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9.墓地
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「ヒカリ、起きなさい」
冷たい声が、脳内に直接響いた。
僕が慌てて飛び起きると、ベッドの横にはミミが立っていた。
レムは既にいなくなっている。
「いつまで寝てるの?」
「……ミミ。おはよう」
「違う」
「えっ……?」
「私の方が序列が上。忘れないで」
「あっ、ごめん、ミミ様!」
この呼び方は、当分慣れそうもない。
「異世界人であっても、私は貴方を特別扱いしない。上位の人間の言うことには、必ず従って。貴方はもうこの世界の人間だから」
「うん……」
何だか高圧的である。
この世界の上位の人間は、本来だと皆こうなのだろうか?
僕が本心から服従しないことに腹を立てたのか、ミミの表情が険しくなった。
「忘れないで。魔力が上の者は、下の者をどうとでもできる。貴方を操って、近くの溜め池に放り込んであげてもいい」
「……君達は、そうやって力の無い相手を無理やり従えるんだね」
「それは違う。私達は強さに憧れ、自然と強い者に従う。従う者に対して、強い者は慈悲深く接してくれる。そうやって、この世界の歴史は作られてきた。そういう当たり前の感覚がない貴方は、とても野蛮で醜い。貴方が住んでいた世界も、きっと混沌として荒れ果てた世界だったはず」
ミミに自分の世界を悪く言われて、僕も腹が立った。
「『魔力の器』の大きさだけを基準にして優劣を決めるなんて、それこそ野蛮じゃないか! 魔力量の上下なんて、人の価値を決める時に重要だと思えないよ!」
僕に言い返されて、彼女は僕に向けて手を突き出した。
すると、下半身の急所に、針で貫かれたかのような痛みが走った!
「……っ!」
あまりのことに、僕は意識を失いかけた。
声を出すこともできず、股間を抑えてベッドから転げ落ちる。
「以前、私に無理矢理抱き付こうとした男にも、同じ魔法を使った。あの男は、それ以来女性に近寄ろうともしないらしい。魔力が上の者は、下の者をどうとでもできる。ここまでやれば実感できたはず」
……この仕打ちは、いくら何でも酷すぎる。
その後、暫くは痛みが続いている気がした。
魔法の持続時間は、一瞬だったはずなんだけど……。
今日は、魔法を使うために必要な訓練をするという。
そのために、僕とレムとミミは墓場に来た。
「魔法の訓練って、お墓でするの……?」
「墓地では、様々な人が多くの感情を発します。それが土地に染み付いて、魔力を作り易い状態になっているのですわ。そのため、墓地周辺は魔力濃度も高い傾向にあります。魔法の修行をするのに適した環境になっているのです」
「何だか、不謹慎な気がするな……」
「この世界では当たり前のことですわ。ここには私の両親も、ミミの両親も眠っておりますが、お気になさる必要はありません」
「…………………………」
とんでもないことをサラッと言われて、僕は絶句した。
二人とも、両親が亡くなっているだって……?
「この世界では、珍しいことではありませんのよ? 特にパヒーネスでは、30歳まで生きれば長生きと言われるのですから」
「それは……何て言ったらいいのか……」
「お気に病んでいただく必要はありませんわ。私は両親の顔も覚えておりませんし、城に住んでいるので、特に苦労もしませんでしたから」
「でも……寂しいよね……」
「いえ、特に」
キョトンとした顔で言われてしまった。
無理をしているとか、そういうわけではないらしい。
親のことを全く知らないと、こんな反応になるのだろうか?
