大精霊の導き

たかまちゆう

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54話 精霊ペル

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 今回の依頼を出した村は、規模は小さいものの、寂れた様子は全くなかった。

 僕達は、村人から熱烈な歓迎を受けた。

「これで我々は安心です!」

 僕達を出迎えた村長があまりにも喜んでいるので、僕は困惑した。
 彼らは、僕達が失敗する可能性など、微塵も考えていない様子だった。

「……皆さんの期待に応えられるように頑張ります」
「愚かな」

 突然、場違いに陰気な声が聞こえた。

「こんな場所まで、わざわざ餌になりに来るとは……ご苦労なことだ」

 僕達に嫌味を言う声の主は、青い髪の女性だった。

 歳は20代だろうか?
 髪の色は同じでも、聖女様とは大分印象が異なる。

 彼女の隣には、大きな犬がいた。
 きつね色で、小さな子供なら背中に乗せられそうな大きさだ。

「クローディアさん……冒険者が来る度に、喧嘩を売るような言動をするのはやめてくれんかね?」
「……ふん」

 クローディアさんは、僕達を小馬鹿にするように笑った。

「何だよ、その態度!」

 ラナが、クローディアさんの態度に腹を立てる。

「私は冒険者が嫌いなんだ。気に入らなければ帰ればいい」
「依頼を出したのは我々なんだが……」

 村長は弱り切った様子で、呟くように抗議する。

「余所者のあんたは引っ込んでろ!」
「そうだ! この人達は、ドラゴンベアを駆除しに来てくれたんだぞ!」

 強く抗議しない村長の代わりに、村人達が抗議した。

「このパーティーに、ドラゴンベアを駆除することなど不可能だ。私は、一流の冒険者をたくさん見てきた。こいつら、どう見ても三流だぞ? 唯一、その女を除いてな」

 驚くべきことに、クローディアさんはソフィアさんを指差していた。

「そんな……どうして!?」

 このパーティーの実態を正確に言い当てられて、リーザが驚きの声を漏らす。

「ハッタリだ! お前、ソフィアさんの顔を知ってたんだろ!」

 ラナの言葉に、クローディアさんは呆れた様子だった。

「一流の冒険者は独特の雰囲気を持っている。それを見極めることなど、私にとっては造作もないことだ。強いて言えば、その娘だけは、これから成長する余地があるようだが……あとの3人は、はっきり言って見込みがないな」

 クローディアさんに指差されて、レイリスがソフィアさんの陰に隠れる。

 村人達はどよめいた。
 ドラゴンベアを駆除してくれるはずの冒険者パーティーが能力不足だと教えられて、動揺しているのだ。

「何言ってんだ! ルークは、大精霊を宿してるんだぞ!」

 ラナが反論すると、村人達はさらにどよめき、クローディアさんの表情は険しくなった。

「ちっ、そういうことか……救いようのない連中だ」
「何だと!?」
「ちょっとラナ、それくらいにしておきなさいよ!」

 リーザが慌てて止めた。


 これ以上、僕の能力について口論するのはまずい。

 クローディアさんの指摘は正しいからだ。
 おかしいのは大精霊の方なのである。

 大精霊の保有者は無能、などという話は、知れ渡ったら困る。
 「闇夜の灯亭」の冒険者に対しても、ミランダさんが帰った後で、必死に口止めしたのだ。


 突然、どこかから、小さな精霊がクローディアさん目がけて飛んでくる。

 その精霊を見て、クローディアさんが人差し指を立てた。
 ほとんど反射的な動きのようだった。

 その指に精霊が飛び付き、楽しそうにくるくると回る。

「お前は……」

 クローディアさんの指にじゃれつく精霊を見て、僕は激しい既視感に襲われた。

「……ペル!?」

 まさかと思い精霊石を取り出すと、ペルが宿って金色になっていたはずの石が、黒く戻っていた。

「あの精霊、その石から出てきたの!?」
「精霊石から勝手に飛び出す精霊なんて、聞いたことがないぞ!?」

 リーザとラナが驚きの声を上げる。

 皆が驚くのも無理はない。
 自由に飛び回っているコーディマリーですら、ステラが常に呼び出した状態にしているのだ。
 精霊石から自由に出てくる精霊なんて聞いたことがない。

「クローディアさん、貴方は招待者インバイターですね?」

 ソフィアさんがそう言うと、クローディアさんは忌々しそうにソフィアさんを睨んで舌打ちした。

招待者インバイター? まさか、この人が?」
「はい。招待者インバイターは、自分がこの世界に呼び出した精霊を、精霊石から呼び出すことができる、と聞いたことがあります」
「じゃあ、クローディアさんが……ペルを呼び出した招待者インバイター!?」

 僕達の方を睨みながら、クローディアさんはペルの頭を撫でる。

「……そうか。お前、この男に宿っていたのか。よりによって、こんなのを選ぶとはな……。だが、お前が元気そうで安心した」

 そう言ったクローディアさんは、一瞬だけ、笑みを浮かべたように見えた。

 クローディアさんが人差し指を軽く振ると、ペルは僕の方に戻って来た。
 そして、僕が持っている精霊石の中に戻る。

「私の娘が世話になったようだな」
「……娘?」
招待者インバイターは、自分が呼び出した精霊のことを娘と表現するんです」

 ソフィアさんがそう言った。

「私の娘に適合する冒険者は少ないらしい。それだけ、お前はお人好しだということか……。まあ、そうでもなければ大精霊に適合などしないだろうが」
「貴方は、大精霊について何か知っているんですか?」

