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後日談
ミカ、東の島へ行く②
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そしてやってきた、大跳躍当日。
私は今、ラスの背の上でガチガチと歯を鳴らし、懸命に寒さを堪えている。
すみません。涙ノ滝、舐めてました。
西の島と東の島の間は、巨大すぎる滝とそれに続く大海によってきっぱり断絶されていた。
そりゃあ、5000年以上の歴史を積み重ねたって、二つの島の文化が入り混じらないはずだわ。
あと、ユーグ。助かったのは奇跡だと思う。本当に良かった。
出発前は、途中に小島とかあって、そこで休憩できるのかな、と思っていたんけど、何もない為ずっと飛びっぱなしだった。
鳥型になったラスが発している空気も、森や花畑へ連れて行ってくれる時とはまるで違う。ぴりりと尖った真剣なものだ。ジャンプは彼らタリムの民にとっても、そう容易いものじゃないと知らせてくる。
毛足の長いもこもこのファーコートを着せられてラスの上に乗りこんだ時は「あつい。脱ぎたい」とげんなりしたが、どれだけも経たないうちに「着てこなかったら死んだ」という認識に改まった。
ジャンプで飛ぶルートは、平時より遥かに高かったのだ。
強風と寒さで、体が上手く動かせない。ユーグが後ろからしっかり支えてくれなかったら、あっけなく落下しただろう。
ようやく東の島らしき影が見えた時には、安堵のあまり泣きそうになった。
辛かったのは、もちろん私だけではない。
発着場に舞い降りたラスの背から滑り下りた私は、続いて下りてきたユーグを見てぎょっとしてしまった。
寒さのせいで彼の肌は死人のように白く、睫毛はほとんど凍っている。
「ちょ、大丈夫!? ローブに魔法かけて保温すればよかったのに!」
慌てて駆け寄り、ファーコートを脱いでユーグの肩にかける。
ユーグは真っ青な唇を動かし、小さく首を振った。
「うん……でもまた燃えたら……イヤだったから……」
「それはそうだけど!」
私がコート越しにユーグの冷え切った体を必死にこすっていると、変身を解いたラスが不機嫌そうな顔で近づいてくる。
「どうした、お兄ちゃん。しっかりしろよ」
「もう、ラス!!」
――実はラスが不機嫌なのには理由がある。
『ミカを私に任せていい、とラスが判断した結果、一緒に東の島へ飛べっていうのなら、そろそろいいよね』
『は? なんの話だよ』
『私もミカの家族だってこと。ラスがお兄ちゃんって呼んでいいって、ミカ」
『ちょっと、待て。そんな許可出してない!』
という本当にどうでもいい小競り合いが、出発前にあったのだ。
ユーグは多分、東の島に渡りたくなかったんだと思う。
そりゃあ、そうだ。迫害を受け、実の祖父に殺されかけた彼にとっては、いくら故郷とはいえ、二度と踏みたくない忌まわしい土地でしかない。
それでも、私の安全を優先してくれた。
いつだって、そう。ユーグの中の優先順位は、自分が最後なんだろう。
ちょっとした腹いせにラスをからかうつもりで「お兄ちゃんと呼べ」騒動を引き起こしたユーグなのだが、結局は私達2人ともがその要求を飲む、ということで決着がついた。
まだ私は呼べてないけど。
いい歳した女が、自分とそう年の変わらない男を「お兄ちゃん」なんて、なかなか呼べない。どんな羞恥プレイだ。
ようやくユーグの体の震えが治まってくる。
ホッとしてさする手を止めると、すかさずラスに引き寄せられた。
「まあ、礼は言っとく。ありがとな、お兄ちゃん」
「嫌がらせだよね、それ! こんな威圧的なお兄ちゃん呼びは嫌だ……」
ユーグは赤みのもどった頬を両手で覆い、うう、と呻いた。
一緒にジャンプしてきたチームリーダーのタジは、大きな荷物を抱えて、早々に仲介所に行ってしまった。
仲介所で狩りの成果を買い取ってもらい、東の島での通貨――トランに両替してもらうらしい。得たお金は、今回は5等分される。2:2:1で、それぞれタジ、ラス、ジャンプに参加しなかったバレルで分けるのだ。ジャンプは体力を使うので、参加したメンバーへの配当が多くなる決まりなのだと教えてもらった。
