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51話 宿の主人ミランダ
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翌朝、宿に初老の女性がやって来た。
「クレセア、邪魔するよ」
「まあ、ミランダさん! 何かご用でしょうか?」
「ルークってのはどの子だい?」
「ルークさんでしたら、あちらに……」
クレセアさんが僕の方を指し示す。
すると、ミランダと呼ばれた女性は、僕の方へ近寄ってきた。
「あんたがルークかい?」
「そうですけど、貴方は……?」
「あたしはミランダ、『太陽の輝き亭』の主人さ」
「太陽の輝き亭」といえば、バーレで最大の宿だ。
生前、テッドが所属していた宿でもある。
「……『太陽の輝き亭』の主人が、僕に一体何の用ですか?」
「単刀直入に言わせてもらう。あんたには、この街から出て行ってもらいたい」
「なっ……!?」
「ミランダさん、それは一体どうしてですか!?」
クレセアさんが、慌てた様子でミランダさんに尋ねた。
「どうしてか、だって? 理由は、あんた達だって分かってるはずだ。何たって、この男は大精霊の宿主なんだからね」
「……!!」
クレセアさんは蒼白になり、ロビーにいた他の冒険者達はざわついた。
ついに、恐れていた事態に陥ってしまったようだ。
「意外と落ち着いてるね。いずれ、こうなることは分かっていた、ってところかい?」
ミランダさんが、僕を見ながらそう言った。
「いつまでも、隠しとおせるものではありませんから」
「分かってたなら、こんな所に泊まらないでもらいたいね。大精霊の保有者は、困ってる人を助けるのが仕事のはずだ。潰れかけの宿を助けるのは、あんたの役割じゃないよ」
「聖女様に頼まれたんです」
僕がそう言うと、ミランダさんは露骨に嫌悪感を示した。
「またあの子かい……全く、余計なことをする小娘だ」
「ヨネスティアラ様の悪口は言わないでください」
「!」
いつの間にか、僕達の近くにソフィアさんが立っていた。
その後ろにはレイリスがしがみついている。
以前にもこういうことがあったが、抹消者の役割を担える者は、気配を消すのが上手い。
そのことに、もっと早く気付くべきだった。
「あんたか……テッドが世話になったね」
「いえ。お悔やみ申し上げます」
「あの子の墓参りにくらいは行ってやっておくれよ。テッドは、本気であんたに惚れてたんだからね」
「まあ! そうだったのですか?」
ソフィアさんがそう言うと、ミランダさんは不快そうに舌打ちした。
「……全く、男ってのはどうして、こういう、ろくでもない女に引っかかるのかねえ……」
「ソフィアさんの悪口は言わないで!」
レイリスが殺気を放っている。
ミランダさんに襲いかからないのは、ソフィアさんが手を繋いでいるからだ。
「……よく似てるよ、あんた達」
ミランダさんは、呆れたように言った。
「話を戻しますが、ヨネスティアラ様は人々を助けるために日夜努力しているのです。貴方に非難されるのは不愉快です」
「人々を助ける、だって? そりゃ自己満足ってもんだよ。考えなしの小娘が、聖女とか呼ばれていい気になってるだけさ」
「どうして、聖女様のことをそんなに悪く言うんですか……?」
僕も不愉快だった。
聖女様が理想的な人間でなかったとしても、この女性にここまで悪く言われる理由が分からない。
「あの小娘は、あたしらに無理矢理金を出させた。それだけでも、恨む理由としては充分じゃないかね?」
「そんなに嫌なら断れば良かったでしょう?」
「断るだって? 聖女とか呼ばれてる、あの娘の頼みをかい? そんなことをしたら、うちの宿だけ非難を浴びちまうじゃないか! 他の宿と話を付ける方法も考えたけどね、それじゃバーレ全体の評判を落とすリスクがあるし、他の宿の主人どもは聖女様の威光にビビッてた。結局、あたしらは金を出すしかなかったのさ。頼まれた側の立場ってものすら考えられないようなガキが、人々のこと、なんてものを本当の意味で考えられるとは思えないね!」
「……」
確かに、聖女様がこの宿への融資を求めた経緯については、僕も引っかかっていたのだ。
聖女様とクレセアさんは、貧しい人でも依頼が出来る宿を作ろうとした。
しかしそれは、世の中の自然な形を崩すものに他ならない。
リーザが、報酬の安さについて嘆いているのが証拠だ。
大精霊の保有者ならば、依頼料など受け取らなくても、貴族などから莫大な寄付が受けられる。
