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翌日、私は休み時間に、吉見さんを廊下へ連れ出した。
「あのね、私、昨日羽村君に告白されたの」
反応が怖くて、下を向いて一気に言うと、意外なことに吉見さんは、ああ、と軽く頷いた。
「で? OKしたんでしょ?」
「ううん」
「え!? まさか断ったの!?」
吉見さんが仰天したように叫ぶと、廊下を歩いていた生徒が何人かこちらを見た。
「……あの、一日待ってもらってるの」
思わず声をひそめてしまう。
「まさかあたしに遠慮してんの? あたし、あきらめるってちゃんと言ったよね?」
吉見さんも小さな声で、ヒソヒソと言ってくる。
「聞いたけど……、やっぱり、せめて報告くらいしておかないと悪いかと思って」
「律儀だねえ。でもあたしのことはいいよ、気にしなくて。宮本さんも羽村君のこと好きなんでしょ?」
「え、いやその、昨日まではそんなことなかったんだけど、話してみたら楽しくて、あの……、うん」
私がしどろもどろになりながら頷くと、吉見さんは大きな目を細めて笑った。
「やっぱね! そうだと思った。だってあの本見せたときの羽村君、宮本さんと全く同じこと言ったよ。カタ……カタルシス? がどうとか、『最後まで読めば絶対面白い』とか。宮本さんに本を返したとき、おんなじこと言ってる! と思って。一瞬、二人で示し合わせてあたしをからかってるのかと疑っちゃったよ」
「え!? しないよ、そんなこと」
「……うん、みやもんはしないよね。わかってる。だから悔しいけど、この二人お似合いだわと思って。だからあたし、あきらめるって言ったんだよ」
私の脳裏に、私と目を合わせようとせず、そそくさと帰っていく吉見さんの姿が浮かんだ。
「そ、そうなんだ……。というか、『みやもん』って?」
「あ。ごめん、だいぶ前から、心の中ではそう呼んでたんだけど。宮本だからみやもん……嫌? そう呼んだら怒る?」
「別に怒らないよ。……嫌じゃない、よ。ゆるキャラみたいで、力が抜ける感じはするけど」
「そう? じゃ、今度からそう呼ぶね。……あたしのことは、里佳って呼んでくれると嬉しいなぁ」
吉見里佳……ああ、そういえば、そんな名前だったっけ。
同じクラスだからフルネームも知ってはいたけれど、下の名前を呼ぶべきものとして意識したことはなかった。
「え、じゃ、じゃあ……、里佳ちゃん」
うわ、なんだろうこれ。照れる。顔が熱くなっているのが自分で分かる。
「あっは。それだと人形っぽい」
吉見さん――里佳はしばらく笑っていた。
……私もしばらく、心の中で「里佳」と呼ぶ練習をすることにしよう。
「あ、それで話は戻るけど、あたし、実は羽村君に二度目の告白をしたんだよ」
「えっ!? それって、いつ?」
「おととい。んで、またきれいさっぱり振られちゃった。その時に羽村君から、明日……えっと、つまり今日から見ると昨日だけど、みやもんに告白するって宣言されてたの。そんときは悔しかったけどさあ、昨日話してて、まあみやもんなら仕方ないかなって思ったわけ。それで、あたしあきらめるって言ったんだ。だから、あたしに気をつかわなくていいから。好きなら付き合っちゃいな」
里佳はさばさばと言う。
――なんていい子なんだろう!
こんないい子を振るなんて、羽村君ももったいないことを……とは思ったが、だからといって、告白の申し込みを断りたいとは思わなかった。
里佳の目が若干赤いような気がするのは、もしかしたら昨夜泣いたのかもしれない。
だが、今はすっきりとした表情をしている。
葛藤を乗り越えて里佳が私を認めてくれたと言うのなら、私はその優しさに甘えようと思う。
「うん。……ありがとう」
そう答え、さてこれから羽村君に告白のOKを出しにいくのか……と考えた途端、私は緊張してきた。
「……でもなんだか、不安になってきた。羽村君はたしか、読書好きのおとなしい子が好き、なんだよね? 私は確かに本好きだし、普段はあまり喋らないから物静かに見られてるのかもしれないけど、実はそんなにおとなしくないし……」
「知ってる。結構スパルタだったよね」
里佳はまたちょっと笑った。
「うっかり語りすぎて引かれないかな?」
昨日も結構語ったような気はするが、この先お互いの好みが合わない作品だってさすがに出てくるだろうし、それでケンカになったりしたら……。
私がそんな風に怯えていると、
「だいじょうぶじゃない? あれウソだし」
里佳がさらっととんでもないことを言い出した。
「……は?」
何を言われたか理解するのに、少し時間がかかった。
嘘? 何が?
