上 下
39 / 40

第39話:全く別の2つの話

しおりを挟む

「これから全く違う2つの話をするわ。その二つを関連付けて考えてはダメよ」


伊万里先輩は図書部の部室にあるパイプ椅子に座り静かに言った。


「分かりました。お願いします」


私はこれから伊万里先輩の口からどんな話が出てくるのか覚悟をした。
3スターズの一人と称えられる美少女である伊万里先輩が、弟の流くんとどんな関係があるかを知ることができるかもしれない。無意識に固唾かたずを呑んだ。


「昔、あるとこに人気のないラーメン屋さんがあったの。あまりに人気が無くて近所の人はもう潰れると噂されていたそうよ」


なに?何の話?思った話と全く違う話がスタートした。それでも、私は黙って聞くことにした。


「ある日、そのラーメン屋さんは火事になったわ。全焼だったそうよ。幸い店主のご家族は全員旅行に行っている時だったから無事だったの」


ケガの人などがいなくてよかった。流行っていないラーメン店で火事なんて泣きっ面に蜂だわ。お気の毒に。


「幸いと言えば、たまたま保険に入っていたから、保険金が下りたの。結局ラーメン屋さんは再建できずに店主のご家族は引っ越して行ったわ」


保険に入っていてよかったわ。そんなことってあるのね。


「はい、一つ目のお話は終わり。次に行くわね。こちらは少し重たい話になるから」


あれ?ラーメン屋さんの話は何だったの?雑談?


「10年以上前、市内に孤児院があったわ」

「え?現代の日本にもあるんですか!?」

「そりゃああるでしょう。捨て子もいるし、両親共亡くなる事もあるでしょうし。尤も、現在では『児童養護施設』って名前ね。役割も少し違うけれど、私たちがいたところは、まさに『孤児院』って感じだったわ。ここでは『施設』と呼びましょうか」

「え!?」

いま、なんて!?
驚く私をよそに、伊万里先輩は話を続けた。


「一応、みんな仲は良かったけど、年頃の子もいたから男女は別の部屋になってた。例え血が繋がった兄弟でも男女は別の部屋になるの」

「……」

「男子は5人、女子は8人。施設では年功序列で上の言う事は絶対だった」


伊万里先輩は、いつもの表情が読めない感じ。
でも、冗談を言っているようには思えない。


「施設の男の子の一人をエックスとしましょうか。生まれた時からの捨て子の場合、戸籍が難しいの。市長になったり、施設の長になったり……まあ、見る人が見たら孤児院出身って分かるわ」


その子が流くんって事?


「その施設には、通いで子どもたちの面倒をみる職員もいたわ。名前は高幡たかはたトモ子。みんな先生って呼んでたわ」


あれ?高幡?


「先生はシングルマザーだったから、自分の子供も施設の子と遊ばせていたの。施設の子たちも自分の子供みたいに大事にしてくれていた。みんな高幡先生が大好きだった」


あれ?そっちが流くん?


「先生は仕事の掛け持ちをしていたので、他で働いているときに、施設で他の先生が面倒を見ていたりしてたの」


そういえば、流くんに小さい時の事を聞いたことがない。てっきりお母さんと二人で今の家で暮らしてきたと思っていた。


「ある日、施設が火事になったの。小さい子は昼寝の時間で、大きい子は寝かしつけてる子もいたわ。私はいち早く気づいたから、部屋にいた子を連れ出した。ただ。寝ている子もいて連れ出せたのは一人だけ。それが᙭」


話が全然見えない。


「悪いことに、先生の子供も火事に巻き込まれた」


え!?


「先生が面倒を見ていた施設の男の子5人は全員火事で亡くなったわ」

「……」

「施設長は高齢になってきていたし、後を継ぐ人もいなかったから、施設は再建できず廃止になったの」

「そんな事が……」

「ここで余談だけど、施設では男の子が一人だけ助かった訳だけど、それがたまたま先生の子供だったって偶然をあなたは信じられる?」

「え?」

「私が連れ出した᙭は、私の本当の弟。血が繋がってるかどうかまでは分からないけどね」


ちょっと話が難しくて分からなくなってきた。


「先生が子供を亡くしたとして、施設の子を引き取るとしたら、審査でまず通らないわね。里親には厳しい審査があるもの」

「……」

「あと、自分の息子と施設の子では、どちらが戸籍が将来を考えた上で有利かしら?」


伊万里先輩が話を止めた。終わり?これで終わり?


