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第六章 飛翔
6-11 喪失
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モニムの身体を抱えたまま座り込むウエインの上に、雨が降り続ける。
モニムの身体は、ぐっしょりと濡れて冷たく重くなっていた。
(守れなかった……)
ウエインは、モニムの傍を離れたことを深く後悔した。
まさかモニムがこんな無茶をするとは、思っていなかったのだ。
モニムが、リューカ村を守るために無茶をしてくれたことは分かる。
だが、モニムにはエルフューレがついていたはずではないのか。
その時、モニムの睫毛が震え、目が開いた。
「モニム?」
ウエインは言った。
だが……、違う。
モニムの瞳は喪失の悲しみに揺れていた。
――大切な人を失ってしまった。大切な、モニム……。
そんな心の叫びが聞こえるような気がした。
「……エル、か?」
ウエインが訊くと、エルフューレは悲痛な表情で頷いた。
その瞳には、あの虹色の揺らめきがもう、ない。
「ウエイン……。どうしよう。モニムがいない。どこにも、いない。わたしの呼びかけに応えない。消えてしまった。どうしよう。どうしたらいい?」
そう言いながらウエインに縋りつくエルフューレは、泣いていた。
雨に濡れたモニムの頬を、涙が伝う。
「モニムの、意識が、最近だんだん、途切れがちにな…なっていた、のは、確かなんだ」
エルフューレは何度もしゃくり上げながら、なんとか喋った。
「そこへきて、突然あんな、大きな力を使って……。わたしの、ほとんどの部分が、モニムの身体から出されてしまった。その間に、モニムは、モニムは……。わたしは、モニムを、救えなかった!」
血を吐くような叫びだった。
エルフューレが心の底から自分のことを責めているのが分かった。
「そんなことは……ないよ。エルのおかげで、モニムは凄く長生きできた。きっと、モニムはエルに感謝してる」
ウエインは励ますように言った。エルフューレを慰めることで、自分自身にも言い聞かせていた。
エルフューレは、迷子の子供のような表情をしていた。
「お、おかしいんだ。わたしは、この身体の水分を全部、完璧に操れるはずなのに。さっきから、目から水が出て止まらない」
「……ふ」
ウエインは、泣きたいのに笑いたいような気持ちになった。
「それでいいんだよ。人間は、悲しいときはそんな風に泣くものなんだ」
そう言ってやると、エルフューレは戸惑った顔になった。
「いや、でもわたしは……」
何か言いかけるエルフューレの頭を、ウエインは抱き寄せた。
大切な人のために泣けるのなら、エルフューレはもう人間と変わらない、と思った。
「……。……う」
言葉を途切れさせたエルフューレは、ウエインの服にしがみつき、声を上げて泣いた。
ウエインは、エルフューレの声を聞きながら目を瞑り、滲む視界を遮った。
*
いつしか雲は切れ、日の光が差し込んできていた。
(火は……、消えたのか?)
ウエインは、木の葉の隙間から空を見上げて思った。
その時、葉の先からぽたりと落ちた滴が顔に当たった。
大丈夫だよ、と言われた気がした。
「ウエイン、……ありがとう」
エルフューレが顔を上げ、深い悲しみの残る表情で、それでも少し恥ずかしそうに微笑んだ。
「……これから、どうする? まずはケイトさんにエスリコのことを報告に行かないといけないけど、その後は?」
ウエインが訊くと、
「わたしは……」
エルフューレは上の空でそう呟いたが、言葉は続かなかった。
何も考えられないというのが、その心境なのだろう。
ウエインはさりげなく言った。
「モニムが安心して暮らせる場所は、見つけてあげられなかったけど、俺はお前のことも結構大事に思ってるから。もしお前に行きたいところがあるなら、一緒に行くよ」
エルフューレは目を見開いた。
思ってもみなかったといった様子を見せた後、真剣な顔で考え込む。
「シュタウヘンさんやジブレさん達について王都へ行ってみるとか?」
適当に思いついたことを言ってみたが、エルフューレは首を横に振った。
「……いや、人の大勢いるところは嫌だ。緑の多いところがいい。空気と水の綺麗なところ」
「そうか……。うちの村なんて割とそんな感じじゃないか? どうだ?」
今度の提案には、エルフューレは軽く首を傾げた。
「ああ……。悪くはないな。……もし、モニムをイスティムの近くに埋めてやりたいと言ったら、ダルシアは怒るだろうか?」