しかし、普通の冒険者ならば、暮らすのに問題ない報酬を受け取らなければ生活できない。
冒険者の宿だって、きちんと宿泊代や食事代を受け取らねば経営できないのは当然である。
今でもこの宿が存続できているのは、ソフィアさんが、ラナとリーザの精霊の代金を返済したからだ。
しかし、その精霊の購入に使われた金こそが、他の宿からの借金なのである。
この宿の経営はとっくに破綻している。
それは明らかなことだった。
「お金でしたら、いずれきちんとお返します。ですよね、クレセアさん?」
「はい……」
クレセアさんは、消え入りそうな声で答えた。
「とてもアテにならないね。この宿が潰れるのは必然だってことくらい、ちょっと考えりゃ馬鹿でも分かることさ」
ミランダさんの言葉に、クレセアさんは反論できないようだった。
「お金のことを考えるなんて、くだらないと思いませんか?」
ソフィアさんがミランダさんに尋ねる。
彼女は、本気でそう思っているようだった。
それを聞いたミランダさんが鼻を鳴らす。
「金は大事だよ。あんただって、霞を食って生きてるわけじゃないはずだ」
「ヨネスティアラ様は、もっと大切なことを考えています」
「まあ、あんたみたいな女には理解できないだろうね。貴族に養われて育ったような奴に、あたしら庶民の生活のことなんて分かるわけがない」
「……私の出自をご存知なのですか?」
ソフィアさんの顔が、一瞬引きつった。
手に力が入ったのか、レイリスが不安そうにソフィアさんを見上げる。
「あんたは有名人だからね。ちょっと調べりゃ、情報は簡単に手に入るさ。あたしが調べたことはテッドにも伝えたんだが、あの子にとっては、あんたの顔と身体と精霊の方が重要だったみたいだね」
「人のプライバシーを、勝手に暴かないでください」
「あたしにとっては、テッドは大事な存在だったのさ。変な女にのめり込んでたら、心配するのは当然じゃないか。あの子には才能があった。剣聖とか呼ばれてる貴族出身の坊やを見たことがあるけどね、あんなのよりは遥かに腕が良かったんだ」
驚くべき発言だった。
エクセスさんより、テッドの方が才能が上だって……?
「そうでしょうね」
さらに驚くべきことに、ソフィアさんはそれをあっさりと肯定した。
そういえば、首領はエクセスさんの腕を「二流」だと言った。
あれは、冗談の類ではなかったのか……?
ソフィアさんの言葉は、ミランダさんにとっても意外だったらしい。
彼女は眉を上げた。
「そういう反応をするってことは、あんた、ひょっとして……聖女の腕が並以下だってことにも気付いてたのかい?」
「!?」
とんでもない発言だった。
聖女様の腕が……並以下!?
「当然です。私は、ヨネスティアラ様の全てを理解しているのですから」
「…………」
あまりの衝撃に、僕は何も考えられなくなってしまった。
「じゃあ、あの子の他の仲間も、そのことを知っているのかい?」
「はっきりと確認したことはありませんが、私が所属していた頃からの仲間である3名については、おそらくそうでしょうね」
「なるほど。それが分かってて、あんた達はあの小娘を聖女に祭り上げたってわけなんだね? ずいぶんと酷い事をするじゃないか?」
「ヨネスティアラ様ご自身の能力なんて、重要なことではありません。あの方は、大精霊を保有しているのですから。だからこそ、瀕死の人間ですら助けることが出来るのでしょう? 大精霊に適合する能力さえあれば、ヨネスティアラ様の腕が二流であろうと三流であろうと、そんなことは知ったことはないのです」
「ソフィアさん、皆聞いてますよ!?」
僕は慌てて止めた。
この場にいる皆が、ポカンとした表情でソフィアさんを見つめていた。
その中に、いつの間にかラナとリーザも混ざっている。
二人とも、驚愕に目を見開いていた。
「あらいけない。皆さん、今の話は、他所では話さないでくださいね?」
「あんた、そりゃ、もう手遅れってもんだよ……」
ミランダさんが呆れた様子で言った。
「ちょっと待ってください! 今の話は……本当なんですか!?」
リーザが、ソフィアさんに掴みかかりそうな勢いで迫った。
「驚くような話ではないでしょう? ルークさんの実力は、本来ならば二流以下です。そのルークさんを、大精霊であるソリアーチェが選びました。ならば、他の大精霊だって、弱者を選んだとしても不思議ではないと思いませんか?」
「それは! ルークには、精霊に好かれるような、特別な才能があるから……!」
