白銀の簒奪者

たかまちゆう

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第80話

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 僕の言葉に、クレアとレレが驚いた顔をした。

 これは、以前クレアが僕に提案した計画であり、ルーシュさんが僕に伝えた計画でもあったからだ。
 このタイミングで、それを持ち出すとは思っていなかったのだろう。

 ベルさんは、非常に険しい表情を浮かべた。
 それから、大きなため息を吐いて言葉を発する。

「それは不可能よ」
「どうしてですか? 帝国を相手に無謀な戦いを続けるよりは、逃げ延びることを考えた方が、よほど現実的でしょう?」
「だったら尋ねるけど、貴方は一体どこに逃げるつもりなの?」
「帝国は、四方を異民族の国に囲まれているはずです。そのどれかに逃げ込めばいいはずです」
「貴方……一体、何十年前の話をしているの?」
「いや、だって……帝国は、南の王国の脅威に晒されているじゃないですか! 何年か前にも、激しい衝突があったはずでしょう?」
「そうね。でも、今となっては、帝国と戦うことができるのは、南の王国くらいよ」
「そんな……」

 言葉を失った僕を見て、ベルさんは再びため息を吐いた。

「知らないようだから教えてあげる。例えば、北方の地は、既にほとんどが帝国に支配されているわ。残っているのは、あまりにも寒さが厳しくて、侵略するのが難しいのにメリットのない地域ばかりよ。当然のことだけど、肉体的に脆弱なダッデウドは、そんな極寒の地で暮らすことはできないわ」
「……」
「東の国々も、巨大山脈よりも西にあった国は、全て帝国に滅ぼされているわ。山脈よりも東にある国は、地形的に攻め込まれにくいだけで、国力の乏しい国が多いらしいわね。痩せた土地や乏しい水資源のせいで、住みにくい場所だそうよ。そもそも、山脈越えはオットームでも命がけになるほど大変なことだと聞いているから、ダッデウドには不可能でしょうね」
「西方諸国は……どうですか?」
「駄目ね。事実上、帝国の属国として生き永らえているだけよ。既に大量のオットームが住み着いていて、オットームの文化が入り込んでいるから、ダッデウドは差別されるわ。移住しても、安心して暮らすことは不可能よ」
「じゃあ、南の王国に移住すればいいでしょう?」
「そうね。南の王国には、ダッデウドだけなら移住することが可能だわ。オットームは、帝国のスパイとみなされて殺されるでしょうけど」
「えっ……!」
「だから、私は以前、里のオットームを全員始末して、ダッデウドだけで移住することを提案したこともあるんだけど?」
「……」
「分かったかしら? ダッデウドの血を引いているからといって、オットームを私達の社会に受け入れることは、選択の幅を狭める危険なことなの」
「そんな……」
「まあ、肌が白くても、髪が黒やブラウンなら、オットーム以外の民族でもあり得るわ。だから、それほど疑われないで済むと思うけど……金髪の子は、間違いなく疑われるでしょうね」
「……」

 それは、つまり……ミスティは完全にアウトだということだ。

 帝国が周辺諸国と戦争をして、連戦連勝だという話は聞いたことがあった。
 しかし、南の王国以外の相手は、ほとんど征服していたなんて……。

 ルーシュさんは、そのことを知らなかったのだろうか?

「それで、これからどうするつもりなの? 私としては、オットームは全員始末して、ダッデウドだけで南の王国に移住しても構わないわよ?」

 ベルさんが、勝ち誇ったように言ってくる。
 僕がその意見を採用しないことは分かっているのだろう。

 しかし、ベルさんの意見を否定したら、僕には代案がない。

 ただ単に案を出すだけなら、1つ思い付いたことはある。
 ダッデウドと共に暮らしているオットームの中で、最も目立つ金髪の人間だけを置き去りにして、他のオットームを引き連れて南の王国に移住するのだ。

 しかし、ミスティを引き取った僕が、そんな提案をするわけにはいかない。

 それに、ダッデウドの里の人間だって、その程度のことは考えたはずだ。
 それをしなかった、ということは、里に住んでいる金髪のオットームを見捨てるつもりはない、ということなのだろう。

 反論する術を失って、僕は黙り込むしかなかった。

「……とりあえず、次のダッデウドを救うために動きませんか? 私達は、タームという人を助けようとして、かなりの時間を浪費しました。このままだと、グラートが呼び出した魔物によって、ダッデウドまで殺されてしまいかねません」

 レレがそう言った。
 確かに、ここでいつまでも口論していても仕方がない。

「そうね。本当に、酷い無駄足だったわ。いい思いができたのはティルトだけね」

 ベルさんは、そう言いながら冷たい目で、僕と、僕の腕の中にいるミスティのことを見た。

 ミスティは、僕の胸のあたりに、しがみつくようにしてくる。
 ベルさんの魔法の効果が切れたらしい。

 ミスティの身体は震えていた。
 身動きできない状態で、自分を殺すという話をされたのだ。恐怖は相当なものだっただろう。

 たとえミスティの存在がダッデウドにとって不利益になるとしても、あっさりと見捨てるわけにはいかない。
 そのためには、移住以外の方法で、僕達が生き延びる方法を考えなければならなかった。
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