かつて愛した世界の片隅で ~世界を救済した勇者の後日~

月宮 ゆら

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回顧 ~勇者兼聖女~

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 私、勇者兼聖女たるアメリアローズには前世の記憶がある。

 ここではない世界の日本という国で生まれ育った記憶である。
 城上菖蒲という名の、女学生だった。
 (前世は恵まれた環境だった)
 女学校では外国語を選択して学んでいた。密かな目標はいつか外国の友人を作り、相手との文通を楽しむ、というものだった。
 衣食住不自由なく。
 良家の子女として様々な教育を施されていた。生まれた時から婚約者がおり、将来嫁ぐ時に恥をかかないように、と躾られた。
 嗜みとして、薙刀を教わり免許皆伝した時ははしゃいで女学校の友人と学校帰りにパフェでケーキを食べた記憶もある。
 前世の他愛もない日常は、まるで砂糖で出来た楼閣のように、現世の自分には遠い。それでいて妙に懐かしい。
 恵まれてはいたが、家族関係はどちらかというと冷ややかだった。
 父と母は完全な政略結婚で一人子供を作ると公然と別々の暮らしを楽しんだ。
 同じ家の中にいるのに、だ。
 但し、どちらも厳格な武家の出で浮気や不倫などという非道徳的な行動をしない事だけが救いだった。

 それでも、望みもしないのに運命の転機は訪れた。
 人生もこれからだという、18才の春。
 もうじき婚約者と結婚するはずだったにも関わらず。
 婚約者は自分ではなく、婚約者の家で働いていた小間使いの娘と無理心中した。

 二君にまみえるのは恥辱と心得るべし。

 厳しい顔をした、父や母、祖父母達。
 当然のように自分に後追いを迫られた。
 自害にさいして見苦しい様を見せるなと言われ、死に切れぬようならば介錯してやるから心配するな、と祖父母が言う。
 甘やかさないで下さい、と苦い声で言う母の声が、ただ遠かった。
 自害せねば理不尽にも婚約者を寝取られたと陰口を叩かれ、世間の笑いものとなるのだ。そしてもうまともな縁組など望みようもなくなってしまっていた。
 自らには何ら落ち度もないのに、傷物になってしまったのだ。
 自分の足元が脆く崩れるような、途方もなさを覚え、酷くやるせなかった。
 自分の価値がなくなってしまったようで、悲しいのか、恐ろしいのか、その判別もつけられずに戸惑うばかりだった。

 それを是とできるほど、私は強くなかった。何故?などと問うことすら出来なかった。ただただ、自分が不甲斐なかったのだ、至らなかったのだ、と祖母の胸で泣く事を許されて、束の間の安堵を得た。

 でも。
 それでも勝彦様・・・
 お恨み申し上げます。

 もし。
 今度生まれ変わるなら、貴方に現世で受けた恨み辛みの全てをはき出しましょう。



 結論から言えば、前世は本当に愚かだったのだろう。
 奉公人に手を出し、あまつさえ子を妊娠させるような、屑男などの為に自害するなんて馬鹿らしいにも程がある。
 今生、生を受けた時から己に強く誓ったことはただ一つ。
 二度と前世の二の舞いはしない、という事だった。
 そして。
 運命の神は私にその選択を是とし、実現可能にするのに十二分な絶対的加護を与えてくれた。
 生まれた瞬間から、聖女として覚醒した為に肉親と離別できた。
 勿論、力には義務が生じる。聖女として生きる道は辛く険しいものだろうが、それでも己自身の未来を、己の手によってのみ掴み取る権利を得たのである。


 コメント


 ヒロインの前世は全く報われないものでした。これは作者の伯母の実体験をもとにしております。伯母は戦時中、婚約者が戦死した為泣き暮らす毎日を送っていたそうです。その内にそれを見かねた祖父に戦争に取られない夫をと、紹介され警察官だった伯父と結婚しました。
 オールマイティな完璧淑女でヒロインの原型はこの風雅な元華族のお姫さまです。
 
 
    
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