白銀の簒奪者

たかまちゆう

文字の大きさ
上 下
45 / 116

第44話

しおりを挟む
 ベルさん達3人は、既に元の場所に戻っていた。

「2人で一緒に、どこに行っていたの?」

 こちらをからかうように、ベルさんが尋ねてくる。
 ノエルは、真っ赤になって俯いた。

「ディバド人を自称する、赤毛の男に襲われたんですよ」
「そう、貴方達も……」
「……じゃあ、ベルさん達も?」
「ええ。敵が操った熊や猪が、グラートの魔物よりも頑丈で焦ったわ」
「えっ……?」

 おかしい。
 あの動物達からは、それほどの脅威を感じなかった。

 いや……ベルさん達を襲ったディバド人は、僕を襲ったオンドという男よりも腕が良かったのだろう。

「あの……紐を解いていただけませんか?」

 ノエルが、不安そうに申し出た。

 もしも、ベルさんが解いてくれなければ、ずっと縛られたままである。
 それは、今のノエルにとっては、死刑宣告のように感じられるだろう。

「あら。これ、ティルトに解いてもらわなかったの?」
「解き方が分からないんですよ……」
「そう。……ねえ、クレアはともかく……ディフィは、この子に殺されそうになったこと、許してあげるの?」
「……ティルトが許すなら、私も許します」
「皆、ずいぶん優しいのね。私、まだ怒ってるんだけど?」
「許してあげてください。僕がお願いしても、駄目ですか?」
「……いいわ。ティルトがそう言うなら、その子に対して、お仕置きはしないであげる」

 そう言って、ベルさんは、ノエルを縛っていた紐を、簡単に解いてしまった。

「……」

 手首をさすりながら、ノエルは俯いた。

「大丈夫、安心して。ベルさんは、本当はダッデウドに対してだけは優しいんだから」

 クレアが、ノエルにそう言った。
 よく分からない励まし方だ。

「……ダッデウド?」
「あ、ごめんなさい! ダート人のことを、本人達はダッデウドって呼んでるの。貴方も、そのダッデウドの1人なのよ」
「……」

 ノエルは、困惑した様子だった。

「歩きながら話しましょう? さっきから、村の人間の気配がするわ」

 そう言って、ベルさんは視線を周囲に巡らせた。

 確かに、誰かがこちらを窺っているようだ。

 僕は腹が立った。
 この村の人間が、僕が住んでいた村の連中と同じように、ノエルをいじめたのだ!

「待ちなさい、ティルト。気持ちは分かるけど、警備隊の人間や、ディバド人の援軍が来るかもしれないわ。これ以上の連戦は危険よ」

 ベルさんに止められて、僕は自重する。

 そういえば、僕は魔力が尽きて、紐を切ることすらできなかったのだ。
 怒りは収まらなかったが、僕は村を襲撃することを諦めた。

 そして僕達は、ノエルを仲間に加えて旅を再開した。


「ベルさん、レレが髪を結うのに使っている紐って、凄く特殊な素材で出来ていたりしませんか?」

 念のため、僕は尋ねた。

「いいえ、どこにでもあるような物だけど……気になることでもあるの?」

「……実は、あの紐を、一度ちぎろうとしたんです。でも、切れなくて……魔力が尽きたんじゃないかと思うんですけど……」
「あら、そうとは限らないわよ? 多分、紐を切ることを、貴方が望まなかったから切れなかったんだわ」
「えっ……?」
「貴方、あの紐のことを、ディフィが大切にしていると思ったんじゃないの? だから、気が進まなくて、魔法が使えなかったのよ。女の子に対して優しいのは、いいことだと思うわ」
「……」

 ベルさんの言葉を聞いて、僕は動揺した。


 あの紐をレレが大切にしている、という可能性は確かに考えた。

 しかし、あの時、ノエルは辛そうにしていた。
 早く紐を切ってあげたかったのだ。

 それに失敗したから、僕はノエルに耐え難い屈辱を与えてしまったのである。

 どうして、僕は紐を切らなかったんだろう?

 例えば、あの紐は誰かがレレに対して贈ったものであり、それを幼い頃から大切にしている、といった話を事前に聞いていたならば……無意識のうちに、躊躇してしまうことだって考えられる。

 しかし、僕は、そういった話を一切聞いていない。
 何となく、大切な物かもしれない、と思っただけだ。

 そこで、恐ろしいことを思い付く。
 もしも、僕が……本当は、あの結果を望んでいたとしたら?

