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第二章 失われた故郷
2-10 乱闘
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沈黙を破ったのはエルフューレだった。
「……モニムは、どうしたい?」
「え……?」
「ワタシはこうして、イエラの身体を動かすことはできる。だがオマエは、それを望むのか? イエラが、自分の意志を持たない人形として操られることを望むか?」
「それは……」
モニムが泣きそうな顔になったその時。
「あなた。あなた」
上の部屋から、遠い声とノックの音が微かに聞こえてきた。
「ちょっと、来てください」
「……?」
ウエイン達は顔を見合わせ、モニムの髪がきちんと隠れていることを確認すると、ひとまず三人で上の部屋へ戻ることにした。
イエラには元通り、寝台で寝ていてもらうことにする。
「えっと、……フィニアさん、でしたっけ、彼女はこの地下の部屋のことは知ってるんですか?」
階段を上るジブレに続きながら、ウエインは訊いてみる。
「いや……まあ、感づいてはいるかもしれないけど、僕の部屋には入らないようにって、普段から言ってあるから」
「それなのに初対面の俺達を入れちゃったんですか? フィニアさん怒ってるだろうな」
「まさか。彼女はそんなことで怒ったりはしないよ」
「そうですか? ……だといいんですけど」
「あなた。聞こえてますか?」
フィニアのやや硬い声が、扉の向こうから聞こえてくる。
地下から抜け出したジブレは、
「待って! 今開けるよ!」
と答え、モニムが上ってきた後の階段にきちんと「蓋」をしてから扉の鍵を開けた。
「どうしたの?」
「あの……、カイビさんが来てるんです」
「カイビさんが?」
ジブレは軽く目を見開き、ウエイン達を振り返って、
「ディパジットの実質的な代表者だ」
と説明した。
「ちょっと出てくるよ。悪いけど、君達はここで待っていて」
「え。あの」
ジブレが急ぎ足で慌ただしく去っていってしまうと、後には実に微妙な空気が漂った。
フィニアは目を逸らしており、こちらを見ようとしない。
「あ…の、さっきジブレさんが、フィニアさんのことを褒めてましたよ」
我ながら白々しい、と思いながらも、気まずい空気を何とかしたくてウエインは言った。
「え?」
「とても優しくて料理上手だって。自慢されちゃいました」
「本当に!?」
フィニアの反応は驚くほど激しかった。
ウエインが思わず身を引くと、フィニアはハッとして恥じらうように頬を染めた。
「あ……、ごめんなさい。何かごちそうできれば良かったんですけど……」
「え、いえ! そういうつもりで言ったわけでは。あの、こちらこそ、突然お邪魔してしまって、すみませんでした」
少し空気が和やかになり、ウエインがほっと息を吐いたその時、玄関の方からどたどたと複数の足音が響いてきた。さらには、
「待ってください、カイビさん!」
というジブレの制止の声もする。
「この女か!」
真っ先に入ってきた髭面の男――おそらくこの男がカイビだろう――がモニムに近づき、その頭の布に手を伸ばすのを見て、ウエインは咄嗟にその手を掴んだ。
「何をするんですか! 修道女の信仰を尊重できないんですか?」
「修道女だと? 笑わせる」
カイビが手を振り払おうとするのにウエインは抵抗したが、カイビに続いて部屋に入ってきた屈強な男達三人に取り囲まれ、寄ってたかって押さえつけられてしまった。
カイビがすかさずモニムの頭からマシラクス教徒の衣を引き剥がす。
「いや!」
モニムも頭を押さえていたが、抵抗むなしく、その青銀色の髪が露になった。
「まさか……」
「ほ、本物?」
周り中で男達がいっせいに息を呑み、部屋の空気がざわ、と揺れたように感じられた。
気付けば、男達の後を追ってきたジブレが、部屋の入り口で呆然と立ち尽くしている。
(どうしてばれたんだ?)
ウエインの脳裏に、こちらを睨みつけていた門番達の顔が一瞬思い浮かんだが、その想像とは別に、目はフィニアの姿を追っていた。
フィニアはウエインと目が合うと、気まずそうに目線を逸らした。
ウエインは彼女を追及したかったが、現状そんな余裕はない。
「博士! あなたがイリケ族を町に引き込んだんですか!」
男達のうち、ウエインの右手を押さえている色黒の男が叫んだ。
「…………」
ジブレは何か言おうと口を開いたが、すぐに閉じてしまった。
(どうして否定しない!?)