「うーん、それはどうだろう……。母さんは絶対に父さんと同じ墓に入りたがるだろうけど、そこに他の女の子がいたら、やっぱり嫌なんじゃないか? それに、モニムの身体がなくなったら、お前はどうなるんだ? あと、そうだ、イエラさんの方はどうする? 一緒に埋葬するのか?」
「うーん……」
腕を組んでまた考え込むエルフューレを見て、ウエインは笑った。
もう一つ思いついたことがあった。
「いっそ隣国のワゴウに行ってみるってのはどうだ? 緑深い場所の多い国だと聞いてるよ。それにそもそもイリケ族はその昔、ワゴウから流れてきたんだろう?」
「ああ、いや、でもわたしは、その頃のことは記憶にない」
「だったら、イリケ族の起源を探ってみるってのもありじゃないか?」
「だが、そのワゴウからこの国へ来たというなら、元いたワゴウに住めなくなった理由があったんじゃないか? また別の人間たちに追われるハメになるのかも……」
それは確かに嫌だな、とウエインは思った。
しかし、そうなると決まったわけでもないので、あえて軽く言ってみる。
「そのときはそのとき。また別の場所に行けばいいさ。なんだ、嫌なのか?」
そう訊かれるとエルフューレは言葉に詰まり、やがて目を逸らした。
「……別に、嫌ではないが」
「じゃあ、決まりだな」
ウエインは無性に嬉しくなった。
正直に言えば、モニムと別れたばかりでエルフューレとも話せなくなるのが寂しかったのだ。
エルフューレがいてくれて良かった、と心から思った。
*
実はエルフューレの方も、それは同じだった。
小さな声で呟く。
「どこへ向かおうと、おまえと一緒に旅ができるなら、わたしはそれでいいのかもしれない……」
「え? 今、何か言ったか?」
「いや」
反射的に否定してしまってから、エルフューレは首を傾げた。
何かが凄く、自分らしくない気がした。
その気持ちが「照れくさい」という感情だと、エルフューレはまだ知らない。
だが、今はなんだか、それも悪くないという気分だった。
モニムの身体は、ぐっしょりと濡れて冷たく重くなっていた。
(守れなかった……)
ウエインは、モニムの傍を離れたことを深く後悔した。
まさかモニムがこんな無茶をするとは、思っていなかったのだ。
モニムが、リューカ村を守るために無茶をしてくれたことは分かる。
だが、モニムにはエルフューレがついていたはずではないのか。
その時、モニムの睫毛が震え、目が開いた。
「モニム?」
ウエインは言った。
だが……、違う。
モニムの瞳は喪失の悲しみに揺れていた。
――大切な人を失ってしまった。大切な、モニム……。
そんな心の叫びが聞こえるような気がした。
「……エル、か?」
ウエインが訊くと、エルフューレは悲痛な表情で頷いた。
その瞳には、あの虹色の揺らめきがもう、ない。
「ウエイン……。どうしよう。モニムがいない。どこにも、いない。わたしの呼びかけに応えない。消えてしまった。どうしよう。どうしたらいい?」
そう言いながらウエインに縋りつくエルフューレは、泣いていた。
雨に濡れたモニムの頬を、涙が伝う。
「モニムの、意識が、最近だんだん、途切れがちにな…なっていた、のは、確かなんだ」
エルフューレは何度もしゃくり上げながら、なんとか喋った。
「そこへきて、突然あんな、大きな力を使って……。わたしの、ほとんどの部分が、モニムの身体から出されてしまった。その間に、モニムは、モニムは……。わたしは、モニムを、救えなかった!」
血を吐くような叫びだった。
エルフューレが心の底から自分のことを責めているのが分かった。
「そんなことは……ないよ。エルのおかげで、モニムは凄く長生きできた。きっと、モニムはエルに感謝してる」
ウエインは励ますように言った。エルフューレを慰めることで、自分自身にも言い聞かせていた。
エルフューレは、迷子の子供のような表情をしていた。
「お、おかしいんだ。わたしは、この身体の水分を全部、完璧に操れるはずなのに。さっきから、目から水が出て止まらない」
「……ふ」
ウエインは、泣きたいのに笑いたいような気持ちになった。
「それでいいんだよ。人間は、悲しいときはそんな風に泣くものなんだ」
そう言ってやると、エルフューレは戸惑った顔になった。
「いや、でもわたしは……」
何か言いかけるエルフューレの頭を、ウエインは抱き寄せた。
大切な人のために泣けるのなら、エルフューレはもう人間と変わらない、と思った。
「……。……う」
言葉を途切れさせたエルフューレは、ウエインの服にしがみつき、声を上げて泣いた。
ウエインは、エルフューレの声を聞きながら目を瞑り、滲む視界を遮った。
*
いつしか雲は切れ、日の光が差し込んできていた。
(火は……、消えたのか?)
