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第四話 勇者と魔王と教室

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「それにしても107号室……羨ましいなあぁ……!」

「え?何か違うんですか?」

 新入生への説明会へと向かう道中、エリカが唐突にそう言うので思わず聞き返すと、信じられないものを見るような目でこちらを見てきた。

「だってリリーローザの107号室って言ったらリリア様の暮らした部屋じゃない!」

 おいおい……まさかとは思うが薔薇百合の騎士とかいうよく分からん小説のことか……?

「すみませんが……。読んだことがまだなくて……」

「えぇっ!?あなたバラキシ読んでないの!?」

「バラキ……?」

「薔薇百合の騎士の略称ですよ!アイリス様!それでも人間ですか!?察しが悪すぎます!!」

 人間社会の常識でさもマウントを取ってやったぞというような表情を、この魔王の娘は俺に対して浮かべているような気がしたが、きっとそれは俺がこの女に対して穿った見方をしているからだろう。
 そう必死に自分に言い聞かせた。そうでもしないと殴り掛かりそうだったからだ。

「いやリリスさーん……?それは言いすぎではなくてぇ……?」

「いいえ言い過ぎじゃないわ!リリスちゃんの言う通り!あなたが自分のことを人間だと言うのなら絶対読むべきよ!」

「そうですよ!!」

なんてこった。糞みたいな娯楽小説の沼に嵌まっていたのは魔族の筆頭にとどまらず、俺の恋い焦がれた彼女もだった。

どうやら年頃の女の子なら嵌まる内容のもののようだが、俺の神経を逆撫でさせまくるこいつと初恋の人が共通の趣味を元に同レベルに俺を糾弾する様は、思い出と俺の想いが侵食されていくようで、実に目を逸らしたくなる光景だった。

「えぇ……。そ、そうだ。ブリジットさんもそう思いますか?」

「あ、あはは……。流石に私はそこまでは思いませんけど……。胸躍る素敵な作品ですから一読の価値は確かにあると思いますよ。この学校の生徒となれば読んでいる方も多いでしょうし」

どちらの立場にも寄り添う、実に中立な意見だった。こう相手の立場に立って言われると一度は読んでみようかという気持ちにはなるのだが……

「いいですか!バラキシは─────で─────が─────で!」

「そうよ!──────の──────が──────なんだから!」

 この狂信者二人は気持ちが先行しすぎてそんなことも分からないらしい。
 この話をしているときに関しては、もはや俺はリリスと同レベルにしか初恋の人を認識できなかった。なんなんだこの地獄は……。





「そうですよね!そこのリリア様がほんとうに素敵で!」

「本当にそうよね凄いわリリスちゃん!まさかこれ程バラキシを深く理解した上で語れる人とすぐに出会えるなんて……」

 狂信者二人は数十歩歩いただけだというのに、布教活動そっちのけで話に花を咲かせていた。まあ俺からしたら助かるんだがなんなんだこいつらは……。

「今からでも直談判して私とエリカ様が107号室に住むべきですよ!オリヴィエ様にはもったいないです!豚に真珠です!」

 おい趣旨忘れてないかこいつ。本当にそうなったらどうする気だ。ぶっ殺すぞ。


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「────以上話した通りこれからの時代、社会に必要とされるのは女性の自立です!リリーローザに入学したからには淑女としての振る舞いを身に付けるのは勿論ですが、それは決して男性本意のためであるのではありません!貴女達が一人でも生きていける力を身に付け、社会に貢献できる人間となって門出を迎えることを願っています!」


 学校長の話が終わり、教室へと向かう。1学年150人で5クラスあるようだが、俺たち4人はどうやら同じ教室に割り当てられたらしい。まあリリスと俺に関しては学校長の計らいだろうが。

「隣の席ですね!アイリス様が教本を忘れたら見せてあげますからね!」

 う……うぜぇ……。流石に護衛任務で席順までは操作をしていないだろうから、最後列の左端の俺の右隣にリリスが来たのは完全に偶然だろう。最低の運だ。

 しかしこれは不幸中の幸いだったが、俺の前にはエリカが、右前はブリジットの席だった。
 不本意な形ではあったが、やはりエリカとまた共に過ごせるというのは嬉しかった。

「バラキシの話が思う存分出来るわね!」

「できますね!楽しみです!」

 ……こいつがいる場合は幸運ではないのかもしれない。


 そんなやり取りをしながら暫くすると、担任教師が教室に入り自己紹介を始めた。

「お前ら1-1の担任をすることになった、アレン・ノーランドだ。よろしく。この学校ではお前達と同じ今年からの新米だ。担当教科は主に剣術だ」

 それはふざけた髭を生やしながら、メガネをかけてこそいたが見知った男だった。アランだ。

「何をしているんだあいつは……」

「私達の事情を知っている方はなるべく少なくする必要がありますからね……。しかも勇者様御一行とあれば魔王の娘への保険としてはこれ以上ないでしょうし」

 こいつは何を冷静な顔で分析しているんだ。万が一お前を殺せる人間を着実に配置しているということだろうに……。

「へー、男の先生なのね。結構かっこいいし。ねぇ、ブリジット。……ブリジット?」

 エリカが問うと、ブリジットはまるで上の空でアランもといアレンを見つめていた。その頬は、実に赤く染まっていた。

「へ!?そ……そうですね……!格好いい……です……」

 ……どうやら最後の良心も、俺とは好みが全く一致しないらしいことがよく分かった。
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