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再生 ~聖女の目覚め~
しおりを挟むそれが彼女のささやかな願い。
賢者テレス・ムィートが去って10日も立たない内に、聖女アメリアローズは吐血し倒れ、意識を失った。
ジディンクス国はそれこそ蜂の巣を突いたように、上へ下への大騒動となった。
意識を失い、青白い顔をした聖女の手をまるで命綱のように握っていたのは剣聖であるテオドロスだ。
「父上」
様子を覗うために訪れた仮の王宮の最も豪華な客室で、テオドロスは振り向きもせずに父に告げた。
「アメリアが死ねば、オレも後を追います。彼女にこの剣と命を捧げたのです。その時から最早、この命は彼女のもの。彼女一人に死出の旅路を歩ませたくない。神の御許までその手を引いてやりたいのです。最後のその時まで。親不幸を致します愚かな息子を何卒お許し下さい」
それは世界から三勇が去る事を意味する。聖女の運命はすでに天上の神々の手に委ねられ、人智の及ぶものではないが。
「魔王討伐の旅に出した時からとうに覚悟している。お前の命はこの方のものだ。死出の暗い旅路を聖女お一人に歩ませる事など、どうして出来る。お前がこの方の手を最後まで放さずにいて差し上げておくれ」
本音では全力で止めたかった。
そして、それは世界の事を思えば、王として当然の責務でもあるはずだった。
だが。
一人の父として。
そして、一人の男として。
命を捧げた相手を追いたいと願う息子の願いを無碍には出来なかったのだ。
柔らかな日の光の下。
サヤサヤと揺れる沙羅の木の下で一時昼寝を楽しんだアメリアはうーん、と腕を伸ばした。懐に抱えた白猫を撫でる。
昏倒し、実に20日後の事。
倒れた事などなかったかのように、アメリアは意識を取り戻した。
そして。
世界はこの日、完全に勇者の資格を持つ者を失ったのである。
すなわち。
アメリアは生まれもった藍色の髪と緑の瞳とを取り戻していたのである。
恐る恐る、と珍しく緊張している様子も隠せず、テオドロスは手鏡を差し出した。
手鏡を受け取る前から、どうやら察していたアメリアは微笑を浮かべて受け取った。
「この藍色の髪は父から。この緑の瞳は母から譲られたもの。この度の魔王討伐の報酬として私が唯一神に願ったのは、愛する両親から譲り受けたこの色彩を取り戻すことでした」
「何と慎ましく、何と欲のない願いであるのか。神が貴女様を勇者と聖女を兼任するに相応しいと思う筈ですな!」
快気祝いの宴は豪勢になった。
遠く賢者からも祝福の便りが届けられ、賑やかさを増した。
『ほんに取り越し苦労で済み、胸をなで下ろしておりまする』
賢者の取り繕うことのない本音にアメリアは苦笑を浮かべた。
「私もまさかこんなに苦痛を伴うとは知らなかったのです」
この顛末を書き残して、後世の勇者たちの役に立てて欲しい、と賢者宛ての手紙の末尾を結んだ聖女に対し、周囲の者達は一斉に沈黙を守った。
絶対にこんな高潔な者は続かない。
甦った聖女は、両親の眠る丘近くにごく小さな屋敷を建て、そこに落ち着いた。
沙羅の花舞う、白い神の遣いが時々、訪れるこの庭を、ジディンクスの民達は聖女の庭と呼び慕った。
意外に不器用な、言葉足らずな面もある剣聖テオドロスが、この聖女アメリアローズを口説き落とし、二人が仲睦まじい夫婦として評判になるのは。
まだまだ先の話である。
コメント
二人が結ばれるまでの紆余曲折は、邪魔する者もそう多くなく、ただテオドロスの不器用なとこと、アメリアの鈍感さとが駆け合わさったうえの、ちょっとした喜劇でしかありません。
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