「ちょっと待ってください!それだと、その先生のお子さんは亡くなって、代わりに᙭が先生の子供として暮らしてるって事になるじゃないですか!」

「あら、そんな風に聞こえた?」


伊万里先輩は、わざとらしく答えた。

しかも、᙭は伊万里先輩の本当の弟。火事で誰かを助けるとき、他人よりもまず身内を助けるだろう。でも、表向きは先生の子だから、先輩とは他人。

伊万里先輩が頑なに流くんと他人と言っていたのはこの事!?

施設がなくなり、生き残った᙭の未来を案じて先生は自分の子として育てようとしたってこと!?


「伊万里先輩は!?先輩はその後どうなったんですか!?」

「私は新しい施設に移された後、たまたま里親が見つかって、今に至るわ」

「他は!?他に生き残った子たちは!?」

「さあ?そんなにたくさん受け入れられる施設は無いわ。みんな散り散りになって……今はどうしてるのか……施設長は保険金を手にして引退したって聞いたわ」


相変わらず、伊万里先輩の表情は読み取れない。さっきのラーメン屋さんの話を聞いた後だと、施設長が火事を起こして施設を現金化したみたいにも思える。

᙭が流くんなら、目立つと過去が探られてバレてしまう可能性がある。
だから彼はいつもの目立たないようにしていたってこと!?


「流くんが目立たないようにって言ったのは伊万里先輩ですか?施設の年上の子の言葉は絶対なんですよね?」

「あの子は優秀なのよ。小さい時からケンカもしなれていたからケンカも強い。そして、小さい子を守るためにモメないで解決する方法も知ってる。テレビの英語講座を視て英語が喋れるようになったり、動画配信をして登録者数を100万人にしたり、本を出版したり、何でもできる……でも、日本では出る杭は打たれるわ」

「そんな……」


そんな話が信じられるだろうか。戸籍を調べれば……いや、ちゃんと先生の子供の戸籍だからそれでは分からない。

DNA検査をしようにも、お母様は亡くなってる。なら、うちのお父さんとなら……


「あなたのお父さんと血縁かどうかは、ほぼ100パーセントの正確さで検査ができるそうよ」


何も言わないのに、伊万里先輩が先回りして答えた。
私と流くんが他人と分かれば、恋愛しても結婚しても誰にもなんにも言われない。

でも待って。流くんはこのこと知ってるの!?
もし、知らないとしたら、事実を明らかにする事で、彼からお母さんを奪う事になる!

それだけじゃない。
お父さんとの関係がないという事は、うちにもいられなくなる。うちも片親だから里親としてダメそうだわ。当然、私とも一緒に暮らせなくなる。

私が流くんと他人だと証明してしまったら、彼の今の幸せを奪うことになる。自分にそんな仕打ちをした人間と恋愛関係になるとは思えない。


「じゃあ、もう一度聞くわ」


伊万里先輩が、無表情ながら、こちらを見て続けた。


「あなたはあの子とどうしたい?あの子と付き合えるようになりたい?それとも、付き合いたいと思わなくなりたい?」


流くんと付き合えるようになるという事は、私たちは他人になる必要がある。つまり、私が彼の今の幸せを壊すという事。

「付き合いたいと思わなくなる」とは、今の事ではないだろうか。どちらの道を進んでも私たちは幸せになれない。


伊万里先輩と二見さんは仲が良くなっている。さっきもお菓子を持って来ていた。二人の仲が良いという事は、お互いの家に行ったり、お互いの家族に会ったりしても変じゃない。

しかも、二見さんも伊万里先輩も3スターズで共通点がある。なおのこと不自然さがない。伊万里先輩は、流くんに自然に会えるようになる。二見さんと仲良くすることはメリットしかない。弟の彼女と考えれば二見さんの事は可愛くさえもあるはず。

待って。そもそも流くんは伊万里先輩を追って桜坂高校ここに入学した!?共通点ができて会っても不自然じゃないから!?

二見さんは、私とぶつかることはあっても、私と流くんを引き離したりはしなかった。
一緒にお買い物していても何も言わなかった。
お弁当を持たせても禁止しなかった。
一緒に住んでいても不満を言ったりしなかった。
流くんに会いに家に来た時も、邪魔しに行った私をゲームに誘ってくれた!

