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出立前 ~我が智恵の限りに~
しおりを挟むまさか、己が賢者に選ばれるとは
蒼白な顔をして自分を見つめる息子や孫たちの絶望的な表情に、己が思った以上に家族に愛されていた事実に気づいた。
「そのような顔をするでない。これは誰かが背負うべき勤めなのだ。老い先短いこの儂が選ばれるなどとは思いもよらなんだが、頭に詰め込んだ知識を使えと神が仰せならば従う他あるまいて」
剣聖に選ばれながら魔王討伐に加わる事を拒んだ古代の剣聖アドタイクスの物語は、愚か者の見本とまで呼ばれている。
彼は神の怒りに触れ、雷で打たれた。
そして、死ぬ事すら許されずに今もこの世界のどこかを彷徨っているのだとか。
彷徨いながらも彼は後の世に至る今も尚、勇者達を補佐し、魔王領の水先案内をしているのだ。
「それに儂はアドタイクスに聞いてみたい事があるのじゃ。古から生きとるのじゃ、古書にも記されておらん事を知っとるに決まっておろう?」
「あっ!そうか!なら父さん。僕は」
「ずるい!おじいちゃん!僕の質問も聞いてきて!!」
困った事に。息子も孫も知識を吸収する事を何よりの喜びとする儂に似てしまい、呆れ果てた嫁に出て行かれてしもうた。
それにも懲りずこの有様。
ほんに、困った事じゃて。
聖女とは常識の範囲に留まる存在ではないのやも知れぬ。
聖女アメリアローズ様との出会いは、美に対する認識や耐性などが如何に無意味な物であるかを示した。
(傾国、傾城と呼ばれる美姫にお目にかからなかった訳ではないが。なるほど。神に最も愛されている存在とはかくあるものなのか。この方の為なら命を捧げてもよいと、そうである事を是とし喜びに変換させてしまえる存在。ふむ、これぞまさに百聞は一見に如かず、じゃのぅ。実に美しい。いやはや目の保養じゃて。このじじいなぞ寿命が伸びる心地さえしそうじゃ)
実は賢者を驚かせた最大の原因はむしろ剣聖の方であった。
必ず何処かの王族が選ばれるのだが、その見事な黄褐色した髪と強い意志の籠もった紫水晶の瞳の美しさはとても亡国の王族のそれとは思えぬものだった。
予言が実現した事で一躍時の人になったのに少しも尊大さが伺えない。
(礼儀は知らんようじゃが、はて。これだけ見事な光の化身もまた文献にも記されておらんわ。これは実に興味深い)
実に素晴らしい研究観察対象じゃ!
賢者は本来の目的をしっかり忘れた面の皮の厚い老獪さを上手く隠しながら、ろくでもない関心を抱いていた。
その時一瞬、嫌な悪寒が背筋を走り抜けたテオドロスはブルリッと震えた。
「おかしいな。風邪か?」
風邪ではない、それは悪寒だと教えてくれる存在はそこに誰もいなかった。
コメント
賢者は、伸びそうなどと言ってますが実質、彼の寿命はこの時点で20年ほど伸びています。これは聖女の起こしうる奇跡の一部に過ぎませんが、知った所で、
「ほっほー!真実の探求に費やす時間が増えたぞよ!此度の魔王討伐の詳細も纏めたい、時間が足らんと思うておったわ!」
というろくでもない感想が漏れるだけです。賢者はこういうどうしようもないが、愛すべきじいさまなのです。
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