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終章
旅立ち
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リューカでは、森が火事になるという話を聞いた人々が、森から離れた南の広場に集まっていた。
森の上空だけに雲ができていくのを驚きながら見ていた人々は、ウエインが戻るなり、周囲に集まってきた。
その中から、モイケとクラムが進み出てくる。
「一体何があったんだ」
「火事は消えたのかね?」
二人には、先程一旦村へ戻った際、村人達の避難誘導を頼んであった。
その時は詳しい事情を話す時間はなかったし、そもそもウエイン自身、何が起こったのか分かっていなかったのだが、森が燃えているということだけは伝えていた。
「どこから火が出たのかは、よく分かりません。でも、火はモニムが消してくれました」
ウエインは、二人だけに聞こえるよう、小さめの声で言った。
「そうか」
モイケは安堵したように息を吐いて、ウエインの後ろに立つエルフューレへ会釈し、クラムが村人達へ向き直って声を上げた。
「皆、安心しなさい。火は無事に消えたそうだ」
その言葉を聞き、皆は安心の言葉をもらしながら家へ帰っていった。
代わりに、ダルシアとアンノ、調査隊の隊員達が近づいてくる。
真っ先にダルシアが口を開いた。
「森が燃えたんですって? あなたが行った洞窟とやらで何かがあったってことなの?」
「いや……」
ウエインは首を振った。
「洞窟には、竜がいた」
「竜!? まさか!」
ダルシアは驚愕し、討伐隊員達がどよめいた。
アンノだけは、ピンとこない様子できょとんとしている。
「エスリコは、竜に食べられちゃったみたいなんだ。洞窟に、これが残ってた」
ウエインはそう言って、エスリコの遺品となった剣とランプを母に差し出した。
「…………」
ダルシアは息子の言葉を信じたらしく、深刻な表情になって黙り込む。
「ケイトさんに、何て伝えたらいいんだろう……」
ウエインが呟くと、ダルシアはウエインの手から剣とランプを取り、
「本当のことを言うしかないでしょう。私も一緒に行くわ。遺体は残ってないのね?」
「うん」
「えっ、エスリコさん亡くなったの?」
アンノが、ようやく話を理解したらしく、目を見開いた。
「アンノは先に家へ帰っていてくれ。俺達はケイトさんのところへ行ってくる」
「うん、分かった……」
アンノは頷き、やや慌てた様子で帰っていった。
それを見送り、ウエインは討伐隊の面々に向き直った。
「あの、竜を倒してくださいとお願いしたら、やってくれますか?」
「いや……」
副隊長のビラードが、他の隊員を見回して首を振った。
「竜は強敵だ。少なくとも、ここにいるメンバーだけではどうにもならない。せめて調査隊総がかりでなければ」
「まあ、そうですよね」
他の隊員達も難しい顔をしている。
落ち込むウエインを見て、ビラードはこう付け加えた。
「隊長が戻ってきたら一応訊いてみよう」
「はい」
ウエインは頷いた。
家が比較的南側にあることから、ケイトは自宅で連絡を待っていた。
その内エスリコがひょっこり帰ってくることを、少しだけ期待しているようでもあった。
だが、事実を告げなくてはならない。
ダルシアが先に進み出て、重い口を開いた。
「ウエインが戻ったわ。残念だけれど……、見つかったのは、これだけだそうよ」
「…………」
ケイトは、ダルシアから差し出された弟の遺品をしばらく無言で見つめてから、縋るようなまなざしをウエインに向けた。
「これ、どこで……? エスリコは……?」
「洞窟に、竜が……普通は北の山にいると言われている竜がいて。剣とランプはそこにありました。エスリコは多分、その竜にやられたんです」
「竜ですって!?」
ケイトは、まるで怒っているような口調で言った。
「竜がこんなところにいるわけ……」
その言葉が途切れたのは、昔エスリコから竜について訊かれたときのことを思い出したからかもしれない。
「エスリコはおそらく、子どもの頃に竜の姿を見たか、話を聞いたんだと思います。きっと、竜は危険だから、自分が退治しないとと考えて、剣を持って行ったんだと」
「……それで、返り討ちにあったというわけね」
ケイトは、涙をこらえているようだった。
泣いたら弟の死が現実になってしまうとでもいうように。
「…………」
ダルシアが、遺品を床に置き、ケイトの背中をそっと二回叩いた。
するとケイトは、耐えられなくなったように、わっと声を上げて泣き始めた。
ダルシアに目で合図されたので、ウエインは静かにその場を離れることにした。
(エスリコは討伐隊が来るって自分で言ってたのに、どうして一人で竜のところへなんて行ったんだろう……? 勝てると思ってたんだろうか?)
