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紅月先生がデキルまで
め
しおりを挟むそんなこんなで、休日は寝て過ごしたい派の紅月の意見は無視され、近くの商店街へ行くことになった。
「手でも繋ぐか?」
「しね」
「即答かよ」
紅月の侮辱にも、何故だか嬉しそうに微笑む蒼原。ちなみに、彼はヤバイくらいSだ。間違えてもMなどでは無い。
「何食いたい?」
「お前は?」
「俺はね、」
1拍置くと、蒼原は紅月の瞳を見据え言った。
「ラーメン」
「朝から重いな」
「朝から何も食べない奴にとやかく言われたかないな」
「ラーメンか、俺は食べてもパンだな」
「食いモンの好みは合わないなぁ…」
彼は参ったように頭を掻いた。
「異性の好みも合わないな」
「そうか?中学の時はよく取り合いしたじゃないか」
惚けたように蒼原は言う。
「俺が好きになったヤツを片っ端から勝手に取っただけだろ」
「ありゃ、そうだっけ?」
惚けやがって、紅月が異性に魅力を感じなくなったのも、お前絡みじゃないか。
「んー、何にしようか…」
結局紅月達が入ったのはファーストフード店だった。ここなら、紅月の希望通りパンが食べる。逆にパンしかない。
蒼原は食べたい物がパンではなかったのでカウンターで決めかねている。
「俺、先に席で待ってる」
そう告げ、喫煙側の二人席を確保した。蒼原は未成年の頃から喫煙していたワルだ。もちろん、未だに依存中だ。
紅月は煙臭いのが嫌いだったから、吸わなかったし今も吸っていない。
「ほら」
目の前にトレーを置かれる。そこには一人分のジュースとホットドッグしか乗っていなかった。これは紅月が蒼原に頼んだものだった。
「お前の分は?」
聞くと同時に彼は踵を返し、カウンターに戻っていった。しばらくすると、トレーには、ドリンクとそれを囲む様に沢山のハンバーガーがいくつも乗っていた。
「勘定は俺持ちな?」
その代わり、分かってるよな?と言う心の声を、蒼原の笑みから読み取る。紅月はそれほど深く考えないで頷く。
ホットドッグに齧り付くが、肉汁が出そうになり慎重に噛む。蒼原の方を見やると、彼はハンバーガーの一つを手にし食べながらもこちらを見ていた。
蒼原はハンバーガーを飲み込むと微笑んで言った。
「エロいな」
「何でだ」
「それをわざわざ言わせて意識したいところとかだ」
蒼原の言いたいことが分かり、目を逸らした。ニヤニヤと笑う彼の口から、八重歯が顔を出す。
アレで噛まれるとだいぶ……何を考えてるんだ、俺は。
幸い狼狽した顔は、蒼原には見られなかった様だ。集中してバーガーに齧り付いているから。
「てかさぁ、お前生徒を食いモンにしてんの?歳下趣味?」
「違う、とも言えないか…」
否定したいのだが、事実他から見ればそうなってしまう。
「認めた!」
「認めちゃいない、だが否定しきれないだけだ」
最後のホットドッグを食べる、しかし蒼原はまだまだ掛かりそうだ。何せハンバーガーがまだ五つは見える。
「はぁ」
ふと、蒼原のハンバーガーを貪り食う手が止まる。
「?」
紅月はどうしたのか、と彼を見るが彼の瞳には何かを懐かしむかの様なニュアンスが含まれていた。
紅月は知らなかった、その懐かしみがあの日の出来事を回想されている事だとは。
蒼原剣にとって、紅月鎧は無性に大切な存在だった。いつからか、どこで、そんな疑問は抱かない。それが宿命だから。蒼原が、彼を襲うことさえ、最初から決まっていた。
もちろん、出会った当初からそんな事をしていた訳ではない。きっかけの候補をあげるとしたら、まずあの日だ。
先ほどのホットドッグに被りつく紅月の表情を見て、思い出した、あの日。
小学校くらいからの幼なじみだった蒼原と紅月は近所に住んでいて、幼い頃からよく遊んでいた。
ある日、蒼原は紅月を誘って中学3年の時に、地元の夏祭りに行った。お互いに着慣れていない浴衣など着て神社前に集合する。
「本当は、こういうの異性で行くもんだろ」
紅月は、長い前髪をピン留めで留めている。瞳は曇りもなく丸っこい、今とは真逆だ。
懐いた柴犬みたいな奴だった。人見知りはするし、何かと頼ってくる。しかし、頭が良く文系理系に関わらず勉強は得意だった。
「俺じゃ不満か?」
紅月は口を尖らせ。拗ねたように言う。
「違う、けど。剣はカノジョ居るだろ、何で俺を誘ったんだ」
蒼原は当然の如く言った。
「いや、お前と行きたかったからだ」
しかし、恥ずかしかったのか頬を掻く。
「そ、そうか。ありがとうで良いよな?」
「確認してくんな」
昔は、蒼原の方が生意気で紅月の方が気分屋だった。今ではそれも狙ったかのように反対になったのだが。
蒼原達はそこから屋台がところ狭しと並ぶ商店街を歩いた。
「俺、アレが食べたい!」
紅月が指を差しのはチョコバナナだった。
「よし、買ってやる」
そう言うと小学生の様に無邪気に喜ぶ。その表情が可愛すぎて癒されたのは、誰にも言えない。
この頃から、蒼原は紅月への歪んだ気持ちが芽生えていた。独占欲に似た感情が。蒼原が自覚し始めたのもこの頃だ。
「おいひぃ、あっ、キンギョ!」
チョコバナナを咥えたまま、金魚すくいの屋台まで駆けていく。
と、そこで紅月の身体がフワッと宙に浮く、が一瞬の内に地面が近付いてきた。
紅月は目を瞑った、しかしいつまで経ってもこない衝撃に恐る恐る目を開く。
「馬鹿、走んな。食ってる時は特にだ」
そう頭上から聞こえたかと思うとも蒼原のため息が聞こえた。
「ごめん、なさい」
「別に怒っちゃいないが、危ないから」
蒼原は不器用に微笑んで見せた。紅月はその笑みにこわばっていた表情を緩めた。
蒼原達は屋台を一通り回り、また神社に戻って来ていた。微かに木々の生い茂る神社のどこからか、セミの鳴き声が聞こえる。昼間嫌というほど聞いた風鈴の音がある筈もないのに、耳にこだまする。
気が付けば、隣で食べ終わったチョコバナナの棒を紅月は手で弄んでいた。
「もうそろそろだな」
蒼原が声を掛けると、紅月は顔を上げこちらを見た。口を開きかけた時、大きな音が鳴った。
その音に二人してビックリした。そして微笑み合った。
花火は次々と色彩を変えていき、見る者を圧倒する。
「わぁー」
口を閉じる事も忘れ、紅月は花火に見入っている。自分は花火よりかは、紅月が気になって仕方がなかった。
彼女と言う恋人がいても、紅月鎧が愛おしい、何故か恋にも似た感情が彼に対して湧き上がってきた。
オカシイと思う、異常だと分かっている。しかし、そうなってしまう事を蒼原はいつだって我慢出来ない。隠し通す事も出来ない。
「どうした?」
やめてくれ。
鼓動が高鳴る、
「剣?」
名前なんて呼ばないでくれ。
胸が締め付けられる、
「おーい」
そんな愛らしい表情を向けないでくれよ。
蒼原は無意識のうちに探りを入れた。
「お前はさ、俺と付き合ったら、どう思う?」
紅月は質問の意図を自分なりに理解したのか、考え込む仕草をした。
「んー、俺は」
ダメだ、ダメなんだ。
逃げ出したかった、衝動を抑えられ続ける自信がすり減っていく。花火に照らされ、紅月の白い肌は一々色を変えた。
元はと言えば、ここで紅月に自分の気持ちを伝えたかったから祭りに誘ったんだ。別にどうしろとは言わない。だが、せめて打ち明けるだけ打ち明けたかった。
この奇妙な想いを1人だけで抱えていたくなかった。打ち壊して欲しかった。
しかし、紅月は裏切る。無邪気な笑顔で。
「俺は凄く良いと思う。お前男らしいしな、うん。俺が女だったら絶対彼氏候補だ」
「やめろよ」
笑みを取り繕うのがやっとだ。俺が女だったら、に敏感に反応する。
紅月が女でなければ、俺に興味はない。のだろうか?
そんな事を聞く勇気さえなくて、静かに中傷し始める。
俺のどこが、男らしいんだ?
「もっと言うなら俺は細いって感じだけど、お前は細マッチョだろ。体格もいい。羨ましい」
体格なんていつ見たんだ。水泳の時か?
