かつて愛した世界の片隅で ~世界を救済した勇者の後日~

月宮 ゆら

文字の大きさ
上 下
23 / 27

番外編 執着 ~勇者アイオロスの悲恋~

しおりを挟む


 本当は君の笑顔が守りたかった。
 ただ、それだけを心から願い、祈った。


 勇者アイオロスの願いは単純だった。
 初めの動機はどうであれ、魔王討伐の道中では真実、そのためだけに彼は剣を手に戦い続けた。
 だから、聖女の奇跡を本当は拒みたかった。聖女の身体の喪失を伴う奇跡など阻止したかったのだ。
 勇者としての本質を宿した彼には、最後の最後まで口に出来なかったが。
 何故なら。
 それを口にすれば前進できない事を既に悟っていたからだ。



 「グフッ!」
 心臓を僅かに逸らし、胸部を刺し貫かれた刃を見る。自身の攻撃により魔王の首は胴体と二つに分かたれた。
 「聖女、ロザリア」
 霞む目を向ける。
 「ごめんなさい。わたしは、もう。あなたを加護するために、右腕も、もうない。もう、何も対価にはできないの」
 分かっていた。
 戦いの最中、加護がかけられた事も。
 「魔王の攻撃から癒すのに、左目も。ごめんなさい」
 「いや奇跡はもういいんだ。もう、大丈夫。魔王は滅んだから。安心してくれ」
 「そう。良かった」
 逝かないでくれ。
 僕を一人にしないでくれ。
 本当は心の底から、そう叫びたかった。
 だけど。
 君にそんな非情な事をもう願えない。
 「わたしは先に逝きます。賢者イディオンが待っていますもの。ねぇ、勇者アイオロス。わたしたちは、また巡り会うから。どうか、悲しまないで。あなたを一人にしてしまうのがひどく怖くて。嫌な予感がするの。おかしいわね?あなたは勇者なのに」
 聖女よ。
 君が感じた予感は正しい。
 「わたしの、勇者アイオロス」
 僕も予感がするよ。
 君にそう呼ばれるのも、これが最後だと。
 「ああ、何だい?僕の聖女ロザリア」
 どうか、僕が涙を流している事を彼女に悟られませんように。
 彼女の安らかな死を妨げませんように。
 「お願い。死に顔は見ないで?きっと、とても酷い有様でしょうし。どうかわたしの綺麗な顔だけを覚えていて」
 そんな訳があるものか。
 君はこの世で最も美しいのだから。


 事切れた聖女の骸を抱き上げる。
 あぁ、何と軽くなってしまったのか。
 「ねぇ?ロザリア。君は知らないだろうけれど僕は君の笑顔が好きで」
 世界は救われたのに。
 この手で確かに救ったのに。
 どうして誰より大切な君の命は僕の手の平から零れてしまったのだろう。
 「その笑顔を守りたかったんだ」
 世界には今、光がさしているのに。
 でも。
 君のいない世界が僕にとって何の価値があるのか。

 『聖女ロザリアと申します。聖女になりました際に洗礼名としてこの名を授かりました。どうかロザリアとお呼び下さい。わたしの勇者アイオロス』

 君にそう呼ばれることが気恥ずかしくもあり、誇らしくもあった。
 「ローズ。君はもう聖女でなくなったのだから、そう呼んでもいいかな?」
 あとどの位、この命がもつのか。
 だが、まだ死ねない。

 神よ。
 かつて僕が愛したこの世界の方隅で、僕は心から願わん。

 どうか我に最後まで聖女ロザリアを守護させたまえ。
 彼女がその終の住処で眠りにつくまでで構わない。この身が魔物の餌食になろうが、そんなもの構わない。彼女の他にどんな代償を支払らっても構わない。

 どうか。
 彼女に叶わぬ恋をして、報われることなく終わってしまったこの恋心に免じて、ささやかな奇跡を起こしたまえ。


 
 剣聖と決別した勇者達は誰一人生還しなかった。
 勇者アイオロスは聖女ロザリアの骸を抱えて魔王領を脱出した後、魔王領に一番近い古ぼけた礼拝堂に聖女ロザリアの骸を安置すると、そのままその場で事切れた。
 彼は自身の魔王討伐の報酬として聖女ロザリアを守護する力と時間との双方を願い、そして叶えられたのだ。


