19 / 27
返還 ~命を還す時~
しおりを挟む洗礼名は聖女のもう一つの命である。
聖女による洗礼名返還。
それは聖女がその資格を有したまま、洗礼名のみを神と本来の名の持ち主に返還する儀式である。
前例のないこの儀式がそれでも執り行われるのは、本来の名の持ち主ゆえである。
本来の名前の持ち主は、聖女ロザリア。
洗礼名を授かる前の名はローズ。
彼女は聖女達の母であり、姉でもある。
何故なら、彼女が辿った数奇な運命こそが、後の聖女達が彼女の二の舞とならないようにと世界の人々を奮起させ、聖女を守護し導く神殿の設立への原動力にもなったからだ。聖女が七歳で親元から神殿に上がるのもその年齢までなら聖職の勤めを免れられる事を、長い試行錯誤と統計とで弾き出したからだ。そして、聖職の勤めを果たせばその善行が魔王討伐の際の代償になる。
聖女の祈りを妨げるものはない。
此度の儀式の為、ジディンクス王はわざわざ遠くペレスウィナーまで賢者を招聘する使者を遣わした。
この招聘を受けて直ちに、賢者がその老体に鞭打ってまで馳せ参じた背景には、聖女の資格を有するとは言えども、洗礼名を返還した聖女の身の安全を剣聖テオドロスがほぼ人事不省に陥るかの地で担保できない、という切実な事情がある。
勿論、かの地でそのような事態が起こる可能性などなきに等しい、
なきに等しいと言っても、それを絶対として責任を放棄する事はできない。
事、聖女の身の安全を推し量る時、人々は決して慢心を許されない。
勇者に世界が美しくなくとも世界と人々を愛し、許容するだけの度量と寛容と博愛の精神が求められていても、聖女にそれは求められていない。
聖女が美しくない世界を拒絶したならば、世界に救いなどなくなってしまうのだ。
賢者に世界を変革するだけの知識を求める資格が与えられようと、聖女はそれを助けない。例え求める知識は与えても。
それでも貪欲に知識を欲っせば、例え賢者といえども身の破滅を迎える。
剣聖に勇者の剣である事と、聖女の盾である事と双方に対する敬意とを強要するが、聖女には何らの枷も与えられていない。
逆に今回のように聖女が勇者でもある事を選んだ時、神は聖女を祝福し、その討伐を助ける為に神獣すら与える。
そして。
神々は神の寵児たる聖女を地上に長く留めたいとは願わない。
よって。
聖女はいつ、天に召されようともそれが神の意志であれば、それに従ってしまう。
聖女を守護する努力を放棄した瞬間にも、そうなったならば。
この世はどれほどの悲嘆に暮れるのか。
聖女は神から与えられた奇跡という現象の具現である。存在事態が祝福となす。
彼女の存在こそが神の慈悲そのものなのであり、人々に齎された希望なのだ。
ー魔王討伐の旅路で常に先頭を行く勇者の存在が聖女の奇跡の目眩ましとなり、この真実を認識している者は皆無であるー
最も恐ろしい事に。
それを認識しながらも世界に隠蔽している存在が、ただ一勇。
勇者、その人である。
実に世界にとって残酷な事実だが。
勇者は聖女を守護するためならば、世界に対して不誠実であろうと、例え反逆しようともそれが真に聖女のためだと認められれば、即ち正義として神によって赦される。
彼は世界のためにその責務を与えられたのではない。そして、存在してもいない。
彼は聖女を守護するためだけにその使命と力とを授かった神の地上代行人なのだ。
コメント
この世界における聖女の存在は非常に重いものです。ほぼ絶対的だと言えます。
これは聖女ロザリアに非業の最期を迎えさせてしまった神々の後悔が、現在の聖女達を守護する結果を招いたと言っても過言ではありません。
人々が聖女を守ろうと奮起したのと同様に、神々もまた、聖女に対する守護を重ねたのです。
天の四職の一つですが、他の三勇と違い長い聖職者としての奉仕などと言った修行を必要としていおり、肉親との別離を経験するなどかなりハードです。清貧を尊び肉や魚などを食しません。
人々の幸福を祈願し、傷や病を治す。
そうした日々を淡々と過ごしながら、魔王討伐の旅路に備えていくのです。
因みに。
聖女が七歳まで親元にいられる、という設定は日本の「七歳までは神の子」という考えに倣っております。
作中の雰囲気を重視して試行錯誤と統計、という表現で作者は片付けております。
0
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説
旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】
ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり

RD令嬢のまかないごはん
雨愁軒経
ファンタジー
辺境都市ケレスの片隅で食堂を営む少女・エリカ――またの名を、小日向絵梨花。
都市を治める伯爵家の令嬢として転生していた彼女だったが、性に合わないという理由で家を飛び出し、野望のために突き進んでいた。
そんなある日、家が勝手に決めた婚約の報せが届く。
相手は、最近ケレスに移住してきてシアリーズ家の預かりとなった子爵・ヒース。
彼は呪われているために追放されたという噂で有名だった。
礼儀として一度は会っておこうとヒースの下を訪れたエリカは、そこで彼の『呪い』の正体に気が付いた。
「――たとえ天が見放しても、私は絶対に見放さないわ」
元管理栄養士の伯爵令嬢は、今日も誰かの笑顔のためにフライパンを握る。
大さじの願いに、夢と希望をひとつまみ。お悩み解決異世界ごはんファンタジー!

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!
みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した!
転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!!
前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。
とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。
森で調合師して暮らすこと!
ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが…
無理そうです……
更に隣で笑う幼なじみが気になります…
完結済みです。
なろう様にも掲載しています。
副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。
エピローグで完結です。
番外編になります。
※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

【完結】貧乏令嬢の野草による領地改革
うみの渚
ファンタジー
八歳の時に木から落ちて頭を打った衝撃で、前世の記憶が蘇った主人公。
優しい家族に恵まれたが、家はとても貧乏だった。
家族のためにと、前世の記憶を頼りに寂れた領地を皆に支えられて徐々に発展させていく。
主人公は、魔法・知識チートは持っていません。
加筆修正しました。
お手に取って頂けたら嬉しいです。

王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました
さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。
王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ
頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。
ゆるい設定です

【完結】愛も信頼も壊れて消えた
miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」
王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。
無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。
だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。
婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。
私は彼の事が好きだった。
優しい人だと思っていた。
だけど───。
彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。
※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。

【完結】【35万pt感謝】転生したらお飾りにもならない王妃のようなので自由にやらせていただきます
宇水涼麻
恋愛
王妃レイジーナは出産を期に入れ替わった。現世の知識と前世の記憶を持ったレイジーナは王子を産む道具である現状の脱却に奮闘する。
さらには息子に殺される運命から逃れられるのか。
中世ヨーロッパ風異世界転生。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる