婚約者は男で姫でした~とりかえあやかし奇譚~

あさの

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とりかえあやかし奇譚

9.

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つようにもがき苦しみ始める。

いよいよ暴れ出した三の姫の身体に「姉様…!」演奏の手を止め敦宣が飛び付いた。身体全身で押さえ込む。女人の力とは思えぬ力に振りほどかれそうになり眉をきつく絞る。

「敦宣!」範子が叫ぶ。が、彼女は襲い来るあやかしを退ける手を緩めることが出来ない。

敦宣は今にも押し倒されそうになる脚を強く踏み締め、今も苦しみの渦中にいる己が姉に語りかけた。

「自分だけが此の世で不幸だと悲観していました。前の世で罪を犯したから、男にも女にも成りきれぬなりそこないに生まれてしまったのだと。なんて不幸なのかと思っていました」

敦宣は形振り構わず叫んだ。

「…でも違った! 誰もが満たされない思いを持っています。だからこそ、皆、前を向くのです。範子さまはそれに気付かせてくださった! 姉様、だから…! 今度こそ、わたくしが貴女を救ってみせる…!」

悲鳴があがった。
しかしそれは先のあやかしのような低い唸りではなく、身体の中の汚泥を吐き出すような伸びやかな叫びだった。
一瞬の静寂が落ち、三の姫は糸が切れたようにくずおれた。

抱き留めた身体を敦宣がそっと褥に横たえる。

「敦宣、大丈夫?」

すかさず寄ってきた胡蝶に微笑んで頷く。

「はい。範子さまは?」

「平気だよ。…でもさ」

変わらず敦宣を背に庇い剣を構えながら、範子が好戦的に笑った。

「命知らずがまだいるみたいだけど?」

乱れた”気”の源を塞き止めた今、留まったままのあやかしは戸惑ったように右往左往している。
それを認め、敦宣もまた好戦的に口の端を上げた。

「良い度胸です」

やおらあがった破魔の音に、身に迫る危機を悟ったか、長い片腕が置畳を投げ付けてきた。
敦宣に向けられたそれを範子が剣で一刀に斬り伏せる。

「なあ逃げられると思うなよ!」

範子は足元に落ちた畳の残骸を容赦なく蹴り飛ばした。それは過たず投げ付けてきたあやかしに直撃する。

それが始まりの合図だった。
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