4 / 27
回顧 ~勇者兼聖女~
しおりを挟む私、勇者兼聖女たるアメリアローズには前世の記憶がある。
ここではない世界の日本という国で生まれ育った記憶である。
城上菖蒲という名の、女学生だった。
(前世は恵まれた環境だった)
女学校では外国語を選択して学んでいた。密かな目標はいつか外国の友人を作り、相手との文通を楽しむ、というものだった。
衣食住不自由なく。
良家の子女として様々な教育を施されていた。生まれた時から婚約者がおり、将来嫁ぐ時に恥をかかないように、と躾られた。
嗜みとして、薙刀を教わり免許皆伝した時ははしゃいで女学校の友人と学校帰りにパフェでケーキを食べた記憶もある。
前世の他愛もない日常は、まるで砂糖で出来た楼閣のように、現世の自分には遠い。それでいて妙に懐かしい。
恵まれてはいたが、家族関係はどちらかというと冷ややかだった。
父と母は完全な政略結婚で一人子供を作ると公然と別々の暮らしを楽しんだ。
同じ家の中にいるのに、だ。
但し、どちらも厳格な武家の出で浮気や不倫などという非道徳的な行動をしない事だけが救いだった。
それでも、望みもしないのに運命の転機は訪れた。
人生もこれからだという、18才の春。
もうじき婚約者と結婚するはずだったにも関わらず。
婚約者は自分ではなく、婚約者の家で働いていた小間使いの娘と無理心中した。
二君にまみえるのは恥辱と心得るべし。
厳しい顔をした、父や母、祖父母達。
当然のように自分に後追いを迫られた。
自害にさいして見苦しい様を見せるなと言われ、死に切れぬようならば介錯してやるから心配するな、と祖父母が言う。
甘やかさないで下さい、と苦い声で言う母の声が、ただ遠かった。
自害せねば理不尽にも婚約者を寝取られたと陰口を叩かれ、世間の笑いものとなるのだ。そしてもうまともな縁組など望みようもなくなってしまっていた。
自らには何ら落ち度もないのに、傷物になってしまったのだ。
自分の足元が脆く崩れるような、途方もなさを覚え、酷くやるせなかった。
自分の価値がなくなってしまったようで、悲しいのか、恐ろしいのか、その判別もつけられずに戸惑うばかりだった。
それを是とできるほど、私は強くなかった。何故?などと問うことすら出来なかった。ただただ、自分が不甲斐なかったのだ、至らなかったのだ、と祖母の胸で泣く事を許されて、束の間の安堵を得た。
でも。
それでも勝彦様・・・
お恨み申し上げます。
もし。
今度生まれ変わるなら、貴方に現世で受けた恨み辛みの全てをはき出しましょう。
結論から言えば、前世は本当に愚かだったのだろう。
奉公人に手を出し、あまつさえ子を妊娠させるような、屑男などの為に自害するなんて馬鹿らしいにも程がある。
今生、生を受けた時から己に強く誓ったことはただ一つ。
二度と前世の二の舞いはしない、という事だった。
そして。
運命の神は私にその選択を是とし、実現可能にするのに十二分な絶対的加護を与えてくれた。
生まれた瞬間から、聖女として覚醒した為に肉親と離別できた。
勿論、力には義務が生じる。聖女として生きる道は辛く険しいものだろうが、それでも己自身の未来を、己の手によってのみ掴み取る権利を得たのである。
コメント
ヒロインの前世は全く報われないものでした。これは作者の伯母の実体験をもとにしております。伯母は戦時中、婚約者が戦死した為泣き暮らす毎日を送っていたそうです。その内にそれを見かねた祖父に戦争に取られない夫をと、紹介され警察官だった伯父と結婚しました。
オールマイティな完璧淑女でヒロインの原型はこの風雅な元華族のお姫さまです。
0
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説
旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】
ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり

RD令嬢のまかないごはん
雨愁軒経
ファンタジー
辺境都市ケレスの片隅で食堂を営む少女・エリカ――またの名を、小日向絵梨花。
都市を治める伯爵家の令嬢として転生していた彼女だったが、性に合わないという理由で家を飛び出し、野望のために突き進んでいた。
そんなある日、家が勝手に決めた婚約の報せが届く。
相手は、最近ケレスに移住してきてシアリーズ家の預かりとなった子爵・ヒース。
彼は呪われているために追放されたという噂で有名だった。
礼儀として一度は会っておこうとヒースの下を訪れたエリカは、そこで彼の『呪い』の正体に気が付いた。
「――たとえ天が見放しても、私は絶対に見放さないわ」
元管理栄養士の伯爵令嬢は、今日も誰かの笑顔のためにフライパンを握る。
大さじの願いに、夢と希望をひとつまみ。お悩み解決異世界ごはんファンタジー!

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!
みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した!
転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!!
前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。
とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。
森で調合師して暮らすこと!
ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが…
無理そうです……
更に隣で笑う幼なじみが気になります…
完結済みです。
なろう様にも掲載しています。
副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。
エピローグで完結です。
番外編になります。
※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

【完結】貧乏令嬢の野草による領地改革
うみの渚
ファンタジー
八歳の時に木から落ちて頭を打った衝撃で、前世の記憶が蘇った主人公。
優しい家族に恵まれたが、家はとても貧乏だった。
家族のためにと、前世の記憶を頼りに寂れた領地を皆に支えられて徐々に発展させていく。
主人公は、魔法・知識チートは持っていません。
加筆修正しました。
お手に取って頂けたら嬉しいです。

王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました
さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。
王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ
頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。
ゆるい設定です

【完結】愛も信頼も壊れて消えた
miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」
王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。
無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。
だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。
婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。
私は彼の事が好きだった。
優しい人だと思っていた。
だけど───。
彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。
※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。

【完結】【35万pt感謝】転生したらお飾りにもならない王妃のようなので自由にやらせていただきます
宇水涼麻
恋愛
王妃レイジーナは出産を期に入れ替わった。現世の知識と前世の記憶を持ったレイジーナは王子を産む道具である現状の脱却に奮闘する。
さらには息子に殺される運命から逃れられるのか。
中世ヨーロッパ風異世界転生。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる