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東 龍牙~東を治める者~
~~東 龍牙~~
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「紅月先生、お願いしたい生徒がいます!」
勢いよく俺の居場所である物理学準備室に入ってきたのはバーコード先生。この学校の天然記念物だ。なぜ記念物かというと、コイツ以外に教育熱心な教師なんて存在しないからだ。
「またですか、俺に頼らず自分でやったらどうです?」
俺の反応を見ると、自分ではどうしようも出来ないと諦めた目をした。
ま、出来ないだろうけどな。うるせーだけだし。生徒の心は改正出来ないだろうし。
「私には、無理です。相手は東区を治める馬鹿野郎です。歯も立たず聞く耳も持たない」
「教育者として、諦めたら終わりですね。教師が諦めたら、その子の将来はどーなるんですか?そういう事を考えたこと、あります?」
バーコードは赤面で言った。
「申し訳ありません、しかし、私の中では紅月先生にお願いする事が最善の方法と思いまして…」
その言葉に、俺は無意識に眼鏡のフレームを上げた。
「まぁ、良いでしょう。それで、資料の方は?」
バーコードはいつも通り生徒のプロフィールを集めた資料が入った茶封筒を渡す。
「こんな物が必要なのですか?」
「いつもの事でしょう。それに、俺はカウンセリング寄りだ、ある程度は相手を知り、理解しなければな」
その言葉に、バーコードは頷き納得した。
「それでは今回も頼みますぞ」
そんな事を言ってバーコードは退室した。俺は茶封筒を机に投げると、急いで隠した雑誌を再発掘する。
「危なかった…ノックくらいゆっくりしろっての」
俺は女に興を持てない。歪んでいるのだろう。男を実力で狂わせられた時に味わう快感には、なにも変えられないと思っている。
封筒を逆さにして、資料を机に向かった散りばめる。そこには、小学校からのソイツのプロフィールが年表のようになったものと、自己紹介の紙があった。
「東、龍牙……ぁあ、あの荒し魔か」
中学の頃から東区を束ねると共に、そこをナワバリとして好き勝手やっている。そして何より決して偏差値は低くはないこの秋川高校の生徒だ。と、言うことは、バカを束ねるだけあって少しはアタマがキレるのかもしれない。
ただの馬鹿ではないことが、紅月にとっては嬉しかった。苦労して手に入れたもの程、達成感が大きいものは無い。
さっそく、紅月はプロフィールを読み込み、彼の弱点を探った。
彼、東龍牙には黒歴史があった。
紅月が、その黒歴史に辿り着いたのはバーコード先生に依頼されてから3日後のことだった。
親より身近に彼を見ていたに違いない、姉とコンタクトを取り、一様話を聞かせてもらえる様に取り繕う。
「東カスミさんですか?」
学校に訪問してくれた女性に、声を掛ける。
「はい」
彼女は、黒髪を腰まで伸ばし大人しそうな雰囲気をまとう人だった。
「こちらへどうぞ」
俺は会議室まで案内し、椅子に腰掛けてもらった。向かいに座り、なるべく人懐こい笑みを浮かべる。
本人は気が付いていないが、紅月の笑みは苦笑いに等しいほど、白々しいものだった。
「あ、あの、龍牙がまた何かやらかしたのでしょうか?」
どこか悲しそうに問うカスミに、俺は首を振る。
「大変失礼致しました、ご要件をお伝えしていませんでしたね。実は、東龍牙君が最近非行に走っているとの事で、カウンセラーじみた事をさせて頂こうと。何か彼の心情に心当たりは無いかと、お姉様に来て頂いたのです」
