上 下
11 / 20

11.訴え

しおりを挟む
「食事を改善するべきだと思います!」

 僕は、面会の約束を取り付けて、ランゼローナ様にそう訴えた。

「駄目よ」

 ランゼローナ様は、あっさりと僕の提案を却下した。

「どうして!?」
「私は、甘くない物を食べるなんて絶対に嫌ですわ」

 同席したレムが口を挟んでくる。

「甘い物が好きなのは分かるけど、それしか食べないのはまずいよ!」
「食べたことがない物を食べるのって、抵抗があるでしょ?」

 ランゼローナ様は、僕に同情している様子だった。
 僕の主張が正しいことを、この人も理解しているみたいだ。

「この世界の人が虚弱体質なのは、食生活が酷すぎるからだと思います! 食事さえ改善すれば、元気になる人だってたくさんいるはずなのに……」
「この世界は、変化を嫌うのよ」
「少しずつでいいから変えましょうよ!」
「分かってないのね……」

 ランゼローナ様はため息を吐いた。

「パヒーネスには歴史と伝統があるのよ。それを、他所から来た人間が変えるなんて、許されない行為だわ」
「でも、悪い伝統は変えないと……」
「今は最悪のタイミングよ。貴方をこの世界に招くだけで、どれだけ苦労したと思ってるの?」

 そのことに言及されると、僕は何も言えなかった。

 ローファ様は、姉であるファラに最後まで反対されたという。
 そんな状況で、僕を召喚するという大きな変化を起こしたのだ。
 その上、さらに何かを変えるのは反発が大きいだろう。

「そもそも、私達の食事に、問題があるようには思えませんわ」

 レムは、この件に関しては僕に同調してくれなかった。
 今でも不思議そうにしている。

「そういえば、レムは僕の世界の食事を見ても、何も思わなかったの?」
「……覗いたことがあるのですが、大変気持ち悪かったですわ。テーブルの上に、得体の知れない物がたくさん……」

 レムは、吐き気をこらえるように口元を押えた。

 僕等の食事は、彼女にとっては見るだけで嫌になるようなものらしい。
 何だかショックだ。

「貴方の問題意識は分かるけど、現実的な問題もあるわ。そもそも、この世界では大した食材が採れないの」
「それでも、何か新しい物を探した方がいいと思いますよ? あんな物ばかり食べ続けていたら飽きるでしょう?」
「私達にはガッシュさえあれば大丈夫ですわ」
「……ガッシュ?」
「この世界の主要な作物の一つよ。今から300年ほど前に、大量に栽培することに成功したの。ガッシュの根からは、とても甘い汁が取れるわ。それで、今まで食べていた物を全部甘くしたのよ」

 そのガッシュというのは、おそらく甜菜のような植物なのだろう。

「その頃まで、この世界は紛争が頻発していたわ。でも、ガッシュが大量に栽培され始めた頃から、争いは徐々に少なくなっていったの。慢性的な食糧不足が解消されたことによって、争いの火種が少なくなったことが主な理由よ」
「ガッシュの無い世界なんて、巨人しかいない世界よりも行きたくないですわ」

 レムは糖分の虜らしい。
 彼女は極端なのかもしれないが、この世界の住人が甘い物をありがたがるのは、歴史的経緯もあるようだ。
 これを変えるのは簡単ではない。

「だったら、肉でも魚でも野菜でも、甘くして食べたらどうですか?」
「この世界では、動物の肉や、海や川の生物を食べる習慣が無くなってしまったの。そういう物は、食糧難の時代に食べた嫌なイメージがあるから、食べるように強要するのは拷問みたいなものだわ。野菜に該当する作物についても、色々な作物がガッシュ栽培のために作付けされなくなった経緯を考えると、改めて栽培させるのは難しいでしょうね」

 ランゼローナ様は、苦しい現状を確認するように言った。

「……だったら、せめて栄養学の知識を普及させることに協力してください。理解してくれる人が増えれば、現状も変わっていくと思います」
「多少は協力できるけど、あまり期待しないでね。貴方や私の言うことは、きっと信用されないでしょうから」
「えっ……?」

 それは驚くべき発言だった。
 この世界では、魔力量が何よりも重要なはずである。
 異世界人である僕はともかく、ランゼローナ様が言うことなら信用してもらえるんじゃないのか?

