かつて愛した世界の片隅で ~世界を救済した勇者の後日~

月宮 ゆら

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慰問 ~聖女の再訪~

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 幸せの定義とは、必ずしも万民にとっての正解とは言えない。


 剣聖と決別した勇者達が眠る礼拝堂はもう残っていない。
 ただその跡地にレリーフが刻まれている。
 聖女ロザリアを安置し、そのままその場で事切れた勇者アイオロスの姿が刻まれたものである。これが神の御業である、という伝承もある。真実確かな事はこの地が未だに不可侵の領域である事。
 人も魔物も一切を拒む場所だと言う事。
 それは間違いなく、神の警鐘でもある。


 魔王討伐以外で彼らの眠るこの場所を訪れた勇者達はいない。
 いや、それは何も勇者達だけではない。世界の誰も、この非業な運命を辿った勇者達の眠りを必要以上に妨げる事を避ける。
 レリーフの前は様々な花が捧げられている。過去、この場所を訪ねた聖女達の象徴物である聖なる花々だ。
 これらは枯れる事無く、咲き続くている。聖女が起こす奇跡の一端でもある。
 聖女ロザリアは聖女の中でも特別な存在だ。彼女はその数奇な運命ゆえに、死後に象徴物が二つに増えた、ただ一人の聖女だ。
 生まれもった象徴物は白薔薇。
 死後、神によって選ばれた象徴物は葡萄。
 聖女ロザリアは葡萄園を営む両親の元に生まれた娘だった。
 彼女の死後、葡萄は聖女の料理として必ず使われる事になり、聖女達が最も好む果物となったのである。
     
 この日。
 聖女アメリアローズは剣聖テオドロスに願い、再びこの地を訪れた。
 勇者の資格を喪った彼女がこの場所に赴く事を最初、テオドロスは反対した。
 だが、聖女アメリアローズにはこの剣聖と決別した勇者達の一勇である聖女ロザリアから洗礼名を貰った浅からぬ縁がある。
 魔王領を脱出する際は、魔王の首を取り戻さんとする魔物達の死に物狂いとしか言いようのない執拗な猛攻を受けたため、立ち寄る余裕などなかった。
 特に望むものもなかった、滅多にない聖女の願いに、ジディンクス王は直ちに賢者に書簡を送り、速やかに自国兵士らを纏め上げた。聖女達の旅に同行させるためである。テオドロスはその間も諦め悪く、聖女を説得しようとした。
 剣聖であるテオドロスはこの地との相性が最悪だ。何しろ彼の地で眠る勇者達は他ならぬ剣聖と決別している。
 テオドロスには何ら罪はないのだが、彼は剣聖である、というだけでこの場所に近寄るだけで背筋が凍り、膝が笑い、体中から力が抜けるなど殆ど人事不省の憂き目にあう。剣聖と決別した勇者達の拒絶によって。
 よって。
 全力で行きたくなかった。


 「まぁ、賢者テレス・ムィート!」
 「ほっほっほっ!向かう先が先ですので参りましたとも!彼の地ではテオドロスは役に立ちませぬゆえ」
 「じいさん!何、オレに責任あるみてぇな言い方してんだよ!あんな、オレだって不本意なんだよ!自分の意志でどうにかこうにか出来るんなら、最初からアメリアを説得しようとしてねぇよ!」
 「じゃぁかぁらぁ、こうして儂が来たのじゃろうて!剣聖と決別した勇者達を悪し様に言うてはならぬぞ!」
 「ひとっことも!言ってねぇよ!!」
 「態度がそう言っておるのじゃ!」
 魔王討伐の旅路ではお馴染みだった二人の掛け合いに聖女アメリアローズは微笑みを浮かべた。
 光に照らされ浮き彫りとなったレリーフ。
 眠る聖女の顔は、あどけなさを感じるほどに安らかなものだ。

 ーローズ様、アメリアが参りましたー




 
 コメント

 聖女ロザリア(ローズ)は白薔薇(オールドローズ)を象徴物とする聖女です。
 イタリアなどでは花嫁の花冠として使われる事もある薔薇で、薔薇の一般的な姿でなく野の花の如き清楚な見た目です。
 個人的に作者はこの花を特に愛しておりますが、日本では一般的に赤いオールドローズを良く見かけますね。薔薇の原型で野ばらと同じく生命力が強く、育てやすいのが人気の理由でしょうか。

 葡萄園に生まれた彼女は他の聖女達よりは幾分、裕福な家庭で生まれ育ちました。
 この為、死後の象徴物が葡萄になりました。また果実を象徴物とするのも聖女ロザリアだけです。因みに勿論、白葡萄。
 白葡萄の干しぶどうもありますね。食べ比べてみると味が違います。
 ロザリアは聖女であったのに、魔王討伐に至るまで凡そ聖職らしい事もしていません。
 これはこの当時、神殿がまともに機能していなかった、などの事情があります。
 それでも聖女としての資質はあり、(というよりもそれしかない)魔王討伐の旅に向かう事になったのです。

 聖女ロザリアの悲運はこの時、確定していた、と言っても過言ではないでしょう。


 因みに。
 ロザリアが葡萄園に生まれた背景があったため、ゴージャスで一般的な白薔薇の姿がどうしてもしっくり来なかったので同じ白薔薇でもオールドローズなら、と象徴物が決定しました。




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