大精霊の導き

たかまちゆう

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74話 精霊の親

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 ロディアから離れた僕の左腕に、何かが覆い被さってきた。
 続けて、左頬に柔らかいものが触れる。

 驚いてそちらを見ると、トゥーランシアが悪戯っぽい笑みを浮かべていた。
 どうやら、彼女にキスをされたらしい。

「えっと……これは?」

 思わず尋ねると、トゥーランシアは、何かを期待しているように僕を見つめてくる。

 つい、手を伸ばして頭を撫でてしまう。
 すると、トゥーランシアは嬉しそうに笑った。

 少しの間そうしていたが、トゥーランシアは唐突に僕から離れ、ロディアの陰に隠れてしまう。

「……どうしたの、一体?」
「見て……ソリアーチェが、トゥーランシアを睨んでるわ……」
「精霊の三角関係なんて、初めて見るな……」

 リーザとラナが唖然としているので後ろを見ると、ソリアーチェは、いつもの無表情でトゥーランシアを見つめていた。
 特に、睨んでいるようには見えないが……トゥーランシアの反応を見れば、睨まれた、という表現が相応しいように思える。

 以前、コーディマリーも同じような反応をしていたことを思い出す。
 大精霊に見つめられる、というのは、小さな精霊にとっては怖いことなのかもしれない。

「トゥーランシア。ルークさんをからかってはいけませんよ?」

 ロディアがそう言うと、トゥーランシアはロディアの頬にキスをした。
 ちゃんと言葉が伝わっているのだろうか……?


 僕達は、報酬を受け取って、宿に帰還した。

「お前達、首尾はどうだったんだ?」

 宿に入ると、クローディアさんが尋ねてくる。

「完璧だ! クローディアさんにも見せたかったな!」
「そうか。……その割には、浮かない顔をしているな」
「それは……ルークが、女に対して見境がないことが、はっきりとしたからな……」
「いや、その言い方はおかしいでしょ!?」

 僕が抗議しても、誰もフォローしてくれなかった。


 突然、呼び出してもいないのに、トゥーランシアが姿を現す。
 そして、宿の奥から出てきたクレセアさんに飛び付き、頬にキスをした。

「おかえりなさい。ロディアと皆さんのために、頑張ってきたのね?」

 クレセアさんは、トゥーランシアを抱きしめた。
 まるで、離れ離れになっていた親子が対面したかのようである。

 こんなやり取りは、ロディアがちょっと外出する度に行われている。
 さすがに大げさな気がしたものの、今回については仕方がない気もする。

「クレセアさんが呼び出した精霊が、あんなに奔放だなんて……不思議だわ……」

 リーザは首をひねった。

「姉さんは、風変わりな精霊を呼び出すことで有名だったんだ。そして、姉さんの精霊に適合するのは、大精霊に適合するのと同じくらい難しいと言われていた」
「……それって、招待者として優秀だと言えるんですか?」
「当然だ。他の招待者には呼び出せなかった精霊を、呼び出すことができたんだからな」
「……」

 人間の前に姿を現さなかった精霊は、動物に宿って魔獣に変えていたに違いない。
 そういう意味では、クレセアさんは魔獣の脅威を取り除いたのだと言える。
 だから、クローディアさんはクレセアさんに、招待者に戻って欲しかったのだろう。

「クレセアさんは、自分が呼び出した精霊は全部売った、って言ってたじゃないか。売らずに残しておいたなら、教えてくれれば良かったんだ」

 ラナが、少し不満そうに言った。

「だって……この子、私以外の人間は嫌いだって言うんだもの……」
「……じゃあ、どうしてロディアには適合したんだ?」
「回復者には、攻撃的なところがないからな。姉さんの精霊には合っているんだろう」

 クローディアさんがそう言うと、ラナは何かを思い付いたように言った。

「なあ! 回復者なら、大精霊を宿すことができるんじゃないか?」
「それは不可能だ」
「……どうしてだよ?」
「誰かを助ける、というのは、強い意志がなければできないことだ。だが、大精霊は、意志の強い人間を避ける。回復者として優れている者にとっては縁遠い存在だ」
「そういうものなのか……?」