ふとミミを見ると、彼女の様子はレムとは違っていた。
ミミは寂しいと感じているらしい。
僕の憐みに気付いたのか、ミミが怒った顔で睨んできた。
局部の痛みを思い出し、僕は慌てて目を逸らした。
「これから行うのは、まだ魔法が使えない子供に対してするのと、同じ訓練ですわ。ヒカリ様、手をつなぎましょう」
レムに促され、僕はレムと向かい合い、両手を繋いだ。
何だか……とても気まずい。
「まずは、魔力の流れを感じていただきます。身体が触れている相手に少量の魔力を流すことによって、魔力を放出する感覚を掴む手助けをするのですわ」
しばらくすると、体が指先から徐々に温まってきた。
「……魔力って、温かいんだね」
「いいえ? 魔力に温度などありませんわ」
「えっ?」
「試しに、ミミと同じことをやってみてください」
レムが手を放し、代わりにミミが僕の両手を掴む。
僕に死ぬほど苦しい思いをさせたというのに、ミミの機嫌は直っていないようだ。
先ほどよりも、さらに気まずい。
すると、僕の手は指先から冷えてきた。
思わずミミの手を振り払う。
「いかがですか?」
「……これは、二人の僕に対する感情の差なんだね?」
「そのとおりです。魔力は元々人の感情ですから、使う人の感情を反映するのですわ。自分の好意を込めて魔力を放出すれば、相手を気持ち良くできますし、悪意を込めて放出すれば、相手を不快にできるのです」
「……ひょっとして、ミミの魔力を浴び続けたら死んじゃったりするの?」
「まさか! 魔力で人の体に変化を起こすことはできません。温度の変化は、あくまでもヒカリ様の精神に影響した結果です」
やっぱり、魔法は不思議だ。
「まあ、魔力が原因で物理的な変化が起こることはありますけど」
「……えっ?」
「ごく稀にですが、物が動いたり、お皿が割れたりすることがあります。ちなみに、人間が誰かに操られたかのように動き出し、物を壊す場合もありますわ」
「……」
それ、心霊現象のことだよね……?
あれは、世界に充満している魔力が原因らしい。
とんでもない事実を知ってしまった。
これは、僕の世界の人にも教えた方がいいんじゃないだろうか?
「今お話ししたようなことは、魔法の修行に使う程度の魔力や、この世界の魔力濃度では、ほとんど起こり得ない現象ですのでお気になさらないでください」
僕の混乱や恐怖を感じ取って、レムがそう言った。
気にしているのはそこではないんだけど……。
「それにしても、ヒカリ様はやはり素晴らしいですわ。魔力を感じ取る能力が高いということは、魔法に馴染み易いということを意味しています。この調子でしたら、思ったよりも早く、魔法が使える段階に到達するかもしれません」
「本当に?」
これはいい情報だ。
早く両親を安心させてあげたいから、魔法を覚えたいのである。
それに、この世界では魔法が使えないと不便でしょうがない。
電話も自動車も無いし、生活が成り立たないのだ。
その後も、僕は二人の魔力を交互に受け取り続けた。
これで僕も魔法使いに近付くらしいけど、傍から見ると、小学生のような女の子と手を繋いでいるだけである。
お墓参りに来る人がいなくて本当に良かった……。
それから10日、僕達はカードゲームと魔力を流す訓練を交互に繰り返した。
あくまでも修行なのだが、僕の感覚としては、ただ遊んでいるだけである。
墓地で気まずい思いはするものの、特に苦痛もなく、気楽な日々だ。
しかし、その間に重大なことが起こった。
僕と30位の人との上下関係を確かめたのだが、僕はその人よりも下位だということが明らかになったのである。
これには、レムがショックを受けていた。
僕の魔力量を見誤ったのが誤算だったのだろう。
魔力を集める能力は、必ずしも『魔力の器』に比例しないという。
それで、僕の魔力量を見誤ってしまったらしい。
それ以来、レムは僕の魔力量の順位を確定させることに後ろ向きになった。
彼女は怖いのだろう。
もしも、50位、100位と順位を落としていって、それよりも僕の順位が下だと判明したら困ってしまうからである。
ミミによると、最低でも500位には届かなければ、パヒーネスの城から去ることになってしまうのだという。
そんなことになったら、僕をこの世界に連れてきたレムの面子は丸潰れだと文句を言われてしまった。
そう言われても、僕にはどうすることもできない。
ただ、レムの期待に応えられなかったことは申し訳ない気持ちだった。
そして、それ以上に僕は怖かった。
もしも、レムが僕を見捨てたら、どうなってしまうのだろう?