「俺も鍛えたらそうなるか?いや、俺は文系だからな、汗かいて鍛えるキャラでもないし、それに」
気が付いたら葛藤の末、蒼原は行動を起こした。起こしてしまった。
「つる、ぎ?」
異様に思った紅月が、蒼原の顔を見る。紅月は、蒼原によって木に追いやられていた。頭と同じ高さに肘がある。蒼原は、表情を悟られないよう項垂れていた。
「俺は、」
蒼原は自分の全てを押し殺して、伝えた。
「お前が好きだ」
一瞬、紅月の身体がビクッとなったのが分かった。嫌われたな、ひかれたな、と理解する。
当たり前だよな。
蒼原はゆっくりと身体を離す。紅月に背を向けた。顔なんて見れなかった。絶望感で朽ち果てたくなった。存在を消したかった。
「ありがとうな」
だから、尚更聞き逃しそうになった。
「俺の何処がいいんだか、マジで分かんないけど」
蒼原は振り返る。そこには優しい笑みを浮かべた紅月がいた。
理解してないと分かった。友達感覚で言っている訳では無い、それを理解出来ていない。紅月は時々面倒くさいほど鈍感な時がある。
だから、蒼原は必死だった。
「俺はお前に恋愛観で好意を持ってる、そんな感謝されるような事じゃないんだ」
「うん」
それでも紅月は、蒼原の瞳をまっすぐ見据え返事をした。
「俺は今、理性で自分をコントロールしてる。理性がなくなったら…お前のこと」
「良いじゃないか、同性間で恋愛NGとかどこの時代だよ。俺は、構わない。だがな」
紅月は珍しく鋭い目で蒼原を見た。
「お前の彼女と、二股を掛けるな。彼女が可哀想だろ、浮気相手が同性とか泣ける」
「お前、ひかないのか?」
「引いて欲しいか?」
「いや」
蒼原は静かに否定した。
すると紅月は歩み寄ってきて、蒼原の浴衣に手を掛けた。
「鎧?」
「好きだったのが、お前だけだと、思うなよ」
いつの間にか紅月の瞳に獣の様な光が宿っていた。
「鎧、お前も」
黙れと言わんばかりに、紅月は自分の唇を蒼原の唇に押し付ける。
「ッ!?」
突然の事に蒼原は理解出来なかった。しかし、男といえど有り得ないくらい柔らかく感じる唇に、とろけてしまいそうな感覚に襲われた。それほど紅月とのファーストキスは気持ち良かった。
「んッ」
紅月は名残惜しそうに離した。蒼原はただただ、立ち尽くした。
浴衣に掛けていた手がいつの間にか胸板に触れている。ヒンヤリとやけに存在感がある紅月の手はゆっくりと探るように動いていた。
「鎧」
「ははっ、ココまでされるとは思わなかったか?俺だって我慢というものを知っている」
その言葉に、彼も自分と同じく相手への想いを我慢していた事が分かった。
「夢じゃないよな」
思わずそう聞いた蒼原に、紅月は顔を近づけ言う。
「これが夢だと言うのか?」
いつしか聞こえなくなった花火をよそに、静けさが辺りを包む。
そのせいか、リアルに鼻腔をくすぐる甘いチョコの香り、紅月の艶かしい白い肌、息遣い。紅月を五感すべてで認識している。
「夢だと言うなら何したっていいよな?」
いつもの無邪気な笑顔はどこかに消え失せ、口の端が三日月の様に歪んでいる。紅月はスイッチが入ると中々切れない性格だった。
蒼原は紅月に身体を委ね、されるがままに紅月を感じていたのだ。
その日を境に、彼らが、特に紅月が完全に歪んでしまったのは、誰も知る由は無かった。
「もうそろそろだな」
そんな紅月の声に一気に現実に戻された。
「何がだ?」
「は、何でもない」
紅月は目をあからさまに逸らした。こころなしか、頬が赤みを帯びている気がした。
「何がもうそろそろなんだ?あ、もしかして食べたかったのか?」
「いや、俺は朝ごはん食べたい系の人間だ」
すっかり無くなった山になっていたハンバーガーは、蒼原が手に持っているのが最後だった。
紅月は退屈そうに蒼原を見ていた。早く食べ終われと言いたげだ。仕方なく蒼原は、急ぎ目でハンバーガーを食べ終える。紅月がさっさとトレーを片付けてしまう。
「あぁ、食べたりない」
その言葉に、紅月は容赦なく店から出ながら言う。
「アホか、お前の胃袋はどうなってんだよ」
留まっていたらずっと食べて居かねないと思ったのだろうか、誰がどう見ても早足だ。
「締めにお前が喰いたい」
「ふざけんな」
そう言って睨みつけてくる紅月の瞳は怒りに満ちていた。
「って事でホテ」
「やめてくれ、朝から」
紅月は男2人でホテルに行く光景を想像してゾッとした。
「何でだよ、起こしたのお前だろ!」
「チョークがあれば手に持ちたくなるだろ。それと同じだ」
「へぇ、近くで男が寝てたら、お前キスしちゃうんだ?どんな性癖だよ」
「あのな、俺はお前じゃないと朝っぱらからキスなんかしない」
紅月は、蒼原の嬉しそうな顔を見て言葉を間違えた、と後悔した。
蒼原は知らなかった、紅月も同じく過去の思い出に耽っていたことを。
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