ウエインは焦った。このままでは自分達だけでなく、ジブレの身にまで危険が及ぶ。それは本意ではなかった。
「ローアス、お前……」
カイビが呟いて、全員の注意がジブレに向かった瞬間、ウエインは両腕に力を込め、それぞれ右腕と左腕を押さえていた二人の男を思い切りぶつけ合わせた。
自分でも信じられないくらいの力が出て、二人の額が激突し、ガツンとものすごく痛そうな音がする。
二人が思わず額を押さえるのを確認する前に、ウエインは後ろに立って胴を押さえている男の足の甲を、力いっぱい踏んだ。
押さえる力が緩んだ隙に、三人を振り払って転がるように前へ飛び出す。
カイビに体当たりしてよろけさせ、なんとかモニムとの間に割って入った。
「おい!」
カイビがすぐに体勢を立て直して掴みかかってくる。
だがその時には、ウエインの抜いた剣の切っ先が、カイビの目の前にあった。
「動くな!!」
「ぐっ……」
男達は悔しそうに顔を歪め、全員が動きを止める。
「モニムは部屋の外へ! ジブレさんも」
男達から目を離さないようにしながら、ウエインは言った。
「でも、まだ……」
ウエインのすぐ後ろで、モニムが言い淀む。
そう。まだ、イエラの遺体が下の部屋に残されている。
だが、この状況で連れに戻ることなどできないし、エルフューレに頼んで歩いてきてもらうわけにもいかないだろう。この場が余計に混乱するだけだ。
「今は仕方ないよ」
「うん……」
後ろ髪を引かれる様子ながらも、モニムはおとなしく部屋を出て行った。
ジブレも、フィニアを促して一緒に外へ出て行く。
咄嗟に追いかけようとする男達を剣で威嚇しながら、ウエインもじりじりと後ろに下がり、部屋を出た直後に扉をバタンと閉めた。
「……モニムは、どうしたい?」
「え……?」
「ワタシはこうして、イエラの身体を動かすことはできる。だがオマエは、それを望むのか? イエラが、自分の意志を持たない人形として操られることを望むか?」
「それは……」
モニムが泣きそうな顔になったその時。
「あなた。あなた」
上の部屋から、遠い声とノックの音が微かに聞こえてきた。
「ちょっと、来てください」
「……?」
ウエイン達は顔を見合わせ、モニムの髪がきちんと隠れていることを確認すると、ひとまず三人で上の部屋へ戻ることにした。
イエラには元通り、寝台で寝ていてもらうことにする。
「えっと、……フィニアさん、でしたっけ、彼女はこの地下の部屋のことは知ってるんですか?」
階段を上るジブレに続きながら、ウエインは訊いてみる。
「いや……まあ、感づいてはいるかもしれないけど、僕の部屋には入らないようにって、普段から言ってあるから」
「それなのに初対面の俺達を入れちゃったんですか? フィニアさん怒ってるだろうな」
「まさか。彼女はそんなことで怒ったりはしないよ」
「そうですか? ……だといいんですけど」
「あなた。聞こえてますか?」
フィニアのやや硬い声が、扉の向こうから聞こえてくる。
地下から抜け出したジブレは、
「待って! 今開けるよ!」
と答え、モニムが上ってきた後の階段にきちんと「蓋」をしてから扉の鍵を開けた。
「どうしたの?」
「あの……、カイビさんが来てるんです」
「カイビさんが?」
ジブレは軽く目を見開き、ウエイン達を振り返って、
「ディパジットの実質的な代表者だ」
と説明した。
「ちょっと出てくるよ。悪いけど、君達はここで待っていて」
「え。あの」
ジブレが急ぎ足で慌ただしく去っていってしまうと、後には実に微妙な空気が漂った。
フィニアは目を逸らしており、こちらを見ようとしない。
「あ…の、さっきジブレさんが、フィニアさんのことを褒めてましたよ」
我ながら白々しい、と思いながらも、気まずい空気を何とかしたくてウエインは言った。
「え?」
「とても優しくて料理上手だって。自慢されちゃいました」
「本当に!?」