悔しかった。
エスリコが一人でそんな所へ行くと知っていれば、絶対に引き留めたのに。
モヤモヤと考えながら歩き、少し離れた場所で待っていてくれた調査隊と合流して家へ帰ると、アンノがいなかった。
テーブルに書き置きが残されている。
「エスリコさんを一緒に捜してくれた人達と話してきます」
とあった。
朝起きてから、アンノも協力してくれていたらしい。
「そういえば、皆さんもエスリコを捜すのに協力してくれたんですよね」
ウエインが調査隊に向き直ると、ビラードは申し訳なさそうな顔をした。
「ケイトさんとアンノさんが、村の各家を回って皆さんからお話を聞いてきてくれた。我々はそれについて、藪や井戸の中を覗いていたくらいで、ほとんど役に立たなかった。むしろ君達についていくべきだったんじゃないだろうか」
「いえ、それはエルフューレが拒否してましたし……。竜は普通の剣では斬れないらしいですから、大勢で行って竜を怒らせたら、全滅していたかも」
「確かに、装備不足なのは間違いないが。君達はよく無事だったな」
「それはモニムのおかげです。ただ、そのせいで竜には逃げられてしまいました」
「逃げた? 竜はどっちへ行ったんだ?」
「さあ、それは……」
ウエインが首をひねると、
「北の方だ。雲から見えた。仲間に会いに行ったんじゃないか?」
後ろから、エルフューレが補足した。
「そうか。北の国境を越えられてしまうと、遠征してまで討伐にいくのはほぼ不可能になるな……」
ビラードは悔しがっているようでもあり、ホッとしているようでもあった。
そこへ、西隣の町まで行っていたシュタウヘンが戻ってきた。
ジブレとフィニアに加え、イエラの身体に入ったエルフューレも伴っている。
「エルから聞いたけど、森で火事があったんだって?」
開口一番、彼はそう言った。
イエラの方のエルフューレと親しくなったようだ。
「気になったんで、ついでに様子を見てきたけど、そうしたらなんとディパジットまで燃えてた」
「え」
「ローアスさんによると、ディパジットの人達は、大きな球を飛ばす大砲も作っていたらしい。飛距離はさほどでもないらしいが、飛んだ球が爆発するんだそうだ」
「爆発?」
「リューカ村の北の端なら届くくらいは飛ぶらしいんだ。だから、もしかしたら森へ向けて撃ったのかも」
ジブレが、シュタウヘンの後ろからそう説明した。
「それならなんで、ディパジットまで燃えたんですか?」
「そこまでは分からないけど、試し撃ち中の事故かもしれない」
「竜を撃ち落とそうとして失敗したんだろう」
エルフューレがつまらなさそうに言った。
「竜!?」
シュタウヘンが目を丸くする。
ウエインは事情をかいつまんで説明した。
「竜の討伐か……」
シュタウヘンはそう呟き、しばらく考えている様子だった。
「個人的には惹かれるものがあるよ。ぜひ挑戦してみたい。空を飛ぶ相手と戦うのは非常に不利だから、まずは竜が寝ている間に、できれば翼を切り落とすか、翼の付け根に深い傷を負わせて、できるだけ飛ばれないようにする必要がある……とか、作戦は色々考えてしまうが……」
シュタウヘンは、その考えを振り払うように何度か首を振った。
「竜は北へ飛び去ったんだろう? だったら、それをわざわざ追いかけていって仲間を危険に晒すようなことは、調査隊の隊長としてするわけにはいかない。……悪いね」
「いいえ……」
予想はしていたことだったが、それでもウエインはやや失望した。
そんなウエインに対して、シュタウヘンはさらに続けた。
「我々調査隊の今回の任務は、『水の魔物』の調査と、ディパジットの偵察だ。だからこれから俺達は、ディパジットの現状をさらに詳しく調べて、王都へ報告しに帰らないといけない。だが君達はどうする? 一緒に来るなら、その間、モニムさんの安全には俺達も気を配るけど」
「いえ、その必要は、もうなくなりました」
「え?」
「ワタシ達は、北へ行くことにした」
今までずっと黙っていたエルフューレが、急にそんなことを言った。
ウエインとしては、モニムがもういないので護衛は要らないとだけ言うつもりだったのだが……。
「まさか、竜を追いかけるつもりなのか!?」
シュタウヘンも驚いている。
「いや、俺は……」
ウエインは戸惑って、エルフューレを振り返った。