「ヨネスティアラ様が攻撃魔法を封印した話をした時に、おかしいとは思わなかったのですか? 自分の身を守る手段を捨てて、そのために命を落としたら、誰も助けられなくなってしまうではありませんか。ヨネスティアラ様が回復者の役割に集中したのは、そうでもしなければ、AAAランクの精霊を保有する回復者の能力を上回れなかったからなのです」
「……………………」
リーザは、衝撃に耐えきれず崩れ落ちた。
ラナが慌てて駆け寄る。
「……あの、大精霊が弱者を好む、というのは、一体どうしてなんでしょうか……?」
クレセアさんが、戸惑った様子で尋ねた。
「たいして難しい話ではありませんよ。大精霊が考えていることを理解すれば、これは当然の話だと言えるでしょう」
「大精霊の考え、ですか……?」
精霊は喋らないのだ。彼女達が考えていることなんて、人間に理解できるはずがない。
しかし、ソフィアさんは、それが当然のことであるかのように話し始めた。
「AAランクやAAAランクの精霊の保有者は、その類まれな能力で精霊の力を活用し、それに伴う過労で自身の身体を傷付けていきました。それは、彼らが高い実力を持ち、強い自信や志を持っているからです。大精霊は、そういった人間の欠点に気付いていると考えるべきです。ならば、どういった方に力を貸すべきかは明らかでしょう? 大して自信を持たない並の人間に力を貸せば、瞬間的に大活躍して自滅するような末路は辿らないということを、彼女達は認識しているのです」
「……あたしだったら、大精霊を手に入れたら、好きなだけ暴れ回るけどな」
ラナが、もっともな指摘をする。
「だから、大精霊の保有者には消極的な性格の人しかいないのでしょう。調子に乗って魔力を乱用するような者に力を貸せば、分不相応な戦いに身を投じて、すぐに死んでしまうことは明らかなのですから」
「……」
何とも言えない沈黙が、宿の中を支配した。
つまり、どういうことだ……?
僕や聖女様やエクセスさんは……才能が無くて消極的な性格だったから、大精霊に選ばれた?
ということは……僕は、弱かったからこそソリアーチェに選ばれたのか!?
そこまで考えて、僕の目の前は真っ暗になった。
しかし一方で、深く納得してしまう自分がいた。
どうして僕が大精霊に選ばれたのか、今までずっと不思議だった。
その疑問が、今……完全に氷解した。
「……大精霊って、残酷」
レイリスがポツリと呟いた。
昨日喧嘩したばかりの彼女にすら同情されてしまった。
そのことが、とても情けないことのように思えた。
「クレセア、邪魔するよ」
「まあ、ミランダさん! 何かご用でしょうか?」
「ルークってのはどの子だい?」
「ルークさんでしたら、あちらに……」
クレセアさんが僕の方を指し示す。
すると、ミランダと呼ばれた女性は、僕の方へ近寄ってきた。
「あんたがルークかい?」
「そうですけど、貴方は……?」
「あたしはミランダ、『太陽の輝き亭』の主人さ」
「太陽の輝き亭」といえば、バーレで最大の宿だ。
生前、テッドが所属していた宿でもある。
「……『太陽の輝き亭』の主人が、僕に一体何の用ですか?」
「単刀直入に言わせてもらう。あんたには、この街から出て行ってもらいたい」
「なっ……!?」
「ミランダさん、それは一体どうしてですか!?」
クレセアさんが、慌てた様子でミランダさんに尋ねた。
「どうしてか、だって? 理由は、あんた達だって分かってるはずだ。何たって、この男は大精霊の宿主なんだからね」
「……!!」
クレセアさんは蒼白になり、ロビーにいた他の冒険者達はざわついた。
ついに、恐れていた事態に陥ってしまったようだ。
「意外と落ち着いてるね。いずれ、こうなることは分かっていた、ってところかい?」
ミランダさんが、僕を見ながらそう言った。
「いつまでも、隠しとおせるものではありませんから」
「分かってたなら、こんな所に泊まらないでもらいたいね。大精霊の保有者は、困ってる人を助けるのが仕事のはずだ。潰れかけの宿を助けるのは、あんたの役割じゃないよ」
「聖女様に頼まれたんです」
僕がそう言うと、ミランダさんは露骨に嫌悪感を示した。
「またあの子かい……全く、余計なことをする小娘だ」
「ヨネスティアラ様の悪口は言わないでください」
「!」
いつの間にか、僕達の近くにソフィアさんが立っていた。
その後ろにはレイリスがしがみついている。
以前にもこういうことがあったが、抹消者の役割を担える者は、気配を消すのが上手い。
そのことに、もっと早く気付くべきだった。
「あんたか……テッドが世話になったね」
