白銀の簒奪者

たかまちゆう

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第84話

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「あの……貴方のことは、ルティアさんと呼んでもいいですか?」

 僕がそう尋ねると、ショートカットの女性は困惑した様子だった。

「それだと、まるでオットームの女の子みたいな名前だね」
「……嫌ですか?」
「いや、いいよ。好きなように呼んでくれれば」
「良かったじゃない。ダッデウドの男の子から女性扱いされて」

 ベルさんがからかうように言った。

「……言わないでくれ。これでも気にしてるんだ」

 ルティアさんは拗ねたように言った。

「ルディさんは……かっこいいと思います!」

 レレが、妙に真剣な顔で言った。

「……そうか。ありがとう」

 ルティアさんは、複雑な表情を浮かべる。
 同性からの、そういう評価を喜ぶべきなのか、迷いがあるようだ。


 女の子というのは、ちょっと男性的なところがある女性に憧れるらしいが……ルティアさん本人は、やはり女性としての評価を受けたいのだろう。

 ルティアさんは綺麗な顔立ちをしているし、体型的にも、少なくともオットームよりは遥かに恵まれているように見えるのだが……僕やベルさんよりも背が高いことが、本人の性格にも、周囲からの評価にも影響を与えているのかもしれない。


「あの、ルティアさん……ダッデウドは、これからどうするんでしょうか?」

 ノエルが、心配そうに質問する。

「言っただろう? それは、里に戻ってから話し合って決めるんだ」
「ですが……帝国と正面から戦っても、勝算はないんですよね? かといって、移住することも難しいと聞きました。もう、謝れば許してもらえるような段階ではなさそうですし……話し合ったとしても、結論なんて出るんでしょうか?」
「そうだね……君が不安になるのは当然だ。でも、私はダッドさんに頼まれて、ずっと移住先を探してきた。そして、何ヶ所か候補を発見したんだ」
「本当ですか!?」
「ああ。だから、きっと移住が私達の主要な議題になる。詳細は、その時に話すけど……あまり悲観的にならないでくれると嬉しいな」
「分かりました!」

 ノエルは安心した様子だった。
 しかし、他のメンバーの反応は、総じてあまり良くない。

 理由は明らかである。
 理想的な移住先などというものが、簡単に見つかるはずがないからだ。


 例えば、北方の地が移住の候補地だったとして……おそらく「極めて寒いが、ギリギリで暮らせないわけではない」といった条件の場所なのではないだろうか?

 それより暖かければ、既にオットームが住み着いているだろう。

 そういった、過酷な条件の場所が移住先だった場合、皆の意見が簡単にまとまるとは思えない。
 ルティアさんが、今この場で詳細を話さないのは、それが理由なのだろう。

 場合によっては、議論の過程で、ダッデウド社会が内部分裂する恐れすらある。
 とても楽観はできなかった。

 先行きは不安だが、ルティアさんが加わったのは心強いことだ。
 戦力が増えたことも大きいが、ルティアさんもバロルを連れていたため、2頭で荷物を運べるようになったことも大きい。

 運搬能力に余裕ができたため、いざとなれば片方のバロルに、誰か1人を乗せて運んでもらうことができるだろう。


 その夜は満月だった。
 僕達は、小さな川が流れているのを発見して、その近くで休むことにした。

 例によって、女性達は身体を洗いたがった。
 そのため、僕は薪を集めるなどして、一時的に川を離れることにする。

「私を守ってくださるなら、ずっと近くにいてください」

 ミスティがそう言ってきたので、僕は困ってしまった。

 満月の夜はとても明るい。
 一緒に水浴びなどしたら、お互いの裸体がはっきりと見えてしまうだろう。

 ミスティの身体は、既に大人の女性のものだ。
 迂闊なことはできない。

 クレアやレレに白い目で見られたこともあり、僕はミスティを説得した。
 すると、ミスティは意外にも、あっさりと引き下がった。

 彼女はレレやクレアのことを信用しているようだし、本音を言えば、僕に裸を見られるのは嫌らしい。
 嫌がられると、ちょっと見たい気分になってしまったが、そんなことは当然口に出さなかった。

 彼女のことはレレ達に任せて、僕は1人になる。


 女性達から離れ、僕はため息を吐いた。

 最近、1人になると落ち着いた気分になることを自覚する。
 ミスティは、トイレの時などを除いて、常に僕の傍にいようとするのだ。

 ベルさんは殺気を放つし、クレア達は嫉妬の籠もったような目で僕達の方を見てくるので、気が休まる時がないのである。

 しかし、ミスティの立場を考えれば、僕から離れないのは当然のことだろう。
 彼女は、自分が愛した男から突然捨てられ、見ず知らずの集団に勝手に引き渡され、そのメンバーの1人から殺害予告を受けているのだ。

 僕としても、ミスティを引き取ったからには、なるべく彼女のことを守ってあげたいと思う。
 しかし、彼女が僕の腕に抱き付くと、胸がぶつかって気になる。

 ミスティは、僕が彼女の胸を意識していることを認識しているため、時々こちらの反応を窺うようにしてくるのである。
 扱いに困ることは確かだった。


 夜になり、皆が寝静まった後で、僕は1人で身体を洗いに行くことにする。
 隣で寝ているミスティを起こさないように注意した。

 ミスティは、自身がまだ処女であるためなのか、寝る時にやたらと無防備に身体を寄せてくる。
 眠っている間に触られたり、脱がされたりするかもしれないということは、一切考えていないようだ。

 まあ、そんなことをしてバレたら大変なことになるので、実行はしないが……。


 川に行き、僕が身体を洗っていると、誰かが近付いてくる気配がした。

「……誰だ!?」
「私だよ。大きな声を出さないでくれ」

 月明かりに照らされて、両手を広げながら僕に近付いてくるルティアさんが見えた。
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