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第六章 飛翔
6-4 竜との対決
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ウエインは再び洞窟へ入り、岩の割れ目からさらに奥へ入っていった。
今度はモニムもついてくる。
ウエインとしては、危ないからモニムにはむしろ外で待っていてほしかったのだが、モニムは「わたしも役に立てるかも」と言って譲らなかったのだ。
最初に会ったときは儚げな印象だったから、ウエインは、モニムにこんな頑固なところがあるとは思っていなかった。
モニムを戦力として数えたくはないのだが、本当にエルフューレと記憶の共有ができるようになったというなら、彼女は意外と頼もしい存在かもしれない。
(……いる)
洞窟内の広い空間へ出る直前、ウエインは少し躊躇った。
大きな、とてつもなく大きな力を持った生き物の気配がする。
本能的に逃げ出したくなるのをなんとか堪え、ウエインは足を踏み出した。
「エスリコ! いるか? いたら返事をしてくれ!」
どうせ竜にこちらの存在は知られているだろうから、気にせず大声で呼びかける。
ウエインの声が洞窟内で反響したが、応える声はなかった。
竜の姿も、先に来ているはずのリーンの姿も見えない。
だが、気配は感じる。少し先、地面が大きく抉れているあたりから――。
「……あの男は、死んだわ。竜の餌になってね」
奥の岩陰から、リーンが姿を現した。洞窟の隅を示して言う。
「ここに、彼の持っていた物が遺っているわよ。えーと……、どれだったかしら?」
ウエインとしては、確認しないわけにいかなかった。
洞窟の奥へと踏み込み、近づいていくと、積み上がったガラクタの上に、見覚えのあるエスリコの剣が載っていた。
「くっ……。まさか、本当に」
「――でも、彼が勝手にこの洞窟へ入ったのよ。私を助けるとか何とか言って」
リーンが少し早口で言った。
「私はちゃんと言ったわ。ここには竜がいるって。それなのに」
「君は、君を助けようとしたエスリコを見殺しにしたのか?」
「そんなこと、頼んでない!」
リーンが不意に叫んだ。
「私は、アーサー様のことが好きだわ。一緒にいられて幸せなの! 私を助けてくれるというなら、アーサー様をここから出してほしかったわ! でも彼にはそんな力もなかった。だから、違う方法で役に立ってもらったのよ。私は、」
そこでリーンは一度言葉を切り、ぎゅっと目を閉じた。
「……見殺しにしたんじゃない。私は、積極的に彼をアーサー様の餌にしたんだわ」
「……!」
ウエインはこぶしを握りしめた。もう少しでリーンを殴りつけるところだったが、その手をモニムがそっと押さえた。
モニムは一歩前へ出て、リーンを見つめる。
「あなたは、本当に幸せなの? 何の罪もない人を竜に食べさせる生活に、満足しているというの?」
リーンの肩が大きく震えた。
「……そうよ」
答える声にはわずかな躊躇いが感じられて、ウエインは少し冷静になれた。
「――エスリコは昨日、目的があって出かけるようなことを言っていた。洞窟へ行くなんて書き置きもあった。……リーンは、エスリコとは元々知り合いだったのか?」
「知り合いなんていうほどのものじゃなかったわ。昔ちょっと会ったことがあるっていうだけよ」
「そんな。だったらどうして、エスリコはわざわざここに……?」
「そんなこと、私だって知らないわよ」
「皮肉ね」
モニムがぽつりと呟いた。
「ずっと待っていたわたしのところには、迎えが来なかったのに」
「モニム……」
ウエインが名前を呼ぶと、モニムは我に返った様子で慌てて手を振った。
「ごめんなさい! なんでもないの。聞かなかったことにして」
「……うん」
ウエインが頷いた時、ずん、ずん……と、身体に響く音が近づいてきた。
ウエインとモニムはハッとして振り返り、リーンは嬉しそうにそちらへ顔を向けた。
(竜……! 本物!)
ウエインは震えた。
覚悟はしていたつもりだったが、実物の竜を見た衝撃は想像以上に大きかった。
体長は、思ったほどではない。尻尾を含めればウエインの身長の三倍はあるだろうが、ウエインはさらに倍ほどの大きさを予想していたからだ。
だが、竜が一歩歩くごとに伝わってくる振動、竜が呼吸する度に震える空気は、リアルな質量を感じさせ、竜が確かに、すぐそこにいるのだと思い知らされた。
『どうやら、わざわざ我の餌になりに来たらしいな』
竜が、くぐもってはいるが人の言葉を喋った。
直後、竜はわずかに羽を広げ、ウエインに飛びかかってきた。
ウエインが、風圧に押されながらもなんとかそれを避けられたのは、狭い洞窟の中、竜自身が自分の起こした風の反発力を受けたせいだったかもしれない。
横に転がったウエインは、身を起こしながら、洞窟の入り口までの距離を目で測った。
走って七秒というところだろうか。
この状況で、竜に背中を向けて走ったりしたら、おそらく三秒もかからず喰い殺されてしまう。
「ウエイン! 剣を!」
モニムの声がして、ウエインは反射的に剣を抜いた。
モニムが駆け寄ってきて、ウエインの手の上から、折れた剣の柄を掴む。
モニムの手から水が流れ出し、剣の折れた部分を形作った。
「これ……」
ウエインは、エルフューレがカイビの胸を易々と貫いたことを思い出す。
「意外と重いから、気を付けて」
モニムの囁きを聞きながら、ウエインは、再び飛びかかってきた竜の足に斬りつけた。
竜は寸前で向きを変えたが、剣先がかすった部分から緑色の血が飛び散った。
「まさか……!」
リーンが叫び声を上げる。竜の硬い皮膚を傷つける刃物があると思っていなかったのだろう。
ウエインはさらに踏み込み、竜の左後ろ脚を狙って斬りかかった。
竜は足を引いて避け、前足の爪ででウエインの首をかき切ろうとしてくる。
ウエインは、振り切っていた剣をかろうじて引き戻し、竜の爪を受け止めた。
ガキンッと激しい音がして、竜の爪が欠ける。
これは竜にとっても予想外だったらしく、警戒するように大きく下がって距離を取った。
(行ける……!)
