白銀の簒奪者

たかまちゆう

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第91話

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 その後の数日間は、慎重に人目を避けながら進んだ。



 あれほどの人数を集めて惨敗したからには、警備隊は、さらなる増援を集めて襲ってくるはずだ。

 そして、いよいよ帝国軍が、僕達を葬るために動き出すかもしれない。

 いくらゲドルド効果の恩恵があったとしても、さすがに何万人という相手と戦うことは避けたかった。



 ベルさんは僕に忠告した。

「いい、ティルト? 次の戦いでは、ゲドルド効果を期待しちゃ駄目よ?」

「どうしてですか?」

「ゲドルド効果が働き続けるためには、魔力を生み出せるような強い感情を、長期間に渡って浴び続けることが重要なの。貴方は、体質的にゲドルド効果が切れるまでの期間が長いみたいだし、警備隊と戦っている間に浴びた敵意で、一時的に効果が増しているはずだけど……やっぱり、常に貴方を殺したいほど憎んでいる人間がいる環境とは違うのよ。ゲドルド効果が弱い状態で遠距離攻撃魔法を連発したら、すぐに魔力が枯渇してしまうわ」

「でも、僕は、抱えていられる魔力の総量も多いんですよね?」

「そうね。けれど、それだって、ほとんど使い切る寸前まで減っていると考えるべきだわ。ティルトの場合、補助魔法が使えなくなったら並以下の動きしかできないんだから、魔力を充分に回復させないと駄目よ」

「……」



 僕の魔力量が多いのは、ゲドルド効果が極めて高い状態が続き、大量の魔力を生み出せる状態だったからだろう。

 それは、村の大半の人間から嫌われていたことも理由だが、特に、クレアの父親から嫌われていたことが大きいと思う。

 あの人は、僕がクレアと仲良くしているところを見た時に、殺気のようなものを放っていた。

 髪が銀色である僕と、自分の大切な娘が仲良くしているなんて、あの人にとっては許せないことだったに違いない。



 しかし、今は違う。

 一緒にいる女性の内の誰かを怒らせてしまうことがあっても、ゲドルド効果を得られるほどではないはずだ。

 いや、怒らせること自体は簡単な気もするが……誰であれ、そこまで激昂させたら取り返しがつかない。

 魔力を回復させるために、しばらくは大人しくするしかないだろう。



「しかし、困ったな。ダッデウドの里からこんなに離れた場所で、これほど派手に戦うことは想定外だ。このまま3ヶ月以上も歩き続けるのは、リスクが高いな……」

 ルティアさんが呟く。

「そうね。確かに、あれほどの人数と戦うことは想定外だったわ」

 普段は余裕そうな態度を崩さないベルさんも、ルティアさんの言葉を肯定した。



 現在の孤立無援な状態で、同規模以上の警備隊や軍隊に襲われたら、いよいよ危ない。

 魔力の大半を失っているのは僕だけではないからだ。

 ルティアさんは派手に戦っていたし、ベルさんもレレも、決して消耗は少なくないはずである。

 クレアとノエルにしても、防御魔法を長時間使い続けていた。

 できれば、当分の間は戦わないで済ませたいところである。



「……仕方がない。気が進まないけど……ここは、スピーシアを頼ろう」

 ルティアさんがそう言うと、ベルさんが目を見開いた。

「貴方……正気でそんなことを言ってるの!?」

「だって、他にどうしようもないじゃないか。馬車でも借りることができれば、今よりも大分速く、安全に移動できるだろう?」

「スピーシアと接触することだって、かなりのリスクがあるはずだわ。面識の無い私達が助けを求めても、警備隊に通報されるに決まってるじゃない」

「実は、いざという時のために、ダッドさんが段取りをしておいてくれたんだ」

「姉さん……何て余計なことを!」



 2人の様子を見て、僕は不安になり尋ねた。

「あの……スピーシアというのは?」

「スピーシアは、オットームの両親から産まれた、ダッデウドの女性なんだ」

「じゃあ、僕と同じ境遇なんですね……」

「いや、彼女は……ティルトとは違って、自分の両親から愛されて育ったんだ。今では、オットームの社会でまともな暮らしをしている、数少ないダッデウドだよ」

「そんな人がいたんですか……!?」

「ああ。彼女は、両親から相続した財産を使って、悲惨な境遇に陥っていたダッデウドを、数多く救い出してきた。そして、社会から拒絶されたダッデウドと、オットームとの仲を取り持つ活動をしているんだ」

「素晴らしい人じゃないですか! その人を頼ることに、何か問題でもあるんですか?」

「それは……」

 僕の質問に対して、ルティアさんは口籠った。



「スピーシアは、危険な女よ」

 ベルさんが、憎しみに満ち溢れた表情で言った。

「危険、というのは……?」

「あの女は……自分が保護したダッデウドに対して、性的な行為を強要したわ。男にも、女にもね」

「ええっ……!?」



 それでは、ロゼットの祖母とやっていることが同じである。

 いや……被害者の数が多い分だけ、より悪質だと言えるだろう。

 まさか、同性の人間まで性欲の対象にするなんて……。



 ミスティが、僕の腕にしがみついてくる。

 彼女は、ロゼットの祖母に頬に傷を付けられたこともあって、他人を性的に搾取するような人間のことが怖いのだろう。



 僕は、震えるミスティの頭を撫でた。

 すると、ミスティは何故か驚いた様子でこちらを見上げてくる。

 何か、おかしなことをしただろうか……?



 刺すような視線を感じてそちらを見ると、意外なことに、ルティアさんが僕達のことをじっと見ていた。

 そして、それをごまかすように、慌てて目を逸らす。



 最近、皆の反応が不思議だ。どうしたのだろう?

 そんなことを考えている場合ではないのかもしれないが、とても気になった。
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