かつて愛した世界の片隅で ~世界を救済した勇者の後日~

月宮 ゆら

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番外編 誤算 ~夢の代償~

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 ただ夢を見ただけなのに。


 由美は口減らしという名目で奉公に出された。たがまだ8才でロクに読み書きも出来ない娘に出来る事など知れていた。
 朝も早くから雑巾がけ。
 ただ広い廊下を何度となく、黒光りするまで磨きあげなければならない。
 終われば、窓ふき。それが終わり主の家族達が朝食を食べ終えた頃にようやく朝食。
 ご飯に味噌汁。漬け物がたまに出される。少し痛んではいるが実家でご飯もまともに食べられず、粟やら麦などで飢えを凌いだ事を思い出せば十分、ご馳走だった。
 午後は階段の拭きそうじ。
 年端も行かない下女でもできる仕事は全てこなした。こなせなければ置いても貰えないが、同じ下男や下女達が何かにつけて親切にしてくれた。郷里に残した幼い弟妹を思い出すのだと。
 8才での奉公は早い部類らしい。
 格式高い武家である主家は、昔ならいざ知らず、と最初は渋っていた。しかし、昔仕えていた父が病に伏して働ける者がいない、という事情を加味され、奉公が許された。

 たが、それも10才になれば厳しさは増す。やらなくてはならない仕事は増え、冬はあかぎれで手を真っ赤に染めた。
 働く内に、お屋敷の若様の話を聞く機会が増えた。二人の兄弟がいたが話題に上がるのは跡取り息子の勝彦だ。
 元服を済ませた事や、生まれた時から許嫁がいるのだと言う話。
 武家である主家は作法や礼儀にうるさく、例え兄弟だろうと将来は主君と家来と明確にされ、何事も嫡男大事の方針だった。食事にも歴然と差があり、質素倹約ではあっても主夫婦と嫡男は一汁三菜。
 優雅に籐の座椅子に座布団を敷き、ゆったりと食事する主夫婦達と違い、次男は下座に座らされ、一汁一菜。座布団すらなく、畳に直に正座して食事とはっきり差がつけられていた。
 由美は同じ家族なのにここまでするものなのか、と驚くと同時に勝手に次男の義彦に同情した。
 そう。この時、由美が抱いた同情心は後に彼女の命を奪う結果を招く。

 由美の言葉は善良な者なら心を和ませただろう。義彦も表面上は「優しい娘だ、こんな娘と結婚できる男は幸せだな」と笑顔で言った。それを耳にした勝彦の興味を引き、結果、出会ってはいけない二人が出会い、そして結ばれたのである。
 義彦は巧妙に二人の味方を装い、二人の逢瀬を助けた。兄には「これは遊びだから決して誰にも知られてはならない」と言い含め、由美には「両親に知られると面倒だから忍んで欲しい」と言葉巧みに言い聞かせた。だが裏ではたかが下女にすぎない由美に同情された事を屈辱とし、いつか二人纏めて陥れてやろうと機会を覗っていた。
 彼の企みは、由美の妊娠という結果となった。そしてそれが発覚すると般若のような顔をした彼の母が狂ったように由美を打ち殺した。文字通り、撲殺である。
 勝彦は非情な父の手に掛かった。

 何もかも、義彦の思い通りになった。
 その筈だった。

 だが。
 世に秘密に出来うる事は限られていた。
 義彦の恐ろしい計画は速やかに暴かれた。姪の無念を晴らそうと執念深く彼の一家を調べた菖蒲の叔父によって。
 義彦は兄と同じく父の手に掛かった。
 実兄を陥れ、孝行を尽くさねばならない父母を欺いた男は、最後、無縁墓地にゴミのように打ち捨てられた。



 
 


 コメント

 本作中、義彦は一等腹黒なキャラです。
 ついでにこいつこそが諸悪の根源。

 己の目的のためなら手段も選ばない怖い男です。関わったが最後、骨の髄まで利用されて殺されるか、由美のように徹底的に破滅に追い込まれるかの二つに一つなのです。
 要するに。
 兄弟揃ってどちらも救いようのない屑だ、という事です。(ゲッソリ)


 ざまぁ回といいながら、殆どそうならず無念です。とりあえずタグは微ざまぁと。
 
 次回は剣聖と決別した勇者達の後日。
 かなり暗い話になります。




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