水の魔物

たかまちゆう

文字の大きさ
上 下
29 / 47
第五章 王都からの客人

5-2 説明

しおりを挟む
 せっかく穏便に話がまとまりそうだったので、ウエインは口を挟むのを控えた。
 『水の魔物』は昔と今日とで二人は殺しています、などと言って、判断を変えられるのは困る。
 シュタウヘンはクラムを正面から見た。
「そこでお訊ねしたいのですが、あなたは噂の『水の魔物』に出会ったのですか?」
「ふむ……」
 クラムは顎を撫で、モニムをちらりと見遣った。
 その時、入り口の扉が再びノックされ、リリが茶を持って入ってきた。
 彼女は全員の前に茶を置くと、テーブルに残されていた空のカップを持って去っていった。
 クラムが一つ咳払いして言う。
「申し訳ないが、事情があって、それに関して儂の口からは一切話せないのですよ。ただ、この方がそのことで話があると言ってくれたので……」
「わたしがお話しします」
 セリフの途中でモニムが引き取った。
 静かに立ち上がり、頭の布をするりと取り払う。
「……!」
 シュタウヘンは息を呑んだ。
 青銀色の髪と藍色の瞳を確認するように見つめた後、ふぅ、と息を吐く。
「イリケ族の方ですね?」
 その問いは、質問ではなく確認のためになされた。知っているのだ。
 モニムは無言のままうなずいた。
「お名前は?」
「……モニムです」
「あなたがいらっしゃるということは、過去の大虐殺で生き残ったイリケ族がいたということですね? それとも、別の場所にも住んでいらっしゃったのかな? ご家族は?」
「いません。家族も友達も、全て殺されました。わたしは、三百年前の大虐殺の、唯一の生き残りです」
「生き残り、ですか?」
「はい。肉体の成長はあの時から止まっています。わたしが、最後のイリケ族」
「まさか。あなたは年を取らないということですか?」
「外見的には。それは、あなたたちが『水の魔物』と呼んでいるものの力です」
 シュタウヘンは半信半疑といった様子だ。
「モニムさんは『水の魔物』とどういう関係なんですか?」
「あれは――エルフューレは、意思を持った『水』です。死にかけていたわたしの命を救ってくれました。今もこうして、生かし続けてくれています」
「水? 意思を持つ?」
「はい。いわゆる『奇跡の泉』の『水』の、正体です」
「ああ……、なるほど」
 シュタウヘンは少し考え、納得したように頷いた。頭の回転が速い男なのだろう。
「『奇跡の泉』の伝説は私も聞きました。そこで語られる泉の『水』と『水の魔物』は、そもそも同じものであると。モニムさんの意思で操っているわけではなく、『水』自体が意思を持って動くことができると、そういうことですか?」
「はい。そのとおりです。エルフューレ……エルは、わたしを守るために、泉へ近づこうとする人たちを傷つけました。わたしがそこにいるということが知れると、デューン人たちがわたしを殺しに来るかもしれなかったから」
「その『水の魔物』は、今どこにいるんですか? 直接会って話すことはできますか?」
 この問いに、モニムは困った顔になった。
「直接、ですか……? エルは、話すことができません。わたしに意識がない間は、わたしの身体を使って動いたり話したりもできるようですけれど……」
「そうですか? それならモニムさん、すみませんがちょっと眠ってもらえませんか?」
「え?」
「ぜひ、その『水の魔物』……エルさん、ですか? そのひとと話してみたいんですよ」
「それは……、急に言われても、難しいです……」
「そうですか。ではモニムさんにお訊きしますが、エルさんが人を殺したことはありますか?」
 ウエインはドキッとした。直接的な質問をされてしまった。
 ここは否定したいところだが、ディパジットでのことについては、調べれば嘘だと分かってしまう。
 本当のことを言うしかないが、モニムを守るためには仕方なかったという部分を強調して話すべきだろう。
「ええ……、あの、さっき……」
 モニムは最初から隠す気もないようで、躊躇いなく頷いた。
 助けを求めるようにウエインを見たのは、あの時モニムが気を失っていて、具体的に何が起こったのか分かっていないからだろう。
 ウエインは会話に加わることにした。
「俺達は、さっきまでディパジットに行っていたんです。髪の毛は隠して行ったんですが、途中でモニムがイリケ族だとばれてしまって……。彼らは銃という、黒い筒から金属のたまが飛んでくる武器でモニムを殺そうとしました。だから、エルはモニムを守るために、そいつを殺したんです」
「ごめんなさい……」
 ウエインの隣で、モニムは俯いた。
「……わたし、イリケ族だからというだけの理由で殺されるのは理不尽だと思うし、納得がいきません。でも、わたしを守るためにエルが誰かを傷つけたなら、わたしにも責任の一部はあると思うから、ここへ来ました」