本当ならラスもタジに同行するべきなんだけど、私達が今夜泊まる予定の宿まで一緒に行くと言って聞かなかったのだ。
『そんなに美人の嫁さんじゃあ、ラスが心配するのも仕方ないよな。ユーグに取られないよう、せいぜい見張ってな』
どことなく父さんに似た大柄なタジに笑われ、顔から火が出るかと思うくらい恥ずかしかった。女神そっくりの容姿をしている私は、この世界での美人なのだ。未だに慣れなくて困る。
ガランと拓けた発着場から出ると、大勢の人で賑わう大通りとその両脇に立ち並ぶレンガ造りの建物が眼下に見える。整然と整えられた街並みに、私は大きく目を見開いた。
元いた世界に比べたらそれほど発展してるとも思えないのだけど、なんせ現在住んでいたのは道さえ整備されてない西の島。
ポカンと口を開け、目前の光景にじっと見入ってしまう。
「……東の島って、西の島とは全然違うんだね。19世紀のヨーロッパって感じ」
知らずと零した独り言に反応したのはユーグだ。
「19世紀のヨーロッパが何を指すのか分からないけど、サリム人は魔法を使えるし、わりと便利な暮らしをしてるよ。でも過度の発展は女神に望まれてないから、ミカの世界ほどすごくはないでしょう?」
ユーグは私の記憶を共有している。
元の世界の飛行機や新幹線、インターネットや携帯電話のことを話しているんだろうな、と察しがついた。
ラスは仲間外れが悔しいのか会話に入ろうとせず、さっさと私の手を引き、先へ先へと歩いていく。
ユーグは気にした風もなく、隣に並んできた。道行く人は、当たり前だけどサリム人ばかり。男の人はユーグみたいなローブ姿が多く、女の人は丈の長いワンピースを着ている人が多かった。
ここは、タリム人が立ち寄ることを許されている『港町』の一つだ。
沢山のお店と、そこで働くサリム人ですごく賑わっている。子供はあまり見かけない。
「ここって、ユーグの住んでた町からは離れてる?」
「……うん、かなりね。知り合いに会うことはないと思う。心配いらないよ、ミカ」
小声で尋ねると、ユーグが優しく笑って答える。
ラスはとうとう溜息をつき、立ち止まった。
「ミカとユーグが仲良いのは分かった。でも、ミカのつがいは俺なんだからな」
ラスが怒ったように宣言する。
ユーグの過去を、ラスは知らない。ユーグを拾った父さんはある程度知ってると思うけど、わざわざラスに話すことはしないはず。私も誰にも話していない。
だから、ラスは余計に疎外感を味わってしまうのだろうけど、私の気持ちを疑われるのは心外だ。
「当たり前でしょ。私だって、ラスじゃないと嫌だよ」
ユーグは噴き出すのを堪えるように拳を口元に当てた。
「ラス。ミカには何言っても無駄だと思うよ。全然通じてない」
「うるさいな。分かってるよ!」
ラスは私の手をきつく握りしめ、再び歩き始める。
行き交う人々は私に気づくと、ハッとしたように二度見してくる。ただびとの私が注目を集めるのは、いつものことだ。東の島でも、やっぱり珍しいらしい。
でも今日は、ユーグにも視線が集まっている気がする。特に若い女性から熱い眼差しが。
久しぶりに、脳内で検索をかけてみる。サリム人の異性評価の基準、とかで出てこないかな。
……だめだ。うっすら靄がかかったように、頭には何も浮かんでこない。
仕方ないので、ラスに聞いてみることにした。
さっきからつまらなそうにしているので、そろそろ機嫌を直して欲しい。
「ねえ、ユーグってサリム人から見て魅力的なの? どう見ても、ラスの方がカッコいいよね」
「聞こえるように悪口言わないでくれる?」
ユーグはむくれたが、私の一言に気をよくしたのか、ラスはにっこり笑った。
「ミカにそう思われてるのは嬉しいけど、正直いって、ただびとのミカの基準はオレらにはよく分かんないな。タリム人の男はその翼の強さで異性を惹きつけるし、サリム人の男は魔法力の高さが魅力の基準なんじゃないの」
そうなの!? 容貌は大して加点されないのか……知らなかった。
「女の子はまた違うの?」
更に尋ねてみると、ラスは答えにくそうに鼻の頭をかいた。
「えーっと。……うん、ミカみたいに女神そっくりの美人が一番、モテる。西でも東でも。あとタリム人は、匂いかな。サリム人は分かんない」
匂い、か。
