大精霊の導き

たかまちゆう

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7話 期待と不安

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「そういえば、ルークが言ってた条件って何なの?」

 ラナが尋ねてくる。

「……条件?」

 リーザは、何を聞いても不愉快そうな反応だ。

「この依頼は、君達が経験を積む機会にしてほしいんだ。だから、危なくなるまで、僕は後ろに控えていたいんだけど」
「何よそれ! つまりサボるってことじゃない!」
「いくら何でもそれはないだろ!」

 案の定、彼女達は抗議してきた。
 ……まあ、この反応は当然だろう。

「構いませんよ」

 ソフィアさんは、あっさりとそう言った。

 そのことに僕は驚いた。
 もっと驚いたのは、ラナとリーザだ。

「ちょっと、ソフィアさん!?」
「こんな酷い条件を出されるなら、この依頼は、受けなくてもいいですよ! 今日はもう休んで、明日から頑張りましょう!」
「ですが、ルークさんの仰ることは正しいでしょう? 今のままでは、このパーティーは成長できません。それに、一日も早くお借りしたお金を返さなければ、クレセアさんに申し訳ないです」
「えっ? クレセアさんに借金してるんですか?」
「はい。しかも、宿泊料を払うだけでも苦労しているので、ほとんど返済できていません」

 この宿の宿泊料はかなり安い。
 あの料金では、宿が満室にでもならないかぎり、経営は苦しいはずだ。
 だからこそのボロ宿である。

 それを払うことにすら苦労する、というのは、さすがに酷い状態ではないか?
 彼女たちは、きちんと依頼を受けているのだろうか?

「ちょっと、勘違いしないでよ! 私とラナは、クレセアさんから精霊を貰ったの! その代金を返してる途中だから、一時的に借金が増えてるだけなんだからね!」
「……でも、ほとんど返済できてないんだよね?」
「それはそうだけど……」

 罪悪感はあるらしく、リーザは言葉を濁した。

「……ソフィアさん、とにかく、他の依頼を受けましょう? 私達の取り分が、たったの半分なら、違う依頼を受けた方が、稼ぎだっていいに決まってますよ!」
「ちなみに、その点について、先ほどクレセアさんに確認したのですが……本日、私達に割り振れる依頼で報酬の良いものは『あの酒場』のお手伝いだけ、とのことです」
「げっ……」
「そんな……」

 ラナの顔は引きつり、リーザの顔は真っ青になった。
 レイリスも、涙目でソフィアさんを見上げている。

 この会話だけで、どんな場所からの依頼か察することができる。
 相当、客層の悪い酒場なのだろう。

 そんな店で、彼女達が接客する……。
 どんなことになってしまうのか、見たいような、見たくないような……。

「貴方、今、変な想像したでしょ! 私達、あんな場所で働いたことはないわよ! 誰があんな格好……!」

 そこまで言って後悔したのか、リーザは顔を真っ赤にして俯いてしまった。

「……あの衣装だけならまだしも、さすがに、めくられても触られても笑って済ませろっていうのはな……」

 ラナが顔を顰めて言う。
 確かに、それは普通の女性には耐えられないだろう。

「というわけで、今回はこの依頼を受けることにしましょう。報酬は、ルークさんが半分、ということで」
「なあ、せめて3割……いや、4割まで取り分を下げてよ。あたしら、かなりヤバイ状態なんだ!」
「先に半分と言ったのはラナでしょう?」
「あっ、知ってたんだ……」
「クレセアさんから聞きました。今回の依頼は、本来はルークさんの依頼なのですから、その程度の譲歩は当然だと思います」
「でも、その条件を出したのは、ルークが何もしないって言う前よね?」

 リーザが険しい顔で指摘する。
 確かに、何もしなくても報酬を半分受け取れる可能性がある、というのはおいしい条件だ。

「……本当に僕が何もしなかったら、取り分は3割でも構わないよ」
「やった!」
「無駄にしゃしゃり出てこないでよね?」
「……」
「大丈夫ですよ。レイリスのことは私が守りますから」