ウエインは地面を蹴って、竜に追いすがった。
風に押されながらもなんとかバランスを保って、竜の懐に飛び込む――!
「だめ――!!」
かん高い悲鳴が洞窟内に響き渡った。
リーンの声だ、と認識する間もなく、ウエインの剣が、ほんのわずか、自分でも気付かないような躊躇いに小さく揺れる。
その瞬間。
竜が身体をひねり、ブゥン…とうなりを上げて竜の尻尾が横合いから襲いかかってきた。
「ぐっ……!」
竜の顔や四肢に意識を集中していたウエインは、その攻撃を避けられなかった。
脇腹を叩かれ、身体が吹っ飛ぶ。
洞窟の壁に叩きつけられ、息が詰まった。
まず壁にぶつかった肩と背中の痛みを感じ、壁を滑り落ちている間に脇腹の痛みに気付く。
竜と自分との、圧倒的な力の差を思い知った。
エスリコの顔が脳裏に浮かんだ。
ウエインのために、わざわざ討伐隊のことを知らせに来てくれた彼。
(あの時、俺、礼も何も言わなかった)
またな、と言った彼に、うんとかああとか、上の空で答えを返したような気もするが、エスリコはそれを聞いたかどうかも分からないくらい、さっさと行ってしまった。
親しい人がいつまでも当たり前のようにそばにいてくれるわけではないと、ウエインはよく知っていたはずなのに。
(ごめんな……。俺、負けちゃった……)
ウエインは心の中でエスリコに謝り……、そこで意識が途切れた。
*
今度はモニムもついてくる。
ウエインとしては、危ないからモニムにはむしろ外で待っていてほしかったのだが、モニムは「わたしも役に立てるかも」と言って譲らなかったのだ。
最初に会ったときは儚げな印象だったから、ウエインは、モニムにこんな頑固なところがあるとは思っていなかった。
モニムを戦力として数えたくはないのだが、本当にエルフューレと記憶の共有ができるようになったというなら、彼女は意外と頼もしい存在かもしれない。
(……いる)
洞窟内の広い空間へ出る直前、ウエインは少し躊躇った。
大きな、とてつもなく大きな力を持った生き物の気配がする。
本能的に逃げ出したくなるのをなんとか堪え、ウエインは足を踏み出した。
「エスリコ! いるか? いたら返事をしてくれ!」
どうせ竜にこちらの存在は知られているだろうから、気にせず大声で呼びかける。
ウエインの声が洞窟内で反響したが、応える声はなかった。
竜の姿も、先に来ているはずのリーンの姿も見えない。
だが、気配は感じる。少し先、地面が大きく抉れているあたりから――。
「……あの男は、死んだわ。竜の餌になってね」
奥の岩陰から、リーンが姿を現した。洞窟の隅を示して言う。
「ここに、彼の持っていた物が遺っているわよ。えーと……、どれだったかしら?」
ウエインとしては、確認しないわけにいかなかった。
洞窟の奥へと踏み込み、近づいていくと、積み上がったガラクタの上に、見覚えのあるエスリコの剣が載っていた。
「くっ……。まさか、本当に」
「――でも、彼が勝手にこの洞窟へ入ったのよ。私を助けるとか何とか言って」
リーンが少し早口で言った。
「私はちゃんと言ったわ。ここには竜がいるって。それなのに」
「君は、君を助けようとしたエスリコを見殺しにしたのか?」
「そんなこと、頼んでない!」
リーンが不意に叫んだ。
「私は、アーサー様のことが好きだわ。一緒にいられて幸せなの! 私を助けてくれるというなら、アーサー様をここから出してほしかったわ! でも彼にはそんな力もなかった。だから、違う方法で役に立ってもらったのよ。私は、」
そこでリーンは一度言葉を切り、ぎゅっと目を閉じた。
「……見殺しにしたんじゃない。私は、積極的に彼をアーサー様の餌にしたんだわ」
「……!」
ウエインはこぶしを握りしめた。もう少しでリーンを殴りつけるところだったが、その手をモニムがそっと押さえた。
モニムは一歩前へ出て、リーンを見つめる。
「あなたは、本当に幸せなの? 何の罪もない人を竜に食べさせる生活に、満足しているというの?」
リーンの肩が大きく震えた。
「……そうよ」
答える声にはわずかな躊躇いが感じられて、ウエインは少し冷静になれた。
「――エスリコは昨日、目的があって出かけるようなことを言っていた。洞窟へ行くなんて書き置きもあった。……リーンは、エスリコとは元々知り合いだったのか?」
「知り合いなんていうほどのものじゃなかったわ。昔ちょっと会ったことがあるっていうだけよ」
「そんな。だったらどうして、エスリコはわざわざここに……?」
「そんなこと、私だって知らないわよ」
「皮肉ね」
モニムがぽつりと呟いた。
「ずっと待っていたわたしのところには、迎えが来なかったのに」
「モニム……」
ウエインが名前を呼ぶと、モニムは我に返った様子で慌てて手を振った。
「ごめんなさい! なんでもないの。聞かなかったことにして」
「……うん」
ウエインが頷いた時、ずん、ずん……と、身体に響く音が近づいてきた。
ウエインとモニムはハッとして振り返り、リーンは嬉しそうにそちらへ顔を向けた。
(竜……! 本物!)
