白銀の簒奪者

たかまちゆう

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第93話

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 その場所に辿り着いたのは、夜を迎えた後だった。

 今夜は、新月の前の夜だ。
 月明りがほとんどないため、周囲は完全な暗闇に近い。

「明日の夜に、スピーシアの使者がこの近くに来る。今夜は、ここで隠れながら休もう」

 ルティアさんが、そう提案した。
 そのタイミングで、僕は気になっていたことを話す。

「あの……今さらで申し訳ないんですけど」
「何かな?」
「スピーシアという人のことを、信用してもいいんでしょうか? 裏切って、警備隊に通報したりしませんよね?」
「そうだね……警戒はした方がいい。ダッドさんの紹介とはいえ、面識がない相手を完全に信用するわけにはいかないからね。それに、スピーシアが裏切るリスクがことだけが問題じゃないと思う。警備隊が、彼女のことをマークしているかもしれないからね」
「確かに、あの女はオットームの社会で目立つ存在だから、帝国の人間からマークされていることはあり得るわ。まあ……私は、スピーシアが裏切る確率の方が高いと思うけど」

 ベルさんも、ルティアさんの言葉に同意した。

 スピーシアは、僕達のためにルーシュさんが紹介してくれた人物だが、そのルーシュさん自身が、ベルさんを生贄にすることを検討しているのだ。
 最悪の場合、レレとルティアさん以外の全員を始末してしまおう、と考えているかもしれない。

 そんなことまで考慮すると、全く安心できる要素は無いのである。

「では、スピーシアによる裏切りなどには警戒することにして……それとは別に、ここで皆に伝えておきたいことがあります」

 僕がそう言うと、皆が意外そうな顔をした。

 中でも、クレアが一番驚いているように見える。
 きっと、僕が積極的に何かを主張するなんて、以前の僕からは想像できないことなのだろう。

 注目を集めながら、僕は、はっきりと宣言した。

「仮に、スピーシアが僕達に最大限の協力をしてくれたとしても……代わりに誰かの身体を差し出すように要求されたら、僕は全力で阻止します。最悪の場合……スピーシアを殺してでも、絶対に止めます」

 僕の言葉に、皆が驚愕した。
 中でも、ルティアさんは激しく動揺した様子で言った。

「ちょっと待ってくれ! 殺してでも止めるって……そんなことをして、その後はどうするつもりなんだい? 私達は、誰かの協力がなければ、ダッデウドの里に辿り着くのが難しい状況なんだよ? それに、スピーシアは、問題のある人物ではあるけれど……ダッデウドの社会でも、一定の評価を受けている人物だ。性的な行為を強要された被害者の中にさえ、恩義を感じている者がいる。全面対決したら、ますます私達は不利な立場になるはずだ」
「関係ありませんよ、そんなことは。ルティアさんだって言っていたでしょう? 後のことは後で考えるって」
「それとこれとは話が違うよ! 私がスピーシアを拒むことに失敗しても、私一人が酷い目に遭うだけで済むし、命を落とすようなことはないだろう? でも、ティルトが言っていることは、私達全員が死ぬリスクを、はね上げるようなことじゃないか!」
「僕達は元々、帝国を相手に無謀な喧嘩を売っているんです。今さら、その程度のことを気にしたりはしません」
「その程度って……! 君は、事態を軽く見過ぎているよ! そもそも、スピーシアが君より強かったら!? 魔力切れ寸前の君には、勝ち目なんて無いじゃないか!」

 ルティアさんが言っていることは正しい。
 客観的に見れば、それは明らかだろう。

 だが、ここで引くわけにはいかない。
 世の中には、正論をぶつけられても引き下がってはならない時、というものがあるのだ。

「仮に、僕がスピーシアに負けたとしても……皆のことは逃がします。絶対に、そんな女の好き勝手にはさせません」

 僕がそう言うと、ルティアさんは唖然とした様子になった。

「ティルト……カッコいい……」

 ミスティが、うっとりとした表情で僕を見つめてくる。

 少し驚いた。
 彼女のこんな顔は、初めて見たからだ。

 タームは、ミスティは優しくされればすぐに惚れる、などと言っていたが……あれは間違いだったようである。

 考えてみれば、ミスティは、タームが別荘の人間の大半を殺すところを見て、本気で惚れ込んだのである。
 通常とは異なる価値観を持っていることは明らかだった。

「よく言ったわ、ティルト。安心して。私と貴方の2人なら、決してスピーシアに負けることはないわ」

 ベルさんがそう言った。

「ベルさん、でも……僕は、クレアやミスティが指名された場合でも戦いますよ?」
「大丈夫よ。その場合でも、今回だけは貴方に協力するわ」
「本当ですか?」
「ええ。スピーシアは、多くのダッデウドに虐待を加えたわ。それだけで、殺す理由は充分よ」

 欲望に忠実なダッデウドを完全に肯定している、ベルさんらしくない発言だった。
 いかにダッデウドであっても、ダッデウドを虐待するような人物を許すつもりはない、ということだろうか?

 いや……ひょっとしたら、ダッデウドの男から見向きもされなかったベルさんにとって、ダッデウドの男を性的に搾取する人物のことは許し難いのかもしれない。

「だったら……私も戦います!」

 レレがそう言ったので、ルティアさんは、いよいよ困り果てた様子で言った。

「ディフイちゃんまで……」
「だって、誰かが犠牲になって他の人を助けようだなんて、間違っていると思います!」
「……ティルト。確かに、そういうのは良くないと、私も思うわ」

 クレアが、僕を見つめながらそう言った。

「でも……すぐに暴力に訴えたり、相手を殺すことを考えるのは、違うと思うの。スピーシアさんが、どんなに酷い人だったとしても……話し合いで解決するべきだと思うわ」
「貴方、どこまで甘い考えを引きずるの? これまで、散々殺し合いを見てきて、何も学んでないのね」

 ベルさんは、いつものように、呆れた様子で言った。

「私は、ティルトに……誰も殺してほしくなかった! 後戻りできない状態になったのは、ベルさんのせいです!」
「今は、責任なんて話をすべき時じゃないでしょ?」

 このタイミングで、僕はついに、今まで言えなかった言葉を口にした。

「クレア……君には、僕達から離れて、別の場所で生きていってほしい」
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