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5.面会

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 僕達は、大きな扉の前に辿り着いた。
 尋ねるまでもなく、ここがランゼローナという人の部屋なのだろう。

 扉の前で待っていた使用人らしき女性が扉を開けた。
 彼女は、ここでずっとレムのことを待っていたのだろうか?

「テレパシーですわ。普段は使わない魔法なのですが」

 僕の疑問を感じ取ったのか、レムが説明してくれた。

 そうか、魔法の国だから、それくらいはできて当然か。
 むしろ、携帯電話の代わりに、いつも使っているわけではないのかと驚いてしまった。

「ランゼローナ様、私の夫となる方をお連れしましたわ」

 部屋に入りレムが言った。

 ちょっと待ってほしい。その件に関しては、僕は一度も了承していない。
 しかし、抗議の言葉を発する前に、部屋の中にいた女性が口を開いた。

「あら可愛い」

 その人は笑顔で言った。
 綺麗な声だ。いや、声だけではない……。

 僕は息を飲んだ。その女性は、とても美しかった。
 エメラルドグリーンに輝く、ストレートのロングヘアー。
 170cmほどありそうな、すらりとした体形。
 紺色のドレス。
 肌は白く、知的な印象の顔立ちをしている。

「異世界の男性ね? どこが気に入ったのかしら?」
「何よりも、小柄な体形に惹かれましたわ」
「そこなの!?」

 僕は思わず叫んでしまった。
 レムの身長を考えれば、あまり高身長の男性だと釣り合わないのは分かるけど、何より重視するほどの問題ではないだろう。

「あら、申し上げませんでしたか?」
「聞いてないよ!」
「でも、身長だけが基準じゃないでしょ?」

 僕の反応が面白かったのか、ランゼローナ様はクスクスと笑いながら言った。

「もちろんです。顔も綺麗ですし、肌も白いですし、優しそうですし、魔力もかなりのものです」
「そう。でも、魔力は貴方より下よね?」
「その点に関して、言いつけは守りましたわ」

 二人の会話によると、どうやら僕の魔力量がレムより下であることが重要らしかった。

 理由を考えて、すぐに気付いた。

 そうか、この世界では魔力量が多い人が偉いんだ。
 異世界から連れて来た人が、あまり偉くなっても困るのだろう。

「きちんと確認したの?」
「はい。二種類の魔法で確認しました。ヒカリ様はまだ魔法が使えませんので『魔力の器』は目一杯満たされているはずです」
「ならいいわ」

 二人の会話を聞いていて、ふと気になった。
 どうして、彼女達は日本語で話しているのか?

「この世界の人は日本語が喋れるの? それとも、翻訳の魔法か何か?」
「私達だけは、貴方の世界の主要な言語を全て覚えたの。異世界観察の魔法と高速学習の魔法を使ってね」

 僕は英語を覚えようとして四苦八苦したのに、何て羨ましい……。

「ヒカリ、私達は貴方を歓迎するわ。しばらくは不自由かもしれないけど、我慢してね」
「……あの、僕はレムの夫になるためだけに呼ばれたんでしょうか?」
「結論だけ言えば、その通りよ」
「でも、僕はこの子と結婚する気がないんですけど……」

 そう言うと、レムがショックを受けた様子で言った。

「まあ! ヒカリ様、私と結婚してくださるのではないのですか?」
「僕はそんなこと言ってないよ!」

 すると、レムが少しだけムッとした表情を浮かべ、突然右手を天井に向かって突き出した。

『君に僕の全てを任せるよ』

 どこからか僕の声が聞こえてきた。

 慌てて周囲を見回すが、スピーカーのような物はない。
 すぐにレムの魔法だと気付いたが、ひどく不気味な気分だ。

「ヒカリ様、あの時のことをお忘れですか?」
「いや、あれは異世界に行くことを承諾しただけで……」

 僕はあの時、「結婚しよう」とか「夫婦になろう」とか言った覚えはない。
 なし崩しで結婚させられるのは嫌だった。

「……最低の男」

 ミミが凄まじい殺気を放った。
 何故か、女を弄んで捨てたかのような扱いになっている。

 まずい、このままだと殺されてしまう!

「僕の世界では、まだ14歳の子と結婚なんてできないんだよ!」
「ということは、私がもう少し歳を重ねれば良いのですね?」

 レムが、目を輝かせて嬉しそうに言ってきた。
 駄目だ、この流れでは婚約させられてしまう!

「そんなの、その時にならないと分らないよ!」
「酷いですわ、ヒカリ様! 私のどこがいけないとおっしゃるのですか?」
「レム様、この男、始末してもよろしいですね?」

 ミミの目が据わっている。
 駄目だ、完全に僕を殺す気だ!