フィニアの反応は驚くほど激しかった。
ウエインが思わず身を引くと、フィニアはハッとして恥じらうように頬を染めた。
「あ……、ごめんなさい。何かごちそうできれば良かったんですけど……」
「え、いえ! そういうつもりで言ったわけでは。あの、こちらこそ、突然お邪魔してしまって、すみませんでした」
少し空気が和やかになり、ウエインがほっと息を吐いたその時、玄関の方からどたどたと複数の足音が響いてきた。さらには、
「待ってください、カイビさん!」
というジブレの制止の声もする。
「この女か!」
真っ先に入ってきた髭面の男――おそらくこの男がカイビだろう――がモニムに近づき、その頭の布に手を伸ばすのを見て、ウエインは咄嗟にその手を掴んだ。
「何をするんですか! 修道女の信仰を尊重できないんですか?」
「修道女だと? 笑わせる」
カイビが手を振り払おうとするのにウエインは抵抗したが、カイビに続いて部屋に入ってきた屈強な男達三人に取り囲まれ、寄ってたかって押さえつけられてしまった。
カイビがすかさずモニムの頭からマシラクス教徒の衣を引き剥がす。
「いや!」
モニムも頭を押さえていたが、抵抗むなしく、その青銀色の髪が露になった。
「まさか……」
「ほ、本物?」
周り中で男達がいっせいに息を呑み、部屋の空気がざわ、と揺れたように感じられた。
気付けば、男達の後を追ってきたジブレが、部屋の入り口で呆然と立ち尽くしている。
(どうしてばれたんだ?)
ウエインの脳裏に、こちらを睨みつけていた門番達の顔が一瞬思い浮かんだが、その想像とは別に、目はフィニアの姿を追っていた。
フィニアはウエインと目が合うと、気まずそうに目線を逸らした。
ウエインは彼女を追及したかったが、現状そんな余裕はない。
「博士! あなたがイリケ族を町に引き込んだんですか!」
男達のうち、ウエインの右手を押さえている色黒の男が叫んだ。
「…………」
ジブレは何か言おうと口を開いたが、すぐに閉じてしまった。
(どうして否定しない!?)
ウエインは焦った。このままでは自分達だけでなく、ジブレの身にまで危険が及ぶ。それは本意ではなかった。
「ローアス、お前……」
カイビが呟いて、全員の注意がジブレに向かった瞬間、ウエインは両腕に力を込め、それぞれ右腕と左腕を押さえていた二人の男を思い切りぶつけ合わせた。
自分でも信じられないくらいの力が出て、二人の額が激突し、ガツンとものすごく痛そうな音がする。
二人が思わず額を押さえるのを確認する前に、ウエインは後ろに立って胴を押さえている男の足の甲を、力いっぱい踏んだ。
押さえる力が緩んだ隙に、三人を振り払って転がるように前へ飛び出す。
カイビに体当たりしてよろけさせ、なんとかモニムとの間に割って入った。
「おい!」
カイビがすぐに体勢を立て直して掴みかかってくる。
だがその時には、ウエインの抜いた剣の切っ先が、カイビの目の前にあった。
「動くな!!」
「ぐっ……」
男達は悔しそうに顔を歪め、全員が動きを止める。
「モニムは部屋の外へ! ジブレさんも」
男達から目を離さないようにしながら、ウエインは言った。
「でも、まだ……」
ウエインのすぐ後ろで、モニムが言い淀む。
そう。まだ、イエラの遺体が下の部屋に残されている。
だが、この状況で連れに戻ることなどできないし、エルフューレに頼んで歩いてきてもらうわけにもいかないだろう。この場が余計に混乱するだけだ。
「今は仕方ないよ」
「うん……」
後ろ髪を引かれる様子ながらも、モニムはおとなしく部屋を出て行った。
ジブレも、フィニアを促して一緒に外へ出て行く。
咄嗟に追いかけようとする男達を剣で威嚇しながら、ウエインもじりじりと後ろに下がり、部屋を出た直後に扉をバタンと閉めた。
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