水の魔物

たかまちゆう

文字の大きさ
上 下
45 / 47
第六章 飛翔

6-10 モニムの決意

しおりを挟む
「何!?」
 ディパジットの方角から響いた音に、ウエインとモニムは顔を見合わせた。
 続けて、森の中から大きな爆発音がした。
「……もしかして、ジブレさんが言っていた凄い武器、かしら?」
「あれ、モニムはその話知ってたんだっけ。俺も今、同じことを考えてた」
 ディパジットの方からは、さらに幾度か轟音が響いた。
「何が起きてるんだ……」
 状況を確認するため、ウエインはエスリコの遺品を地面に置き、手近な木に登った。比較的丈夫そうな枝に立ち、周囲を見回す。そして、
「……燃えてる?」
 呆然と呟いた。
 森が、燃えていた。
 ディパジットの方にも煙が見えたが、それ以上に心配なのは森から火の手が上がっていることだ。
 このまま燃え広がると、リューカ村にも影響が出かねない。
「ウエイン、大丈夫? どうなってるの?」
 モニムが木の下から、不安そうな声を上げた。
「森が、燃えてるんだ!」
 ウエインは叫び返し、急いで木を下りた。
「そんな……」
 モニムは本能的な恐怖を感じて口元を押さえた。鼓動が早くなる。
 火が怖い。
「ど、どれくらいの大きさなの……?」
「結構広い範囲で燃えてる。リューカまではまだ距離があるけど、このまま消火できないと、もしかしたら危ないかもしれない」
「そんな……」
 モニムの脳裡に、ディパジットの壁外の大穴で焼かれていた同胞の姿が蘇った。
 楽しそうに笑い合っていたダルシアとアンノのところや、親切にしてくれたクラムなど他の村人のところまで火が迫る様子を想像する。
(だめ、やめて、燃やさないで)
 モニムは泣きそうになった。
「ウエイン、急いで村の人たちに知らせに行って。わたしは……、火を消せるかどうか、試してみる」
「え……。……うん。分かった」
 ウエインは頷き、村の方向へ駆けていった。
 モニムは近くの木の幹に手を当て、そっと目を閉じた。
 森を焼く火を消す水をイメージする。
(水――雨。広がる雲。……お願い、あなたたちの力を貸して)
 木の鼓動――木の中を流れる水を感じる。
 根から幹へ、枝へ、そして葉へ。と念じる。
(上へ……空へ)
 木の葉から蒸散した水蒸気が空へ上り、雲へと変わっていくように――。
 モニムは近くの木々一本一本に手を触れ、順に同じことを繰り返した。
 手応えはあった。上空にうっすらと、雲ができつつある。
 だが……、遅い。
 こんなペースでは、雲が広がる前に、炎の方が大きく燃え広がってしまうかもしれない。
 かといって、地面から吸い上げる以上の水分を蒸散させてしまえば、その木が枯れかねない。
(せめて全部の木に、一度に手伝ってもらうことができれば……)
 モニムは必死に考え、そして気付いた。
(水ならここにある。わたしの中に……、『泉』がある)
 ――いけない。モニム、それは。
 エルフューレの「声」がした。
(黙って)
 モニムは、自分の内側から響くその「声」に対して、強く命じた。
 ――ダメだ、モニム。やめるんだ!
 エルフューレの「声」は必死だが、モニムは冷静だった。
(わたしは決めたわ。誰にも、この決意を変えることはできない)
 ――モニム!
 かつてエルフューレは、モニムの身体を半分もらうと言った。
(違うわ、エル。あなたの……いえ、おまえの力は、わたしが元々受け継ぐはずだった力。ミザーニマの力……。おまえはわたしのものだ)
 強く強く、念じる。
 すると。
 モニムの身体から、水が溢れ出した。
 それは、『奇跡の泉』と呼ばれていた泉の『水』。
 ――モニ……!
 ふ、と、エルフューレの声が遠ざかり、聞こえなくなった。
(水よ……、天へ上れ。空へ行って雲となり、雨となって降り注げ!)

 その時、ウエインから話を聞き、リューカ村で不安げに森を見守っていた幾人かが、森の上空に積乱雲が突如として湧き出すのを目撃した。
 雲はどんどん広がっていき、やがて雨が降り始めた。
「おお……」
「奇跡だわ」
「これで助かる!」
 そんなどよめきが聞こえ、ウエインは振り向いた。村人に避難を促そうとしていた声が止まる。
(モニムが、やってくれたのか?)
 その顔が喜びに輝きかけ……、胸の内で急激に広がる不安と焦燥に曇った。
(モニムは……、大丈夫なのか?)
 気付けばウエインは走り出していた。

 激しい雨が、木々から零れ落ちてウエインの全身を濡らす。
 だがウエインは、そんなことに構ってはいられなかった。
 最後にモニムと分かれた地点へ戻り、辺りを見回す。
「――モニム!」
 モニムは力なく地面に倒れていた。
 駆け寄って抱き起こすと、うっすら目を開けた。
「良かった、モニム。無事だったんだ」
 モニムの、濡れて顔に張り付いた前髪を掻き分けてやりながら、ウエインは言った。
「ウエイン……」
 モニムの声は小さく、かすれていた。
「わたし、役に立った……?」
「もちろん。火は全部消えたよ。モニムのおかげだ」
 きちんと確認したわけではなかったが、あえてきっぱりとウエインは言った。
 実際、このままの勢いで雨が降り続いてくれれば、火はすぐに消し止められるだろうと確信していた。
「そう……。良かった……」
 モニムは微笑んで呟き――、
 そしてそのまま、動かなくなった。
「……モニム?」
 ウエインの呼びかけに、モニムはもう、答えることはなかった。

     *
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

ドマゾネスの掟 ~ドMな褐色少女は僕に責められたがっている~

ファンタジー
探検家の主人公は伝説の部族ドマゾネスを探すために密林の奥へ進むが道に迷ってしまう。 そんな彼をドマゾネスの少女カリナが発見してドマゾネスの村に連れていく。 そして、目覚めた彼はドマゾネスたちから歓迎され、子種を求められるのだった。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

ウィリアム・アーガイルの憂心 ~脇役貴族は生き残りたい~

エノキスルメ
ファンタジー
国王が崩御した! 大国の崩壊が始まった! 王族たちは次の王位を巡って争い始め、王家に隙ありと見た各地の大貴族たちは独立に乗り出す。 彼ら歴史の主役たちが各々の思惑を抱えて蠢く一方で――脇役である中小の貴族たちも、時代に翻弄されざるを得ない。 アーガイル伯爵家も、そんな翻弄される貴族家のひとつ。 家格は中の上程度。日和見を許されるほどには弱くないが、情勢の主導権を握れるほどには強くない。ある意味では最も危うくて損な立場。 「死にたくないよぉ~。穏やかに幸せに暮らしたいだけなのにぃ~」 ちょっと臆病で悲観的な若き当主ウィリアム・アーガイルは、嘆き、狼狽え、たまに半泣きになりながら、それでも生き残るためにがんばる。 ※小説家になろう様、カクヨム様にも掲載させていただいてます。

処理中です...