「あのね、ホントはあたしが告白したとき、羽村君は『他に好きな人がいる』って断ってきたの。誰のことかって何度もしつこく訊いたら、『宮本』って言うからさぁ、『あんな地味な子のどこがいいの?』とか、またしつこく訊いて……あ、ごめんね。その時は本気でそう思ってたからさ」
「うん、いやまあ、初対面の時は私も里佳ちゃんのことちょっと馬鹿にしてたところがあるし、それはいいけど。それで、羽村君は何て?」
「『宮本の良さが分からないんなら、どのみち俺とは合わないよ』だって。それ聞いてあたし、宮本さんの良さがわかるようになったら、羽村君と付き合えるのかと思ってさ」
その発想は凄い。
「前向きだね!」
それなら里佳は、私に近づくためだけに「本を紹介して」などと言い、あんなに根気強く感想文を書いてきたというのか……?
「結果的にさ、みやもんがいい人なのは、よくわかったよ。みやもんが自分の本貸してくれたときとか、泣きそうになったもん。羽村君の気持ちを知ってて、みやもんのおススメの本とか持って押しかけていってたことに、なんか罪悪感が出てきちゃって。この子に負けるんなら、まあ仕方ないかーって今は思うし、羽村君にはあたしより、みやもんのが合ってるってことも、よーくわかった」
「……ありがとう」
「あ、あとさ、あのときの本、また借りてもいい? なんか一刻も早く返して、もうあたしのことはいいからって言わなきゃとか考えてたら、あんま読めなくて。もう一度、落ち着いて読んでみたいの。だって、最後まで読めば、絶対面白いんだよね?」
「うん! 保証する」
それは嬉しい申し出だった。
そうか、あの、やる気のなさそうだった手紙は、里佳が羽村君を追いかけるのをやめようと決意したから……本気で書かなかったから、ああなったんだ。
たぶん里佳は、本を読むこと自体をやめようと思った。でも、羽村君のためというのとは別に、本を読むことそのものも好きになっていたから、また読みたいと思ってくれた。きっとそういうことじゃないのかな。
だったら嬉しいな。
「それとさ」
ふいに、里佳が悪戯っぽい表情になって言った。
「羽村君と付き合ったらさ、羽村君の友達で野球部の稲田君、あたしに紹介して! 声がシブくて、硬派なカンジでカッコいいんだぁ」
「ええっ!?」
里佳が急にそんなことを言い出したのは、私が必要以上に気にしないようにと気遣ってくれたのかもしれない。
それでも、その切り替えの早さはなんとなく里佳らしい気もする。
私は驚きつつ、思わず笑ってしまった。
その新しい出会いが、里佳にとって良いものであればいい、と願いながら。
「あのね、私、昨日羽村君に告白されたの」
反応が怖くて、下を向いて一気に言うと、意外なことに吉見さんは、ああ、と軽く頷いた。
「で? OKしたんでしょ?」
「ううん」
「え!? まさか断ったの!?」
吉見さんが仰天したように叫ぶと、廊下を歩いていた生徒が何人かこちらを見た。
「……あの、一日待ってもらってるの」
思わず声をひそめてしまう。
「まさかあたしに遠慮してんの? あたし、あきらめるってちゃんと言ったよね?」
吉見さんも小さな声で、ヒソヒソと言ってくる。
「聞いたけど……、やっぱり、せめて報告くらいしておかないと悪いかと思って」
「律儀だねえ。でもあたしのことはいいよ、気にしなくて。宮本さんも羽村君のこと好きなんでしょ?」
「え、いやその、昨日まではそんなことなかったんだけど、話してみたら楽しくて、あの……、うん」
私がしどろもどろになりながら頷くと、吉見さんは大きな目を細めて笑った。
「やっぱね! そうだと思った。だってあの本見せたときの羽村君、宮本さんと全く同じこと言ったよ。カタ……カタルシス? がどうとか、『最後まで読めば絶対面白い』とか。宮本さんに本を返したとき、おんなじこと言ってる! と思って。一瞬、二人で示し合わせてあたしをからかってるのかと疑っちゃったよ」
「え!? しないよ、そんなこと」
「……うん、みやもんはしないよね。わかってる。だから悔しいけど、この二人お似合いだわと思って。だからあたし、あきらめるって言ったんだよ」
私の脳裏に、私と目を合わせようとせず、そそくさと帰っていく吉見さんの姿が浮かんだ。
「そ、そうなんだ……。というか、『みやもん』って?」
「あ。ごめん、だいぶ前から、心の中ではそう呼んでたんだけど。宮本だからみやもん……嫌? そう呼んだら怒る?」
「別に怒らないよ。……嫌じゃない、よ。ゆるキャラみたいで、力が抜ける感じはするけど」
「そう? じゃ、今度からそう呼ぶね。……あたしのことは、里佳って呼んでくれると嬉しいなぁ」
吉見里佳……ああ、そういえば、そんな名前だったっけ。
同じクラスだからフルネームも知ってはいたけれど、下の名前を呼ぶべきものとして意識したことはなかった。
「え、じゃ、じゃあ……、里佳ちゃん」
うわ、なんだろうこれ。照れる。顔が熱くなっているのが自分で分かる。
「あっは。それだと人形っぽい」
吉見さん――里佳はしばらく笑っていた。
……私もしばらく、心の中で「里佳」と呼ぶ練習をすることにしよう。
「あ、それで話は戻るけど、あたし、実は羽村君に二度目の告白をしたんだよ」
「えっ!? それって、いつ?」
「おととい。んで、またきれいさっぱり振られちゃった。その時に羽村君から、明日……えっと、つまり今日から見ると昨日だけど、みやもんに告白するって宣言されてたの。そんときは悔しかったけどさあ、昨日話してて、まあみやもんなら仕方ないかなって思ったわけ。それで、あたしあきらめるって言ったんだ。だから、あたしに気をつかわなくていいから。好きなら付き合っちゃいな」
里佳はさばさばと言う。
――なんていい子なんだろう!
