かつて愛した世界の片隅で ~世界を救済した勇者の後日~

月宮 ゆら

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ああ、されど愛しき世界

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 終わった。

 振り下ろした薙刀の重みが手首に伝わる。重力に従って刀身が腐敗した地面にめり込む。

 (手入れをしなくちゃ)

 武器は己の命を預ける物。己自身の魂。
 厳しく己を律せよ。武器を一度手にしたならば死ぬまで手放してはならない。
 厳格だった前世の父の固い声音が耳底に蘇る。懐かしさは感じない。
 前世ではずっと父の意向に従う人生だった。進学も就職も結婚も。
 自身の意向が全く通じない。
 (あの人は己が正義だと疑った事などないのだろうな)
 しゅ、と一振りしてヘドロのような不気味な液体を振り払う。
 ジュッ!と何かが焦げた音がした。
 目の前に倒れ臥す存在。
 それこそが魔王だ。
 この世で唯一、勇者にのみ討伐可能な世界の驚異であり、恐怖の象徴。
 勇者アメリアローズもまさか魔王と呼ばれる存在がこうも人間によく似た容姿をしているとは思わなかった。
 何と言っても第一印象が、
 (何て痛い男なの。まるで出来の悪い優男の演者みたいな容姿じゃない)
 という身も蓋もない内容だったのだ。
 容貌は整っている。
 切れ長の妖しい赤い瞳。血色は悪いが誰もが美形だと言葉を揃えるほどだろう。
 その相手の肌が紫色した、血の通わぬ異形である事を悟ったのは戦いの最中だ。ついでに恐ろしく丈夫な体で勇者にしか扱えない聖槍でさえ中々傷つける事さえ出来なかったのだ。
 「死んだのかよ」
 半信半疑の様相で剣を肩に担いだ男が無造作に足でそれを軽く蹴る。
 「滅んだわ。テオドロス、幾ら相手が魔王だからと言ってもその扱いはやめて」
 「へいへい」
 「テオドロス!勇者殿は聖女でもあるのだ。お言葉に従え!」
 白髪混じりの髭を生やした賢者は杖を振り上げ、ボカッ!と結構な音をさせながらテオドロスを叩いた。因みに加減はない。
 「で?どうすんだ、これ」
 クイッ、と顎で示したテオドロスにアメリアローズは深く吐息をついた。
 「首を取った後、残った体は火で清めるわ。勇者である私が討伐したのだからこの世界の平和はこれで千年保障される。この首はその証拠として世界の人々に示すの」
 死者を冒涜する趣味の持ち合わせはないが、こればかりは避けて通れない。
 (魔王よ、今度は決して魔王になど生まれて来るな。この世界は不平等ゆえ転生先など選べぬであろうが、それでも。せめて其方の為に祈ろう)
 「我は祈る。我が愛する世界の片隅にて、魔王シド。其方の死後の安寧を。我は其方を討伐した者ゆえ、安らかにと願えば滑稽に聞こえるやも知れぬが」
 それでも願おう。
 そして祈ろう。

 其方の魂に安らぎと安息を。
 もしやすると、その為に私は勇者と聖女の二足のわらじを履いた世界救済の旅をしていたのかも知れない。





 作者です。
 初めての投稿。感想欄は閉じてます。

 後々、分かるとは思いますが、主人公(ヒロイン)の前世は大正時代のハイカラさんです。
 文武両道、良妻賢母がよしとされていた古きよき大和撫子。もう今の日本では絶滅してしまいましたね。
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