大精霊の導き

たかまちゆう

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71話 約束の時

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 ブラッドイーグルは、ゆっくりと空を旋回して、なかなか降りてこなかった。

 やはり、僕やリーザがいるために、警戒されているのだろうか……?
 だとしても、ブラッドイーグルの降下に対処するためには、これ以上ラナから離れることはできない。

 ブラッドイーグルの降下速度は特別に速いわけではなく、他の大型の鳥と大差はないと聞いている。
 だからといって、その速度を前提として限界まで離れれば、ブラッドイーグルの降下が想定より速かった場合に対処できない。

 ラナの安全を確保するためには、ある程度の余裕が必要だった。

 ラナは、不安感のためなのだろう、何度も周囲を見回したり、振り返って僕達の方を見た。

「もう、ラナったら……ブラッドイーグルが警戒するじゃない……」

 リーザが、呆れたように呟く。

 しかし、リーザも不安そうな顔をしている。
 傍に姿を消したレイリスがいるとはいえ、ラナを危険に晒していることには違いないのだ。
 ラナ自身が不安になるのは当然だし、彼女を見ている僕達も不安だった。

 手でもつなげれば安心できるのかもしれないが、姿を消したレイリスには、通常であれば触れることはできない。

 補助魔法を使えば触れることは可能だが、そんなことをすれば、レイリスの魔法に干渉することになる。
 いかにレイリスであっても、その状態で魔法を維持することはできないだろう。
 そのため、ラナは実質的に、1人で放り出されたような状態だった。

 ブラッドイーグルは、いつまでもゆっくりと旋回していて、こちらを嘲笑っているようにすら感じられた。

 もし、このまま降下しなければ、僕達は手出しできないまま引き上げることになる。
 そうなれば、明日以降も同じことを繰り返すしかないだろう。
 明日も囮になれ、などと言われたら、ラナは耐えられないに違いない。

 たとえ、僕の仲間が役立たずだと思われることになったとしても……誰か、赤い髪の者に、囮役を依頼するべきか?

 そんなことを考えていると、突然リーザが僕の腕に触れてきた。
 どうしたのかと思ってそちらを見ると、リーザは青ざめた顔で言った。

「ねえ、あの鳥……さっきより、大きくなってないかしら?」

 そう言われて、改めてブラッドイーグルを見上げる。

 赤い鳥は、空で大きな円を描くように滑空しており、特に何かの変化があったようには見えなかった。
 距離的に、遠くに行ったり近くに来たりするために、錯覚を起こしているのではないだろうか?

 いや……ひょっとしたら!

「ソリアーチェ!」

 僕は精霊を呼び出して、補助魔法で加速して走った。
 全速力でラナの所へ向かう。

 こちらを繰り返し見ていたラナは、僕が動き出したのを見て驚いた様子だった。
 彼女は、空を見上げて、ブラッドイーグルが降下を開始していないことを確認している。

 だが、おそらく、リーザの言ったことは正しい。
 あの赤い鳥は、大きな円を描きながら、時間をかけて少しずつ降下していたのだ。

 近づいて目測すると、ブラッドイーグルの高度は、当初の想定よりも大分低くなっていた。
 リーザが気付いてくれなければ危ういところだったが、この距離ならば間に合うはずである。

 無論、僕の動きを察知したブラッドイーグルが降下を中止すれば、仕留めることは不可能だが……ラナを見殺しにはできない。

 やはり、囮については、防御魔法が使える者に代役を依頼しよう。
 そう決めた途端に、ブラッドイーグルが急降下を開始した。


 僕は驚いた。
 ブラッドイーグルは慎重な鳥であり、危険性のある状況で獲物を狩ろうとする可能性は低いと聞いていたからだ。

 しかも、その降下速度は、想定していた上限に近いものだった。

 すると、レイリスが姿を現し、ラナの手を引いて、僕に向かって走り出す。
 ラナは状況が把握できていない様子だったが、ようやく危険を感じ取ったらしく、ダンデリアを呼び出してレイリスと一緒に走り出した。

 これならば、ブラッドイーグルの衝撃波から全員を守り、相手を逃がすことなく仕留められるはずだ。
 僕は、リスクを負って姿を現してくれたレイリスに感謝した。

 ところが、またしても想定外の事態は起きた。
 ブラッドイーグルが、事前に聞いていたよりも遥かに高い位置で翼を広げ、急停止したのだ。

 その瞬間は、間に合わないことを悟って、上昇に転じようとしているのだと思った。
 しかし、ラナとレイリスの身体が、強風に煽られたように投げ出されたのを見て、誤りを悟る。

 僕は障壁を展開し、2人を受け止めた。


 だが、衝撃波が巻き起こした突風は、僕まで届いていた。
 身体が浮き上がるような感覚に襲われ、視界に空が広がる。

 背中から地面に叩きつけられることに備えたが、僕の身体は、何か柔らかいものに受け止められていた。

 戸惑う僕の視界の隅に、金色の光が広がっているのが見える。


 ブラッドイーグルが、空へ向かって羽ばたこうとしている。
 狩りが失敗したことを悟って、逃げようとしているのだろう。

 だが、せっかくラナとレイリスが作ってくれたチャンスである。
 この機を逃すはずがない。

 僕は、急いで立ち上がり、両手を空に向けて突き出した。

 広範囲攻撃魔法を放つ。
 空に光が広がり、赤い鳥を飲み込んだ。


 ブラッドイーグルが消し飛んだのを確認して、先ほど僕が倒れ込んだ場所を見る。
 そして、思わず叫んでしまった。

「……ソリアーチェ!?」

 そこには、普段は浮いている精霊が、仰向けに寝転がっていた。

 僕が声を上げると、ソリアーチェはふわりと浮かび上がり、僕の手を取って握手する。
 その顔は、普段と同じ無表情に見えたが……少しだけ俯いて、上目遣いになっているようにも思えた。


 精霊は、どんなに宿主に懐いていても、物理的に助けてくれることはない。

 敵意を察知する能力のある彼女達は、自らが狙われていることが分かると、何よりも自分の身を守ろうとする。

 人に近いサイズの精霊であっても、それは変わらないはずだ。
 精霊が身を呈して、宿主のクッションになってくれた話など聞いたことがない。

「ありがとう、ソリアーチェ」

 僕が感謝の気持ちを伝えると、ソリアーチェは僕の手を離し、わざわざ回り込んで背中に張り付いてきた。
 ……照れているのだろうか?

 ラナは、安心したためか、異常なほどテンションが上がっている様子だった。
 レイリスに抱き付いて、「ありがとな!」などと言いながら、頭を繰り返し撫でている。

 乱暴に扱われて、レイリスは顔を顰めているが、黙ってなされるままになっていた。

 ハウザーが駆け寄ってくる。
 僕達を見て、怪我をした様子がないことを認識したらしく、嬉しそうに1回吠えた。

 続いて、リーザが息を切らして駆け寄ってきた。
 僕達が無事であることを確認すると、安心した表情になる。

 僕が加わった頃から危なっかしくて、ソフィアさんが抜けて……それでも、なんだかんだで良いパーティーになってきた。そう思った。

 そして、時が経ち。
 僕は約束の時を迎える。


「ルーク、私の元へ来なさい。大精霊の保有者として、共に人々を助け、より良い世の中を作っていきましょう」

 エントワリエで話をしてから半年後。
 宿に来た聖女様は、僕にそう告げた。
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