白銀の簒奪者

たかまちゆう

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第19話

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 結局、魔物が襲ってきたのは、10日以上も後の夜中だった。

 それまで、レレは僕と一緒にいることを嫌がり、ベルさんは僕のことをからかって、クレアがそれに対して怒る、という日々を繰り返してきた。
 そんな、しょうもないことで、僕は疲れきっていた。

「ついに始まったわね」

 窓から町の様子を見て、ベルさんが、久し振りに真面目な顔をして言った。
 今夜も満月なので、逃げ惑う人々の様子がよく見える。

「早く、町の人を逃がさないと!」

 パニックを起こしている人々を見て、クレアが叫んだ。

「行きましょう。ディフィ、クレアをお願い。ティルト、フードを被って私に付いてきて」
「はい!」

 僕達は、打ち合わせのとおりに動き出した。

 町は、阿鼻叫喚の状態である。
 この町の住民の魔法も、やはりグラートの魔物には通用しなかった。
 敵に立ち向かおうとした勇敢な人々が、成す術なく餌食になっていく。

 そんな状況で、僕達は、人や魔物の間を縫うように走った。

 ベルさんは、すぐ近くで人が殺されていても、まったく動揺した様子がない。
 ただ、魔物が明確にこちらを狙っている時だけは、相手を一瞬で葬り去った。

「ベルさん! 助けられる人は、助けたらどうなんですか!?」

 見かねて、僕は叫んだ。
 その間にも、それほど離れていない位置で、町の住民が魔物に襲われて悲鳴を上げている。

「そんな魔力の余裕はないわ。無駄なことを考えるのはやめなさい」
「無駄って……!」
「この町のオットームが全員死んでも、私達とは関係ないことよ。今は、ダッデウドを助けることだけに集中するべきだわ」
「……」

 本当に、この人には迷いも……人間性もない。
 どんなに凄い力が手に入ったとしても、こうはなりたくないと思った。

 それでも、10匹前後の魔物を始末して、僕達はゴドルの屋敷に辿り着いた。
 豪邸と呼んでいいほどの大きさのある屋敷の前には、用心棒らしき男達の死体が転がっており、玄関の扉は破壊されていた。


 屋敷の中に侵入する。

 どこか遠くから、争うような声や物音が聞こえてきた。
 まだ、屋敷の人間の全てが逃げ出したわけでも、死に絶えたわけでもないようだ。


「レレから聞いているけど、ミアという名前のダッデウドの女の子は、地下室にいるらしいわ」
「でも……一体、どこから降りるんでしょうか?」

 ロビーを見渡しても、下りの階段は見当たらない。

「簡単には逃げ出せないような場所にあるんでしょうね。面倒だけど、探してみましょう」

 僕達は、屋敷の中を探索することにした。

 なるべく物音を立てないように気を付けながら、目に付いた扉をいくつか開けてみる。
 しかし、いずれも、中は使用人の部屋らしかった。


 突然、僕達から近い位置の扉が開いて、中から使用人らしき黒髪の女性が出てきた。
 どうやら、たった今まで隠れていたらしい。

 女性は、周囲の状況を窺い、侵入者である僕達のことを見て悲鳴を上げた。

 光が走った。
 その女性の首が刎ね飛ばされる。

「……ちょっと、ベルさん!?」
「駄目よ、そんなに大きな声を出したら。他の住人も、来ちゃうかもしれないじゃない」
「いや、だって……なにも、殺すことはないでしょう!?」
「せっかくなら、目撃者は殺しておいた方がいいわ。どうせ、魔物の襲撃による混乱で、きちんとした捜査なんてされないでしょうから」
「そんなのって……!」
「安心して。至近距離でオットームを殺すのには、大して魔力を使わないわ」

 普通の人なら、なるべく人を殺さずに済むようにするのではないだろうか?
 それなのに、より多くの人を殺そうとするなんて……。

 ベルさんは、やはり正常とは言い難い人だ。


 その後も、僕達は屋敷の中を探し回った。
 僕は、また誰かが姿を現して、ベルさんに殺されるのではないかとハラハラしていた。


 突然、廊下の奥の部屋から、男の集団が出てきた。

「何だ、お前達は!」

 集団の先頭に立っている男が、こちらの姿を見て叫んだ。
 ベルさんは、再び魔法を放ち、先頭の男を含めて3人を殺害した。

 殺した男達の後ろにいた、太った男と、金髪の女性が悲鳴を上げる。

 その二人は、使用人や用心棒ではなさそうだった。
 明らかに、金のかかっていそうな服を身にまとっている。

「貴方がゴドルね?」

 ベルさんは、何の感情も感じられない声でそう言った。

「か、金が目当てか!? 分かった、欲しいだけ……」

 男の言葉は、首が飛んだことで遮られた。

 間近でそれを見た金髪の女性が、意識を失って倒れ込む。
 ベルさんは、その女性に歩み寄り、髪を掴んで引きずり起こした。
 あまりにも乱暴な行為だ。

「ちょっと、ベルさん!」

 僕の静止も聞かず、ベルさんは、金髪の女性の頬を引っ叩く。

「……!」

 女性は目を覚まし、悲鳴を上げようとしたが、ベルさんは口を塞いで遮った。

「騒いだら殺すわ。私の質問に答えなくても殺す。いいわね?」

 ベルさんがそう言うと、金髪の女性は震えながら頷いた。

「この屋敷に、銀色の髪の女の子がいるわね? どこにいるの?」

 ベルさんが手を離すと、女性は恐怖に歪んだ顔で言った。

「ゴドルさんの部屋に、その女の子がいる地下室に降りるための階段があるの……お願い、殺さないで! 私は、お金を貰って、ゴドルさんを楽しませに来ただけなの! あの女の子には、何も……!」
「黙りなさい」

 ベルさんは、女性の頬を強く叩いた。
 さらに、有無を言わさない口調で問い詰める。

「貴方達が通ってきた非常用階段は、この奥の部屋に通じているのね?」
「そ、そうよ! その階段を使えば、3階のゴドルさんの部屋まで行けるわ! 途中の2階の部屋は、宝物庫みたいになってて……!」
「ありがとう。助かったわ」

 ベルさんは、淡々とそう言って、女性の首を刎ね飛ばした。

「何て、残酷なことを……!」

 僕が非難すると、ベルさんは不思議そうな顔をした。

「あら、何かおかしなことをしたかしら?」
「……」

 相手が娼婦であったとしても、重要な情報を教えてくれた相手を、何の躊躇もなく殺すなんて……。
 この人には、人間の心がない、としか言いようがなかった。
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