俺の言葉に、ひとまずホッと安心するカスミ。だが、表情が改まった。
「わざわざすみません。カウンセリングで変われるのが一番ですよね」
「いいえ、生徒をいい方向へ導くのが、教師の役目ですから」
俺は少し席を立つと、近くにあったポットでお茶を入れ、彼女の前に出す。
「すみません、気が利かなくて」
「あ、ありがとうございます」
カスミが、お茶から目を離した、本題に入るとしよう。
「あの、お姉様から見て、最近何か変わったことはありましたか?何でもいいんです。些細なことでもヒントが頂けたら」
しばらく悩むカスミ、少し経ち首を横にふる。
「何も、根は優しくて、素直で、私には従順ですし」
「従順ですか、歳上を敬う心が備わってるのですかね?」
俺の言葉にクスッと笑い、カスミは言う。
「いいえ、私がアイツの弱みを持ってるからだと、思います」
「弱み、お伺いしても?」
「構いませんよ、アイツは…女装が趣味だったんです」
「彼が、女装」
キャラとしてはオールバックが似合いそうな、厳つい彼が……女装。イメージに反している。
「まぁ、きっかけは私ですが…気が付けば黒歴史になっていたという感じです」
「可哀想だ」
「アイツが不良になったのは、幼い頃の趣味とギャップを作るためですかね…どちらにしろ、非行は良くないですけど」
彼女は、苦笑すると言った。
「どうか、アイツの非行を止めてください。黒歴史を脅しに使っても良いですから」
「良いんですか?」
「はい、アイツがした事で他人に余計な迷惑がかかるのは、おかしい事ですから……」
と、いう事で黒歴史という後ろ盾は手に入った。
紅月の性格上、この黒歴史はあっても無くても同じだった。だが、材料は持っていた方が良いに越したことは無い。
あとはどうやって彼に接近するかだった……。
だが、その悩みは簡単に打ち砕かれた、問題児……東龍牙が訪ねてきたのだから。
「おい、紅月って奴は居るか?」
その声は入り組んだ棚越しに、はっきりと聞こえた。
「居る」
声を出すと、龍牙は遠慮なくズカズカと入ってきた。見ると、オールバック風にワックスで固めた髪型がポイントだった。まぁ、見るからにチンピラだ。
「おい、カスミから聞いた。お前が俺の事を嗅ぎ回っているって事は」
龍牙は声を押し殺して言った。だが、聞かれている紅月は、興味もなさそうに壁に取り付けてある電気スイッチを押した。電気に変化はなかったが。
「おい、聞いてんのか?」
紅月の視界に入り込むと睨みつける。だが、睨まれていることをどうも思っていないのか、紅月はトロンとした眠そうな目つきで龍牙を見返した。切れ長な目元が緩み、緊張感が軽減する。
「ふぁあ」
オマケに欠伸をする。
それにようやく怒りを爆発させた龍牙は、思いっきり紅月の胸ぐらを掴んだ。
「てめぇ、気持ち悪ぃんだよ!お前だって人間なんだから、分かんだろ?あぁ?」
龍牙が感情的になったのを見計らって、紅月は対照的に冷静に言った。
「ふぅん。俺、自分が人間だって自覚したことないし」
そう言ってニヤッと口の端に笑みを浮かべ、彼の肩に手を置いた。
龍牙には、その手が何故かずっしりと重く感じた。
「あぁ、俺も……もうそろそろ免疫が付けられても良いと思ってるんだけど…何かこの薬、慣れないんだよねぇ」
一段と眠そうに言う紅月に、怠さが襲い掛かる龍牙は、薄々悟った。
この部屋には、薬が充満していた?
紅月は、電気スイッチを押す……あれか?一見変化は無かったが、どこかから、何かが出ていたのか。にしては早すぎないか?
