36 / 47
第六章 飛翔
6-1 束の間の平和
しおりを挟む
ウエインは、へばっていた。
(くそ、体が、動か…な……)
地面に仰向けに寝転がり、荒い息を繰り返す。
討伐隊の訓練に参加させてもらったものの、準備運動の段階から想像以上にハードで、模造刀を貸してもらっての打ち合いが始まった時点では、腕を上げるだけでも一苦労になっていた。
(母さんも昔はこんな訓練をしてたのか?)
だとしたら凄すぎる、とウエインは思った。尊敬に値する。
「いやあ、意外と頑張ったね、ウエイン君」
ニモが、汗を拭いながらニコニコとして言った。
その周りでは、村長宅から合流した他の隊員達も、うんうんと頷いている。
「正直、最後までついてこられると思わなかったよ」
「全然……、駄目です。こんな、ボロボロになっちゃって、恥ずかしいです」
「悔しいと思えるならもっと強くなれる。大丈夫だ」
ビラードが、ごつい外見に似合わない優しい声で励ましてくれた。
「……はい」
「夕飯後の夜練は、任務中ゆえ軽めのメニューにする。それと明日の朝練も、参加するだろう? 俺達は、隊長から連絡があるまではこの村で待機することになっているから」
「はい。よろしくお願いします」
ウエインは姿勢を正し、深く頭を下げた。
*
一方。
ウエインが訓練に参加している間、モニムは居間でダルシアと向かい合って座っていた。
「モニムさん、さっきは本当にごめんなさい……!」
開口一番、ダルシアが大きく頭を下げて謝った。
その姿がウエインとそっくりだったので、モニムは小さく噴き出した。
腕を切り落とされた時の痛みや恐怖は覚えているが、夫を奪われたダルシアの痛みを想像すると、責める気にはならない。
だがダルシアは、このままでは落ち着かないらしい。
「ゆるしてくれとは言わないわ。どうか気が済むまで私を殴ってちょうだい」
真剣な顔でそんなことを言う。
「いえ、そんな……」
モニムは困ったように首を振った後、ふと微笑みを浮かべた。
「……それなら、代わりにイスティムさんの話を聞かせてください」
ダルシアは軽く目を見開いた後、頷いて微笑み返した。
「いいわよ」
――そうしてダルシアが語ったのは、王都での日々だった。
どのようにイスティムと出会い、どうしてこんな遠い村までついてくることに決めたのか。
時折照れたように笑いながら話すダルシアの目からは、亡き夫への変わらぬ愛情が感じられた。
かつてイスティムに対して淡い恋心を抱いたモニムは、胸の奥に微かな痛みを感じつつも、興味深く話を聞いた。
若い頃の二人の姿が、目の裏に浮かぶ気がした。
思えば、モニムがあの時本当に憧れたのは、イスティムの瞳から感じられる深い愛情だったのかもしれない。
それと同じものを、今のダルシアの瞳からも感じる。
「……私ね、『泉』であなたを見て、あの人がどう思ったのか、分かる気がするの」
ダルシアが、ふと寂しげに言った。
「あの人は、不幸そうな人を目の前にすると、自分が幸せであることを申し訳なく思うような人だったから」
「……優しい人、でした」
モニムは懐かしむように目を細めた。
「あの人のこと、好きだったの?」
ダルシアに訊ねられ、モニムははっきりと頷いた。
「はい」
「そっか。……じゃあ、私と一緒ね!」
ダルシアは、まだどこか寂しそうに、けれど嬉しそうに、笑った。
*
「ただいまー」
友達の家へ遊びに行っていたアンノが、明るい声と共に帰ってきた。
「母さん、外で兄さんが知らない人達と何かしてたけど、どうしたの?」
などと言いながら台所へ入ってきて――、夕飯の支度を手伝っていたモニムを見て、ぴたりと足を止めた。
「あ、こんにち……こんばんは」
モニムは急いで手を拭き、ぺこりと頭を下げた。
「こんばんは。えっと……、誰?」
「おかえり、アンノ。この子はウエインのお客さんよ。モニムさんっていうの」
「え、まさか、兄さんの恋人!?」
「いえ、違います」
モニムは困ったような顔で否定した。
「そう? 初めまして。あたしは、ウエインの妹の、アンノっていいます」
「あ、モニムです」
それから、アンノも手伝いに加わった。
野菜を切るモニムの手つきの危なっかしさにハラハラしつつ、アンノは持ち前の好奇心を発揮してモニムを質問攻めにした。
モニムは、自分がイリケ族の生き残りであることや『泉』にいたことなどを、訊かれるままに話した。
「そっか、色々苦労したんだね。大変だったね」
アンノは涙ぐみながらモニムの話を聞いた。
「あ、サイズが合うか分からないけど、あたしの服、何枚かあげようか? そんなに上等じゃないけど、少なくとも破れてはいないのがあるよ。それとも、その破れてるところ、繕ってあげようか?」
「あ、あの、それじゃ、わたしに裁縫教えてくれる……?」
裏表なく人懐っこい性格のアンノに気を許したのか、モニムが少し嬉しそうに言った。
「いいわよ、もちろん」
「服なら、私が若い頃に着てたやつをあげるわよ。そっちの方がたぶん似合うから」
ダルシアが口を挟み、しばらく母娘で、モニムに似合いそうな服についての話で盛り上がった。
モニムは少し恥ずかしそうにしながらも、楽しげに二人の会話を聞いていた。
*
(くそ、体が、動か…な……)
地面に仰向けに寝転がり、荒い息を繰り返す。
討伐隊の訓練に参加させてもらったものの、準備運動の段階から想像以上にハードで、模造刀を貸してもらっての打ち合いが始まった時点では、腕を上げるだけでも一苦労になっていた。
(母さんも昔はこんな訓練をしてたのか?)