「私はパヒーネスの外から来た人間だもの。序列が2位でも、ローファ様の後ろ盾が無かったらとっくに追い出されているわよ」
「そんなこと有り得ませんわ! この世界の人間は『魔力の器』を何よりも重視しているのですから」

 レムが、僕が考えていたのと同じことを言う。
 やはり、僕の認識は間違っていないらしい。

「ミミが苛められていたことは、貴方だって知ってるでしょ?」
「それは……」

 レムが口籠った。
 どうやら、そういう事実があったらしい。

 ミミが苛められていただって?
 この世界は、小さい子が絶賛される世界じゃなかったのか?

「この城に何代も住んでいる人達は、それを偉いことだと思っているのよ。ミミはパヒーネスの出身だけど、城に来たのは生まれた後だから差別されたの。『魔力の器』が自分より遥かに小さい男に、しつこく口説かれたりもしたそうよ。レムがあの子を気に入って傍に置いてから、そういうことも無くなったみたいだけど」

 何てことだ。
 この世界の身分は、『魔力の器』だけに左右されるわけではないらしい。

 この城は、権力の象徴だった。
 この世界にも、家柄に基づく階級意識があるのだ。

 そして、ミミがレムに心酔している理由も、やたらと序列にこだわった理由も分かった。
 彼女にとって、レムは自分を救ってくれた恩人であり、序列を無視する人間は敵なのだ。

「レムは城の出身者なんだね?」
「そうですが、そんなものを重視するのは、ファラとその取り巻きだけですわ。城に何代住んでいても、本人の『魔力の器』が小さければ話にならないというのに」
「残念だけど、生まれた場所を重視する考え方は、この城の住人の主流派よ。散々嫌われた本人が言うんだから間違いないわ」
「……おかしな話ですわ」

 レムには、差別というものが理解できないらしい。

 初めて気付いた。
 異世界人を招くという重要な役割をレムが務めたのは、彼女が身分を気にしないからだ。
 逆に、ファラが異世界人を招くことに反対したのは、そもそも異物を拒絶する感覚があるからに違いない。

 ランゼローナ様は信用されていないというし、ローファ様は病弱だという話だから、異世界人を招くのに適任なのがレム以外にいなかったのだろう。

 レムは、この城の大半の人間に尊敬されている様子だった。
 それは、彼女の魔力量や体格だけが理由ではない。

 彼女は城の出身者で家柄が良いと思われている。
 それなのに、城の外から来た者に対して差別をしないから人望があるのだ。

「レムはいい子だね」
「まあ! 初めてヒカリ様に褒めていただきましたわ!」
「そんなに驚かなくても……」
「仲がいいのは結構だけど、夫婦で語り合うのは後にしてちょうだい」