 このパーティー、本当に大丈夫なんだろうな……?
 僕は、クレセアさんに、このパーティーの詳細を尋ねなかったことを後悔した。

 僕の不安に気付いたのか、ラナが言ってくる。

「安心してくれよ! ソフィアさんは、聖女様のパーティーのメンバーだったこともある人なんだからさ!」
「えっ?」

 僕はソフィアさんを見た。

 ソフィアさんは、優しいお姉さん、といった雰囲気の持ち主で、人柄は良さそうだ。
 しかし、それだけに隙だらけにも見える。

 彼女からは、上位冒険者特有の「鋭さ」のようなものを感じない。

「ラナ、それは言いふらさない約束でしょう?」

 ソフィアさんは、困った様子で言った。

「別にいいじゃん。こいつだって聖女様の知り合いなんだし」
「ですが、私がヨネスティアラ様の仲間だったのは、もう2年も前の話ですから……」
「……ソフィアさんは凄い人だもん。誰にも、絶対に負けないんだから」

 レイリスが、僕の前で初めてまともに喋った。

 彼女は、ソフィアさんのことを母親のように慕っているようだ。
 ソフィアさんにべったりと貼り付いたまま、一向に離れようとしない。
 ソフィアさんも、そんなレイリスの頭を頻繁に撫でており、幼児をあやす母親のようだ。

 その光景だけ見れば、微笑ましくも思えるのだが……。

 ふとリーザを見た。
 聖女様を深く尊敬しているという彼女は、ソフィアさんのことをどう思っているのか気になったのだ。

 リーザは、苦虫を噛み潰したような表情をしていた。
 そして、僕に見られていることに気付くと、それを隠すように顔を背けた。

 ひょっとして、リーザはソフィアさんのことを、快く思っていないのでは……?
 だとすると、ソフィアさんには尊敬に値しないと思わせる要素があるということだ。

 いや……考えてみれば、それは当然のことなのかもしれない。
 本当に有能な人なら、ソフィアさんは、今でも聖女様のパーティーにいるだろう。
 ましてや、こんな宿に所属しているはずがない。


 僕は直感した。
 このパーティーは、まずい。

 リーダーが頼りなく、不信感を持っている者がいる。
 もはや、分裂の一歩手前と言ってもいい。

 この宿を立て直すのは、僕一人の力では難しい。
 だからこそ、僕は彼女達に経験を積む機会を提供しようとしたのだ。
 パーティーが崩壊してしまったら、何のために頑張るのか分からない。


 ……まあ、とにかくこの依頼だけは、このメンバーで処理しよう。
 今日会ったばかりの僕が、彼女達の人間関係をどうにかできるとは思えない。
 もはや、なるようにしかならないだろう。

 聖女様は、どうしてこんな無茶な依頼をしたんだ……。
 本当に、勘弁してほしいと思った。


 僕達は、依頼を出した村へと向かった。
 ちなみに、こっそりとクレセアさんに確認したところ、僕と共にこの依頼を受けられるパーティーは他にないらしい。
 実力的には、ソフィアさん達はこの宿のトップレベルだという。
 それに、まだ成長する可能性がある有望なパーティーである、とのことだ。


 この宿の冒険者は、既に華々しい活躍をすることを諦めており、どうやって食いつなぐか、といったことばかり考えているらしい。
 中には、何とかして新しい職を探そうとしている者も多い。
 つい最近まで似たような状態だった僕には、その気持ちが痛いほど分かった。

 しかし、宿としては、それでは困るのだ。
 この宿に所属している冒険者を成長させるのならば、冒険者として活躍し続けるつもりがあるソフィアさん達を選ぶのは正しい選択だろう。

 彼女達のパーティーには不安もあるが、今はとにかく成果を出すことが一番だ。
 活躍できれば、パーティーの雰囲気も改善するかもしれないからである。
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