私が姉である限りしばらくは流くんと一緒に暮らせる。一緒にご飯を食べて、お買い物に行って、バカな話もできる。

そこで、先日二見さんが家に来た時、変なことを言ったのを思い出した。


『太陽に近づきすぎるとバラバラになる、星に近づきすぎるとどうなるのか』


この場合の「星」は、流くんのことではないだろうか。つまり、二見さんは何かを察知している。

私は流くんの恋人みたいな姉、二見さんは後輩みたいな彼女、伊万里先輩は姉みたいな先輩……それぞれの役割を守ることでみんなが流くんの近くにいられる。

逆に言うと、誰か一人がそれを壊すことで全てが壊れてしまうってこと。

二見さんは先に気付いて、伊万里先輩と仲良くなっていた。私のことも排除しない。あの人、本当に天使だった……あの子には勝てない。


「私たちは、3スターズなんて言われているので、学校内で仲良くしていたも誰も変に思われないわ。むしろみんなが応援してくれるかもね。あ、お茶入れましょか?」


伊万里先輩が珍しくお茶を淹れてくれた。
そして、先輩は私が持ってきた苺大福の包装を開け食べ始めた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

人違いラブレターに慣れていたので今回の手紙もスルーしたら、片思いしていた男の子に告白されました。この手紙が、間違いじゃないって本当ですか?

石河 翠
恋愛
クラス内に「ワタナベ」がふたりいるため、「可愛いほうのワタナベさん」宛のラブレターをしょっちゅう受け取ってしまう「そうじゃないほうのワタナベさん」こと主人公の「わたし」。 ある日「わたし」は下駄箱で、万年筆で丁寧に宛名を書いたラブレターを見つける。またかとがっかりした「わたし」は、その手紙をもうひとりの「ワタナベ」の下駄箱へ入れる。 ところが、その話を聞いた隣のクラスのサイトウくんは、「わたし」が驚くほど動揺してしまう。 実はその手紙は本当に彼女宛だったことが判明する。そしてその手紙を書いた「地味なほうのサイトウくん」にも大きな秘密があって……。 「真面目」以外にとりえがないと思っている「わたし」と、そんな彼女を見守るサイトウくんの少女マンガのような恋のおはなし。 小説家になろう及びエブリスタにも投稿しています。 扉絵は汐の音さまに描いていただきました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

粗暴で優しい幼馴染彼氏はおっとり系彼女を好きすぎる

春音優月
恋愛
おっとりふわふわ大学生の一色のどかは、中学生の時から付き合っている幼馴染彼氏の黒瀬逸希と同棲中。態度や口は荒っぽい逸希だけど、のどかへの愛は大きすぎるほど。 幸せいっぱいなはずなのに、逸希から一度も「好き」と言われてないことに気がついてしまって……? 幼馴染大学生の糖度高めなショートストーリー。 2024.03.06 イラスト:雪緒さま

隠れオタクの女子社員は若社長に溺愛される

永久保セツナ
恋愛
【最終話まで毎日20時更新】 「少女趣味」ならぬ「少年趣味」(プラモデルやカードゲームなど男性的な趣味)を隠して暮らしていた女子社員・能登原こずえは、ある日勤めている会社のイケメン若社長・藤井スバルに趣味がバレてしまう。 しかしそこから二人は意気投合し、やがて恋愛関係に発展する――? 肝心のターゲット層である女性に理解できるか分からない異色の女性向け恋愛小説!

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

お知らせ有り※※束縛上司!~溺愛体質の上司の深すぎる愛情~

ひなの琴莉
恋愛
イケメンで完璧な上司は自分にだけなぜかとても過保護でしつこい。そんな店長に秘密を握られた。秘密をすることに交換条件として色々求められてしまう。 溺愛体質のヒーロー☓地味子。ドタバタラブコメディ。 2021/3/10 しおりを挟んでくださっている皆様へ。 こちらの作品はすごく昔に書いたのをリメイクして連載していたものです。 しかし、古い作品なので……時代背景と言うか……いろいろ突っ込みどころ満載で、修正しながら書いていたのですが、やはり難しかったです(汗) 楽しい作品に仕上げるのが厳しいと判断し、連載を中止させていただくことにしました。 申しわけありません。 新作を書いて更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。 お詫びに過去に書いた原文のママ載せておきます。 修正していないのと、若かりし頃の作品のため、 甘めに見てくださいm(__)m

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

処理中です...