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覚醒 ~大聖女~
しおりを挟む神によって最も愛された大聖女。
「二天の君」の二つ名で知られていたアメリアは死後、「神によって最も愛された大聖女」と語り継がれる事になる。
実に有史開闢以来、初めて大聖女に覚醒した聖女である、という偉業はその名とその存在を人々の記憶と歴史とに刻ませた。
これ以降、聖女ロザリアが聖女達の母であり、大聖女アメリアは聖女達の姉であるという定義が定着する事になった。
自身の身の内から温かな何かが去って行くのを感じた。不思議と、悲しみなどは感じなかった。
恐れもなかった。
アメリアにとって、それはあるべきものをあるべき場所へ還す行為だったからだ。
洗礼名を授かってから十年以上、この機会を待ち続けてきたのだから。
ーロザリア様。私は今日を最後にこの地を訪れる事はありません。ですが遠く離れておりましょうと、貴女様や勇者アイオロス様、賢者イディオン様の安らかな眠りを祈願しておりますー
ー私が神の御許へと還るその時までー
ふわりと手の平から零れた沙羅の花をそっと供える。二輪に増えた己の象徴物。傍らには勇者であった際に共に捧げた白菖蒲。
魔王討伐期間のみ、具現化させられた城上菖蒲の象徴物である。
凜と咲き誇るその姿は、誇り高く美しい城上菖蒲そのもののようである。
邪気を祓う花は他のどの花よりも清々しい燐光を放つ。まさに、勇者に相応しい花である。
ー菖蒲、貴女は私であって、私自身ではなかった。鏡に映る私自身の姿に他ならなかっただろうけれども、それでもよく似た他人のように遠く、尚、姉妹のように近かった。そして今や前世の記憶はまるで遠くに浮かぶ蜃気楼のように、ひどく曖昧になってしまったー
貴女は苛烈な炎のようで、吹きすさぶ吹雪の如くに鮮烈で過激であり、誇り高くも気丈な雌獅子のような存在だった。
貴女の報われる事のなかった過去は、貴女がこの世に顕現した時、どんな変化を与えたのだろう。私が抱いたこの疑問は一体どんな祝福となって世界を照らすのだろう。
ひかりであれ
ただひかりであれ
ああ。
神の福音が聞こえます。
私はひかりであればよいのでしょうか。
魔王を討ち滅ぼし、世界を救済する責務のない私がひかりであれ、と。
もう存在する意義さえないやも知れないこの私に。ひかりであれ、と。
それが神の御意志であるならば、私はこの世のひかりであり続けましょう。
その場を満たし溢れる光の渦に、賢者と剣聖はほぼ同時に剣と杖をその地に突き刺し、各々で守護できるだけの人々をその手で庇った。
剣聖テオドロスは己が家族を。
食い縛った唇から血を流しながら、決死の形相でその背に庇った。
「兄上!」
「オレの側から離れるな!あれは神の光だ!ただ人など紙屑同然に滅ぼしかねん!!不覚だがオレじゃこの地だとただの盾にしかなれん!」
「動きめされるな!各々方!我ら聖職にあれどもこの有様!神の光は不浄の一切を裁かれる!」
こちらも杖にしがみつき、ようよう守護結界を張っている。まさに賢者の面目躍如だ。
目も開けられぬほどの強い光は、やがて何もなかったように消えた。
それと同時に片膝をつき「グッ!」という呻き声と共に吐血した剣聖テオドロス。
蹌踉めいてその場に座り込んだ賢者テレス・ムィート。その顔色は蒼白である。
「久々にきつぅございましたな」
「慣れねぇ、少しも慣れねぇぜ」
その場にいた者達は二勇に同情した。
何とも恐ろしい事に、神は勇者を助ける剣聖や賢者をも滅ぼしかねない祝福を与えて聖女を守護していたのだ。
その場に優美に佇む佳人の、神によって与えられた美貌を誇るその顔には光りを放つ紋様が浮かび上がっていた。
「な、何と!何と言う事じゃ!!」
蹌踉めいていたのでは?という周囲の疑問を紙っぺらのように無視した賢者が復活。
「こりゃあ」
その正体を悟り、剣聖テオドロスも顔を歪めた。実に嫌そうだ。
「お祝い申し上げますぞ!アメリア様。貴女様は額に神紋を授かられたのです!そは大聖女の証し!偉大なる神に感謝を!大聖女に覚醒なされたアメリア様に祝福あれ!」
周囲が沸き立つ中、テオドロスだけが眉間に皺を寄せつつ、ボソッと、
「覚醒したっていうより、より束縛されたの間違いだ。ちっともめでたくねぇ」
と呟いた。するといつの間にかに隣にいた賢者に頭を杖で小突かれた。
「言うではない。祝福せねばならんかった儂の胸中を察してみよ」
二勇は聖女のこれからを察して沈黙した。
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