理解しても、特に意味はなかった。胸ぐらを掴む目的は、いつの間にか、しがみつきに変わっていた。
紅月は、仮眠用であり、教育用であるベッドに龍牙を横たわらせた。
力が思う様に入らない龍牙は、諦めない眼差しで、紅月を睨む。
「まぁ、リラックスしてよ。別に君らが東区でやっていることを咎めようと、弱みを握った訳じゃない」
紅月の言葉に、龍牙は歯を食いしばった。
「握ったって、やっぱり女装の事か!」
「うん、でも…俺の目的はあくまで教育。バレない程度なら許すし、俺はあんま興味無い」
「じゃあ何で弱味なんてっ」
龍牙の言葉に、紅月は顔を吐息が掛かるほど近づけ、答えた。
「君で…遊ぶためさ、ははっ」
紅月の笑みは、龍牙からして見たら、悪魔の様に思えた。そのビビりが顔に出てしまった。
「あ、遊ぶ、って…?」
先程とのギャップに、紅月は少しスイッチが入りかけていた。
「君はアタマが良いから当ててみ…答えられなかったら、きちんと直してやるよ」
龍牙は自分の置かれた場所、紅月の瞳の輝き、そして視界の隅に入る濃い色彩の雑誌からして、理解してしまった。
「ぉ、俺が、何したって…言うんだ……?」
何今更怯えてんの?てか、少し泣き目?
一様、自分の学校の生徒だから、雰囲気程度は覚えていたが…こいつ、こんなに可愛かったっけ?
「何を、か。強いていえば、君は教頭先生を困らせた…そこじゃない?チンピラなんかやって。お金ふんだくったり、遊んだりしたんでしょ?それを理由に俺は君に罰を与えるのさ」
「た、体罰を超えてるぞ…?」
龍牙の言葉に、紅月はケロッと言う。
「あ、気が付いた?でも、だからって君は誰かに助けを求める?先生に犯されそうになってるんで、助けて下さいって?言うの?いいけど」
龍牙のポケットから携帯を出し、彼の顔の前に置いた。だが、龍牙がそんな事出来るわけない。
「まぁ、体罰って言うのは、イジメと同じでやられた人が不快に感じないと成立しないものだからね」
この言葉の意味を、龍牙は後で知ることになる。
「最初は激しくなんかしないし、安心しなよ」
優しい眼差しを龍牙に向けると、自分の襟に手を持っていき、ネクタイを外す。そのまま、ボタンを外していき、紅月はシャツを脱いだ。
「何でっ、脱ぐんだ!」
その問いに答えるように、シャツを絞ると、龍牙の両腕をまとめ、ベッドの手すりに括りつけて縛った。
「俺とのルールね、」
紅月はそう言うと、龍牙の唇を長細い指で弄んだ。
「俺は年上だから、俺には敬語ね」
「今更何だよ!」
紅月は、抵抗する龍牙の腹部にまたがり、彼のボタンに手を掛ける。
「ですます調って言わないと、分からない?」
馬鹿にされた龍牙は、足をバタつかせるが、紅月は退かない。やっと全てのボタンを外すと、ゆっくりシャツを脱がして行った。
「や、やめろ!」
紅月はため息を吐くと、何のためらいも無く、龍牙に口ずけする。だが、それは舌を潜り込ませるための準備だった。
「っ、あ、ぐぅ」
「ん、んっ……」
紅月が一通り舌を這い回し、ゆっくりと惜しむように離す。龍牙は、泣き目だった。
「な、なにするんだよ……」
「罰だ。君らがした事に罰を下してるんだよ、それとも全員取っ捕まえて牢屋行きがいいかい?」
龍牙は悔しかった、ここで肯定することも出来ず、だからと言って罰を受けることを承諾する気になれない。
「ま、長が責任を取るべきだ。大丈夫だよ、俺と交わっても将来は棒にふらない」
龍牙は、滲んだ視界の中でイヤラシイ顔つきの、美しい紅月に見とれていた。いつもは無愛想なのに、こんなにも楽しそうに、不気味に笑っている。彼が楽しんでいる対象が自分であることを忘れそうになる。
紅月は瞳を見据えたまま、龍牙の肌をゆっくりと優しく触っていく。まるで、表面を確かめるように、ゆっくり滑っていく。
「ぁ、ぁっ、」
口から零れてしまう声を、防ごうと力むと、余計に感じてしまい逆効果だ。抵抗したいのに出来ない悔しさが、龍牙を少しずつ壊していった。
「勃ってる気がするの、気のせいかなぁ?」
紅月が言った言葉を意識し、余計に膨張する下半身。
「俺、上半身が好きなんだよ、ココとか」
紅月は、ゆっくりと回すように突起を捏ねる。無論、自分でも驚くくらいの声が出てしまった。
「良いでしょ、下半身だけ構ってたら、こう言うの見逃すんだよ?勿体ない」
誰に言うわけでもない、だが、龍牙の精神は、完全に紅月に飲まれていた。
と、龍牙は腕を縛っていたシャツに緩みを見つけた。そこから徐々に広げていき、腕を外した。
紅月は龍牙に夢中の為、気が付かない。
これは仕返しのチャンスか?