 古ぼけた礼拝堂は神の力によって守護されて、以後、未来永劫何人たりとも入る事の出来ない不可侵の領域となった。
 後に勇者アイオロスの兄、グレンディア帝国の帝王アイオリアは賢者イディオンの墓を開け、彼の遺骸をこの地へと運んだ。すると待っていたかのように、賢者イディオンの遺骸は、光と共に礼拝堂へと吸い込まれた。
 帝王アイオリアはこの善行により、その帝位の間、天災に苦しむ事も、不治の病に冒される事無く国を治めた。
 アイオロスと仲の良い兄弟であった帝王アイオリアは死の床で遺髪を出きるだけ近くに葬って欲しい、と言い残し他界した。
 死した勇者アイオロスの為、その死後における様々な事柄を一手に引き受け、賢者イディオンの遺族を国に招き手厚く保護したこの帝王を人々は「賢王」と讃えた。






 コメント

 剣聖と決別した勇者達の後日です。
 悲惨この上ない結果ですが、これを教訓にして後に続く勇者達の団結は高まったので何とも言えません。
 彼等の犠牲を「尊い犠牲だ」などと嘯いたアホな輩は少なからずいましたが、もれなく天罰が下りました。
 この世界の神にとって彼らの生死は実は問題ですらありません。
 神々にとって重要な事は、彼らがどう生きたかという事。その過程なのです。
 また、後の世では彼らの眠る礼拝堂跡地を訪ねて周囲を浄めるのが、聖女の任務に加わりました。
 更にはこの後日談が光の化身テオドロスの養育に大きく影響しています。



 勇者アイオロスが真に愛した世界に願った全てを、彼が救済し、愛されていた世界そのものが答えた結果です。
 





しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

RD令嬢のまかないごはん

雨愁軒経
ファンタジー
辺境都市ケレスの片隅で食堂を営む少女・エリカ――またの名を、小日向絵梨花。 都市を治める伯爵家の令嬢として転生していた彼女だったが、性に合わないという理由で家を飛び出し、野望のために突き進んでいた。 そんなある日、家が勝手に決めた婚約の報せが届く。 相手は、最近ケレスに移住してきてシアリーズ家の預かりとなった子爵・ヒース。 彼は呪われているために追放されたという噂で有名だった。 礼儀として一度は会っておこうとヒースの下を訪れたエリカは、そこで彼の『呪い』の正体に気が付いた。 「――たとえ天が見放しても、私は絶対に見放さないわ」 元管理栄養士の伯爵令嬢は、今日も誰かの笑顔のためにフライパンを握る。 大さじの願いに、夢と希望をひとつまみ。お悩み解決異世界ごはんファンタジー!

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

【完結】貧乏令嬢の野草による領地改革

うみの渚
ファンタジー
八歳の時に木から落ちて頭を打った衝撃で、前世の記憶が蘇った主人公。 優しい家族に恵まれたが、家はとても貧乏だった。 家族のためにと、前世の記憶を頼りに寂れた領地を皆に支えられて徐々に発展させていく。 主人公は、魔法・知識チートは持っていません。 加筆修正しました。 お手に取って頂けたら嬉しいです。

王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました

さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。 王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ 頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。 ゆるい設定です

【完結】愛も信頼も壊れて消えた

miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」 王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。 無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。 だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。 婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。 私は彼の事が好きだった。 優しい人だと思っていた。 だけど───。 彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。 ※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。

【完結】【35万pt感謝】転生したらお飾りにもならない王妃のようなので自由にやらせていただきます

宇水涼麻
恋愛
王妃レイジーナは出産を期に入れ替わった。現世の知識と前世の記憶を持ったレイジーナは王子を産む道具である現状の脱却に奮闘する。 さらには息子に殺される運命から逃れられるのか。 中世ヨーロッパ風異世界転生。

処理中です...