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第81話
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「ティルト、これははっきりと言っておくけど……私は、ダッデウドのためにミスティを殺すわ」
ベルさんは、まるで世間話のように言い放った。
その言葉を聞いて、僕の腕の中でミスティが震える。
「そんなの……認めませんよ!」
「だって、その子がいたら、他の全てのダッデウドが迷惑するのよ?」
「ミスティのことは、僕が責任をもって保護します! ダッデウドの里には連れて行きません!」
「でも、その子さえいなければ、私達だって南の王国に逃げ込めるでしょ? 貴方は、くだらない同情心で、私達を危険に晒すの?」
「だとしても、殺すなんて……!」
「分かってないのね。災いの元は根絶やしにしておくべきなのよ。貴方が止めても、私はやるわ。そうすることの正当性は、充分に説明したわね?」
「あんまりですよ! 追い出すとかいうならともかく……!」
「追い出したら、その子はまた娼婦として生きるんでしょ? そんな惨めな生き方をさせるなら、殺してあげた方がその子のためだわ」
「そんなこと、勝手に決め付けないでください!」
「だったら、貴方はその子が娼婦として暮らしているところを見たいの?」
「それは……嫌ですけど、だからといって……!」
「安心して。貴方の目の前で殺したりはしないわ」
「……」
ベルさんは、ミスティを殺すことをやめるつもりはなさそうだ。
ここまではっきりと殺意を固めている人間を、何と言って説得したらいいのだろうか?
ミスティが、不安そうに僕を見上げてくる。
「大丈夫だよ。君のことは、必ず守るから」
そう言って安心させようとしたが、ミスティの表情は変わらなかった。
「ねえ、ミスティの顔の傷のことなんだけど……」
休憩の時に、クレアが僕に話しかけてきた。
その言葉を聞いて、僕の隣に座っているミスティが震え、自分の頬を押さえる。
「……その傷は、ミスティに嫉妬した、ロゼットのお婆さんが付けたものだよ。そんなに目立たないから、気にしないであげてほしいんだけど……」
「私達が気にしなくても、本人が気にするでしょ? 回復魔法で綺麗にできないか、試してみてもいいかしら?」
「傷痕って、回復魔法で消えるの?」
「子供なら、綺麗に消えることがあるんだけど……」
クレアは、自信がなさそうに言った。
ミスティは、僕やクレアよりは年下だが、体型は既に大人の女性のものだ。
彼女がもう少し幼ければ、可能性はより高かったのだろうが……。
「少しでも可能性があるなら……お願いします!」
ミスティがそう言った。
クレアは頷き、ミスティの頬に手を伸ばした。
クレアの手が輝き、ミスティの頬を照らす。
新しい傷ならば、これで完全にふさいでしまい、痕も残さずに済むのだが……いかにクレアの腕が良くても、既に治ってから時間が経ってしまっている傷の痕跡を、完全に消せる保証はない。
僕だけでなく、レレとノエルが固唾を飲んで見守る中、ベルさんだけが興味なさそうな顔をしていた。
クレアが息を吐く。
「……良かった。ほとんど見えなくなったわ」
確認するように促されて、僕はミスティの頬を観察する。
傷痕は消えていた。
元々そこに傷があったことを知っていて、目を凝らせば、痕跡に気付くかもしれないが……そうでなければ、まず気付くことはないだろう。
ミスティがまだ幼いこともあるだろうが、クレアの腕が高かったからこそ成功したのだと思う。
「……あの、どうですか?」
ミスティが不安そうに尋ねてくる。
