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第六章 飛翔
6-10 モニムの決意
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「何!?」
ディパジットの方角から響いた音に、ウエインとモニムは顔を見合わせた。
続けて、森の中から大きな爆発音がした。
「……もしかして、ジブレさんが言っていた凄い武器、かしら?」
「あれ、モニムはその話知ってたんだっけ。俺も今、同じことを考えてた」
ディパジットの方からは、さらに幾度か轟音が響いた。
「何が起きてるんだ……」
状況を確認するため、ウエインはエスリコの遺品を地面に置き、手近な木に登った。比較的丈夫そうな枝に立ち、周囲を見回す。そして、
「……燃えてる?」
呆然と呟いた。
森が、燃えていた。
ディパジットの方にも煙が見えたが、それ以上に心配なのは森から火の手が上がっていることだ。
このまま燃え広がると、リューカ村にも影響が出かねない。
「ウエイン、大丈夫? どうなってるの?」
モニムが木の下から、不安そうな声を上げた。
「森が、燃えてるんだ!」
ウエインは叫び返し、急いで木を下りた。
「そんな……」
モニムは本能的な恐怖を感じて口元を押さえた。鼓動が早くなる。
火が怖い。
「ど、どれくらいの大きさなの……?」
「結構広い範囲で燃えてる。リューカまではまだ距離があるけど、このまま消火できないと、もしかしたら危ないかもしれない」
「そんな……」
モニムの脳裡に、ディパジットの壁外の大穴で焼かれていた同胞の姿が蘇った。
楽しそうに笑い合っていたダルシアとアンノのところや、親切にしてくれたクラムなど他の村人のところまで火が迫る様子を想像する。
(だめ、やめて、燃やさないで)
モニムは泣きそうになった。
「ウエイン、急いで村の人たちに知らせに行って。わたしは……、火を消せるかどうか、試してみる」
「え……。……うん。分かった」
ウエインは頷き、村の方向へ駆けていった。
モニムは近くの木の幹に手を当て、そっと目を閉じた。
森を焼く火を消す水をイメージする。
(水――雨。広がる雲。……お願い、木たちの力を貸して)
木の鼓動――木の中を流れる水を感じる。
根から幹へ、枝へ、そして葉へ。と念じる。
(上へ……空へ)
木の葉から蒸散した水蒸気が空へ上り、雲へと変わっていくように――。
モニムは近くの木々一本一本に手を触れ、順に同じことを繰り返した。
手応えはあった。上空にうっすらと、雲ができつつある。
だが……、遅い。
こんなペースでは、雲が広がる前に、炎の方が大きく燃え広がってしまうかもしれない。
かといって、地面から吸い上げる以上の水分を蒸散させてしまえば、その木が枯れかねない。
(せめて全部の木に、一度に手伝ってもらうことができれば……)
モニムは必死に考え、そして気付いた。
(水ならここにある。わたしの中に……、『泉』がある)
――いけない。モニム、それは。
エルフューレの「声」がした。
(黙って)
モニムは、自分の内側から響くその「声」に対して、強く命じた。
――ダメだ、モニム。やめるんだ!
エルフューレの「声」は必死だが、モニムは冷静だった。
(わたしは決めたわ。誰にも、この決意を変えることはできない)
――モニム!
かつてエルフューレは、モニムの身体を半分もらうと言った。
(違うわ、エル。あなたの……いえ、おまえの力は、わたしが元々受け継ぐはずだった力。ミザーニマの力……。おまえはわたしのものだ)
強く強く、念じる。
すると。
モニムの身体から、水が溢れ出した。
それは、『奇跡の泉』と呼ばれていた泉の『水』。
――モニ……!
ふ、と、エルフューレの声が遠ざかり、聞こえなくなった。
(水よ……、天へ上れ。空へ行って雲となり、雨となって降り注げ!)
その時、ウエインから話を聞き、リューカ村で不安げに森を見守っていた幾人かが、森の上空に積乱雲が突如として湧き出すのを目撃した。
雲はどんどん広がっていき、やがて雨が降り始めた。
「おお……」
「奇跡だわ」
「これで助かる!」
そんなどよめきが聞こえ、ウエインは振り向いた。村人に避難を促そうとしていた声が止まる。
(モニムが、やってくれたのか?)
その顔が喜びに輝きかけ……、胸の内で急激に広がる不安と焦燥に曇った。
(モニムは……、大丈夫なのか?)
