こんなに遠くまできてしまいました

ナツ

文字の大きさ
上 下
39 / 54
四章:大人になったラスと真実を知った私

38

しおりを挟む
「ミカ……、ミカ、開けて」

 部屋の外から、困り切ったラスの低い声が聞こえてくる。
 まだダンさん達は起きていない。両親の眠りを妨げまいと、ラスの声は小さく絞られていた。

「今、入ってきたら、絶対に許さない」

 泣きじゃくるのを止めて、私も小声で答える。
 
 ドンッ!!
 突然強く叩かれたドアの音に、びくりと身がすくむ。
 鍵なんてない部屋だ。ラスがその気になれば、いつでも踏み込める。
 私は慌てて扉に駆け寄り、背中でそこを封鎖した。
 わずかに開きかけた扉が、私の重みでもう一度閉ざされる。

「――……頼む、開けてくれ。一人で泣くな、ミカ」

 ラスの縋るような声に、胸が張り裂けそうになる。
 彼にとって私は、番を見つけた今でも大切な家族だ。心配するのも無理はない。
 だけど私は違う。
 もう弟だとは思えない。
 私は扉に背を預けたまま、ずるずると座りこんだ。

「……なんで言ってくれなかったの? サヤナちゃんと付き合ってるって」

 聞いても仕方ないことなのに、勝手に口が動いていた。
 どう足掻いたって涙声になってしまうのに、言わずにはいられなかった。

「……は?」
「とぼけちゃって。帰り道、チェインにばったり会って、聞いたんだから。沐浴場で逢引してたんでしょ? なんだよ、もう。教えてくれたって、いいじゃない。おめでたい話なんだし、どうせならラスから直接聞きたかったなあ」

 良い姉の振りをして、白々しい嘘をつく。

「本気でめでたい話だと思ってるなら、どうして泣くんだよ」

 ラスの声がすぐ傍で聞こえる。
 扉越しに、声に混じる熱い吐息まで感じられる。

「チェインがどう言ったか知らないが、俺が沐浴を終えた後に、サヤナが来たんだ。たぶん誰かに俺がその時間は沐浴場にいることを聞いたんだと思う。告白されたけど断った。俺が毎朝あそこまで飛ぶのは、好きな人との思い出に女々しく浸る為だから、はっきり言ってすごく迷惑だった」

 ラスははっきりとした口調で、沐浴場での出来事を語った。
 好きな人との思い出……?
 それって……。
 自分に都合のいい幻聴を聞いているような気持になり、すぐには信じられない。

「もういいだろ。続きは顔を見て言わせろ」

 ラスが本気で力を込めれば、私の体重の負荷なんて大したことない。
 座り込んだままの私を押しやるように、扉は開いた。

 動こうとしない私の前に、ラスが静かに膝をつく。
 彼は迷いのない手つきで、私を抱き締めた。彼の腕の中にすっぽりと収まる。
 深い安堵が胸いっぱいに広がった。
 
 ラスは私をひょいと抱え上げると、ベッドへ移した。
 
 サヤナちゃんとは何もなかったと分かって歓喜する私と、これでもう隠し切れないと絶望する私が胸の中でせめぎ合う。

 こんなの良くないよ。分かってるの?
 リミットがくるまで愛し合って、はい、さようなら。
 それがラスの心にどんなに深い傷を残すか、想像出来るあなたがやっちゃダメでしょう?
 かろうじて残った理性が、ラスの大きな手を、私を見下ろす熱い眼差しを、受け入れてはダメだと警鐘を打ち鳴らす。

 ああ、でも言ってしまいたい。
 ラスが好き。
 あなたが誰より愛しい、と本当のことを打ち明けて思い切り彼を抱き締めたい。
 
 こんなに大切な人なのに、正直になっても嘘をついても、結局私はラスを傷つける。
 結局勝ったのは、理性だった。
 言わなくちゃ。私は誰とも番ったり出来ないんだって。

「ごめん、ラス。私は――」

 最後まで言い終えないうちに、ラスは私の目元にちゅ、と唇を落とした。
 羞恥と甘酸っぱさがないまぜになり、どうしていいか分からなくなる。
 
「も、もう……! 話そうとしてたこと、忘れちゃうでしょ!」
「ごめんから始まる話なんか忘れてよ」

 ラスは一旦私から離れると、部屋のドアノブに椅子をかませた。
 誰もすぐには入ってこられないようにしてから、おもむろにこちらに向き直る。
 私はベッドに身を起こし、慌てて壁際まで後ずさった。

「そんな警戒しないでも、襲ったりしないよ。っていうか、晴れの間はしたくても出来ない。誰にも邪魔されずに話がしたいだけ」
「そ、そっか」

 拍子抜けした声を上げる私に、ラスはにっこり微笑みかけた。

「最後までは出来ないだろうけど、気持ちはあるよ。ミカが許してくれるなら、いっぱい触ったり触られたりしたいな」
「はあ!? だ、ダメに決まってるでしょ!」

 驚き過ぎて裏返った自分の声に、穴があったら入りたいような気持になる。
 ラスはいつの間に、こんなに大人になってしまったんだろう。
 私の方が年上な事実は変わらないのに、すっかり翻弄されてしまってる。