だとしたら凄すぎる、とウエインは思った。尊敬に値する。
「いやあ、意外と頑張ったね、ウエイン君」
ニモが、汗を拭いながらニコニコとして言った。
その周りでは、村長宅から合流した他の隊員達も、うんうんと頷いている。
「正直、最後までついてこられると思わなかったよ」
「全然……、駄目です。こんな、ボロボロになっちゃって、恥ずかしいです」
「悔しいと思えるならもっと強くなれる。大丈夫だ」
ビラードが、ごつい外見に似合わない優しい声で励ましてくれた。
「……はい」
「夕飯後の夜練は、任務中ゆえ軽めのメニューにする。それと明日の朝練も、参加するだろう? 俺達は、隊長から連絡があるまではこの村で待機することになっているから」
「はい。よろしくお願いします」
ウエインは姿勢を正し、深く頭を下げた。
*
一方。
ウエインが訓練に参加している間、モニムは居間でダルシアと向かい合って座っていた。
「モニムさん、さっきは本当にごめんなさい……!」
開口一番、ダルシアが大きく頭を下げて謝った。
その姿がウエインとそっくりだったので、モニムは小さく噴き出した。
腕を切り落とされた時の痛みや恐怖は覚えているが、夫を奪われたダルシアの痛みを想像すると、責める気にはならない。
だがダルシアは、このままでは落ち着かないらしい。
「ゆるしてくれとは言わないわ。どうか気が済むまで私を殴ってちょうだい」
真剣な顔でそんなことを言う。
「いえ、そんな……」
モニムは困ったように首を振った後、ふと微笑みを浮かべた。
「……それなら、代わりにイスティムさんの話を聞かせてください」
ダルシアは軽く目を見開いた後、頷いて微笑み返した。
「いいわよ」
――そうしてダルシアが語ったのは、王都での日々だった。
どのようにイスティムと出会い、どうしてこんな遠い村までついてくることに決めたのか。
時折照れたように笑いながら話すダルシアの目からは、亡き夫への変わらぬ愛情が感じられた。
かつてイスティムに対して淡い恋心を抱いたモニムは、胸の奥に微かな痛みを感じつつも、興味深く話を聞いた。
若い頃の二人の姿が、目の裏に浮かぶ気がした。
思えば、モニムがあの時本当に憧れたのは、イスティムの瞳から感じられる深い愛情だったのかもしれない。
それと同じものを、今のダルシアの瞳からも感じる。
「……私ね、『泉』であなたを見て、あの人がどう思ったのか、分かる気がするの」
ダルシアが、ふと寂しげに言った。
「あの人は、不幸そうな人を目の前にすると、自分が幸せであることを申し訳なく思うような人だったから」
「……優しい人、でした」
モニムは懐かしむように目を細めた。
「あの人のこと、好きだったの?」
ダルシアに訊ねられ、モニムははっきりと頷いた。
「はい」
「そっか。……じゃあ、私と一緒ね!」
ダルシアは、まだどこか寂しそうに、けれど嬉しそうに、笑った。
*
「ただいまー」
友達の家へ遊びに行っていたアンノが、明るい声と共に帰ってきた。
「母さん、外で兄さんが知らない人達と何かしてたけど、どうしたの?」
などと言いながら台所へ入ってきて――、夕飯の支度を手伝っていたモニムを見て、ぴたりと足を止めた。
「あ、こんにち……こんばんは」
モニムは急いで手を拭き、ぺこりと頭を下げた。
「こんばんは。えっと……、誰?」
「おかえり、アンノ。この子はウエインのお客さんよ。モニムさんっていうの」
「え、まさか、兄さんの恋人!?」
「いえ、違います」
モニムは困ったような顔で否定した。
「そう? 初めまして。あたしは、ウエインの妹の、アンノっていいます」
「あ、モニムです」
それから、アンノも手伝いに加わった。
野菜を切るモニムの手つきの危なっかしさにハラハラしつつ、アンノは持ち前の好奇心を発揮してモニムを質問攻めにした。
モニムは、自分がイリケ族の生き残りであることや『泉』にいたことなどを、訊かれるままに話した。
「そっか、色々苦労したんだね。大変だったね」
アンノは涙ぐみながらモニムの話を聞いた。
「あ、サイズが合うか分からないけど、あたしの服、何枚かあげようか? そんなに上等じゃないけど、少なくとも破れてはいないのがあるよ。それとも、その破れてるところ、繕ってあげようか?」
「あ、あの、それじゃ、わたしに裁縫教えてくれる……?」
裏表なく人懐っこい性格のアンノに気を許したのか、モニムが少し嬉しそうに言った。
「いいわよ、もちろん」
「服なら、私が若い頃に着てたやつをあげるわよ。そっちの方がたぶん似合うから」
ダルシアが口を挟み、しばらく母娘で、モニムに似合いそうな服についての話で盛り上がった。
モニムは少し恥ずかしそうにしながらも、楽しげに二人の会話を聞いていた。
*
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/essay.png?id=5ada788558fa89228aea)
ドマゾネスの掟 ~ドMな褐色少女は僕に責められたがっている~
桂
ファンタジー
探検家の主人公は伝説の部族ドマゾネスを探すために密林の奥へ進むが道に迷ってしまう。
そんな彼をドマゾネスの少女カリナが発見してドマゾネスの村に連れていく。
そして、目覚めた彼はドマゾネスたちから歓迎され、子種を求められるのだった。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活
XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる