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第六章 飛翔
6-3 リーンとの再会
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「この辺りのハズだ」
エルフューレがそう言って立ち止まったのは、地面が隆起して小さめの丘のようになっているところの近くだった。
「元々、ココはもっと平らな土地だった。ジルが地面の下に空間を作ったカラ、土が盛り上がってこうナった。竜――たしかアーサー・ガウルとか言ったが、ソイツはたぶんマダこの下だ」
「はあ。本当にそんなことがあったなんて、なんだかまだ信じられないな。……というか、どこから入ればいいんだ?」
ウエインが問うと、エルフューレも分からないらしく、首を傾げた。
「ジルが地面に刺した剣を抜くと封印が解けるハズだったが……、ジルはその前に死んでシマッたからナ」
「おいおい……」
ウエインは溜息をつき、とりあえず入り口を探そうとした。
だが、斜面を観察し始めた途端、ウエインは近づいてくる気配に気付いた。
「どうやら、手間が省けたな……」
「……あら、あなた、昨日の」
草の陰から姿を現したリーンは、ウエインとぶつかりそうになって慌てて足を止めた。
「私に会いに来てくれたの?」
そう言って微笑んだリーンの表情は、心なしか昨日より元気がなかった。
「いや、友達を捜しに来たんだ。エスリコという男が、ここへ来なかった?」
率直にそう訊くと、リーンは不意を突かれて驚いた顔をした。
その表情が何より雄弁な肯定の返事ではあったが、
「……来たわ」
リーンは言葉でもそれを肯定した。
「今はどこに?」
「この奥の洞窟へ入ったきり、まだ出てきてはいないわね」
「まだ中にいるんだね?」
「生きてイるのか?」
エルフューレが口を挟むと、リーンはやや言葉に詰まった。
「……さあ。どうかしらね」
と言うリーンの表情を見て、ウエインは初めて、一つの可能性に思い当たった。
「……まさか」
ウエインは呟いた。
――エスリコが、死んだ……?
リーンはごまかそうとしたが、その反応はむしろ、可能性を肯定していた。
ウエインには信じられない、信じたくない現実。
だがおそらく、エルフューレは最初からその可能性を考えていたのだろう。
だからこそ、ケイトをここへは連れてこなかったのだ。
ウエインは、そんなことにも今になって気付いた。
過去には父を失っているというのに、何の覚悟もしていなかったのだ。
リーンが突然身を翻して駆けだした。
ウエインは反射的に後を追う。
岩壁に囲まれた暗い通路へ入った時点で罠かもしれないと思ったが、構わず後を追った。
リーンは、一度も振り返らず、岩壁に縦に走った大きな割れ目へ飛び込んでいった。
その手前の空間は明るくなっていたので、ウエインにも割れ目がよく見えた。
(この奥に、竜がいる…のか……?)
「なあエル――」
ウエインはエルフューレに意見を求めようと振り返ったが、そこにその姿はなかった。
(あれ、どこに……)
ウエインは慌てて来た道を駆け戻った。
すると、洞窟の入り口で、モニムが途方に暮れたように立ち尽くしていた。
朝になって目が覚めたのだろうか。
「あ……、モニム。おはよう」
「ウエイン、ここ、どこ?」
ウエインは顔をしかめた。
モニムが悪くないことは分かっているが、エルフューレが理解してくれていた状況をモニムが知らないというのは、説明するのが非常に面倒だし……、正直に言って、竜と対決することになった場合、エルフューレの方が頼りになりそうな気がする。
「エルは、モニムが表に出てるときの記憶があるのにな……」
思わず少し嘆くような口調で言ってしまった。
首を振り、その考えを振り払う。
「モニム、実は俺の友達が、竜に……殺されたかもしれないんだ」
「竜……?」
「モニムは知ってる? 昔、この辺りを飛んでたらしいんだけど」
「ああ……、見たことあるわ。わたしが泉にいるようになってから少しした頃だったかしら。竜と戦うために強い身体が欲しいという人が泉へ来たりもしたし」
「え、それって、ジルっていう魔導士?」
「ええ……、たしか、そんな名前だったわ。でもウエイン、それがどうかしたの?」
「いや、その、どうもこの洞窟にその竜がいるらしくて。確かめに行こうかと」
「確かめてどうするの? その友達の代わりに、竜と戦うの?」
「それは……、うん」
ウエインは迷いながらも頷いた。
「敵わないのは分かってるけど、このまま黙っているわけにはいかないから」
「そして、あなたまで殺されるの? お母様が悲しむわよ」
モニムは、ウエインが勝つという可能性は全く考えていないようにそう言ったので、ウエインは少しムッとした。
「……でも、エルは一緒に来てくれるって言ったよ。折れててもいいから剣を持っていけって。何か勝算があるってことだろうと思うんだけど」
「……ちょっと待って」
モニムは自分の胸に右手を当て、目を瞑った。
しばらくそうしていたが、
「わかった気がするわ。エルの考え」
と言いながら目を開けた。
「え、本当に?」
「ええ。でも、剣の強化ができるだけよ。それだけで、竜より強くなれるわけじゃない。むしろ、この入り口を塞いだらいいんじゃないかしら。そうすれば、もう誰も、この洞窟に入ることはできなくなるでしょう?」
モニムの言っていることは正しいと、ウエインは考えた。
討伐隊の人達を連れてきたとしても、同じように言っただろう。ぜひともそうするべきだ。
……だが、どうしてもそう割り切れなかった。
「でも、もしかしたら本当は、まだこの中にエスリコが――友達が、生きているかもしれないんだ。それをちゃんと確認しないで出口を塞いじゃったら、エスリコは出てこられない」
状況は全く違うが、イエラを「殺し」たくないと言ったモニムの心情と近いかもしれない。
必死に訴えるウエインを見て、モニムは仕方ないというように微笑んだ。
「いいわ。わたしも付き合ってもらったんだもの。今度はわたしがあなたに付き合うわ」
*
エルフューレがそう言って立ち止まったのは、地面が隆起して小さめの丘のようになっているところの近くだった。
「元々、ココはもっと平らな土地だった。ジルが地面の下に空間を作ったカラ、土が盛り上がってこうナった。竜――たしかアーサー・ガウルとか言ったが、ソイツはたぶんマダこの下だ」
「はあ。本当にそんなことがあったなんて、なんだかまだ信じられないな。……というか、どこから入ればいいんだ?」
ウエインが問うと、エルフューレも分からないらしく、首を傾げた。
「ジルが地面に刺した剣を抜くと封印が解けるハズだったが……、ジルはその前に死んでシマッたからナ」
「おいおい……」
ウエインは溜息をつき、とりあえず入り口を探そうとした。
だが、斜面を観察し始めた途端、ウエインは近づいてくる気配に気付いた。
「どうやら、手間が省けたな……」
「……あら、あなた、昨日の」
草の陰から姿を現したリーンは、ウエインとぶつかりそうになって慌てて足を止めた。
「私に会いに来てくれたの?」
そう言って微笑んだリーンの表情は、心なしか昨日より元気がなかった。
「いや、友達を捜しに来たんだ。エスリコという男が、ここへ来なかった?」
率直にそう訊くと、リーンは不意を突かれて驚いた顔をした。
その表情が何より雄弁な肯定の返事ではあったが、
「……来たわ」
リーンは言葉でもそれを肯定した。
「今はどこに?」
「この奥の洞窟へ入ったきり、まだ出てきてはいないわね」
「まだ中にいるんだね?」
「生きてイるのか?」
エルフューレが口を挟むと、リーンはやや言葉に詰まった。
「……さあ。どうかしらね」
と言うリーンの表情を見て、ウエインは初めて、一つの可能性に思い当たった。
「……まさか」
ウエインは呟いた。
――エスリコが、死んだ……?