龍牙はいつしか、紅月と同じ方法で仕返しを企んでいた。少し前の彼では考えられないことだ。
「少し、油断したみたいだな…?」
龍牙は、素早く腕を解放すると、紅月を掴み、そのまま押し倒す。立場は逆転した。抵抗されないよう、跨り、両腕をしっかり抑える。
「こうなる事は、想像出来なかったのか?」
龍牙の問いに、紅月はしれっと言う。
「やりたきゃやれ。俺はお前がこんなにも早く目覚めるとは思っていなかったからな」
そう言うと、目を閉じ、顔を真っ直ぐと龍牙に向けた。そんな堂々さに、龍牙は逆に圧倒された。
「どうした?出来ないのか…?」
「そっ、そんな事……っ」
紅月は、掴まれた腕を引き寄せ龍牙にキスした。
何故、こんなにも気持ちいいのか……それは龍牙には理解出来なかった。
結局、あの後龍牙が上半身でイカされ、もう悪さは公にはしないと誓い、出ていった。
だが、その日を境に、彼はたまに顔を出すようになった。
「少し遊んだだけなのになぁ」
紅月はなにが気に入ったのか分からず、頭をポリポリと呑気に掻いていた。
龍牙が原因で、紅月を嗅ぎ回っている人影にも気が付かず。
勢いよく俺の居場所である物理学準備室に入ってきたのはバーコード先生。この学校の天然記念物だ。なぜ記念物かというと、コイツ以外に教育熱心な教師なんて存在しないからだ。
「またですか、俺に頼らず自分でやったらどうです?」
俺の反応を見ると、自分ではどうしようも出来ないと諦めた目をした。
ま、出来ないだろうけどな。うるせーだけだし。生徒の心は改正出来ないだろうし。
「私には、無理です。相手は東区を治める馬鹿野郎です。歯も立たず聞く耳も持たない」
「教育者として、諦めたら終わりですね。教師が諦めたら、その子の将来はどーなるんですか?そういう事を考えたこと、あります?」
バーコードは赤面で言った。
「申し訳ありません、しかし、私の中では紅月先生にお願いする事が最善の方法と思いまして…」
その言葉に、俺は無意識に眼鏡のフレームを上げた。
「まぁ、良いでしょう。それで、資料の方は?」
バーコードはいつも通り生徒のプロフィールを集めた資料が入った茶封筒を渡す。
「こんな物が必要なのですか?」
「いつもの事でしょう。それに、俺はカウンセリング寄りだ、ある程度は相手を知り、理解しなければな」
その言葉に、バーコードは頷き納得した。
「それでは今回も頼みますぞ」
そんな事を言ってバーコードは退室した。俺は茶封筒を机に投げると、急いで隠した雑誌を再発掘する。
「危なかった…ノックくらいゆっくりしろっての」
俺は女に興を持てない。歪んでいるのだろう。男を実力で狂わせられた時に味わう快感には、なにも変えられないと思っている。
封筒を逆さにして、資料を机に向かった散りばめる。そこには、小学校からのソイツのプロフィールが年表のようになったものと、自己紹介の紙があった。
「東、龍牙……ぁあ、あの荒し魔か」
中学の頃から東区を束ねると共に、そこをナワバリとして好き勝手やっている。そして何より決して偏差値は低くはないこの秋川高校の生徒だ。と、言うことは、バカを束ねるだけあって少しはアタマがキレるのかもしれない。