 そういえば、ステラには、意外と頑固なところがあったことを思い出す。
 ああいう性格でなければ、優秀な回復者にはなれない、ということだろう。
 意志の弱い聖女様が回復者として劣るのも、本来的には回復者に向いていない性格だからなのかもしれない。

 僕は、トゥーランシアを見ていて、思い浮かんだことをクレセアさんに尋ねた。

「クレセアさん。興味があるものを見付けると、宿主から遠く離れた場所まで飛んで行ってしまう精霊に、心当たりがありませんか?」

 僕がそう言うと、クレセアさんは目を丸くした。

「まあ! ルークさんは、あの子に会ったことがあるんですか?」
「やっぱり……」
「じゃあ、ステラさんの精霊って……」

 そう言ったリーザに対して、僕は頷いた。

「間違いないだろうね。コーディマリーは、クレセアさんの娘だよ」

 僕の言葉に、クローディアさんも大きく頷く。

「見なくても断言できる。そんなおかしな精霊は、姉さん以外に呼び出せるはずがない」
「あの子……元気にしていますか? 人間と一緒にいるのは窮屈だと言って、トゥーランシアと同じぐらい人間を嫌がっていたので、できれば手放したくなかったのですが……」
「大丈夫です。僕の仲間だったステラは、そんなコーディマリーのことを可愛がっていましたから」
「そうですか。良かった……」

 クレセアさんは、コーディマリーの消息が分かって安心した様子だった。

「それにしても……精霊にも、人間に対する恋愛感情って、あるんですね。ルークがモテモテで羨ましいわ」

 若干棘のある声で、リーザが言った。
 しかし、クローディアさんは首を振る。

「あるわけがないだろう、そんなもの」
「えっ!?」
「精霊は、人間の女性と同じような姿をしているが、あくまでも魔生物だぞ?」
「でも、コーディマリーもトゥーランシアも、ルークのことが好きだとしか思えないんですけど……」
「招待者である私達が、どうして精霊を娘と呼ぶのか分からないのか? 精霊が人間に対して抱くのは、親に対する愛情に近いものだからだ」
「……恋人じゃなくて親子、ということですか?」
「そうだ。幼い娘が、親にじゃれつくのは当然だろう?」
「……」

 確かに、コーディマリーもトゥーランシアも、幼い子供のような性格である。

 しかし……ソリアーチェについては、全くそう思えない。

 単純に大きいこともあるが、クレセアさんの娘達と違って、とても落ち着いた雰囲気を持っている彼女でも、僕に対して抱いている感情は、子供が親に対して抱くようなものなのだろうか?


 その夜、僕は自分の部屋でソリアーチェを呼び出した。
 ソリアーチェは、いつものように無表情のまま、僕と向き合って手を取る。

「……」

 僕は彼女の顔を見つめたが、何らかの表情の変化は確認できなかった。
 本当に、ソリアーチェの言葉を理解する、なんてことが可能なのだろうか?

 それにしても……何も言わないソリアーチェと一緒にいると、心が落ち着く。

 ロディアが加わるよりも前から、そんな夜が増えてきていた。
 決して、リーザ達のことが嫌いになったわけではないのだが……。


 そんなことを考えていると、突然、ソリアーチェが僕の頭を撫で始めた。
 あまりにも意外な行動に、僕は固まってしまう。

 ソリアーチェは、手を止めて僕の顔を窺ってきた。

 その時、僕は、今まで自分が勘違いをしていた可能性に思い至った。
 ソリアーチェの外見は、大人の女性のものだが……クローディアさんが示唆した通りに、中身はコーディマリーやトゥーランシアと、大差がないのだとしたら?


 精霊がどのように知識を蓄えるのかは不明である。
 数年前のことですら、覚えていると断言できない。

 ひょっとしたら、精霊は、どれだけ知識があったとしても、新しい宿主との接し方が分からない可能性だってある。


「ありがとう、ソリアーチェ」

 とりあえず、僕は心配してくれたことへの感謝を伝えた。
 すると、ソリアーチェは前と同じように、僕の背中に回り込んで顔を隠してしまう。

 ……やはり、照れているらしい。

 彼女も、嬉しそうな顔をすることがあるのだろうか?
 あるのだとしたら、一度は見てみたいと思った。
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