ウエインは震えた。
覚悟はしていたつもりだったが、実物の竜を見た衝撃は想像以上に大きかった。
体長は、思ったほどではない。尻尾を含めればウエインの身長の三倍はあるだろうが、ウエインはさらに倍ほどの大きさを予想していたからだ。
だが、竜が一歩歩くごとに伝わってくる振動、竜が呼吸する度に震える空気は、リアルな質量を感じさせ、竜が確かに、すぐそこにいるのだと思い知らされた。
『どうやら、わざわざ我の餌になりに来たらしいな』
竜が、くぐもってはいるが人の言葉を喋った。
直後、竜はわずかに羽を広げ、ウエインに飛びかかってきた。
ウエインが、風圧に押されながらもなんとかそれを避けられたのは、狭い洞窟の中、竜自身が自分の起こした風の反発力を受けたせいだったかもしれない。
横に転がったウエインは、身を起こしながら、洞窟の入り口までの距離を目で測った。
走って七秒というところだろうか。
この状況で、竜に背中を向けて走ったりしたら、おそらく三秒もかからず喰い殺されてしまう。
「ウエイン! 剣を!」
モニムの声がして、ウエインは反射的に剣を抜いた。
モニムが駆け寄ってきて、ウエインの手の上から、折れた剣の柄を掴む。
モニムの手から水が流れ出し、剣の折れた部分を形作った。
「これ……」
ウエインは、エルフューレがカイビの胸を易々と貫いたことを思い出す。
「意外と重いから、気を付けて」
モニムの囁きを聞きながら、ウエインは、再び飛びかかってきた竜の足に斬りつけた。
竜は寸前で向きを変えたが、剣先がかすった部分から緑色の血が飛び散った。
「まさか……!」
リーンが叫び声を上げる。竜の硬い皮膚を傷つける刃物があると思っていなかったのだろう。
ウエインはさらに踏み込み、竜の左後ろ脚を狙って斬りかかった。
竜は足を引いて避け、前足の爪ででウエインの首をかき切ろうとしてくる。
ウエインは、振り切っていた剣をかろうじて引き戻し、竜の爪を受け止めた。
ガキンッと激しい音がして、竜の爪が欠ける。
これは竜にとっても予想外だったらしく、警戒するように大きく下がって距離を取った。
(行ける……!)
ウエインは地面を蹴って、竜に追いすがった。
風に押されながらもなんとかバランスを保って、竜の懐に飛び込む――!
「だめ――!!」
かん高い悲鳴が洞窟内に響き渡った。
リーンの声だ、と認識する間もなく、ウエインの剣が、ほんのわずか、自分でも気付かないような躊躇いに小さく揺れる。
その瞬間。
竜が身体をひねり、ブゥン…とうなりを上げて竜の尻尾が横合いから襲いかかってきた。
「ぐっ……!」
竜の顔や四肢に意識を集中していたウエインは、その攻撃を避けられなかった。
脇腹を叩かれ、身体が吹っ飛ぶ。
洞窟の壁に叩きつけられ、息が詰まった。
まず壁にぶつかった肩と背中の痛みを感じ、壁を滑り落ちている間に脇腹の痛みに気付く。
竜と自分との、圧倒的な力の差を思い知った。
エスリコの顔が脳裏に浮かんだ。
ウエインのために、わざわざ討伐隊のことを知らせに来てくれた彼。
(あの時、俺、礼も何も言わなかった)
またな、と言った彼に、うんとかああとか、上の空で答えを返したような気もするが、エスリコはそれを聞いたかどうかも分からないくらい、さっさと行ってしまった。
親しい人がいつまでも当たり前のようにそばにいてくれるわけではないと、ウエインはよく知っていたはずなのに。
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