「良かったね、傷痕は消えたよ」
「本当ですか……?」
「本当だよ。クレアにお礼を言わないと」
「いいのよ、お礼なんて。上手くいって良かったわ」
そう言って、クレアはミスティの頬を撫でる。
「あ、あの……ありがとうございます! これで、私……タームの所に帰れます!」
ミスティがそう言った瞬間、場の空気が凍り付いた。
どうやら、ミスティはまだ、自分が捨てられたのは顔の傷が原因だと思い込んでいたらしい。
「貴方……頭がおかしいんじゃないの? タームは今頃、ロゼットとベッドの上で楽しんでる最中よ」
ベルさんが嘲笑うように言った。
「……そうだったとしても、私がいたら、皆さんにご迷惑でしょう? 後のことは、タームやお嬢様と直接話し合って決めます!」
どうやら、ミスティは本気のようだった。
「……馬鹿な女ね。私は嫌いよ、貴方みたいな子のことは」
「私……自分を殺そうとしている人に、好かれたいなんて思いません!」
「だったら、タームに好かれることも諦めなさい。戻ったりしたら、今度こそ殺されるわよ?」
「タームは、そんなことしません!」
「分かってないのね。男は、要らなくなった女のことを容赦なく捨てるのよ。特に、新しい女を楽しむことを邪魔なんてしたら……殺されるのは当然だわ」
ベルさんが、虚ろな目をしながら、やけに感情の籠もった口振りで語る。
その言葉から迫真性を感じ取った様子で、ミスティは黙り込んだ。
「タームが、ミスティのことを殺そうとするかは分からないけど……もう、タームの所に戻るべきじゃないっていうことには同意見だね。あいつは、もうロゼットのことしか頭にないから、他の女に興味を示すことはないよ。そのことに、ミスティの顔の傷は関係ないと思うよ?」
僕は、そう言ってミスティを諭した。
「私……タームに捨てられたら生きていけません!」
「そんなことはないよ。これからは、僕が君のことを守るから」
「……本当ですか?」
「本当だよ」
ミスティは、僕の顔を覗き込むようにして見つめた。
それから、僕の腕に抱き付くように身体を寄せてくる。
「……ミスティ?」
「貴方の言葉が本当なのでしたら、この場でそれを証明してください」
「……どうやって?」
僕がそう言うと、ミスティは、ベルさんのことを指差して言った。
「その人のことを、今すぐ殺してください」
ベルさんは、まるで世間話のように言い放った。
その言葉を聞いて、僕の腕の中でミスティが震える。
「そんなの……認めませんよ!」
「だって、その子がいたら、他の全てのダッデウドが迷惑するのよ?」
「ミスティのことは、僕が責任をもって保護します! ダッデウドの里には連れて行きません!」
「でも、その子さえいなければ、私達だって南の王国に逃げ込めるでしょ? 貴方は、くだらない同情心で、私達を危険に晒すの?」
「だとしても、殺すなんて……!」
「分かってないのね。災いの元は根絶やしにしておくべきなのよ。貴方が止めても、私はやるわ。そうすることの正当性は、充分に説明したわね?」
「あんまりですよ! 追い出すとかいうならともかく……!」
「追い出したら、その子はまた娼婦として生きるんでしょ? そんな惨めな生き方をさせるなら、殺してあげた方がその子のためだわ」
「そんなこと、勝手に決め付けないでください!」
「だったら、貴方はその子が娼婦として暮らしているところを見たいの?」
「それは……嫌ですけど、だからといって……!」
「安心して。貴方の目の前で殺したりはしないわ」
「……」
ベルさんは、ミスティを殺すことをやめるつもりはなさそうだ。
ここまではっきりと殺意を固めている人間を、何と言って説得したらいいのだろうか?