ただの馬鹿ではないことが、紅月にとっては嬉しかった。苦労して手に入れたもの程、達成感が大きいものは無い。
さっそく、紅月はプロフィールを読み込み、彼の弱点を探った。
彼、東龍牙には黒歴史があった。
紅月が、その黒歴史に辿り着いたのはバーコード先生に依頼されてから3日後のことだった。
親より身近に彼を見ていたに違いない、姉とコンタクトを取り、一様話を聞かせてもらえる様に取り繕う。
「東カスミさんですか?」
学校に訪問してくれた女性に、声を掛ける。
「はい」
彼女は、黒髪を腰まで伸ばし大人しそうな雰囲気をまとう人だった。
「こちらへどうぞ」
俺は会議室まで案内し、椅子に腰掛けてもらった。向かいに座り、なるべく人懐こい笑みを浮かべる。
本人は気が付いていないが、紅月の笑みは苦笑いに等しいほど、白々しいものだった。
「あ、あの、龍牙がまた何かやらかしたのでしょうか?」
どこか悲しそうに問うカスミに、俺は首を振る。
「大変失礼致しました、ご要件をお伝えしていませんでしたね。実は、東龍牙君が最近非行に走っているとの事で、カウンセラーじみた事をさせて頂こうと。何か彼の心情に心当たりは無いかと、お姉様に来て頂いたのです」
俺の言葉に、ひとまずホッと安心するカスミ。だが、表情が改まった。
「わざわざすみません。カウンセリングで変われるのが一番ですよね」
「いいえ、生徒をいい方向へ導くのが、教師の役目ですから」
俺は少し席を立つと、近くにあったポットでお茶を入れ、彼女の前に出す。
「すみません、気が利かなくて」
「あ、ありがとうございます」
カスミが、お茶から目を離した、本題に入るとしよう。
「あの、お姉様から見て、最近何か変わったことはありましたか?何でもいいんです。些細なことでもヒントが頂けたら」
しばらく悩むカスミ、少し経ち首を横にふる。
「何も、根は優しくて、素直で、私には従順ですし」
「従順ですか、歳上を敬う心が備わってるのですかね?」
俺の言葉にクスッと笑い、カスミは言う。
「いいえ、私がアイツの弱みを持ってるからだと、思います」
「弱み、お伺いしても?」
「構いませんよ、アイツは…女装が趣味だったんです」
「彼が、女装」
キャラとしてはオールバックが似合いそうな、厳つい彼が……女装。イメージに反している。
「まぁ、きっかけは私ですが…気が付けば黒歴史になっていたという感じです」
「可哀想だ」
「アイツが不良になったのは、幼い頃の趣味とギャップを作るためですかね…どちらにしろ、非行は良くないですけど」
彼女は、苦笑すると言った。
「どうか、アイツの非行を止めてください。黒歴史を脅しに使っても良いですから」
「良いんですか?」
「はい、アイツがした事で他人に余計な迷惑がかかるのは、おかしい事ですから……」
と、いう事で黒歴史という後ろ盾は手に入った。
紅月の性格上、この黒歴史はあっても無くても同じだった。だが、材料は持っていた方が良いに越したことは無い。
