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とりかえあやかし奇譚
5.
しおりを挟む嗚呼、あれはまさしく自分だ。
止めていた足を動かす。
近付いてきた敦宣を、幼い己が物言わずじっと見上げてきた。
無垢な瞳に責められているように感じられてしまう。
幼子の前にしゃがみ込む。
何度も何度も口を開いては閉じるを繰り返し、やっと声に出した。
「ずっと…ひとりきりにしてごめんなさい」
この童は、あの時から受け入れることが出来ず、見て見ぬ振りをし続けていた自分自身だ。
「もう他の誰と比べなくともいい」
そうか。唐突に敦宣は理解した。
自分と範子と一体何が違ったのか。
…違うではないか。
範子は自分自身を受け入れ、対して己は自分自身を受け入れることが出来なかったのだから。
そうか。口許に笑みが浮かんだ。
「だって」その言葉は、すんなりと敦宣の口から出てきた。
「わたくしは、わたくしなんだから」
どん、と胸を突かれる。
子どもが胸に飛び込んできたのだとやっと気付いた。見下ろせば、丸い小さな頭が自分の胸元にあった。
嫌がらないだろうかと怖々と腕を回す。しかし小さな身体は一層強くしがみついてきた。柔く脆い小さく、なのにとても熱く生命力に充ちている。
「随分遅くなってしまったけれど、もう一度、わたくしと共にいてくれる?」
腕の中でひしとしがみついている幼子が小さくけれどしっかりと頷いた―――次の瞬間、
敦宣の腕の中から幼子の姿は消え、代わりに、一本の笛が手に残っていた。
ふと胸を押さえる。空っ風の吹く穴が塞がったような充足が胸を満たしていた。
「誰より、他ならぬわたくし自身が自分自身を受け入れようとしていなかったのですね…」
独り言つ。
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