考えてみれば、僕がこの世界に来たのはレムに連れてこられたからだ。
その理由は、単なる一目惚れである。
彼女の気が変わっただけで、僕は無価値な異世界人になってしまうのだ。
僕は、この世界ではレム無しで生きられない。そんな重大なことに、初めて気付かされた。
冷たい声が、脳内に直接響いた。
僕が慌てて飛び起きると、ベッドの横にはミミが立っていた。
レムは既にいなくなっている。
「いつまで寝てるの?」
「……ミミ。おはよう」
「違う」
「えっ……?」
「私の方が序列が上。忘れないで」
「あっ、ごめん、ミミ様!」
この呼び方は、当分慣れそうもない。
「異世界人であっても、私は貴方を特別扱いしない。上位の人間の言うことには、必ず従って。貴方はもうこの世界の人間だから」
「うん……」
何だか高圧的である。
この世界の上位の人間は、本来だと皆こうなのだろうか?
僕が本心から服従しないことに腹を立てたのか、ミミの表情が険しくなった。
「忘れないで。魔力が上の者は、下の者をどうとでもできる。貴方を操って、近くの溜め池に放り込んであげてもいい」
「……君達は、そうやって力の無い相手を無理やり従えるんだね」
「それは違う。私達は強さに憧れ、自然と強い者に従う。従う者に対して、強い者は慈悲深く接してくれる。そうやって、この世界の歴史は作られてきた。そういう当たり前の感覚がない貴方は、とても野蛮で醜い。貴方が住んでいた世界も、きっと混沌として荒れ果てた世界だったはず」
ミミに自分の世界を悪く言われて、僕も腹が立った。
「『魔力の器』の大きさだけを基準にして優劣を決めるなんて、それこそ野蛮じゃないか! 魔力量の上下なんて、人の価値を決める時に重要だと思えないよ!」
僕に言い返されて、彼女は僕に向けて手を突き出した。
すると、下半身の急所に、針で貫かれたかのような痛みが走った!
「……っ!」
あまりのことに、僕は意識を失いかけた。
声を出すこともできず、股間を抑えてベッドから転げ落ちる。
「以前、私に無理矢理抱き付こうとした男にも、同じ魔法を使った。あの男は、それ以来女性に近寄ろうともしないらしい。魔力が上の者は、下の者をどうとでもできる。ここまでやれば実感できたはず」
……この仕打ちは、いくら何でも酷すぎる。
その後、暫くは痛みが続いている気がした。
魔法の持続時間は、一瞬だったはずなんだけど……。
今日は、魔法を使うために必要な訓練をするという。
そのために、僕とレムとミミは墓場に来た。
「魔法の訓練って、お墓でするの……?」
「墓地では、様々な人が多くの感情を発します。それが土地に染み付いて、魔力を作り易い状態になっているのですわ。そのため、墓地周辺は魔力濃度も高い傾向にあります。魔法の修行をするのに適した環境になっているのです」
「何だか、不謹慎な気がするな……」
「この世界では当たり前のことですわ。ここには私の両親も、ミミの両親も眠っておりますが、お気になさる必要はありません」
「…………………………」
とんでもないことをサラッと言われて、僕は絶句した。
二人とも、両親が亡くなっているだって……?
「この世界では、珍しいことではありませんのよ? 特にパヒーネスでは、30歳まで生きれば長生きと言われるのですから」
「それは……何て言ったらいいのか……」
「お気に病んでいただく必要はありませんわ。私は両親の顔も覚えておりませんし、城に住んでいるので、特に苦労もしませんでしたから」
「でも……寂しいよね……」
「いえ、特に」
キョトンとした顔で言われてしまった。
無理をしているとか、そういうわけではないらしい。
親のことを全く知らないと、こんな反応になるのだろうか?
