かつて愛した世界の片隅で ~世界を救済した勇者の後日~

月宮 ゆら

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番外編 反逆 ~剣聖と決別した勇者達~

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 勇者である僕は剣を。
 そして聖女である彼女は盾を失った。


 「剣聖が、魔王討伐の旅を拒んだ?」


 それはただでなくとも困難必至の魔王討伐がより困難を極める事を意味した。
 「マレイド国の王子と言えば、剣聖に選ばれる前から武勇が伝わる光の化身。一体何があったのやら」
 やがて伝わったマレイド国王子の身も蓋もない本音は勇者達を沈黙させうるに充分すぎた。彼は王子という尊い身分にある自分が、勇者や聖女、賢者に選ばれたとはいえ、庶民と共に行動する事を拒んだのだ。
 「馬鹿馬鹿しい!生まれで勇者達を差別するのなら、先人達の偉業の全て否定するも同義!何たる不心得者なのか!!」
 会えば何か変わるだろう。
 そんな世間の勝手な期待が、様々な手段を講じさせ彼らを出会わせた。
 残念な事に初対面の彼らには不幸にも既に信頼も尊敬も欠片もなかった。
 この期に及んで尚、全く反省の素振りすら見せない傲岸不遜な男。
 彼の関心は世に名高い美女である聖女に向けられた。
 余り良い類の視線ではない。
 「ふぅん。流石に聖女は噂通りの美女だな。まぁ、その位の容姿なら隣に置いてやってもいいだろう」
 「な、何という事を!!聖女に対し無礼ですぞ!!取り消しなされ!」
 「うるせぇよ!ジジイは黙ってろ!」
 聖女に伸ばされた手を勇者アイオロスが速攻で叩き落とした。
 「何しやがる!勇者に選ばれたからっていい気になるんじゃねぇ!」
 「君こそ、生まれがどう高貴だか知らないが随分な態度じゃないか。聖女は神職だぞ。生まれなど問題ではない」
 「はぁ?何言ってんだ?この世はな、俺のような選ばれた人間が治めてんだよ。働き蟻の分際で何偉そうな事言ってやがる」
 堂々回りであった。
 そこに互いへの思いやりなど皆無である。遂に勇者が、
 「剣聖、君を我ら魔王討伐の旅から未来永劫、追放する。勇者としてお預りしたこの身に宿る神の名とその栄光の許に、君を神と世界への反逆者として告発する」
 と最後通牒を下した。
 事実上、剣聖の資格剥奪であった。
 神の地上代行人である勇者の決定は絶対で、剣聖は自国からも王位継承権を剥奪されて世を流離う事になった。
 最早、彼のどんな謝罪も意味を無くした。世界に、そして神に見放されたのだ。


 「すまない。賢者、聖女」

 剣聖の資格を剥奪する決断を下したのは勇者アイオロスだ。
 彼は魔王討伐を志すに当たり、どんなに実力が本物であろうと、性根の腐りきった剣聖の手を借りる事を由とはしなかった。
 「険しい路とはなりましょうが、道中の心の平穏は万金に値するものですぞ」
 「私にも否はありません」
 二勇も納得していた。
 勇者の判断は正しい。
 彼は剣聖に選ばれてはならなかったのだ。
 だが。彼らの正義がどれほど正しく、その判断に過ちはなくとも現実は容赦なく彼らに試練を迫った。


 魔王討伐の旅路は勇者達の覚悟以上に険しいものになった。
 特に武勇の面における勇者の負担は相当なものとなり、魔王の元に辿り着いた時には既に手の施しようのない深刻な深手を負っていた。そして聖女は度重なる奇跡の代償に、左腕を喪失し、右目を失明していた。
 彼女は魔王討伐の旅を可能とするに、支障のない喪失を負う選択を迫られ、最早余命幾ばくも無い状態だった。
 更に彼らはこの時既に賢者を喪っていた。

 絶望的な討伐だった。

 勇者はこの時点で相討ちを覚悟した。
 生還の選択肢を打ち捨てたのだ。
 ただ彼に魔王討伐の後のほんの僅かな余命を願わせたのは、ほぼ虫の息である聖女の存在に他ならず。
 ー彼女を、聖女ロザリアを魔物の餌食には出来ない。神の祝福を受けた彼女にそのような行為は決して許されない。何よりそれを自分が許せないー

 そして討伐を断念する事も出来ない。
 断念すれば、すなわちアイオロスは勇者でなくなるのだ。
 勇者でなくなれば、自らの負傷具合から察して落命するまで僅かだろう。
 勇者だからこそ耐えられる損傷である。
 だが最早、虫の息である聖女一人残してどうして死ねるだろうか。

 事ここに至り。
 討伐を断念出来ない以上、魔王を滅ぼす他に選択肢はない。

 勇者は全てを覚悟すると、最後の力を振り絞り、全身全霊を込めて、聖剣を掴むと魔王に挑んだ。
 それは己を一切顧みない、捨て身の攻撃だった。



 コメント

 勇者アイオロスは決して弱い訳ではありません。魔王討伐に関しては番狂わせの勇者達と人数は同じですが、条件が違います。
 番狂わせの勇者達も三人でしたが、四勇が揃っていました。
 また二勇を兼ねるアメリアローズは、道中で過去の聖女と比較にならないほど、神の加護を最も多く授かっています。
 更に、実は女勇者もアメリアローズが最初だった為、彼女という奇跡の存在が喪われることを神々ですら惜しんだ結果、ユニコーンが遣わされています。
 
 
 剣聖と決別し、一勇を欠いた彼らの旅路は、初めから彼ら自身の血によって染められる運命にあったのです。



    
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