白銀の簒奪者

たかまちゆう

文字の大きさ
上 下
95 / 116

第94話

しおりを挟む
 時が止まったように感じられた。
 クレアは、酷くショックを受けた様子だ。

「どうして、そんなことを言うの? 他の子と仲良くなって、私のことが要らなくなったの?」

 クレアは、泣きそうな顔でそう言った。

 とんでもないことを言われて、僕は驚いた。
 まさか、クレアが、そんな受け取り方をするなんて……。

 確かに、ミスティが加わってからは、彼女の面倒を見るだけで手一杯だったが……だからといって、クレアが要らなくなることなどあり得ない。

 僕は全力で首を振った。

「そうじゃないよ。君を、これ以上危険な目に遭わせるわけにはいかないから……!」
「嫌よ! 私は、ずっと貴方について行くわ!」

 クレアの言葉に、意外な人物が頷いた。

「そうよ。クレアには、私達と一緒にいてもらうわ」
「ベルさん!?」

 予定が狂ってしまった。
 この人だけは、大喜びしてクレアを追い出そうとするはずだ、と思っていたのに……。

「この中で、回復魔法が使えるのはクレアだけよ。どんなことがあっても、失うわけにはいかないわ」

 ベルさんが強い口調で言う。

 そういえば、ベルさんが、オットームであるクレアが付いてくることを認めたのは、回復魔法が使えることが理由だった。

「ベルさん、それは僕達の都合でしょう?」
「じゃあ、ティルトは、ディフイやノエルが怪我をした時に、クレアがいなくてもいいの?」
「そういうわけでは……」

 見かねた様子で、ルティアさんが口を出す。

「ヴェル、ティルトを困らせるな。クレアはオットームなんだ。快く送り出すべきだろう?」
「……なるほど。貴方が、ティルトに余計なことを言ったのね?」
「当然のことを言っただけだよ」
「……仕方がないわね。だったら言うけど……クレアを追い出したら、私達は戦い続けることが不可能になるのよ?」
「回復魔法を使えなくても、すぐに死ぬわけじゃないだろう?」
「いいえ、そうじゃないわ。ティルトの強さは、ゲドルド効果だけじゃ説明できないところがあるのよ。ティルトが戦えなくなったら、私達は、あれほどの数の敵を相手に戦うことは難しくなるでしょう?」
「えっ……?」

 僕は驚いた。

 僕だけでなく、ルティアさんも含めた全員が驚いた様子だ。
 一体、ゲドルド効果以外の何で、僕の強さが説明できるのだろうか?

「ティルトの強さは……グレゴリオと同じ因子によるものよ」

 ベルさんがそう言うと、ルティアさんは戸惑った様子になる。

「……何だって?」

 ルティアさんは、怪訝な表情で、僕とクレアを繰り返し見た。

「……何ですか? グレゴリオって?」

 僕が尋ねると、ベルさんが言った。

「ダッデウドの社会では、ゲドルドに並ぶほどの有名人よ。愛する妻のために戦い、他の民族を次々と制圧し、ダッデウドが最も繁栄した時代を作ったわ」
「……そのグレゴリオと、僕に何の関係があるんですか?」
「グレゴリオは、妻を亡くして……その後、すぐに戦うことができなくなったの。愛する人がいなくなったら、別人のように弱くなってしまったのよ。そこから分かるのは、身近に大切な人がいると、ダッデウドは強くなることがある、ということなの。これを、私はグレゴリオ効果と呼んでいるわ」
「えっ……?」

 意味が分からなかった。
 ダッデウドは、憎まれることで強くなるのではなかったのか?

「何だか……今まで聞いていたダッデウドのイメージに、反しているような気がするんですけど?」
「……そうね。グレゴリオ効果は、ゲドルド効果と比べて、よく分からないところが多いの。存在に懐疑的な人も多いわ。でも、私は信じているの。ゲドルドだって、ヴェルディアが傍にいたから強かったんだって……」
「おい、ヴェル! お前……まさか!!」

 ルティアさんが、何かに気付いた様子で、ベルさんを非難するように叫んだ。

「ルディ、落ち着いて。貴方とは、ちゃんと話すつもりよ」
「何の話ですか?」

 僕が尋ねると、ベルさんは笑顔を浮かべて近寄ってくる。

「何でもないわ。私達には貴方の力が必要だし、貴方にはクレアが必要なのよ。分かったでしょ? グレゴリオ効果は、存在を意識すると失われてしまうおそれがあるから、なるべく話したくなかったけど……貴方がクレアを愛する限り、きっと大丈夫だと思うわ」
「……」