ふとミミを見ると、彼女の様子はレムとは違っていた。
ミミは寂しいと感じているらしい。
僕の憐みに気付いたのか、ミミが怒った顔で睨んできた。
局部の痛みを思い出し、僕は慌てて目を逸らした。
「これから行うのは、まだ魔法が使えない子供に対してするのと、同じ訓練ですわ。ヒカリ様、手をつなぎましょう」
レムに促され、僕はレムと向かい合い、両手を繋いだ。
何だか……とても気まずい。
「まずは、魔力の流れを感じていただきます。身体が触れている相手に少量の魔力を流すことによって、魔力を放出する感覚を掴む手助けをするのですわ」
しばらくすると、体が指先から徐々に温まってきた。
「……魔力って、温かいんだね」
「いいえ? 魔力に温度などありませんわ」
「えっ?」
「試しに、ミミと同じことをやってみてください」
レムが手を放し、代わりにミミが僕の両手を掴む。
僕に死ぬほど苦しい思いをさせたというのに、ミミの機嫌は直っていないようだ。
先ほどよりも、さらに気まずい。
すると、僕の手は指先から冷えてきた。
思わずミミの手を振り払う。
「いかがですか?」
「……これは、二人の僕に対する感情の差なんだね?」
「そのとおりです。魔力は元々人の感情ですから、使う人の感情を反映するのですわ。自分の好意を込めて魔力を放出すれば、相手を気持ち良くできますし、悪意を込めて放出すれば、相手を不快にできるのです」
「……ひょっとして、ミミの魔力を浴び続けたら死んじゃったりするの?」
「まさか! 魔力で人の体に変化を起こすことはできません。温度の変化は、あくまでもヒカリ様の精神に影響した結果です」
やっぱり、魔法は不思議だ。
「まあ、魔力が原因で物理的な変化が起こることはありますけど」
「……えっ?」
「ごく稀にですが、物が動いたり、お皿が割れたりすることがあります。ちなみに、人間が誰かに操られたかのように動き出し、物を壊す場合もありますわ」
「……」
それ、心霊現象のことだよね……?
あれは、世界に充満している魔力が原因らしい。
とんでもない事実を知ってしまった。
これは、僕の世界の人にも教えた方がいいんじゃないだろうか?
「今お話ししたようなことは、魔法の修行に使う程度の魔力や、この世界の魔力濃度では、ほとんど起こり得ない現象ですのでお気になさらないでください」
僕の混乱や恐怖を感じ取って、レムがそう言った。
気にしているのはそこではないんだけど……。
「それにしても、ヒカリ様はやはり素晴らしいですわ。魔力を感じ取る能力が高いということは、魔法に馴染み易いということを意味しています。この調子でしたら、思ったよりも早く、魔法が使える段階に到達するかもしれません」
「本当に?」
これはいい情報だ。
早く両親を安心させてあげたいから、魔法を覚えたいのである。
それに、この世界では魔法が使えないと不便でしょうがない。
電話も自動車も無いし、生活が成り立たないのだ。
その後も、僕は二人の魔力を交互に受け取り続けた。
これで僕も魔法使いに近付くらしいけど、傍から見ると、小学生のような女の子と手を繋いでいるだけである。
お墓参りに来る人がいなくて本当に良かった……。
それから10日、僕達はカードゲームと魔力を流す訓練を交互に繰り返した。
あくまでも修行なのだが、僕の感覚としては、ただ遊んでいるだけである。
墓地で気まずい思いはするものの、特に苦痛もなく、気楽な日々だ。
しかし、その間に重大なことが起こった。
僕と30位の人との上下関係を確かめたのだが、僕はその人よりも下位だということが明らかになったのである。
これには、レムがショックを受けていた。
僕の魔力量を見誤ったのが誤算だったのだろう。
魔力を集める能力は、必ずしも『魔力の器』に比例しないという。
それで、僕の魔力量を見誤ってしまったらしい。
それ以来、レムは僕の魔力量の順位を確定させることに後ろ向きになった。
彼女は怖いのだろう。
もしも、50位、100位と順位を落としていって、それよりも僕の順位が下だと判明したら困ってしまうからである。
ミミによると、最低でも500位には届かなければ、パヒーネスの城から去ることになってしまうのだという。
そんなことになったら、僕をこの世界に連れてきたレムの面子は丸潰れだと文句を言われてしまった。
そう言われても、僕にはどうすることもできない。
ただ、レムの期待に応えられなかったことは申し訳ない気持ちだった。
そして、それ以上に僕は怖かった。
もしも、レムが僕を見捨てたら、どうなってしまうのだろう?
考えてみれば、僕がこの世界に来たのはレムに連れてこられたからだ。
その理由は、単なる一目惚れである。
彼女の気が変わっただけで、僕は無価値な異世界人になってしまうのだ。
僕は、この世界ではレム無しで生きられない。そんな重大なことに、初めて気付かされた。
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