 ランゼローナ様にジト目で見られてしまった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

異世界サバイバルセットでダンジョン無双。精霊樹復活に貢献します。

karashima_s
ファンタジー
 地球にダンジョンが出来て10年。 その当時は、世界中が混乱したけれど、今ではすでに日常となっていたりする。  ダンジョンに巣くう魔物は、ダンジョン外にでる事はなく、浅い階層であれば、魔物を倒すと、魔石を手に入れる事が出来、その魔石は再生可能エネルギーとして利用できる事が解ると、各国は、こぞってダンジョン探索を行うようになった。 ダンジョンでは魔石だけでなく、傷や病気を癒す貴重なアイテム等をドロップしたり、また、稀に宝箱と呼ばれる箱から、後発的に付与できる様々な魔法やスキルを覚える事が出来る魔法書やスキルオーブと呼ばれる物等も手に入ったりする。  当時は、危険だとして制限されていたダンジョン探索も、今では門戸も広がり、適正があると判断された者は、ある程度の教習を受けた後、試験に合格すると認定を与えられ、探索者(シーカー)として認められるようになっていた。  運転免許のように、学校や教習所ができ、人気の職業の一つになっていたりするのだ。  新田 蓮(あらた れん)もその一人である。  高校を出て、別にやりたい事もなく、他人との関わりが嫌いだった事で会社勤めもきつそうだと判断、高校在学中からシーカー免許教習所に通い、卒業と同時にシーカーデビューをする。そして、浅い階層で、低級モンスターを狩って、安全第一で日々の糧を細々得ては、その収入で気楽に生きる生活を送っていた。 そんなある日、ダンジョン内でスキルオーブをゲットする。手に入れたオーブは『XXXサバイバルセット』。 ほんの0.00001パーセントの確実でユニークスキルがドロップする事がある。今回、それだったら、数億の価値だ。それを売り払えば、悠々自適に生きて行けるんじゃねぇー?と大喜びした蓮だったが、なんと難儀な連中に見られて絡まれてしまった。 必死で逃げる算段を考えていた時、爆音と共に、大きな揺れが襲ってきて、足元が崩れて。 落ちた。 落ちる!と思ったとたん、思わず、持っていたオーブを強く握ってしまったのだ。 落ちながら、蓮の頭の中に声が響く。 「XXXサバイバルセットが使用されました…。」 そして落ちた所が…。

完結【進】ご都合主義で生きてます。-通販サイトで異世界スローライフのはずが?!-

ジェルミ
ファンタジー
32歳でこの世を去った相川涼香は、異世界の女神ゼクシーにより転移を誘われる。 断ると今度生まれ変わる時は、虫やダニかもしれないと脅され転移を選んだ。 彼女は女神に不便を感じない様に通販サイトの能力と、しばらく暮らせるだけのお金が欲しい、と願った。 通販サイトなんて知らない女神は、知っている振りをして安易に了承する。そして授かったのは、町のスーパーレベルの能力だった。 お惣菜お安いですよ?いかがです? 物語はまったり、のんびりと進みます。 ※本作はカクヨム様にも掲載しております。

25歳のオタク女子は、異世界でスローライフを送りたい

こばやん2号
ファンタジー
とある会社に勤める25歳のOL重御寺姫(じゅうおんじひめ)は、漫画やアニメが大好きなオタク女子である。 社員旅行の最中謎の光を発見した姫は、気付けば異世界に来てしまっていた。 頭の中で妄想していたことが現実に起こってしまったことに最初は戸惑う姫だったが、自身の知識と持ち前の性格でなんとか異世界を生きていこうと奮闘する。 オタク女子による異世界生活が今ここに始まる。 ※この小説は【アルファポリス】及び【小説家になろう】の同時配信で投稿しています。

MMOやり込みおっさん、異世界に転移したらハイエルフの美少女になっていたので心機一転、第二の人生を謳歌するようです。

遠野紫
ファンタジー
大人気スマホMMO『ネオ・ワールド・オンライン』、通称ネワオンの廃人プレイヤーであること以外はごく普通の一般的なおっさんであった彼は今日もいつもと変わらない日常を送るはずだった。 しかし無情にもネワオンのサ終が決まってしまう。サービスが終わってしまう最後のその時を見届けようとした彼だが、どういう訳か意識を失ってしまい……気付けば彼のプレイヤーキャラであるハイエルフの姿でネワオンの世界へと転移していたのだった。 ネワオンの無い元の世界へと戻る意味も見いだせなかった彼は、そのままプレイヤーキャラである『ステラ・グリーンローズ』としてネワオンの世界で生きて行くことを決意。 こうして廃人プレイヤーであるおっさんの第二の人生が今始まるのである。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。

矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。 女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。 取って付けたようなバレンタインネタあり。 カクヨムでも同内容で公開しています。

処理中です...