 最後は顔を上げ、モニムはそう言った。
「なぜ、わざわざディパジットへ行ったのですか? 髪の毛を隠して行ったということは、見つかれば危険だということは認識していたということでしょう?」
 シュタウヘンの表情が険しくなっている。
「わたしは、自分の家に帰りたかっただけです。家は多分もうないだろうとは分かっていたんですけど、でもあの日、家族も友人も全て捨てて逃げてしまったことを、ずっと後悔していて……。ウエインが一緒に行くと行ってくれたので、勇気が湧いたんです」
「あの、すみません、俺……、ディパジットがあんな風に壁に囲まれているとは思っていなくて。目立たないところから町に入ってすぐ出てくれば見つかることはないだろうと、高をくくっていたんです。結果的にモニムを危険に晒してしまって、後悔はしています。でも、モニムは彼らに対して、何も悪いことはしていません。それなのに、あいつらは急に殺そうとしてきたんです。エルフューレがいなければ、モニムも俺も、一緒に殺されていました。俺は、エルに感謝しています」
「……なるほど」
 シュタウヘンは頷いたが、険しい表情は変わらない。
 するとモニムが、ふと気付いたように立ち上がり、体に着ていたモスを全て脱いだ。
 左胸に当たっていた部分を確認し、シュタウヘンに差し出す。
「……穴が開いていますね。血のあともある」
 衣を確認して、シュタウヘンが言った。
「今着ている服にも、本当はたくさんの穴や裂け目があります。見た目でわからないのは、表面を薄い水の膜で覆ってごまかしているからにすぎません。わたしが今もここにこうしていられるのは、そもそもわたしの身体がほとんど生きていないからで、そうでなければわたしはもうとっくに死んでいます」
 言葉の途中で、モニムの服の色合いが少し変わったように思えた。
「…………」
 モニム以外の全員が、息を呑んだ。
 左胸に開いた小さな穴よりも先に目が行くのは、腹部に計四ヶ所ある破れ目で、それは刃物で刺された跡に見えた。袖にも大きく裂けたところがある。
「……かわいそうに」
 呟いたのは、今までの会話をずっと黙って聞いていた村長のモイケだったが、その呟きは全員の思いを代弁していた。
「わたしにも、エルが何を考えているのか、はっきり全部わかるわけではありません。エルが全て正しいとも思っていません。でも、エルは、わたしが傷つけられると怒ります。わたしを傷つけようとする人が泉に近づくことも嫌がりました。それだけは、確かです」
「なるほど。つまり、君さえ安全なら、エルさんも人に危害を加えることはないと?」
「おそらくは」
「……分かりました」
 シュタウヘンは顎に指を当ててしばらく考え込んでいたが、やがて一つ頷き、結論を口にした。
「モニムさんのことは我々が責任を持って保護します。それと、『水の魔物』に関しては、当面は危険性なしと判断して、差し当たって討伐は行わないものとしましょう。村長さんも、それでよろしいですか?」
「ええ。村人には後で私からうまく説明しておきます」
「あ……、ありがとうございます!」
 ウエインは驚き、勢い良く頭を下げた。討伐隊はモニムの敵だとばかり思っていたので、その隊長の口から「保護する」という言葉が出たことが、信じられないくらい嬉しかった。
 ウエインの隣で、服を元に戻したモニムも安堵した表情で一緒に頭を下げた。
「そうと決まれば、他の隊員にも君達を紹介しよう」
 シュタウヘンは微笑みながらそう言うと立ち上がり、モイケとクラムに頭を下げた。
「お時間をいただきありがとうございました。この二人は隊で預かります」
 ウエインとモニムも、彼に続いて立ち上がった。
「村長、突然お邪魔してすみませんでした。リリさんにお礼をお伝えください。クラム先生も、ありがとうございました」
 ウエインが頭を下げると、
「またいつでも遊びにきなさい」
 モイケは笑顔で気さくにそう言い、
「気をつけてな」
 クラムがそう言って送り出してくれた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

ドマゾネスの掟 ~ドMな褐色少女は僕に責められたがっている~

ファンタジー
探検家の主人公は伝説の部族ドマゾネスを探すために密林の奥へ進むが道に迷ってしまう。 そんな彼をドマゾネスの少女カリナが発見してドマゾネスの村に連れていく。 そして、目覚めた彼はドマゾネスたちから歓迎され、子種を求められるのだった。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

完全なる飼育

浅野浩二
恋愛
完全なる飼育です。

処理中です...