それはちょっと分からない基準だけど、黒目黒髪の子は、そういえば全くといっていいほど見かけない。この世界の人達は皆、色素が薄いのだ。髪や目の色素が濃い方が女性として魅力的、ってことなのかもしれない。
それにしても。
「なんでそんなに歯切れ悪いの?」
「だって……ミカは自分の価値を、昔からあんまり分かってないから。今はオレの奥さんだし、自分がモテるって気づいて欲しくないっていうか……そんなとこ」
言ってて恥ずかしくなったのか、最後はそっぽを向いてしまったラスが愛しくて堪らない。
繋いでた手を放し、耳の赤くなった彼の腕にぎゅっと抱きついた。
「はい、イチャつくのはそこまで。宿って、ここじゃないの? ラス」
ユーグが呆れた声で私達を制し、立ち止まって一軒の建物を指さした。
建物の軒下には長机が並べられ、大勢のタリム人が宿帳の記入の順番待ちをしている。
「ああ、ここだ。部屋取って来るから、あの店で待ってて」
ラスは名残惜しそうに私の髪を撫で、列に加わる為離れていく。
宿の向かいには、カフェのような飲食店があった。
ラスが指したその店に、私とユーグは入ることにした。
お店に入ってすぐ、やけに懐かしさを感じる。
テーブルクロスやメニュー表。壁にかかっている絵やグラスに飾られた一輪の花。少しレトロな喫茶店といった風情で、ここが異世界だということを一瞬忘れそうになる。
ユーグも珍しそうに店内を見渡した。
「いらっしゃいませ。……あ、もしかして――」
出迎えてくれた銀色の髪の若い女性が、私の顔をまじまじと見つめてくる。
彼女の恰好に、私も目を丸くした。白いシャツに緑のカフェエプロン。ひざ丈の黒いスカート。近所にあった大手コーヒーチェーンのウェイトレスが、ちょうどこんな恰好してたような気がする。
「オーナー! ただびとさん、ご入店でーす!」
こちらにどうぞ、と席に案内されてすぐ、その銀色の髪の女の子は奥に向かって声を張った。
彼女の声を聞きつけたらしく、厨房らしき奥まった部屋から一人の女性が現れる。
「……っ!」
私とユーグは一斉に息を飲んだ。
黒い瞳に黒い髪。あどけなさを残した平面的な顔立ち。
長く伸ばした黒髪を、頭のてっぺんでお団子にしたその若い女性は、紛れもなく日本人に見えた。
私は今、ラスの背の上でガチガチと歯を鳴らし、懸命に寒さを堪えている。
すみません。涙ノ滝、舐めてました。
西の島と東の島の間は、巨大すぎる滝とそれに続く大海によってきっぱり断絶されていた。
そりゃあ、5000年以上の歴史を積み重ねたって、二つの島の文化が入り混じらないはずだわ。
あと、ユーグ。助かったのは奇跡だと思う。本当に良かった。
出発前は、途中に小島とかあって、そこで休憩できるのかな、と思っていたんけど、何もない為ずっと飛びっぱなしだった。
鳥型になったラスが発している空気も、森や花畑へ連れて行ってくれる時とはまるで違う。ぴりりと尖った真剣なものだ。ジャンプは彼らタリムの民にとっても、そう容易いものじゃないと知らせてくる。
毛足の長いもこもこのファーコートを着せられてラスの上に乗りこんだ時は「あつい。脱ぎたい」とげんなりしたが、どれだけも経たないうちに「着てこなかったら死んだ」という認識に改まった。
ジャンプで飛ぶルートは、平時より遥かに高かったのだ。
強風と寒さで、体が上手く動かせない。ユーグが後ろからしっかり支えてくれなかったら、あっけなく落下しただろう。
ようやく東の島らしき影が見えた時には、安堵のあまり泣きそうになった。
辛かったのは、もちろん私だけではない。
発着場に舞い降りたラスの背から滑り下りた私は、続いて下りてきたユーグを見てぎょっとしてしまった。
寒さのせいで彼の肌は死人のように白く、睫毛はほとんど凍っている。
「ちょ、大丈夫!? ローブに魔法かけて保温すればよかったのに!」
慌てて駆け寄り、ファーコートを脱いでユーグの肩にかける。
ユーグは真っ青な唇を動かし、小さく首を振った。
「うん……でもまた燃えたら……イヤだったから……」
「それはそうだけど!」
私がコート越しにユーグの冷え切った体を必死にこすっていると、変身を解いたラスが不機嫌そうな顔で近づいてくる。
「どうした、お兄ちゃん。しっかりしろよ」
「もう、ラス!!」