「行きたいと思っているだろう?」
エルフューレは事もなげにそう言い、
「…………」
ウエインはそれを否定できなかった。
*
「実は、旅に出ようと思うんだ」
エルフューレに押される形で北へ行くことを決めた翌日。
ウエインがそう切り出すと、ダルシアは案外あっさりと頷いた。
「そう。気を付けて行きなさい」
「え、それだけ?」
思わず聞き返してしまう。
これなら、昨日の内に去っていった調査隊の隊員達の方がよほど、ウエインの身を案じてくれたような気がする。
「モニムさんとイエラさんが一緒なんでしょう? まあ頑張って、二人をちゃんと守ってあげなさいね」
そう言うダルシアは、モニムとイエラを生きているのと同様に扱うことにしたらしい。
昨夜、初めてイエラを紹介した時、
「紛らわしいわね」
と言ってからずっとそうしている。
「いや、あの二人……というかエルは強いから、別に大丈夫だと思うけど」
「そうは言ってもあなた、はた目にはあなたが美女二人を連れ歩いてるようにしか見えないのよ? 近寄ってくる変な男達を穏便に追い返すのは、あなたの役目よ」
「あ、そういう……」
ウエインとしては拍子抜けだが、この反応はそれはそれでありがたい。
一方、アンノは寂しそうだった。
「どのくらいで帰ってくる?」
「それは全然分からない。でも、数ヶ月はかかると思う」
「そんなに?」
アンノは溜息をついた。
「……まあ、でも、仕方ないなぁ。兄さんって、普段は優しいのに、一度決めたことは絶対変えようとしないんだから」
「そうね。イスティムにもそういうところがあったわ」
横でダルシアがうんうんと頷いた。
エルフューレは心なしか申し訳なさそうに、黙って話を聞いていた。
エルフューレが人間のような感情を持ち始めていることが、ウエインには思いのほか嬉しかった。
北へ向かってどうするのか、具体的に決めてはいない。
せっかく助かった命を、捨てに行くことになるのかもしれない。
それでも今は、エルフューレと一緒なら、何が起こっても怖くないような気がするのだった。
森の上空だけに雲ができていくのを驚きながら見ていた人々は、ウエインが戻るなり、周囲に集まってきた。
その中から、モイケとクラムが進み出てくる。
「一体何があったんだ」
「火事は消えたのかね?」
二人には、先程一旦村へ戻った際、村人達の避難誘導を頼んであった。
その時は詳しい事情を話す時間はなかったし、そもそもウエイン自身、何が起こったのか分かっていなかったのだが、森が燃えているということだけは伝えていた。
「どこから火が出たのかは、よく分かりません。でも、火はモニムが消してくれました」
ウエインは、二人だけに聞こえるよう、小さめの声で言った。
「そうか」
モイケは安堵したように息を吐いて、ウエインの後ろに立つエルフューレへ会釈し、クラムが村人達へ向き直って声を上げた。
「皆、安心しなさい。火は無事に消えたそうだ」
その言葉を聞き、皆は安心の言葉をもらしながら家へ帰っていった。
代わりに、ダルシアとアンノ、調査隊の隊員達が近づいてくる。
真っ先にダルシアが口を開いた。
「森が燃えたんですって? あなたが行った洞窟とやらで何かがあったってことなの?」
「いや……」
ウエインは首を振った。
「洞窟には、竜がいた」
「竜!? まさか!」
ダルシアは驚愕し、討伐隊員達がどよめいた。
アンノだけは、ピンとこない様子できょとんとしている。
「エスリコは、竜に食べられちゃったみたいなんだ。洞窟に、これが残ってた」
ウエインはそう言って、エスリコの遺品となった剣とランプを母に差し出した。
「…………」
ダルシアは息子の言葉を信じたらしく、深刻な表情になって黙り込む。
「ケイトさんに、何て伝えたらいいんだろう……」
ウエインが呟くと、ダルシアはウエインの手から剣とランプを取り、
「本当のことを言うしかないでしょう。私も一緒に行くわ。遺体は残ってないのね?」
「うん」
「えっ、エスリコさん亡くなったの?」
アンノが、ようやく話を理解したらしく、目を見開いた。
「アンノは先に家へ帰っていてくれ。俺達はケイトさんのところへ行ってくる」
「うん、分かった……」
アンノは頷き、やや慌てた様子で帰っていった。
それを見送り、ウエインは討伐隊の面々に向き直った。
