白銀の簒奪者

たかまちゆう

文字の大きさ
上 下
2 / 116

第1話

しおりを挟む
 その人は、僕の目の前に突然現れた。

 森の中で薪を集めていた僕の前に、フードを目深に被った人物が立ちふさがったのだ。

「……あの……?」
「まさか、こんな所に、ダッデウドの民がいるなんてね」

 その人物は、そう言うとフードを脱いだ。

「……!」

 僕は息を飲んだ。


 その人は、驚くほど美しい女性だった。

 いや……美しいだけではない。
 その人の髪は、僕と同じ銀色だったのである。


 今まで散々いじめられて、その原因となった自分の髪が、僕は嫌いだった。
 しかし、目の前の女性の、まっすぐで長い髪は、とても素晴らしいものに思えた。


「……あの、貴方は?」
「私の名前はヴェルディリヒリ」
「……ヴェル……?」
「呼びにくいかしら?」

 この人には、もっと女性的な名前が似合う気がする。
 しかし、あまり可愛い名前だと、やはりこの人には似合わない気もした。

「……ベルさん、と呼んでもいいですか?」

 ふと思い付いて、僕は言った。
 尋ねてから、初対面で馴れ馴れしかったか、と後悔する。

 しかし、目の前の女性は笑みを浮かべた。

「好きな呼び方で構わないわ」

 そう言うと、ベルさんはこちらに近付き、いきなり僕の髪を撫でた。

「あ、あの……!?」
「本当に驚いたわ……。こんな所にダッデウドが……それも、自然な状態で暮らしているなんてね」
「ダッデウドって……ひょっとして、ダート人……伝説の、呪われた民族のことですか?」

 僕がそう言うと、ベルさんは不快そうな顔をした。

「そうね。貴方の周りにいる連中は、そういう言い方をするでしょうね」

 僕の銀髪は、かつてこの世界に存在した、ダートという民族と同じものらしい。
 世界に危機を招いたダート人は、今でも、呪われた民族として忌み嫌われている。
 だから僕は、幼い頃からいじめられてきたのだ。

「呪われている、だなんて……オットームの中で暮らして、嫌な思いをたくさんしてきたのね」

 そう言うと、ベルさんは僕の頬を撫でる。
 顔が紅潮していることが、自分でも分かった。

「あ、あの……オットームっていうのは?」
「私達ダッデウドは、この帝国を支配している異民族のことを、オットームと呼んでいるの」

 不思議な話だった。
 異民族、というなら、ベルさんの方が異民族であるはずなのに……。

「貴方のことは、私達が保護するわ。今夜までに荷物をまとめなさい」

 ベルさんがそんなことを言い出したので、僕は困ってしまった。

「確かに、僕は差別されていますけど……いくら何でも、そんなにすぐには……」
「この辺りの人間は、数日のうちに死に絶えるわ。その前に、貴方だけは逃げるべきよ」
「!?」

 ベルさんは、とんでもないことを、まるで世間話のように言った。

「た、大変じゃないですか! 早く、皆に知らせないと!」
「あら、優しいのね。でも、こんな話をして、誰かが信じてくれるかしら? 私が言っても、貴方が言っても、無駄だと思うけど?」
「……」

 確かに、僕の話なんて、誰も信じないかもしれない。
 でも、ベルさんの言うことが本当なら、皆を逃がさないといけない。

「せめて……クレアだけでも逃がさないと……」

 僕は、幼馴染の顔を思い浮かべて言った。

「あら、好きな女の子でもいるの?」
「い、いえ、そういうのじゃ……!」
「照れなくてもいいじゃない。でも、それは問題だわ。オットームのことは、すぐに忘れてちょうだい」
「忘れるって……! そんなこと、できるはずがないでしょう!?」
「オットームに未練を残したら、後々で辛くなるわよ。あいつらはこれから、その多くが死に絶えるでしょうから」
「……!」
「何も心配することはないのよ? 貴方のことは、私が守ってあげるもの」

 ベルさんは、皆を見殺しにするつもりだ。
 そして、そのことに迷いも、罪悪感も抱いていないらしい。


 僕は直感した。
 この人を説得するのは不可能だ。

 どれだけ論理的に説明しても、感情に訴えても、きっとこの人には響かない。
 目の前で大勢の人が死んでも、それがダッデウドという民族の人間でなければ、何とも思わないのではないだろうか?