――実はラスが不機嫌なのには理由がある。
『ミカを私に任せていい、とラスが判断した結果、一緒に東の島へ飛べっていうのなら、そろそろいいよね』
『は? なんの話だよ』
『私もミカの家族だってこと。ラスがお兄ちゃんって呼んでいいって、ミカ」
『ちょっと、待て。そんな許可出してない!』
という本当にどうでもいい小競り合いが、出発前にあったのだ。
ユーグは多分、東の島に渡りたくなかったんだと思う。
そりゃあ、そうだ。迫害を受け、実の祖父に殺されかけた彼にとっては、いくら故郷とはいえ、二度と踏みたくない忌まわしい土地でしかない。
それでも、私の安全を優先してくれた。
いつだって、そう。ユーグの中の優先順位は、自分が最後なんだろう。
ちょっとした腹いせにラスをからかうつもりで「お兄ちゃんと呼べ」騒動を引き起こしたユーグなのだが、結局は私達2人ともがその要求を飲む、ということで決着がついた。
まだ私は呼べてないけど。
いい歳した女が、自分とそう年の変わらない男を「お兄ちゃん」なんて、なかなか呼べない。どんな羞恥プレイだ。
ようやくユーグの体の震えが治まってくる。
ホッとしてさする手を止めると、すかさずラスに引き寄せられた。
「まあ、礼は言っとく。ありがとな、お兄ちゃん」
「嫌がらせだよね、それ! こんな威圧的なお兄ちゃん呼びは嫌だ……」
ユーグは赤みのもどった頬を両手で覆い、うう、と呻いた。
一緒にジャンプしてきたチームリーダーのタジは、大きな荷物を抱えて、早々に仲介所に行ってしまった。
仲介所で狩りの成果を買い取ってもらい、東の島での通貨――トランに両替してもらうらしい。得たお金は、今回は5等分される。2:2:1で、それぞれタジ、ラス、ジャンプに参加しなかったバレルで分けるのだ。ジャンプは体力を使うので、参加したメンバーへの配当が多くなる決まりなのだと教えてもらった。
本当ならラスもタジに同行するべきなんだけど、私達が今夜泊まる予定の宿まで一緒に行くと言って聞かなかったのだ。
『そんなに美人の嫁さんじゃあ、ラスが心配するのも仕方ないよな。ユーグに取られないよう、せいぜい見張ってな』
どことなく父さんに似た大柄なタジに笑われ、顔から火が出るかと思うくらい恥ずかしかった。女神そっくりの容姿をしている私は、この世界での美人なのだ。未だに慣れなくて困る。
ガランと拓けた発着場から出ると、大勢の人で賑わう大通りとその両脇に立ち並ぶレンガ造りの建物が眼下に見える。整然と整えられた街並みに、私は大きく目を見開いた。
元いた世界に比べたらそれほど発展してるとも思えないのだけど、なんせ現在住んでいたのは道さえ整備されてない西の島。
ポカンと口を開け、目前の光景にじっと見入ってしまう。
「……東の島って、西の島とは全然違うんだね。19世紀のヨーロッパって感じ」
知らずと零した独り言に反応したのはユーグだ。
「19世紀のヨーロッパが何を指すのか分からないけど、サリム人は魔法を使えるし、わりと便利な暮らしをしてるよ。でも過度の発展は女神に望まれてないから、ミカの世界ほどすごくはないでしょう?」
ユーグは私の記憶を共有している。
元の世界の飛行機や新幹線、インターネットや携帯電話のことを話しているんだろうな、と察しがついた。
ラスは仲間外れが悔しいのか会話に入ろうとせず、さっさと私の手を引き、先へ先へと歩いていく。
ユーグは気にした風もなく、隣に並んできた。道行く人は、当たり前だけどサリム人ばかり。男の人はユーグみたいなローブ姿が多く、女の人は丈の長いワンピースを着ている人が多かった。
ここは、タリム人が立ち寄ることを許されている『港町』の一つだ。
沢山のお店と、そこで働くサリム人ですごく賑わっている。子供はあまり見かけない。
「ここって、ユーグの住んでた町からは離れてる?」
「……うん、かなりね。知り合いに会うことはないと思う。心配いらないよ、ミカ」
小声で尋ねると、ユーグが優しく笑って答える。
ラスはとうとう溜息をつき、立ち止まった。
「ミカとユーグが仲良いのは分かった。でも、ミカのつがいは俺なんだからな」
ラスが怒ったように宣言する。
ユーグの過去を、ラスは知らない。ユーグを拾った父さんはある程度知ってると思うけど、わざわざラスに話すことはしないはず。私も誰にも話していない。