 ラスはベッドに膝をつき、私の腕を取って引き寄せた。

「なんで? ミカも俺のことが好きなんだろ? やっと確信できてめちゃくちゃ嬉しいのに、なんでダメ?」
「す、好きなんかじゃ……」

 ラスが放つ強烈な色気に、眩暈がする。触れられた腕が熱い。

 好きじゃない、とはどうしても言えなかった。
 言うべきだ、と強く思うのに、身体がいうことを聞かない。
 この時の私はきっと発情していた。
 一途に私を求めるラスの情熱に触発されて、理性が麻痺してしまっていた。

「俺はミカを愛してる。ミカだけが欲しい。ミカのいない世界なんて、俺には何の意味もない」

 駄目押しの言葉に、私の涙腺は再び決壊した。

 置いていきたくない。
 私だって、ずっとこのままラスといたい。
 女神様の掟なんてクソ食らえだ。
 勝手に人のこと連れてきて、勝手にリミット設けやがって。

 もういい。許して、ラス。
 あなたを突き放せない私の弱さを、どうか憎んで。

 大粒の涙をボロボロ零しながら、私はとうとう本音を口にしてしまった。

「好き。私だって、大好きだよ、ラス」

 
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

織田信長の妹姫お市は、異世界でも姫になる

猫パンダ
恋愛
戦国一の美女と言われた、織田信長の妹姫、お市。歴史通りであれば、浅井長政の元へ嫁ぎ、乱世の渦に巻き込まれていく運命であるはずだったーー。しかし、ある日突然、異世界に召喚されてしまう。同じく召喚されてしまった、女子高生と若返ったらしいオバサン。三人揃って、王子達の花嫁候補だなんて、冗談じゃない! 「君は、まるで白百合のように美しい」 「気色の悪い世辞などいりませぬ!」 お市は、元の世界へ帰ることが出来るのだろうか!?

【連載版】ヒロインは元皇后様!?〜あら?生まれ変わりましたわ?〜

naturalsoft
恋愛
その日、国民から愛された皇后様が病気で60歳の年で亡くなった。すでに現役を若き皇王と皇后に譲りながらも、国内の貴族のバランスを取りながら暮らしていた皇后が亡くなった事で、王国は荒れると予想された。 しかし、誰も予想していなかった事があった。 「あら?わたくし生まれ変わりましたわ?」 すぐに辺境の男爵令嬢として生まれ変わっていました。 「まぁ、今世はのんびり過ごしましょうか〜」 ──と、思っていた時期がありましたわ。 orz これは何かとヤラカシて有名になっていく転生お皇后様のお話しです。 おばあちゃんの知恵袋で乗り切りますわ!

家出したとある辺境夫人の話

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』 これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。 ※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。 ※他サイトでも掲載します。

【完結】私はいてもいなくても同じなのですね ~三人姉妹の中でハズレの私~

紺青
恋愛
マルティナはスコールズ伯爵家の三姉妹の中でハズレの存在だ。才媛で美人な姉と愛嬌があり可愛い妹に挟まれた地味で不器用な次女として、家族の世話やフォローに振り回される生活を送っている。そんな自分を諦めて受け入れているマルティナの前に、マルティナの思い込みや常識を覆す存在が現れて―――家族にめぐまれなかったマルティナが、強引だけど優しいブラッドリーと出会って、少しずつ成長し、別離を経て、再生していく物語。 ※三章まで上げて落とされる鬱展開続きます。 ※因果応報はありますが、痛快爽快なざまぁはありません。 ※なろうにも掲載しています。

捨てた騎士と拾った魔術師

吉野屋
恋愛
 貴族の庶子であるミリアムは、前世持ちである。冷遇されていたが政略でおっさん貴族の後妻落ちになる事を懸念して逃げ出した。実家では隠していたが、魔力にギフトと生活能力はあるので、王都に行き暮らす。優しくて美しい夫も出来て幸せな生活をしていたが、夫の兄の死で伯爵家を継いだ夫に捨てられてしまう。その後、王都に来る前に出会った男(その時は鳥だった)に再会して国を左右する陰謀に巻き込まれていく。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

踏み台令嬢はへこたれない

三屋城衣智子
恋愛
「婚約破棄してくれ!」  公爵令嬢のメルティアーラは婚約者からの何度目かの申し出を受けていたーー。  春、学院に入学しいつしかついたあだ名は踏み台令嬢。……幸せを運んでいますのに、その名付けはあんまりでは……。  そう思いつつも学院生活を満喫していたら、噂を聞きつけた第三王子がチラチラこっちを見ている。しかもうっかり婚約者になってしまったわ……?!?  これは無自覚に他人の踏み台になって引っ張り上げる主人公が、たまにしょげては踏ん張りながらやっぱり周りを幸せにしたりやっと自分も幸せになったりするかもしれない物語。 「わたくし、甘い砂を吐くのには慣れておりますの」  ーー踏み台令嬢は今日も誰かを幸せにする。  なろうでも投稿しています。

婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪

naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。 「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」 まっ、いいかっ! 持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

処理中です...