「いえ。お悔やみ申し上げます」
「あの子の墓参りにくらいは行ってやっておくれよ。テッドは、本気であんたに惚れてたんだからね」
「まあ! そうだったのですか?」
ソフィアさんがそう言うと、ミランダさんは不快そうに舌打ちした。
「……全く、男ってのはどうして、こういう、ろくでもない女に引っかかるのかねえ……」
「ソフィアさんの悪口は言わないで!」
レイリスが殺気を放っている。
ミランダさんに襲いかからないのは、ソフィアさんが手を繋いでいるからだ。
「……よく似てるよ、あんた達」
ミランダさんは、呆れたように言った。
「話を戻しますが、ヨネスティアラ様は人々を助けるために日夜努力しているのです。貴方に非難されるのは不愉快です」
「人々を助ける、だって? そりゃ自己満足ってもんだよ。考えなしの小娘が、聖女とか呼ばれていい気になってるだけさ」
「どうして、聖女様のことをそんなに悪く言うんですか……?」
僕も不愉快だった。
聖女様が理想的な人間でなかったとしても、この女性にここまで悪く言われる理由が分からない。
「あの小娘は、あたしらに無理矢理金を出させた。それだけでも、恨む理由としては充分じゃないかね?」
「そんなに嫌なら断れば良かったでしょう?」
「断るだって? 聖女とか呼ばれてる、あの娘の頼みをかい? そんなことをしたら、うちの宿だけ非難を浴びちまうじゃないか! 他の宿と話を付ける方法も考えたけどね、それじゃバーレ全体の評判を落とすリスクがあるし、他の宿の主人どもは聖女様の威光にビビッてた。結局、あたしらは金を出すしかなかったのさ。頼まれた側の立場ってものすら考えられないようなガキが、人々のこと、なんてものを本当の意味で考えられるとは思えないね!」
「……」
確かに、聖女様がこの宿への融資を求めた経緯については、僕も引っかかっていたのだ。
聖女様とクレセアさんは、貧しい人でも依頼が出来る宿を作ろうとした。
しかしそれは、世の中の自然な形を崩すものに他ならない。
リーザが、報酬の安さについて嘆いているのが証拠だ。
大精霊の保有者ならば、依頼料など受け取らなくても、貴族などから莫大な寄付が受けられる。
しかし、普通の冒険者ならば、暮らすのに問題ない報酬を受け取らなければ生活できない。
冒険者の宿だって、きちんと宿泊代や食事代を受け取らねば経営できないのは当然である。
今でもこの宿が存続できているのは、ソフィアさんが、ラナとリーザの精霊の代金を返済したからだ。
しかし、その精霊の購入に使われた金こそが、他の宿からの借金なのである。
この宿の経営はとっくに破綻している。
それは明らかなことだった。
「お金でしたら、いずれきちんとお返します。ですよね、クレセアさん?」
「はい……」
クレセアさんは、消え入りそうな声で答えた。
「とてもアテにならないね。この宿が潰れるのは必然だってことくらい、ちょっと考えりゃ馬鹿でも分かることさ」
ミランダさんの言葉に、クレセアさんは反論できないようだった。
「お金のことを考えるなんて、くだらないと思いませんか?」
ソフィアさんがミランダさんに尋ねる。
彼女は、本気でそう思っているようだった。
それを聞いたミランダさんが鼻を鳴らす。
「金は大事だよ。あんただって、霞を食って生きてるわけじゃないはずだ」
「ヨネスティアラ様は、もっと大切なことを考えています」
「まあ、あんたみたいな女には理解できないだろうね。貴族に養われて育ったような奴に、あたしら庶民の生活のことなんて分かるわけがない」
「……私の出自をご存知なのですか?」
ソフィアさんの顔が、一瞬引きつった。
手に力が入ったのか、レイリスが不安そうにソフィアさんを見上げる。
「あんたは有名人だからね。ちょっと調べりゃ、情報は簡単に手に入るさ。あたしが調べたことはテッドにも伝えたんだが、あの子にとっては、あんたの顔と身体と精霊の方が重要だったみたいだね」
「人のプライバシーを、勝手に暴かないでください」
「あたしにとっては、テッドは大事な存在だったのさ。変な女にのめり込んでたら、心配するのは当然じゃないか。あの子には才能があった。剣聖とか呼ばれてる貴族出身の坊やを見たことがあるけどね、あんなのよりは遥かに腕が良かったんだ」
驚くべき発言だった。
エクセスさんより、テッドの方が才能が上だって……?
「そうでしょうね」
さらに驚くべきことに、ソフィアさんはそれをあっさりと肯定した。
そういえば、首領はエクセスさんの腕を「二流」だと言った。
あれは、冗談の類ではなかったのか……?