 そこまで考えて、僕の身体は震えた。

「私が怖い? 冷たい女に見える? でも、本当に怖いのは、私達を虐げるオットームの方じゃないかしら?」

 そう言って笑みを浮かべるベルさんは……本当に綺麗だった。


 確かに、ベルさんの言うことにも一理ある。
 だが、皆に何も伝えないまま、僕だけが逃げ出すわけにはいかない。

 特に、クレアを見捨てるわけにはいかなかった。


 僕は、とりあえず情報を聞き出すことにした。

「この辺りの人々は、どうして死ぬんですか? 災害でも起こるんですか?」
「大量の魔物が押し寄せてくるのよ。オットームの魔法では対抗できないような、強力な魔物よ」
「魔物……? 貴方は、どうして、そんなことを知っているんですか?」
「ある民族から、魔物を召喚する、という話を聞いたからよ。オットームとは別の民族から、ね……」
「じゃあ、まさか……帝国領内の、少数民族が!?」
「虐げられているのは、ダッデウドだけではないもの。ダッデウドほどの力を持った民族は存在しないから、オットームに侵攻された時に、殺し尽くされることはなかったけど……力で服従させられて、さぞ不満と怒りが溜まっているでしょうね。そういった民族の1つで、グラートと呼ばれる民族が、強力な魔物を呼び出す魔法を開発したの。彼らが考えているのは、オットームの虐殺と、帝国の転覆よ」
「そんな……!」

 ベルさんの話が本当なら、そんな事態に陥る前に止めなければならない。
 しかし、それは僕1人では不可能だと思えた。

「私は急いでいるから、時間は何日もあげられないわ。この村を出るって、早めに決断してね」

 僕の動揺や迷いを感じ取ったのだろう。
 そう言い残して、ベルさんは立ち去った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

男女比世界は大変らしい。(ただしイケメンに限る)

@aozora
ファンタジー
ひろし君は狂喜した。「俺ってこの世界の主役じゃね?」 このお話は、男女比が狂った世界で女性に優しくハーレムを目指して邁進する男の物語…ではなく、そんな彼を端から見ながら「頑張れ~」と気のない声援を送る男の物語である。 「第一章 男女比世界へようこそ」完結しました。 男女比世界での脇役少年の日常が描かれています。 「第二章 中二病には罹りませんー中学校編ー」完結しました。 青年になって行く佐々木君、いろんな人との交流が彼を成長させていきます。 ここから何故かあやかし現代ファンタジーに・・・。どうしてこうなった。 「カクヨム」さんが先行投稿になります。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

薬漬けレーサーの異世界学園生活〜無能被験体として捨てられたが、神族に拾われたことで、ダークヒーローとしてナンバーワン走者に君臨します〜

仁徳
ファンタジー
少年はとある研究室で実験動物にされていた。毎日薬漬けの日々を送っていたある日、薬を投与し続けても、魔法もユニークスキルも発動できない落ちこぼれの烙印を押され、魔の森に捨てられる。 森の中で魔物が現れ、少年は死を覚悟したその時、1人の女性に助けられた。 その後、女性により隠された力を引き出された少年は、シャカールと名付けられ、魔走学園の唯一の人間魔競走者として生活をすることになる。 これは、薬漬けだった主人公が、走者として成り上がり、ざまぁやスローライフをしながら有名になって、世界最強になって行く物語 今ここに、新しい異世界レースものが開幕する!スピード感のあるレースに刮目せよ! 競馬やレース、ウマ娘などが好きな方は、絶対に楽しめる内容になっているかと思います。レース系に興味がない方でも、異世界なので、ファンタジー要素のあるレースになっていますので、楽しめる内容になっています。 まずは1話だけでも良いので試し読みをしていただけると幸いです。

貞操逆転世界に転生したのに…男女比一対一って…

美鈴
ファンタジー
俺は隼 豊和(はやぶさ とよかず)。年齢は15歳。今年から高校生になるんだけど、何を隠そう俺には前世の記憶があるんだ。前世の記憶があるということは亡くなって生まれ変わったという事なんだろうけど、生まれ変わった世界はなんと貞操逆転世界だった。これはモテると喜んだのも束の間…その世界の男女比の差は全く無く、男性が優遇される世界ではなかった…寧ろ…。とにかく他にも色々とおかしい、そんな世界で俺にどうしろと!?また誰とも付き合えないのかっ!?そんなお話です…。 ※カクヨム様にも投稿しております。内容は異なります。 ※イラストはAI生成です

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

最前線攻略に疲れた俺は、新作VRMMOを最弱職業で楽しむことにした

水の入ったペットボトル
SF
 これまであらゆるMMOを最前線攻略してきたが、もう俺(大川優磨)はこの遊び方に満足してしまった。いや、もう楽しいとすら思えない。 ゲームは楽しむためにするものだと思い出した俺は、新作VRMMOを最弱職業『テイマー』で始めることに。 βテストでは最弱職業だと言われていたテイマーだが、主人公の活躍によって評価が上がっていく?  そんな周りの評価など関係なしに、今日も主人公は楽しむことに全力を出す。  この作品は「カクヨム」様、「小説家になろう」様にも掲載しています。

処理中です...