でも契約は更新できる。
 育休も取得できる。

 となれば、雇用保険にも加入していたから、育休の間、育児休業給付金が貰える。
 半年間は今までの給料の3分の2、その後は2分の1の金額だそうだから、これはかなり大きい。貰えるか貰えないかで、その後の生活の経済的余裕が変わってくるだろう。
 退職して扶養に入ると、出産手当て金は貰えるが、この育児休業給付金は貰えなくなってしまう。
 失業保険が貰えたとして、自己都合退職となると3ヶ月だけだし、扶養で控除される税額は大したことがない。
 やはり、退職して扶養に入るよりも育休を取るべきだと思った。

 さらには産休・育休期間の健康保険・厚生年金保険料の免除という制度もあるらしい。
 保険料は免除されて払わなくて良いが、保険料を支払った期間にはカウントしてくれるという。ありがたい。
 これは私だけでなく、事業主、つまり私が働いている病院も、その期間の保険料を払う必要がないらしい。
 従業員が産休や育休を取っても、病院には金銭的な負担はないということだ。
 事務の人は、保険料だけ支払いに来いなどと言っていたが、この制度があるならそんな必要はないではないか。
 事務の人はこの制度を知らないのか?
 担当者なのに?
 少し呆れたが、ならばこの事実を伝えて交渉しよう、と思い直した。
 前例がないと言っていたから、事務の人もきっと産休や育休のことをよく知らないんだろう。
 ならば、私がその「前例」になって、この先この病院で育休を取りたい人が現れたとき、楽になるようにしよう、と決意した。

 ところが。

「いえ、うちの職員は地方公務員の扱いなので、その法律ではなく、公務員の法律が適用されるんですよ」
 事務の人のこの言葉で、私の期待は打ち砕かれた。
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