あとはどうやって彼に接近するかだった……。
だが、その悩みは簡単に打ち砕かれた、問題児……東龍牙が訪ねてきたのだから。
「おい、紅月って奴は居るか?」
その声は入り組んだ棚越しに、はっきりと聞こえた。
「居る」
声を出すと、龍牙は遠慮なくズカズカと入ってきた。見ると、オールバック風にワックスで固めた髪型がポイントだった。まぁ、見るからにチンピラだ。
「おい、カスミから聞いた。お前が俺の事を嗅ぎ回っているって事は」
龍牙は声を押し殺して言った。だが、聞かれている紅月は、興味もなさそうに壁に取り付けてある電気スイッチを押した。電気に変化はなかったが。
「おい、聞いてんのか?」
紅月の視界に入り込むと睨みつける。だが、睨まれていることをどうも思っていないのか、紅月はトロンとした眠そうな目つきで龍牙を見返した。切れ長な目元が緩み、緊張感が軽減する。
「ふぁあ」
オマケに欠伸をする。
それにようやく怒りを爆発させた龍牙は、思いっきり紅月の胸ぐらを掴んだ。
「てめぇ、気持ち悪ぃんだよ!お前だって人間なんだから、分かんだろ?あぁ?」
龍牙が感情的になったのを見計らって、紅月は対照的に冷静に言った。
「ふぅん。俺、自分が人間だって自覚したことないし」
そう言ってニヤッと口の端に笑みを浮かべ、彼の肩に手を置いた。
龍牙には、その手が何故かずっしりと重く感じた。
「あぁ、俺も……もうそろそろ免疫が付けられても良いと思ってるんだけど…何かこの薬、慣れないんだよねぇ」
一段と眠そうに言う紅月に、怠さが襲い掛かる龍牙は、薄々悟った。
この部屋には、薬が充満していた?
紅月は、電気スイッチを押す……あれか?一見変化は無かったが、どこかから、何かが出ていたのか。にしては早すぎないか?
理解しても、特に意味はなかった。胸ぐらを掴む目的は、いつの間にか、しがみつきに変わっていた。
紅月は、仮眠用であり、教育用であるベッドに龍牙を横たわらせた。
力が思う様に入らない龍牙は、諦めない眼差しで、紅月を睨む。
「まぁ、リラックスしてよ。別に君らが東区でやっていることを咎めようと、弱みを握った訳じゃない」
紅月の言葉に、龍牙は歯を食いしばった。
「握ったって、やっぱり女装の事か!」
「うん、でも…俺の目的はあくまで教育。バレない程度なら許すし、俺はあんま興味無い」
「じゃあ何で弱味なんてっ」
龍牙の言葉に、紅月は顔を吐息が掛かるほど近づけ、答えた。
「君で…遊ぶためさ、ははっ」
紅月の笑みは、龍牙からして見たら、悪魔の様に思えた。そのビビりが顔に出てしまった。
「あ、遊ぶ、って…?」
先程とのギャップに、紅月は少しスイッチが入りかけていた。
「君はアタマが良いから当ててみ…答えられなかったら、きちんと直してやるよ」
龍牙は自分の置かれた場所、紅月の瞳の輝き、そして視界の隅に入る濃い色彩の雑誌からして、理解してしまった。
「ぉ、俺が、何したって…言うんだ……?」
何今更怯えてんの?てか、少し泣き目?
一様、自分の学校の生徒だから、雰囲気程度は覚えていたが…こいつ、こんなに可愛かったっけ?