気付けばウエインは走り出していた。
激しい雨が、木々から零れ落ちてウエインの全身を濡らす。
だがウエインは、そんなことに構ってはいられなかった。
最後にモニムと分かれた地点へ戻り、辺りを見回す。
「――モニム!」
モニムは力なく地面に倒れていた。
駆け寄って抱き起こすと、うっすら目を開けた。
「良かった、モニム。無事だったんだ」
モニムの、濡れて顔に張り付いた前髪を掻き分けてやりながら、ウエインは言った。
「ウエイン……」
モニムの声は小さく、かすれていた。
「わたし、役に立った……?」
「もちろん。火は全部消えたよ。モニムのおかげだ」
きちんと確認したわけではなかったが、あえてきっぱりとウエインは言った。
実際、このままの勢いで雨が降り続いてくれれば、火はすぐに消し止められるだろうと確信していた。
「そう……。良かった……」
モニムは微笑んで呟き――、
そしてそのまま、動かなくなった。
「……モニム?」
ウエインの呼びかけに、モニムはもう、答えることはなかった。
*
ディパジットの方角から響いた音に、ウエインとモニムは顔を見合わせた。
続けて、森の中から大きな爆発音がした。
「……もしかして、ジブレさんが言っていた凄い武器、かしら?」
「あれ、モニムはその話知ってたんだっけ。俺も今、同じことを考えてた」
ディパジットの方からは、さらに幾度か轟音が響いた。
「何が起きてるんだ……」
状況を確認するため、ウエインはエスリコの遺品を地面に置き、手近な木に登った。比較的丈夫そうな枝に立ち、周囲を見回す。そして、
「……燃えてる?」
呆然と呟いた。
森が、燃えていた。
ディパジットの方にも煙が見えたが、それ以上に心配なのは森から火の手が上がっていることだ。
このまま燃え広がると、リューカ村にも影響が出かねない。
「ウエイン、大丈夫? どうなってるの?」
モニムが木の下から、不安そうな声を上げた。
「森が、燃えてるんだ!」
ウエインは叫び返し、急いで木を下りた。
「そんな……」
モニムは本能的な恐怖を感じて口元を押さえた。鼓動が早くなる。
火が怖い。
「ど、どれくらいの大きさなの……?」
「結構広い範囲で燃えてる。リューカまではまだ距離があるけど、このまま消火できないと、もしかしたら危ないかもしれない」
「そんな……」
モニムの脳裡に、ディパジットの壁外の大穴で焼かれていた同胞の姿が蘇った。
楽しそうに笑い合っていたダルシアとアンノのところや、親切にしてくれたクラムなど他の村人のところまで火が迫る様子を想像する。
(だめ、やめて、燃やさないで)
モニムは泣きそうになった。
「ウエイン、急いで村の人たちに知らせに行って。わたしは……、火を消せるかどうか、試してみる」
「え……。……うん。分かった」
ウエインは頷き、村の方向へ駆けていった。
モニムは近くの木の幹に手を当て、そっと目を閉じた。
森を焼く火を消す水をイメージする。
(水――雨。広がる雲。……お願い、木たちの力を貸して)
木の鼓動――木の中を流れる水を感じる。
根から幹へ、枝へ、そして葉へ。と念じる。
(上へ……空へ)
木の葉から蒸散した水蒸気が空へ上り、雲へと変わっていくように――。
モニムは近くの木々一本一本に手を触れ、順に同じことを繰り返した。
手応えはあった。上空にうっすらと、雲ができつつある。
だが……、遅い。
こんなペースでは、雲が広がる前に、炎の方が大きく燃え広がってしまうかもしれない。
かといって、地面から吸い上げる以上の水分を蒸散させてしまえば、その木が枯れかねない。
(せめて全部の木に、一度に手伝ってもらうことができれば……)
モニムは必死に考え、そして気付いた。
(水ならここにある。わたしの中に……、『泉』がある)
――いけない。モニム、それは。
エルフューレの「声」がした。
(黙って)
モニムは、自分の内側から響くその「声」に対して、強く命じた。
――ダメだ、モニム。やめるんだ!
エルフューレの「声」は必死だが、モニムは冷静だった。
(わたしは決めたわ。誰にも、この決意を変えることはできない)
――モニム!
かつてエルフューレは、モニムの身体を半分もらうと言った。
(違うわ、エル。あなたの……いえ、おまえの力は、わたしが元々受け継ぐはずだった力。ミザーニマの力……。おまえはわたしのものだ)
強く強く、念じる。
すると。
モニムの身体から、水が溢れ出した。
それは、『奇跡の泉』と呼ばれていた泉の『水』。
――モニ……!
ふ、と、エルフューレの声が遠ざかり、聞こえなくなった。
(水よ……、天へ上れ。空へ行って雲となり、雨となって降り注げ!)
その時、ウエインから話を聞き、リューカ村で不安げに森を見守っていた幾人かが、森の上空に積乱雲が突如として湧き出すのを目撃した。
雲はどんどん広がっていき、やがて雨が降り始めた。
「おお……」
「奇跡だわ」
「これで助かる!」
そんなどよめきが聞こえ、ウエインは振り向いた。村人に避難を促そうとしていた声が止まる。
(モニムが、やってくれたのか?)
その顔が喜びに輝きかけ……、胸の内で急激に広がる不安と焦燥に曇った。
(モニムは……、大丈夫なのか?)
気付けばウエインは走り出していた。
激しい雨が、木々から零れ落ちてウエインの全身を濡らす。
だがウエインは、そんなことに構ってはいられなかった。
最後にモニムと分かれた地点へ戻り、辺りを見回す。
「――モニム!」
モニムは力なく地面に倒れていた。
駆け寄って抱き起こすと、うっすら目を開けた。
「良かった、モニム。無事だったんだ」
モニムの、濡れて顔に張り付いた前髪を掻き分けてやりながら、ウエインは言った。
「ウエイン……」
モニムの声は小さく、かすれていた。
「わたし、役に立った……?」
「もちろん。火は全部消えたよ。モニムのおかげだ」
きちんと確認したわけではなかったが、あえてきっぱりとウエインは言った。
実際、このままの勢いで雨が降り続いてくれれば、火はすぐに消し止められるだろうと確信していた。
「そう……。良かった……」
モニムは微笑んで呟き――、
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「……モニム?」
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