「二人とも、およしなさい」

 ランゼローナ様が止めに入った。
 レムもミミも、僕を糾弾するのを中止した。

 ホッとしたのも束の間、ランゼローナ様はとんでもないことを言った。

「ヒカリ。勘違いしているようだけど、貴方に断る権利なんて元々無いわ」
「そんな! 僕は本当に、異世界に行くことを承諾しただけで……」
「そこが勘違いなのよ。貴方はこの世界に来てしまった。よって、この世界の法に従う義務があるの。分かるわね?」
「……まさか、この世界だと、男性は女性の求婚を断ることができないんですか!?」
「少し違うわ。より大きな『魔力の器』を有する者には、小さな『魔力の器』しか有さない異性に対して、結婚を強制する権利が与えられるの。貴方の魔力量はレムより下。だから、貴方にはレムの求婚を断る権利が無い。そういうことよ」
「そんな……」

 何てことだ……!
 魔力が乏しい人には、結婚相手を選ぶ権利すら無いのか。

 僕はこの世界の恐ろしさを知った。

「……それじゃあ、レムよりもっと大きな『魔力の器』を有する人が、後から僕に求婚したらどうなっちゃうんですか?」
「ヒカリ様! それは公の場でしてはならない話です!」

 レムが慌てた様子で言った。
 ミミも顔を真っ赤にしている。

 そうだったのか……。

「レム、ヒカリは異世界から来たのだから、きちんと話しておく必要があるわ。一般的に、配偶者の横取りはいけないこととされているの。常識的な人なら、決してやらないことよ。ただ、はっきりと禁じられているのは、既に子供がいる場合だけね」
「……あれ? レムはあの時、僕に子供がいるか確認したけど、奥さんがいるかは確認しなかったよね?」
「魔法で心を読みました。疑っていたわけではないのですよ? ですが、あの時は仕方がなかったのです。ヒカリ様が嘘をおっしゃったら、後で大変なことになってしまいますもの」
「でもさ。君は色々と確認する前から、僕と結婚する気満々だったよね? 運命の人とか言ってたし」
「だって、一目見た時に好きになってしまったのですもの。多少の障害があろうとも、ヒカリ様をお連れする覚悟はできていましたわ」

 レムは、頬を染めながら言ってきた。
 この子って……。

「貴方のそういうところ、まるで成長しないのね」

 ランゼローナ様が呆れたように言った。
 やっぱり、レムは思い込みで突っ走るタイプのようだ。

「ところでさ、レムの『魔力の器』の大きさってどれくらいなの?」

 これは、先ほどから気になっていたことだ。
 どうやら、この世界でも上位らしいということは分かったんだけど……。

「この世界で三番目ですわ」
「……え……」

 ちょっと待ってほしい。
 世界全体の……三番目?

「この世界で最も大きな『魔力の器』を有するのはローファ様。その次がこちらのランゼローナ様。そして三番目がレム様です」

 ミミがこれまでの話を整理してくれた。
 彼女が誇らしそうにしているのは、レムが自慢の上司だからなのだろう。

 僕は改めてレムを見た。
 小学生のような体形に、子供っぽい思考。
 とても、偉い人だと思えない。

 こんな子が、世界で三番目の権力者……?
 それでいいんだろうか?

「……君、そんなに大物だったの?」
「ヒカリ様が使っている言語で不可解なのは、それですわ」
「えっ?」
「まるで、あらゆることに関して、大きいことが素晴らしいという考えを前提としておられます。この世界において、少なくとも人間については、小さいことこそが憧れの対象ですのに」

 何だか話題が飛んでしまった。
 でも、おかげで納得できたことがあった。
 レムが僕の体の小ささを賞賛したのには、そういう好みの違いがあったのだ。

「一般的な傾向として、小柄で非力な人の方が『魔力の器』は大きくなりますわ。だからこそ、この世界では小柄な体が好まれるのです。ミミなど、これまでに何十人という男性に求婚されて、断ってきておりますわ」

 驚いてミミを見る。

 レムよりさらに小さな体。
 僕と比べても、とても小さい。
 まだ16歳ということは、求婚された時には、今のレムより年下だった可能性すらある。

 もはや、僕の常識では理解できない話だ。

「……ただ小さいという理由で、私と結婚したがる男性が多すぎるだけです。大体、ランゼローナ様もレム様も、私より体が大きいのに『魔力の器』も大きいではありませんか」
「確かに、絶対的な法則ではありませんが、それでも小ささに人は憧れるのですわ。ああ、私もミミと同じくらいの身長で止まれば良かったのに」

 レムはミミに抱き付いて、愛おしそうに頭を撫でた。
 ミミは顔を真っ赤にしたが、嫌がりはしなかった。

 確かに、小学生がじゃれ合うみたいで和む光景だけど、それで結婚相手にしたいというのはかなり不健全だ。


 僕はランゼローナ様を見た。

 かなりの高身長で、胸も大きい。
 髪の色は特殊でも、普通の男性ならこちらに惹かれるのが自然ではないだろうか?

 ランゼローナ様が、僕に微笑みかけてきた。
 何だか、とても色っぽい。
 自分が小さいせいなのか、僕は昔から背の高い女性が好きなのだ。

「ヒカリ様、浮気はいけませんわ」

 レムが、からかうような口調で言った。
 しかし、目は笑っていない。

 そうだった。他の女性が好きだと思ったら、魔法使いにはバレるのだった。

 ミミが憎悪の眼差しを僕にぶつけてくる。
 今日だけで何度目かの殺意だ。

 ていうか、君は僕とレムが仲良くしても怒ってたよね……?

 どうすればミミに殺されずに済むのだろうと考えていると、ランゼローナ様は楽しげに言った。

「レム、ヒカリに魔法教育をしてあげなさい。物心ついたばかりの子供に対してするように、丁寧にね。それからミミ、ヒカリは異世界の人間だったのだから、乱暴なことをしては駄目よ?」
「かしこまりました」
「分かりました。すいません」

 二人は頭を下げた。

 そういえば、廊下ですれ違った人達も頭を下げていた。
 お辞儀はこの世界にもある文化だったんだな。そう思うと、少しだけ安心した。
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