白銀の簒奪者

たかまちゆう

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第109話

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 外が騒がしいことに気付いて、僕は目を覚ました。
 危険を感じ、扉の内側に置いているバリケードをどけて、僕は廊下に出る。

 異変を察知した様子で、ベルさんやルティアさん達も廊下に出てくる。
 7人全員が揃ったタイミングで、スピーシアが現れた。

「スピーシア、これは……!」

 僕が尋ねると、スピーシアは、真剣な表情で僕達に告げた。

「どうやら……南の王国が、侵攻してきたようです」
「南の王国が……!?」

 動揺する僕達に対して、スピーシアは頷いてから言った。

「兵士達が話す、王国の人間の言語が聞こえました。おそらく、間違いないでしょう」
「でも、南の王国とダッデウドは協力関係にあるはずだから、スピーシアのことは襲わないはずだよね?」

 僕がそう言うと、スピーシアは首を振った。

「いいえ。残念ながら、南の王国とダッデウドの同盟関係は、そこまできちんとしたものではないはずです。王国がダッデウドの里を襲うことはないでしょうが……他の場所にいるダッデウドの安全を保証することはないでしょう」
「そんな……!」
「仮に約束をしていたとしても、そんな細かいことを、現場の兵士に徹底はしないはずです。南の王国の軍隊は、よく言えば勇敢ですが、悪く言えば粗暴なことで有名なのですから。女を見つけたら、何かを考える前に凌辱するような連中です」
「……」

 そんな危険な連中が、すぐ近くに……!
 だとしたら、この別荘にいる人間は、一刻も早く全員逃がさなければならない。

「早く避難を……!」
「そうですわね。ですが、私はここに残ります。皆様は、先に避難なさってください」
「そんな! どうして……!」

 言ってから、理由に思い当たった。

 地下にはロザリーがいる。
 彼女を置いて全員で逃げたら、王国の兵士が家探しをして、見付けてしまうかもしれない。
 そうなれば、ロザリーは兵士達に凌辱されてしまうだろう。

 スピーシアとしては、彼女を見捨てて逃げるわけにはいかないのだ。

「この別荘の間取りは把握しておられますわね? 裏口から逃げれば、すぐに森に逃げ込めます。そうすれば、兵士達からも比較的容易に逃げ切れるはずですわ」
「じゃあ、カーラ達も……!」
「お気持ちは、大変ありがたいですわ。しかしながら、それは駄目です」
「どうして……!?」
「私は、ヴェル様を信用しておりません。使用人の3人を加えたら、皆様は4人で6人を守りながら戦わねばなりません。そうなったら、ヴェル様はノエル様以外の5人は見捨てようとなさるはずですわ」
「そうね。私ならそうするわ」

 ベルさんは、スピーシアの言葉を否定しなかった。

 本当に、この人は……酷い人だ。
 改めてそう思った。

「さあ、お逃げください。私の使用人のことは、私が自分で守り切ってみせますわ」

 スピーシアの意志は固いようだった。

 クレア達は、それでもカーラ達を連れて行くべきだと主張したが、ベルさんだけでなくルティアさんも、全員を守れなくなると言って説得した。
 結局、僕達は7人だけで、別荘の裏口から逃げ出した。

 敵に見付かる前に、森に逃げ込む。
 そして、街道からは離れた方向へ逃げた。
 これで、王国の兵士に狙われる可能性は下がるはずだ。

 しかし、信じられないほど近くから、聞き慣れない言葉が聞こえてくる。
 待ち伏せされていた……!?

 ベルさんが攻撃魔法を放つ。
 木々が切り倒され、何者かの悲鳴が聞こえた。

 暗くてよく見えないが、どうやら敵に当たったらしい。

「この環境だと、お互いに相手がほとんど見えないわ。敵の気配を感じたら、迷わずに攻撃魔法を使いなさい」

 ベルさんが全員に指示を出した。

 僕は、補助魔法で周囲の状況を確認する。
 そして、森の中に、かなりの数の敵が潜んでいることに気付く。

「……危ない!」

 レレが障壁を展開し、どこからか放たれた閃光を遮る。

 敵の攻撃魔法だ。
 相手の位置が見えない状況でも防ぐとは、素晴らしい勘である。

 レレも攻撃魔法を放った。
 やはり、切られた木が倒れる音と、何者かの悲鳴が聞こえた。

 僕達は、一番足の遅いミスティに合わせて走った。
 見えなくても、ベルさんが迷惑そうな表情をしていることが伝わってくる。
 やはり、カーラ達を僕に預けなかったスピーシアの判断は正しかったらしい。

 僕も、何回か近くに気配を感じて、攻撃魔法を放った。
 本当に敵に当たったのかは分からない。

 しかし、暗闇の中で敵に囲まれながら誰も死なせないようにするためには、確実に敵の位置が分かるほど接近されてから対処するのでは遅い。

 魔力の残量が気になったが、僕は攻撃魔法を連発した。

「あ、あの! こんなに派手に音を立て続けたら、こちらの位置が簡単に把握されるんじゃないですか!?」

 ノエルがそう指摘する。

「そういうリスクは覚悟の上よ。でも、こっちは怪我をしたら、治せるのがクレアだけなのよ? できるだけ、相手に攻撃させないことが重要だわ」
「でも、皆さんの魔力が尽きるリスクもありますよね!?」
「そうね。色々なリスクは考えられるけど……今は、追手が少数であることに期待するしかないわ。普通は、私達を追っても、メリットがないと判断すると思うけど……」

 確かに、何万人という軍隊が、数人の逃走者を追跡するために、大量の犠牲者を容認するとは思えない。

 魔力切れのリスクはあるが、出し惜しみをせずに追手を攻撃すれば、敵が途中で諦める可能性は高いだろう。

 そう信じて、僕達は攻撃魔法を惜しみなく放った。

「止まって! 囲まれてる!」

 レレが叫び、僕達は立ち止まった。

「まったく、ミスティの足が遅いから!」

 ベルさんが吐き捨てて、攻撃魔法を放つ。

 続いて、僕とレレとルティアさんが魔法を放った。

 補助魔法の効果で、敵の位置がある程度は分かる。
 僕は、繰り返し攻撃魔法を放った。
 それに対して、敵も魔法や弓矢で応戦してくる。

 ベルさん達は、防御魔法と攻撃魔法を繰り返し使った。

 予想以上に敵の数が多い。
 ひょっとして、僕達のメンバーに女性が多いことを、察知されたのだろうか?

 可能性としては、スピーシアが僕達の情報をリークしたことも考えられる。
 それでカーラ達が助かるのであれば、スピーシアを責める気にはなれないが……。

「南の王国の主要な民族は、オットームよりも魔法が苦手だと聞いていたけど……兵士になるような連中は、そうでもないみたいね」

 ベルさんが、少し焦った様子で呟いた。

 僕達は、既にかなりの魔力を消費している。
 この調子で戦い続ければ、敵を全て倒す前に、魔力切れで戦えなくなってしまうだろう。
 そうなる前に、接近戦に持ち込んで、消費量を抑えたいところだが……敵は、僕達よりも夜目が利くらしい。

 森の中を自由に駆け回っていることを、音と気配で察することができた。

 迂闊に突っ込めば、翻弄されるリスクはある。
 だが、相手が信じられないほど動き回るため、攻撃魔法が思ったように当たらない。

 明らかに、こちらが魔力を使い果たすのを待っているのだ。
 このまま戦い続ければ、こちらが魔力切れに陥ることは目に見えている。

 僕は決心した。

「皆は防御に集中して!」

 そう言ってから、僕は敵がいる方へ突っ込んだ。
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