リーンはごまかそうとしたが、その反応はむしろ、可能性を肯定していた。
ウエインには信じられない、信じたくない現実。
だがおそらく、エルフューレは最初からその可能性を考えていたのだろう。
だからこそ、ケイトをここへは連れてこなかったのだ。
ウエインは、そんなことにも今になって気付いた。
過去には父を失っているというのに、何の覚悟もしていなかったのだ。
リーンが突然身を翻して駆けだした。
ウエインは反射的に後を追う。
岩壁に囲まれた暗い通路へ入った時点で罠かもしれないと思ったが、構わず後を追った。
リーンは、一度も振り返らず、岩壁に縦に走った大きな割れ目へ飛び込んでいった。
その手前の空間は明るくなっていたので、ウエインにも割れ目がよく見えた。
(この奥に、竜がいる…のか……?)
「なあエル――」
ウエインはエルフューレに意見を求めようと振り返ったが、そこにその姿はなかった。
(あれ、どこに……)
ウエインは慌てて来た道を駆け戻った。
すると、洞窟の入り口で、モニムが途方に暮れたように立ち尽くしていた。
朝になって目が覚めたのだろうか。
「あ……、モニム。おはよう」
「ウエイン、ここ、どこ?」
ウエインは顔をしかめた。
モニムが悪くないことは分かっているが、エルフューレが理解してくれていた状況をモニムが知らないというのは、説明するのが非常に面倒だし……、正直に言って、竜と対決することになった場合、エルフューレの方が頼りになりそうな気がする。
「エルは、モニムが表に出てるときの記憶があるのにな……」
思わず少し嘆くような口調で言ってしまった。
首を振り、その考えを振り払う。
「モニム、実は俺の友達が、竜に……殺されたかもしれないんだ」
「竜……?」
「モニムは知ってる? 昔、この辺りを飛んでたらしいんだけど」
「ああ……、見たことあるわ。わたしが泉にいるようになってから少しした頃だったかしら。竜と戦うために強い身体が欲しいという人が泉へ来たりもしたし」
「え、それって、ジルっていう魔導士?」
「ええ……、たしか、そんな名前だったわ。でもウエイン、それがどうかしたの?」
「いや、その、どうもこの洞窟にその竜がいるらしくて。確かめに行こうかと」
「確かめてどうするの? その友達の代わりに、竜と戦うの?」
「それは……、うん」
ウエインは迷いながらも頷いた。
「敵わないのは分かってるけど、このまま黙っているわけにはいかないから」
「そして、あなたまで殺されるの? お母様が悲しむわよ」
モニムは、ウエインが勝つという可能性は全く考えていないようにそう言ったので、ウエインは少しムッとした。
「……でも、エルは一緒に来てくれるって言ったよ。折れててもいいから剣を持っていけって。何か勝算があるってことだろうと思うんだけど」
「……ちょっと待って」
モニムは自分の胸に右手を当て、目を瞑った。
しばらくそうしていたが、
「わかった気がするわ。エルの考え」
と言いながら目を開けた。
「え、本当に?」
「ええ。でも、剣の強化ができるだけよ。それだけで、竜より強くなれるわけじゃない。むしろ、この入り口を塞いだらいいんじゃないかしら。そうすれば、もう誰も、この洞窟に入ることはできなくなるでしょう?」
モニムの言っていることは正しいと、ウエインは考えた。
討伐隊の人達を連れてきたとしても、同じように言っただろう。ぜひともそうするべきだ。
……だが、どうしてもそう割り切れなかった。
「でも、もしかしたら本当は、まだこの中にエスリコが――友達が、生きているかもしれないんだ。それをちゃんと確認しないで出口を塞いじゃったら、エスリコは出てこられない」
状況は全く違うが、イエラを「殺し」たくないと言ったモニムの心情と近いかもしれない。
必死に訴えるウエインを見て、モニムは仕方ないというように微笑んだ。
「いいわ。わたしも付き合ってもらったんだもの。今度はわたしがあなたに付き合うわ」
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