「あの、竜を倒してくださいとお願いしたら、やってくれますか?」
「いや……」
副隊長のビラードが、他の隊員を見回して首を振った。
「竜は強敵だ。少なくとも、ここにいるメンバーだけではどうにもならない。せめて調査隊総がかりでなければ」
「まあ、そうですよね」
他の隊員達も難しい顔をしている。
落ち込むウエインを見て、ビラードはこう付け加えた。
「隊長が戻ってきたら一応訊いてみよう」
「はい」
ウエインは頷いた。
家が比較的南側にあることから、ケイトは自宅で連絡を待っていた。
その内エスリコがひょっこり帰ってくることを、少しだけ期待しているようでもあった。
だが、事実を告げなくてはならない。
ダルシアが先に進み出て、重い口を開いた。
「ウエインが戻ったわ。残念だけれど……、見つかったのは、これだけだそうよ」
「…………」
ケイトは、ダルシアから差し出された弟の遺品をしばらく無言で見つめてから、縋るようなまなざしをウエインに向けた。
「これ、どこで……? エスリコは……?」
「洞窟に、竜が……普通は北の山にいると言われている竜がいて。剣とランプはそこにありました。エスリコは多分、その竜にやられたんです」
「竜ですって!?」
ケイトは、まるで怒っているような口調で言った。
「竜がこんなところにいるわけ……」
その言葉が途切れたのは、昔エスリコから竜について訊かれたときのことを思い出したからかもしれない。
「エスリコはおそらく、子どもの頃に竜の姿を見たか、話を聞いたんだと思います。きっと、竜は危険だから、自分が退治しないとと考えて、剣を持って行ったんだと」
「……それで、返り討ちにあったというわけね」
ケイトは、涙をこらえているようだった。
泣いたら弟の死が現実になってしまうとでもいうように。
「…………」
ダルシアが、遺品を床に置き、ケイトの背中をそっと二回叩いた。
するとケイトは、耐えられなくなったように、わっと声を上げて泣き始めた。
ダルシアに目で合図されたので、ウエインは静かにその場を離れることにした。
(エスリコは討伐隊が来るって自分で言ってたのに、どうして一人で竜のところへなんて行ったんだろう……? 勝てると思ってたんだろうか?)
悔しかった。
エスリコが一人でそんな所へ行くと知っていれば、絶対に引き留めたのに。
モヤモヤと考えながら歩き、少し離れた場所で待っていてくれた調査隊と合流して家へ帰ると、アンノがいなかった。
テーブルに書き置きが残されている。
「エスリコさんを一緒に捜してくれた人達と話してきます」
とあった。
朝起きてから、アンノも協力してくれていたらしい。
「そういえば、皆さんもエスリコを捜すのに協力してくれたんですよね」
ウエインが調査隊に向き直ると、ビラードは申し訳なさそうな顔をした。
「ケイトさんとアンノさんが、村の各家を回って皆さんからお話を聞いてきてくれた。我々はそれについて、藪や井戸の中を覗いていたくらいで、ほとんど役に立たなかった。むしろ君達についていくべきだったんじゃないだろうか」
「いえ、それはエルフューレが拒否してましたし……。竜は普通の剣では斬れないらしいですから、大勢で行って竜を怒らせたら、全滅していたかも」
「確かに、装備不足なのは間違いないが。君達はよく無事だったな」
「それはモニムのおかげです。ただ、そのせいで竜には逃げられてしまいました」
「逃げた? 竜はどっちへ行ったんだ?」
「さあ、それは……」
ウエインが首をひねると、
「北の方だ。雲から見えた。仲間に会いに行ったんじゃないか?」
後ろから、エルフューレが補足した。
「そうか。北の国境を越えられてしまうと、遠征してまで討伐にいくのはほぼ不可能になるな……」
ビラードは悔しがっているようでもあり、ホッとしているようでもあった。
そこへ、西隣の町まで行っていたシュタウヘンが戻ってきた。
ジブレとフィニアに加え、イエラの身体に入ったエルフューレも伴っている。
「エルから聞いたけど、森で火事があったんだって?」
開口一番、彼はそう言った。
イエラの方のエルフューレと親しくなったようだ。
「気になったんで、ついでに様子を見てきたけど、そうしたらなんとディパジットまで燃えてた」
「え」