 思わず、ノエルの様子を確認した。

 彼女は、やはり動揺した様子である。
 自分を苦しみから解放することよりも、紐の方を大切にされたと知って、ショックなのだろう。

 僕は今まで、苦痛を与える相手を選んできたつもりだ。

 魔力を補給するため、という目的もあった。
 だからこそ、一生恨まれても、心が痛まない相手を選んできたのである。

 しかし、女性を対象にして、なぶる行為を楽しんできたことに変わりはない。

 ということは、相手が大切に思っている人物であっても……同じなのか?
 なぶって楽しみたいという欲望は、誰に対しても持っているのだろうか?

 そこまで考えて、僕は自分のことが怖くなった。
 そのうち、ベルさんやレレ、そしてクレアに対しても、積極的に苦痛を与えるようになったとしたら……?

「ティルト、あんまり考え込んじゃ駄目よ?」

 ベルさんがそう言った。こちらを心配しているようだ。

 以前、ミアがいた町で、僕が女性を虐待した事実については、ベルさんだけが知っている。
 そんな彼女には、僕が悩んでいることについて、ある程度の察しがついているのかもしれない。

 ベルさんは、ダッデウドとして覚醒したとしても、本人が望まないような残虐行為はしないと保証してくれた。
 今は、その言葉を信じるしかないだろう。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

男女比世界は大変らしい。(ただしイケメンに限る)

@aozora
ファンタジー
ひろし君は狂喜した。「俺ってこの世界の主役じゃね?」 このお話は、男女比が狂った世界で女性に優しくハーレムを目指して邁進する男の物語…ではなく、そんな彼を端から見ながら「頑張れ~」と気のない声援を送る男の物語である。 「第一章 男女比世界へようこそ」完結しました。 男女比世界での脇役少年の日常が描かれています。 「第二章 中二病には罹りませんー中学校編ー」完結しました。 青年になって行く佐々木君、いろんな人との交流が彼を成長させていきます。 ここから何故かあやかし現代ファンタジーに・・・。どうしてこうなった。 「カクヨム」さんが先行投稿になります。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

薬漬けレーサーの異世界学園生活〜無能被験体として捨てられたが、神族に拾われたことで、ダークヒーローとしてナンバーワン走者に君臨します〜

仁徳
ファンタジー
少年はとある研究室で実験動物にされていた。毎日薬漬けの日々を送っていたある日、薬を投与し続けても、魔法もユニークスキルも発動できない落ちこぼれの烙印を押され、魔の森に捨てられる。 森の中で魔物が現れ、少年は死を覚悟したその時、1人の女性に助けられた。 その後、女性により隠された力を引き出された少年は、シャカールと名付けられ、魔走学園の唯一の人間魔競走者として生活をすることになる。 これは、薬漬けだった主人公が、走者として成り上がり、ざまぁやスローライフをしながら有名になって、世界最強になって行く物語 今ここに、新しい異世界レースものが開幕する!スピード感のあるレースに刮目せよ! 競馬やレース、ウマ娘などが好きな方は、絶対に楽しめる内容になっているかと思います。レース系に興味がない方でも、異世界なので、ファンタジー要素のあるレースになっていますので、楽しめる内容になっています。 まずは1話だけでも良いので試し読みをしていただけると幸いです。

貞操逆転世界に転生したのに…男女比一対一って…

美鈴
ファンタジー
俺は隼 豊和(はやぶさ とよかず)。年齢は15歳。今年から高校生になるんだけど、何を隠そう俺には前世の記憶があるんだ。前世の記憶があるということは亡くなって生まれ変わったという事なんだろうけど、生まれ変わった世界はなんと貞操逆転世界だった。これはモテると喜んだのも束の間…その世界の男女比の差は全く無く、男性が優遇される世界ではなかった…寧ろ…。とにかく他にも色々とおかしい、そんな世界で俺にどうしろと!?また誰とも付き合えないのかっ!?そんなお話です…。 ※カクヨム様にも投稿しております。内容は異なります。 ※イラストはAI生成です

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

最前線攻略に疲れた俺は、新作VRMMOを最弱職業で楽しむことにした

水の入ったペットボトル
SF
 これまであらゆるMMOを最前線攻略してきたが、もう俺(大川優磨)はこの遊び方に満足してしまった。いや、もう楽しいとすら思えない。 ゲームは楽しむためにするものだと思い出した俺は、新作VRMMOを最弱職業『テイマー』で始めることに。 βテストでは最弱職業だと言われていたテイマーだが、主人公の活躍によって評価が上がっていく?  そんな周りの評価など関係なしに、今日も主人公は楽しむことに全力を出す。  この作品は「カクヨム」様、「小説家になろう」様にも掲載しています。

処理中です...