ソフィアさんの言葉は、ミランダさんにとっても意外だったらしい。
彼女は眉を上げた。
「そういう反応をするってことは、あんた、ひょっとして……聖女の腕が並以下だってことにも気付いてたのかい?」
「!?」
とんでもない発言だった。
聖女様の腕が……並以下!?
「当然です。私は、ヨネスティアラ様の全てを理解しているのですから」
「…………」
あまりの衝撃に、僕は何も考えられなくなってしまった。
「じゃあ、あの子の他の仲間も、そのことを知っているのかい?」
「はっきりと確認したことはありませんが、私が所属していた頃からの仲間である3名については、おそらくそうでしょうね」
「なるほど。それが分かってて、あんた達はあの小娘を聖女に祭り上げたってわけなんだね? ずいぶんと酷い事をするじゃないか?」
「ヨネスティアラ様ご自身の能力なんて、重要なことではありません。あの方は、大精霊を保有しているのですから。だからこそ、瀕死の人間ですら助けることが出来るのでしょう? 大精霊に適合する能力さえあれば、ヨネスティアラ様の腕が二流であろうと三流であろうと、そんなことは知ったことはないのです」
「ソフィアさん、皆聞いてますよ!?」
僕は慌てて止めた。
この場にいる皆が、ポカンとした表情でソフィアさんを見つめていた。
その中に、いつの間にかラナとリーザも混ざっている。
二人とも、驚愕に目を見開いていた。
「あらいけない。皆さん、今の話は、他所では話さないでくださいね?」
「あんた、そりゃ、もう手遅れってもんだよ……」
ミランダさんが呆れた様子で言った。
「ちょっと待ってください! 今の話は……本当なんですか!?」
リーザが、ソフィアさんに掴みかかりそうな勢いで迫った。
「驚くような話ではないでしょう? ルークさんの実力は、本来ならば二流以下です。そのルークさんを、大精霊であるソリアーチェが選びました。ならば、他の大精霊だって、弱者を選んだとしても不思議ではないと思いませんか?」
「それは! ルークには、精霊に好かれるような、特別な才能があるから……!」
「ヨネスティアラ様が攻撃魔法を封印した話をした時に、おかしいとは思わなかったのですか? 自分の身を守る手段を捨てて、そのために命を落としたら、誰も助けられなくなってしまうではありませんか。ヨネスティアラ様が回復者の役割に集中したのは、そうでもしなければ、AAAランクの精霊を保有する回復者の能力を上回れなかったからなのです」
「……………………」
リーザは、衝撃に耐えきれず崩れ落ちた。
ラナが慌てて駆け寄る。
「……あの、大精霊が弱者を好む、というのは、一体どうしてなんでしょうか……?」
クレセアさんが、戸惑った様子で尋ねた。
「たいして難しい話ではありませんよ。大精霊が考えていることを理解すれば、これは当然の話だと言えるでしょう」
「大精霊の考え、ですか……?」
精霊は喋らないのだ。彼女達が考えていることなんて、人間に理解できるはずがない。
しかし、ソフィアさんは、それが当然のことであるかのように話し始めた。
「AAランクやAAAランクの精霊の保有者は、その類まれな能力で精霊の力を活用し、それに伴う過労で自身の身体を傷付けていきました。それは、彼らが高い実力を持ち、強い自信や志を持っているからです。大精霊は、そういった人間の欠点に気付いていると考えるべきです。ならば、どういった方に力を貸すべきかは明らかでしょう? 大して自信を持たない並の人間に力を貸せば、瞬間的に大活躍して自滅するような末路は辿らないということを、彼女達は認識しているのです」
「……あたしだったら、大精霊を手に入れたら、好きなだけ暴れ回るけどな」
ラナが、もっともな指摘をする。
「だから、大精霊の保有者には消極的な性格の人しかいないのでしょう。調子に乗って魔力を乱用するような者に力を貸せば、分不相応な戦いに身を投じて、すぐに死んでしまうことは明らかなのですから」
「……」
何とも言えない沈黙が、宿の中を支配した。
つまり、どういうことだ……?
僕や聖女様やエクセスさんは……才能が無くて消極的な性格だったから、大精霊に選ばれた?
ということは……僕は、弱かったからこそソリアーチェに選ばれたのか!?
そこまで考えて、僕の目の前は真っ暗になった。
しかし一方で、深く納得してしまう自分がいた。
どうして僕が大精霊に選ばれたのか、今までずっと不思議だった。
その疑問が、今……完全に氷解した。
「……大精霊って、残酷」
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