 何だか……何かを誤魔化されたような気がする。
 その証拠に、ルティアさんは、かなり動揺した様子だ。

 そういえば、レレも沈んだ顔をしている。
 ノエルは、そんなレレのことを心配している様子だ。

 クレアは、僕のことをじっと見ていた。
 そこに強い意志を感じて、僕は困ってしまう。
 僕が何を言っても、彼女は付いてくるつもりだろう。

 どうしていいか分からず、ミスティを見ると、彼女は僕のことを見上げていた。

「私……クレアさんがいないと不安です」

 ミスティはそう言った。

 彼女は、クレアに顔の傷痕を消してもらった。
 クレアがいなくなったら、同じような事態の際に困ると考えているのだろう。

 僕は、クレアの表情を確認しながら話す。

「これから、今まで以上に危ない目に遭うかもしれないよ? スピーシアが、どういう態度に出るか分からないし……最悪の場合、君の身体を狙うかもしれないんだよ?」
「覚悟はできているわ」
「君の前で……今まで以上に、人を殺すことになると思うよ?」
「私は、どんな理由があったとしても、絶対にそれを肯定しないわ。言ったでしょう? 貴方をダッデウドに譲り渡すわけにはいかないって。私がいなくなったら、人を殺すことに強く反対する人がいなくなるじゃない」
「……」

 クレアは、意地になっているように感じる。

 しかし、クレアがいなくなったら力を失うとまで言われて、無理に追い出すわけにもいかない。
 釈然としないところは残るが、彼女には、このまま一緒にいてもらうしかないだろう。

 改めてベルさんを見ると、彼女はクレアのことを、不快な顔をしながら見ていた。
 クレアのことを一番嫌っているベルさんが、クレアを強く引き留めるなんて……とても妙な気分だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

薬漬けレーサーの異世界学園生活〜無能被験体として捨てられたが、神族に拾われたことで、ダークヒーローとしてナンバーワン走者に君臨します〜

仁徳
ファンタジー
少年はとある研究室で実験動物にされていた。毎日薬漬けの日々を送っていたある日、薬を投与し続けても、魔法もユニークスキルも発動できない落ちこぼれの烙印を押され、魔の森に捨てられる。 森の中で魔物が現れ、少年は死を覚悟したその時、1人の女性に助けられた。 その後、女性により隠された力を引き出された少年は、シャカールと名付けられ、魔走学園の唯一の人間魔競走者として生活をすることになる。 これは、薬漬けだった主人公が、走者として成り上がり、ざまぁやスローライフをしながら有名になって、世界最強になって行く物語 今ここに、新しい異世界レースものが開幕する!スピード感のあるレースに刮目せよ! 競馬やレース、ウマ娘などが好きな方は、絶対に楽しめる内容になっているかと思います。レース系に興味がない方でも、異世界なので、ファンタジー要素のあるレースになっていますので、楽しめる内容になっています。 まずは1話だけでも良いので試し読みをしていただけると幸いです。

欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します

ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!! カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

男女比1:10。男子の立場が弱い学園で美少女たちをわからせるためにヒロインと手を組んで攻略を始めてみたんだけど…チョロいんなのはどうして?

ファンタジー
貞操逆転世界に転生してきた日浦大晴(ひうらたいせい)の通う学園には"独特の校風"がある。 それは——男子は女子より立場が弱い 学園で一番立場が上なのは女子5人のメンバーからなる生徒会。 拾ってくれた九空鹿波(くそらかなみ)と手を組み、まずは生徒会を攻略しようとするが……。 「既に攻略済みの女の子をさらに落とすなんて……面白いじゃない」 協力者の鹿波だけは知っている。 大晴が既に女の子を"攻略済み"だと。 勝利200%ラブコメ!? 既に攻略済みの美少女を本気で''分からせ"たら……さて、どうなるんでしょうねぇ?

貞操逆転世界に転生したのに…男女比一対一って…

美鈴
ファンタジー
俺は隼 豊和(はやぶさ とよかず)。年齢は15歳。今年から高校生になるんだけど、何を隠そう俺には前世の記憶があるんだ。前世の記憶があるということは亡くなって生まれ変わったという事なんだろうけど、生まれ変わった世界はなんと貞操逆転世界だった。これはモテると喜んだのも束の間…その世界の男女比の差は全く無く、男性が優遇される世界ではなかった…寧ろ…。とにかく他にも色々とおかしい、そんな世界で俺にどうしろと!?また誰とも付き合えないのかっ!?そんなお話です…。 ※カクヨム様にも投稿しております。内容は異なります。 ※イラストはAI生成です

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

処理中です...