白銀の簒奪者

たかまちゆう

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第112話

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「わ、私が……?」

 話についていけない様子だったノエルは、急に槍玉に挙げられて、困惑した表情を浮かべた。

「だって、貴方はティルトを避けていますよね?」
「それは……」

 ノエルは、何かを言おうとして、やめた。

 当然だろう。
 彼女が僕のことを避けているのは、排泄の世話をされたからなのだ。
 そんなことを、この場で言えるはずがない。
 あれは、忘れる約束になっている出来事なのである。

「ミスティ、ノエルが僕のことを避けるのには理由があるんだよ。ゲドルド効果とは関係ないんだ」

 僕がそう言ってノエルを庇うと、ミスティは苛立った様子を見せた。

「それは、一体どんな理由ですか!?」
「いや、あの時のことは、詳しく話せないよ……」
「どうしてですか!? ティルトは、この人達の色香に惑わされているんじゃないですか!?」
「違います!」

 ノエルが、珍しく声を荒らげた。
 その反応に、皆が仰天する。

「何が違うっていうんですか?」

 ミスティがそう尋ねると、ノエルは少し躊躇するような素振りを見せた。

「ノエル、無理をして話す必要はありませんよ? 私達は分かっていますから……」

 見かねた様子で、レレが口を挟んだ。
 しかし、ノエルは意を決した様子で口を開くと、驚くべくことを言った。

「私がティルトさんを避けていたのは……ティルトさんが、ロゼットさんと、あの人の使用人をしていた女性達に対して、酷いことをしたからです!」
「……!?」

 慌ててベルさんの方を見ると、彼女は何度も首を振った。

 どうやら、ベルさんがノエルに話したわけではなさそうである。
 では、どうしてあのことを、ノエルが知っているのだろうか?

 ベルさんでなければ、ロゼット本人が話したとしか考えられない。
 しかし、それはあり得ないことだ。ロゼットのことは、逃げないように、ベルさんが常に見張っていたからである。

 では、一体どうして……?

「何だ、そんなことですか」

 理由を聞いたミスティが軽い口調で言ったので、ノエルは困惑した。

「そんなことって……ティルトさんが何をしたのか、ちゃんと分かっていますか?」
「当然です。お嬢様から教えられて、とっくに知っていたことですから」
「!?」

 ミスティのその言葉に、誰もが驚いた顔をした。

 どうして、そのことをミスティが……!?
 彼女こそ、ロゼットから話を聞く時間などなかったはずだ。

 ミスティが、こちらを見上げながら言った。

「服の裏に、お嬢様の手紙が縫い付けてありました。『ティルトは、私と使用人達を裸にして散々弄び、使用人の一人を凌辱した危険な男です。隙を見て逃げて。貴方の無事を祈ります』と書いてありましたよ。危険だと思っている相手に私を預けるなんて、酷いと思いませんか?」

 思い出したら腹が立ってきた、といった様子でミスティが言った。


 事情を知らないミスティがそう感じるのは当然だが……あの時のロゼットにとっては、それが最善の行動だったと考えて間違いないだろう。
 僕にミスティを渡さないように、しつこく食い下がれば、タームか僕が腹を立てて、ミスティやロゼット本人を殺すおそれがあったからである。

 当然ながら、体力の乏しいロゼットには、ミスティを抱えて逃げることは出来なかった。
 ミスティが目を覚ますまで時間を稼いで事情を話したとしても、あの時のミスティが、ロゼットの話に耳を貸したはずがない。

 こうして考えてみると、時間が限られた中で最善の行動をしたロゼットは、賢明な女性だと言うべきである。


「貴方は……そのことを知っていながら、ティルトとあんなに親しくしていたんですか!?」

 ノエルがそう言うと、ミスティは頷いた。

「だって、戦場で男に身体を委ねるのは、女が生き残るために、よく使う方法じゃないですか。それは単純な取引であって、誰かを非難するような行為ではありませんよ。相手を騙して、やることをやった後で殺してしまった、というのであれば外道だと思いますけど」
「……」

 あまりの返答に、ノエルは言葉を失った。
 ミスティの言葉には、ダッデウドであるベルさん達ですら驚いた様子である。


 そういえば、ミスティは、ケイト達を監禁して繰り返し凌辱したタームに対して、全く嫌悪感を示さなかった。
 それは、タームが恩人だからではなく、そもそも悪いことをしているという認識が無かったからだったのだ。

 娼婦にとっては、危機に陥ったら身体を使って生き延びようとすることは、当然の行為なのだろうが……それは、あまりにも通常の価値観とかけ離れていた。


「ノエルさんは、その程度の理由で、ティルトを殺したいと思ったんですか?」
「私は……ただ、怖かったから避けていただけです。殺すだなんて……」
「……ミスティ。ノエルが僕を殺そうとしていることは、ベルさん以上にあり得ないことだよ」

 思わず、僕は口を挟んでしまった。

「どうして、そんなことが言えるんですか?」
「それは……ノエルの感情こそ、簡単に分かるからだよ。この子は、僕のことを避けて、怖がっていたけど……本気で僕のことを殺そうと思っていたら、絶対に気付けるはずだから」


 初めて会った時に、ノエルは僕達を殺すことに失敗している。
 それは、彼女が挙動不審だったからだ。

 そのことからも分かるとおり、ノエルは、感情を隠すのが極めて下手なのである。
 出会ってから、彼女はずっと僕のことを避けており、最近では怖がっていることが伺えたが……憎しみのようなものは感じられなかった。

 無論、避けていたということは、僕の視界に入っていなかった時間が長かったということである。
 実際に、ノエルが僕のことを怖がっていることに気付いたのは、つい最近だ。

 そういう意味では、陰で憎しみを募らせていたということも考えられるのだが……ノエルには、ほとんど攻撃的なところがない。
 そもそも、人を殺したいと思えるような人間なのか、という疑問を抱いてしまうほどだ。

 実際に、ノエルは自分を凌辱しようとした男を殺してしまった時に、酷く動揺していた。
 そんな彼女が、僕のことを殺したいほど憎み続けられるとは思えない。


「だったら、誰がティルトを殺そうとしているんですか!?」

 苛立った様子のミスティに尋ねられて、僕は困ってしまう。

 このメンバーは、良くも悪くも裏表が感じられない女性ばかりである。
 中では、ルティアさんの本心は分かり辛いのだが……彼女も、ベルさんと同様に、ダッデウドの男性に求められたいと思っていることは間違いない。

 そもそも、出会ってからの期間が一番短いルティアさんが、そこまで僕を殺したいと思う動機が不明である。

 可能性としては、ルーシュさんが何らかの理由で、ルティアさんに対して、僕を殺せと命じることは考えられる。

 しかし、それは「必要があるから殺す」ということだ。
 憎しみが伴う理由ではない。

 本気の殺意をぶつけなければゲドルド効果を維持できないのだから、それでは不充分だろう。

 そもそも、ゲドルド効果について詳細な説明をしたのはルティアさんだ。
 彼女が僕のことを殺したいと思っているなら、そんな話をするはずがない。

 だったら、誰が……?
 少しの間だけ考えて……驚くべきことに、答えはすぐに出てしまった。
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