「何を、か。強いていえば、君は教頭先生を困らせた…そこじゃない?チンピラなんかやって。お金ふんだくったり、遊んだりしたんでしょ?それを理由に俺は君に罰を与えるのさ」
「た、体罰を超えてるぞ…?」
龍牙の言葉に、紅月はケロッと言う。
「あ、気が付いた?でも、だからって君は誰かに助けを求める?先生に犯されそうになってるんで、助けて下さいって?言うの?いいけど」
龍牙のポケットから携帯を出し、彼の顔の前に置いた。だが、龍牙がそんな事出来るわけない。
「まぁ、体罰って言うのは、イジメと同じでやられた人が不快に感じないと成立しないものだからね」
この言葉の意味を、龍牙は後で知ることになる。
「最初は激しくなんかしないし、安心しなよ」
優しい眼差しを龍牙に向けると、自分の襟に手を持っていき、ネクタイを外す。そのまま、ボタンを外していき、紅月はシャツを脱いだ。
「何でっ、脱ぐんだ!」
その問いに答えるように、シャツを絞ると、龍牙の両腕をまとめ、ベッドの手すりに括りつけて縛った。
「俺とのルールね、」
紅月はそう言うと、龍牙の唇を長細い指で弄んだ。
「俺は年上だから、俺には敬語ね」
「今更何だよ!」
紅月は、抵抗する龍牙の腹部にまたがり、彼のボタンに手を掛ける。
「ですます調って言わないと、分からない?」
馬鹿にされた龍牙は、足をバタつかせるが、紅月は退かない。やっと全てのボタンを外すと、ゆっくりシャツを脱がして行った。
「や、やめろ!」
紅月はため息を吐くと、何のためらいも無く、龍牙に口ずけする。だが、それは舌を潜り込ませるための準備だった。
「っ、あ、ぐぅ」
「ん、んっ……」
紅月が一通り舌を這い回し、ゆっくりと惜しむように離す。龍牙は、泣き目だった。
「な、なにするんだよ……」
「罰だ。君らがした事に罰を下してるんだよ、それとも全員取っ捕まえて牢屋行きがいいかい?」
龍牙は悔しかった、ここで肯定することも出来ず、だからと言って罰を受けることを承諾する気になれない。
「ま、長が責任を取るべきだ。大丈夫だよ、俺と交わっても将来は棒にふらない」
龍牙は、滲んだ視界の中でイヤラシイ顔つきの、美しい紅月に見とれていた。いつもは無愛想なのに、こんなにも楽しそうに、不気味に笑っている。彼が楽しんでいる対象が自分であることを忘れそうになる。
紅月は瞳を見据えたまま、龍牙の肌をゆっくりと優しく触っていく。まるで、表面を確かめるように、ゆっくり滑っていく。
「ぁ、ぁっ、」
口から零れてしまう声を、防ごうと力むと、余計に感じてしまい逆効果だ。抵抗したいのに出来ない悔しさが、龍牙を少しずつ壊していった。
「勃ってる気がするの、気のせいかなぁ?」
紅月が言った言葉を意識し、余計に膨張する下半身。
「俺、上半身が好きなんだよ、ココとか」
紅月は、ゆっくりと回すように突起を捏ねる。無論、自分でも驚くくらいの声が出てしまった。
「良いでしょ、下半身だけ構ってたら、こう言うの見逃すんだよ?勿体ない」
誰に言うわけでもない、だが、龍牙の精神は、完全に紅月に飲まれていた。
と、龍牙は腕を縛っていたシャツに緩みを見つけた。そこから徐々に広げていき、腕を外した。
紅月は龍牙に夢中の為、気が付かない。
これは仕返しのチャンスか?
龍牙はいつしか、紅月と同じ方法で仕返しを企んでいた。少し前の彼では考えられないことだ。
「少し、油断したみたいだな…?」
龍牙は、素早く腕を解放すると、紅月を掴み、そのまま押し倒す。立場は逆転した。抵抗されないよう、跨り、両腕をしっかり抑える。
「こうなる事は、想像出来なかったのか?」
龍牙の問いに、紅月はしれっと言う。
「やりたきゃやれ。俺はお前がこんなにも早く目覚めるとは思っていなかったからな」
そう言うと、目を閉じ、顔を真っ直ぐと龍牙に向けた。そんな堂々さに、龍牙は逆に圧倒された。
「どうした?出来ないのか…?」
「そっ、そんな事……っ」
紅月は、掴まれた腕を引き寄せ龍牙にキスした。
何故、こんなにも気持ちいいのか……それは龍牙には理解出来なかった。
結局、あの後龍牙が上半身でイカされ、もう悪さは公にはしないと誓い、出ていった。
だが、その日を境に、彼はたまに顔を出すようになった。
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