ウエインは、木の葉の隙間から空を見上げて思った。
その時、葉の先からぽたりと落ちた滴が顔に当たった。
大丈夫だよ、と言われた気がした。
「ウエイン、……ありがとう」
エルフューレが顔を上げ、深い悲しみの残る表情で、それでも少し恥ずかしそうに微笑んだ。
「……これから、どうする? まずはケイトさんにエスリコのことを報告に行かないといけないけど、その後は?」
ウエインが訊くと、
「わたしは……」
エルフューレは上の空でそう呟いたが、言葉は続かなかった。
何も考えられないというのが、その心境なのだろう。
ウエインはさりげなく言った。
「モニムが安心して暮らせる場所は、見つけてあげられなかったけど、俺はお前のことも結構大事に思ってるから。もしお前に行きたいところがあるなら、一緒に行くよ」
エルフューレは目を見開いた。
思ってもみなかったといった様子を見せた後、真剣な顔で考え込む。
「シュタウヘンさんやジブレさん達について王都へ行ってみるとか?」
適当に思いついたことを言ってみたが、エルフューレは首を横に振った。
「……いや、人の大勢いるところは嫌だ。緑の多いところがいい。空気と水の綺麗なところ」
「そうか……。うちの村なんて割とそんな感じじゃないか? どうだ?」
今度の提案には、エルフューレは軽く首を傾げた。
「ああ……。悪くはないな。……もし、モニムをイスティムの近くに埋めてやりたいと言ったら、ダルシアは怒るだろうか?」
「うーん、それはどうだろう……。母さんは絶対に父さんと同じ墓に入りたがるだろうけど、そこに他の女の子がいたら、やっぱり嫌なんじゃないか? それに、モニムの身体がなくなったら、お前はどうなるんだ? あと、そうだ、イエラさんの方はどうする? 一緒に埋葬するのか?」
「うーん……」
腕を組んでまた考え込むエルフューレを見て、ウエインは笑った。
もう一つ思いついたことがあった。
「いっそ隣国のワゴウに行ってみるってのはどうだ? 緑深い場所の多い国だと聞いてるよ。それにそもそもイリケ族はその昔、ワゴウから流れてきたんだろう?」
「ああ、いや、でもわたしは、その頃のことは記憶にない」
「だったら、イリケ族の起源を探ってみるってのもありじゃないか?」
「だが、そのワゴウからこの国へ来たというなら、元いたワゴウに住めなくなった理由があったんじゃないか? また別の人間たちに追われるハメになるのかも……」
それは確かに嫌だな、とウエインは思った。
しかし、そうなると決まったわけでもないので、あえて軽く言ってみる。
「そのときはそのとき。また別の場所に行けばいいさ。なんだ、嫌なのか?」
そう訊かれるとエルフューレは言葉に詰まり、やがて目を逸らした。
「……別に、嫌ではないが」
「じゃあ、決まりだな」
ウエインは無性に嬉しくなった。
正直に言えば、モニムと別れたばかりでエルフューレとも話せなくなるのが寂しかったのだ。
エルフューレがいてくれて良かった、と心から思った。
*
実はエルフューレの方も、それは同じだった。
小さな声で呟く。
「どこへ向かおうと、おまえと一緒に旅ができるなら、わたしはそれでいいのかもしれない……」
「え? 今、何か言ったか?」
「いや」
反射的に否定してしまってから、エルフューレは首を傾げた。
何かが凄く、自分らしくない気がした。
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