だから、ラスは余計に疎外感を味わってしまうのだろうけど、私の気持ちを疑われるのは心外だ。
「当たり前でしょ。私だって、ラスじゃないと嫌だよ」
ユーグは噴き出すのを堪えるように拳を口元に当てた。
「ラス。ミカには何言っても無駄だと思うよ。全然通じてない」
「うるさいな。分かってるよ!」
ラスは私の手をきつく握りしめ、再び歩き始める。
行き交う人々は私に気づくと、ハッとしたように二度見してくる。ただびとの私が注目を集めるのは、いつものことだ。東の島でも、やっぱり珍しいらしい。
でも今日は、ユーグにも視線が集まっている気がする。特に若い女性から熱い眼差しが。
久しぶりに、脳内で検索をかけてみる。サリム人の異性評価の基準、とかで出てこないかな。
……だめだ。うっすら靄がかかったように、頭には何も浮かんでこない。
仕方ないので、ラスに聞いてみることにした。
さっきからつまらなそうにしているので、そろそろ機嫌を直して欲しい。
「ねえ、ユーグってサリム人から見て魅力的なの? どう見ても、ラスの方がカッコいいよね」
「聞こえるように悪口言わないでくれる?」
ユーグはむくれたが、私の一言に気をよくしたのか、ラスはにっこり笑った。
「ミカにそう思われてるのは嬉しいけど、正直いって、ただびとのミカの基準はオレらにはよく分かんないな。タリム人の男はその翼の強さで異性を惹きつけるし、サリム人の男は魔法力の高さが魅力の基準なんじゃないの」
そうなの!? 容貌は大して加点されないのか……知らなかった。
「女の子はまた違うの?」
更に尋ねてみると、ラスは答えにくそうに鼻の頭をかいた。
「えーっと。……うん、ミカみたいに女神そっくりの美人が一番、モテる。西でも東でも。あとタリム人は、匂いかな。サリム人は分かんない」
匂い、か。
それはちょっと分からない基準だけど、黒目黒髪の子は、そういえば全くといっていいほど見かけない。この世界の人達は皆、色素が薄いのだ。髪や目の色素が濃い方が女性として魅力的、ってことなのかもしれない。
それにしても。
「なんでそんなに歯切れ悪いの?」
「だって……ミカは自分の価値を、昔からあんまり分かってないから。今はオレの奥さんだし、自分がモテるって気づいて欲しくないっていうか……そんなとこ」
言ってて恥ずかしくなったのか、最後はそっぽを向いてしまったラスが愛しくて堪らない。
繋いでた手を放し、耳の赤くなった彼の腕にぎゅっと抱きついた。
「はい、イチャつくのはそこまで。宿って、ここじゃないの? ラス」
ユーグが呆れた声で私達を制し、立ち止まって一軒の建物を指さした。
建物の軒下には長机が並べられ、大勢のタリム人が宿帳の記入の順番待ちをしている。
「ああ、ここだ。部屋取って来るから、あの店で待ってて」
ラスは名残惜しそうに私の髪を撫で、列に加わる為離れていく。
宿の向かいには、カフェのような飲食店があった。
ラスが指したその店に、私とユーグは入ることにした。
お店に入ってすぐ、やけに懐かしさを感じる。
テーブルクロスやメニュー表。壁にかかっている絵やグラスに飾られた一輪の花。少しレトロな喫茶店といった風情で、ここが異世界だということを一瞬忘れそうになる。
ユーグも珍しそうに店内を見渡した。
「いらっしゃいませ。……あ、もしかして――」
出迎えてくれた銀色の髪の若い女性が、私の顔をまじまじと見つめてくる。
彼女の恰好に、私も目を丸くした。白いシャツに緑のカフェエプロン。ひざ丈の黒いスカート。近所にあった大手コーヒーチェーンのウェイトレスが、ちょうどこんな恰好してたような気がする。
「オーナー! ただびとさん、ご入店でーす!」
こちらにどうぞ、と席に案内されてすぐ、その銀色の髪の女の子は奥に向かって声を張った。
彼女の声を聞きつけたらしく、厨房らしき奥まった部屋から一人の女性が現れる。
「……っ!」
私とユーグは一斉に息を飲んだ。
黒い瞳に黒い髪。あどけなさを残した平面的な顔立ち。
長く伸ばした黒髪を、頭のてっぺんでお団子にしたその若い女性は、紛れもなく日本人に見えた。
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