 僕がそう尋ねると、クローディアさんは再び舌打ちした。

「少し喋り過ぎたな。悪いことは言わないから、精霊の力でドラゴンベアに挑むなど、やめておくことだ。死にたくなければな」

 捨て台詞のように言い放って、クローディアさんはその場から去った。
 犬は、尻尾を振りながら彼女に付いて行った。


「冒険者の皆様、申し訳ない。さぞ気分を害されたことでしょう」

 村長が申し訳なさそうに言った。

「全くだ! あの女、一体何なんだよ?」

 ラナが尋ねると、村長は弱り切った様子で言った。

「あの方は、一年ほど前に、突然この村にやって来ましてな……。巨額の資産を惜しみなく投じて、この村を救ってくださったのです」
「巨額の資産って……女性がそんな大金を持っていたら、誰かに狙われるんじゃ……?」
「そんな不届き者は、この村にはおりません」

 村長はそう断言したが、クローディアさんが無事なのは、それだけが理由ではないのだろうと思った。
 ひょっとしたら、あの犬が番犬として優秀なのかもしれない。

「クローディアさんが招待者インバイターだということは、ご存知だったんですか?」
「いえ……あの若さで資産を作るのは、難しいとは思っておりましたが……てっきり、相続した資産なのかと……」


 精霊を呼び出す招待者インバイターならば、若くして巨額の資産を持っていても不思議ではない。

 クローディアさんの口振りだと、彼女の腕はあまり良くなかったようだが……招待者インバイターという存在自体が、貴族の支援を受けられる立場なのだ。


「そんなに簡単に稼げるなら、あたしも招待者インバイターになってみたいな」

 ラナがそう言うと、リーザは首を振った。

「貴方には無理よ。招待者インバイターは、一体の精霊を呼び出すために、部屋に籠って10日前後は集中し続けないといけないんだもの」
「はあ!? 食事やトイレはどうするんだよ?」
「食事は、私達が食べているような、保存のきく物を部屋に置いておくらしいわよ。トイレは……気にしないであげるべきでしょうね」
「……」

 いけないことを考えそうになったので、僕は思考を打ち切った。

「それだけ頑張っても、呼び出せる精霊はFランクばかり、なんていうことは珍しくないらしいわ。成果が上がらなければ、貴族からの支援もあまり得られない。そもそも、招待者インバイターになるためには、精霊を呼び出すことに成功した実績が必要らしいけど……それに成功する人自体が、挑戦した100人に1人とも、1000人に1人とも言われているらしいわ」

 それはそうだろう。
 簡単に精霊を呼び出せるなら、誰も精霊を市場で購入しないはずだ。


 招待者インバイターになる方法については、僕も聞いたことがあった。

 精霊を呼び出すためには、まず広い部屋を用意して、床に巨大な魔法陣を描く必要がある。
 それから、閉ざされた部屋で何日も、精霊を呼び出すことだけを考え続けるのだ。

 満足に飲食も出来ず、排泄は壺で済ます。
 その期間は、身体を洗うことすら出来ない。

 拷問にも近い苦痛であり、大半の人間の集中が途中で途切れてしまうという。

 それほどの苦労をしても、呼び出せる精霊のほぼ全てがCランク以下であり、さらにその半分以上がFランクなのだ。
 それで手に入る金は、一般人にとっては大金でも、一生遊んで暮らせるような金額ではない。

 そんな状況に耐えられず、精神を病んでしまう者も数多くいるらしい。
 一攫千金の夢のある役割だが、苦労の割に報われることの少ない役割であるとも言える。


 僕達は、村長からドラゴンベアが目撃された場所を聞き出した。

 その地点に向かう途中でリーザが言った。

「……ねえ。さっきのクローディアさん……どこかで会ったことはないかしら?」
「あんなムカつく女、会ったら忘れないだろ」
「そうよね……。でも、あの人、誰かに似てるような気がするのよ……」
「髪の色は、聖女様と同じだったけどね……」

 僕がそう言うと、リーザは激しく反応した。

「ちょっと、やめてよ! いくら何でも、聖女様とあんな女を比較するなんて!」
「ご、ごめん……」
「無駄に攻撃的なところとか、似てるのはリーザ自身じゃないのか?」
「ラナ、本気で怒るわよ……?」
「いや、冗談だって……」
「……」

 レイリスは、物言いたげな様子でリーザを見上げていた。

「レイリス、心当たりでもあるのですか?」

 ソフィアさんが問いかけると、レイリスは首を振った。

「あんな奴のことは忘れようぜ? 今は、ドラゴンベアを狩ることだけ考えるべきだろ?」
「そうね……」

 そう言って、リーザも気持ちを切り替えたようだった。

 これから戦う相手は、極めて危険なのだ。
 余計なことを考えている時間などないことは確かだった。
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