「ローアスさんによると、ディパジットの人達は、大きな球を飛ばす大砲も作っていたらしい。飛距離はさほどでもないらしいが、飛んだ球が爆発するんだそうだ」
「爆発?」
「リューカ村の北の端なら届くくらいは飛ぶらしいんだ。だから、もしかしたら森へ向けて撃ったのかも」
ジブレが、シュタウヘンの後ろからそう説明した。
「それならなんで、ディパジットまで燃えたんですか?」
「そこまでは分からないけど、試し撃ち中の事故かもしれない」
「竜を撃ち落とそうとして失敗したんだろう」
エルフューレがつまらなさそうに言った。
「竜!?」
シュタウヘンが目を丸くする。
ウエインは事情をかいつまんで説明した。
「竜の討伐か……」
シュタウヘンはそう呟き、しばらく考えている様子だった。
「個人的には惹かれるものがあるよ。ぜひ挑戦してみたい。空を飛ぶ相手と戦うのは非常に不利だから、まずは竜が寝ている間に、できれば翼を切り落とすか、翼の付け根に深い傷を負わせて、できるだけ飛ばれないようにする必要がある……とか、作戦は色々考えてしまうが……」
シュタウヘンは、その考えを振り払うように何度か首を振った。
「竜は北へ飛び去ったんだろう? だったら、それをわざわざ追いかけていって仲間を危険に晒すようなことは、調査隊の隊長としてするわけにはいかない。……悪いね」
「いいえ……」
予想はしていたことだったが、それでもウエインはやや失望した。
そんなウエインに対して、シュタウヘンはさらに続けた。
「我々調査隊の今回の任務は、『水の魔物』の調査と、ディパジットの偵察だ。だからこれから俺達は、ディパジットの現状をさらに詳しく調べて、王都へ報告しに帰らないといけない。だが君達はどうする? 一緒に来るなら、その間、モニムさんの安全には俺達も気を配るけど」
「いえ、その必要は、もうなくなりました」
「え?」
「ワタシ達は、北へ行くことにした」
今までずっと黙っていたエルフューレが、急にそんなことを言った。
ウエインとしては、モニムがもういないので護衛は要らないとだけ言うつもりだったのだが……。
「まさか、竜を追いかけるつもりなのか!?」
シュタウヘンも驚いている。
「いや、俺は……」
ウエインは戸惑って、エルフューレを振り返った。
「行きたいと思っているだろう?」
エルフューレは事もなげにそう言い、
「…………」
ウエインはそれを否定できなかった。
*
「実は、旅に出ようと思うんだ」
エルフューレに押される形で北へ行くことを決めた翌日。
ウエインがそう切り出すと、ダルシアは案外あっさりと頷いた。
「そう。気を付けて行きなさい」
「え、それだけ?」
思わず聞き返してしまう。
これなら、昨日の内に去っていった調査隊の隊員達の方がよほど、ウエインの身を案じてくれたような気がする。
「モニムさんとイエラさんが一緒なんでしょう? まあ頑張って、二人をちゃんと守ってあげなさいね」
そう言うダルシアは、モニムとイエラを生きているのと同様に扱うことにしたらしい。
昨夜、初めてイエラを紹介した時、
「紛らわしいわね」
と言ってからずっとそうしている。
「いや、あの二人……というかエルは強いから、別に大丈夫だと思うけど」
「そうは言ってもあなた、はた目にはあなたが美女二人を連れ歩いてるようにしか見えないのよ? 近寄ってくる変な男達を穏便に追い返すのは、あなたの役目よ」
「あ、そういう……」
ウエインとしては拍子抜けだが、この反応はそれはそれでありがたい。
一方、アンノは寂しそうだった。
「どのくらいで帰ってくる?」
「それは全然分からない。でも、数ヶ月はかかると思う」
「そんなに?」
アンノは溜息をついた。
「……まあ、でも、仕方ないなぁ。兄さんって、普段は優しいのに、一度決めたことは絶対変えようとしないんだから」
「そうね。イスティムにもそういうところがあったわ」
横でダルシアがうんうんと頷いた。
エルフューレは心なしか申し訳なさそうに、黙って話を聞いていた。
エルフューレが人間のような感情を持ち始めていることが、ウエインには思いのほか嬉しかった。
北へ向かってどうするのか、具体的に決めてはいない。
せっかく助かった命を、捨てに行くことになるのかもしれない。
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