こんないい子を振るなんて、羽村君ももったいないことを……とは思ったが、だからといって、告白の申し込みを断りたいとは思わなかった。
里佳の目が若干赤いような気がするのは、もしかしたら昨夜泣いたのかもしれない。
だが、今はすっきりとした表情をしている。
葛藤を乗り越えて里佳が私を認めてくれたと言うのなら、私はその優しさに甘えようと思う。
「うん。……ありがとう」
そう答え、さてこれから羽村君に告白のOKを出しにいくのか……と考えた途端、私は緊張してきた。
「……でもなんだか、不安になってきた。羽村君はたしか、読書好きのおとなしい子が好き、なんだよね? 私は確かに本好きだし、普段はあまり喋らないから物静かに見られてるのかもしれないけど、実はそんなにおとなしくないし……」
「知ってる。結構スパルタだったよね」
里佳はまたちょっと笑った。
「うっかり語りすぎて引かれないかな?」
昨日も結構語ったような気はするが、この先お互いの好みが合わない作品だってさすがに出てくるだろうし、それでケンカになったりしたら……。
私がそんな風に怯えていると、
「だいじょうぶじゃない? あれウソだし」
里佳がさらっととんでもないことを言い出した。
「……は?」
何を言われたか理解するのに、少し時間がかかった。
嘘? 何が?
「あのね、ホントはあたしが告白したとき、羽村君は『他に好きな人がいる』って断ってきたの。誰のことかって何度もしつこく訊いたら、『宮本』って言うからさぁ、『あんな地味な子のどこがいいの?』とか、またしつこく訊いて……あ、ごめんね。その時は本気でそう思ってたからさ」
「うん、いやまあ、初対面の時は私も里佳ちゃんのことちょっと馬鹿にしてたところがあるし、それはいいけど。それで、羽村君は何て?」
「『宮本の良さが分からないんなら、どのみち俺とは合わないよ』だって。それ聞いてあたし、宮本さんの良さがわかるようになったら、羽村君と付き合えるのかと思ってさ」
その発想は凄い。
「前向きだね!」
それなら里佳は、私に近づくためだけに「本を紹介して」などと言い、あんなに根気強く感想文を書いてきたというのか……?
「結果的にさ、みやもんがいい人なのは、よくわかったよ。みやもんが自分の本貸してくれたときとか、泣きそうになったもん。羽村君の気持ちを知ってて、みやもんのおススメの本とか持って押しかけていってたことに、なんか罪悪感が出てきちゃって。この子に負けるんなら、まあ仕方ないかーって今は思うし、羽村君にはあたしより、みやもんのが合ってるってことも、よーくわかった」
「……ありがとう」
「あ、あとさ、あのときの本、また借りてもいい? なんか一刻も早く返して、もうあたしのことはいいからって言わなきゃとか考えてたら、あんま読めなくて。もう一度、落ち着いて読んでみたいの。だって、最後まで読めば、絶対面白いんだよね?」
「うん! 保証する」
それは嬉しい申し出だった。
そうか、あの、やる気のなさそうだった手紙は、里佳が羽村君を追いかけるのをやめようと決意したから……本気で書かなかったから、ああなったんだ。
たぶん里佳は、本を読むこと自体をやめようと思った。でも、羽村君のためというのとは別に、本を読むことそのものも好きになっていたから、また読みたいと思ってくれた。きっとそういうことじゃないのかな。
だったら嬉しいな。
「それとさ」
ふいに、里佳が悪戯っぽい表情になって言った。
「羽村君と付き合ったらさ、羽村君の友達で野球部の稲田君、あたしに紹介して! 声がシブくて、硬派なカンジでカッコいいんだぁ」
「ええっ!?」
里佳が急にそんなことを言い出したのは、私が必要以上に気にしないようにと気遣ってくれたのかもしれない。
それでも、その切り替えの早さはなんとなく里佳らしい気もする。
私は驚きつつ、思わず笑ってしまった。
その新しい出会いが、里佳にとって良いものであればいい、と願いながら。
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