ミスティが、不安そうに僕を見上げてくる。
「大丈夫だよ。君のことは、必ず守るから」
そう言って安心させようとしたが、ミスティの表情は変わらなかった。
「ねえ、ミスティの顔の傷のことなんだけど……」
休憩の時に、クレアが僕に話しかけてきた。
その言葉を聞いて、僕の隣に座っているミスティが震え、自分の頬を押さえる。
「……その傷は、ミスティに嫉妬した、ロゼットのお婆さんが付けたものだよ。そんなに目立たないから、気にしないであげてほしいんだけど……」
「私達が気にしなくても、本人が気にするでしょ? 回復魔法で綺麗にできないか、試してみてもいいかしら?」
「傷痕って、回復魔法で消えるの?」
「子供なら、綺麗に消えることがあるんだけど……」
クレアは、自信がなさそうに言った。
ミスティは、僕やクレアよりは年下だが、体型は既に大人の女性のものだ。
彼女がもう少し幼ければ、可能性はより高かったのだろうが……。
「少しでも可能性があるなら……お願いします!」
ミスティがそう言った。
クレアは頷き、ミスティの頬に手を伸ばした。
クレアの手が輝き、ミスティの頬を照らす。
新しい傷ならば、これで完全にふさいでしまい、痕も残さずに済むのだが……いかにクレアの腕が良くても、既に治ってから時間が経ってしまっている傷の痕跡を、完全に消せる保証はない。
僕だけでなく、レレとノエルが固唾を飲んで見守る中、ベルさんだけが興味なさそうな顔をしていた。
クレアが息を吐く。
「……良かった。ほとんど見えなくなったわ」
確認するように促されて、僕はミスティの頬を観察する。
傷痕は消えていた。
元々そこに傷があったことを知っていて、目を凝らせば、痕跡に気付くかもしれないが……そうでなければ、まず気付くことはないだろう。
ミスティがまだ幼いこともあるだろうが、クレアの腕が高かったからこそ成功したのだと思う。
「……あの、どうですか?」
ミスティが不安そうに尋ねてくる。
「良かったね、傷痕は消えたよ」
「本当ですか……?」
「本当だよ。クレアにお礼を言わないと」
「いいのよ、お礼なんて。上手くいって良かったわ」
そう言って、クレアはミスティの頬を撫でる。
「あ、あの……ありがとうございます! これで、私……タームの所に帰れます!」
ミスティがそう言った瞬間、場の空気が凍り付いた。
どうやら、ミスティはまだ、自分が捨てられたのは顔の傷が原因だと思い込んでいたらしい。
「貴方……頭がおかしいんじゃないの? タームは今頃、ロゼットとベッドの上で楽しんでる最中よ」
ベルさんが嘲笑うように言った。
「……そうだったとしても、私がいたら、皆さんにご迷惑でしょう? 後のことは、タームやお嬢様と直接話し合って決めます!」
どうやら、ミスティは本気のようだった。
「……馬鹿な女ね。私は嫌いよ、貴方みたいな子のことは」
「私……自分を殺そうとしている人に、好かれたいなんて思いません!」
「だったら、タームに好かれることも諦めなさい。戻ったりしたら、今度こそ殺されるわよ?」
「タームは、そんなことしません!」
「分かってないのね。男は、要らなくなった女のことを容赦なく捨てるのよ。特に、新しい女を楽しむことを邪魔なんてしたら……殺されるのは当然だわ」
ベルさんが、虚ろな目をしながら、やけに感情の籠もった口振りで語る。
その言葉から迫真性を感じ取った様子で、ミスティは黙り込んだ。
「タームが、ミスティのことを殺そうとするかは分からないけど……もう、タームの所に戻るべきじゃないっていうことには同意見だね。あいつは、もうロゼットのことしか頭にないから、他の女に興味を示すことはないよ。そのことに、ミスティの顔の傷は関係ないと思うよ?」
僕は、そう言ってミスティを諭した。
「私……タームに捨てられたら生きていけません!」
「そんなことはないよ。これからは、僕が君のことを守るから」
「……本当ですか?」
「本当だよ」
ミスティは、僕の顔を覗き込むようにして見つめた。
それから、僕の腕に抱き付くように身体を寄せてくる。
「……ミスティ?」
「貴方の言葉が本当なのでしたら、この場でそれを証明してください」
「……どうやって?」
僕がそう言うと、ミスティは、ベルさんのことを指差して言った。
「その人のことを、今すぐ殺してください」
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