婚約者は男で姫でした~とりかえあやかし奇譚~

あさの

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とりかえあやかし奇譚

4.

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「わたくし…?」

呟いた声が耳に入ってきては、それは真実だと思われた。

童の纏っている衣に見覚えがあったのだ。幼い頃に纏っていた衣にあんなものがあった。
その面も、己の幼い頃に瓜二つだ。

でもまだ半信半疑だ。
幼い頃にあんな大きな声をあげて泣いたことが果たしてあっただろうかと。

幼子が目元を拭う度、赤い袖が金魚のヒレのように閃いている。
その軌跡を追っていたら、ふと既視感が脳裏を掠めた。
「ああ…」吐息のような声が漏れた。

…そうだ、あった。

ただ一度、大声で泣いたことが。ちょうど、あのくらいの頃だったはずだ。
あの頃、下働きの童たちに外で遊ぼうと誘われても首を横に振り、もっぱら内に籠り貝遊びや人形遊びに興じていた。男童たちに顔を見られるのが恥ずかしく、誘われに来られる度、乳母や女房の後ろに隠れたりしていたものだった。
敦宣にとってはそれが普通のことだった。

しかしある時、童のひとりが言った。
敦宣は若宮なのに若宮らしくない。まるで姫君のようだ。姫のような若宮はおかしい。そんな人間はいない。
童は本当に不思議そうな表情だった。悪気はなく、ただ純粋に不思議だったのだろうと知れた。
けれど、言われた敦宣は足元の地が崩れていくような衝撃を受けた。
乳母や女房たちは口でこそ否定したが、面には戸惑ったような困ったような表情が浮かんでいた。
それが何よりの応えだった。

敦宣は世に言う若宮でも、もちろん姫君でもない。
ならば、己はなにものなのか。途端に自分自身が得体の知れないものに見えた。
恐ろしくて悲しくて恥ずかしくて、堰をきった涙が止まらなかった。
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