婚約者は男で姫でした~とりかえあやかし奇譚~

あさの

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とりかえあやかし奇譚

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優しく微笑み掛けてくれたかつての面影はなく、微動だにしない姿はまるで人形のよう。
「姉様」ともう一度囁く。

「いつもひとりきりでいたわたくしを気にかけてくださいましたね。どれほど救いになったか…。なのに、姉様がお辛い時にわたくしは何も出来なかった」

返る声もないまま、敦宣は言い続けた。

「姉様が臥せった後も、わたくしは最悪が起こったときを恐れてばかりで、貴女を助けようとせず我が身可愛さに逃げた臆病者です。果ては、あやかしを祓えるのは自分だけだと己に酔って、助けられる確証もないならばいっそこのままでとさえ思っていました。なんて愚かなことでしょうか」

滔々と静かな独白は続いた。

「…けれど、ある方と出逢って目が覚めました」

脳裏に思い浮かぶのはただひとりだ。
眩しくて羨ましくて大嫌いで、でもそれ以上に―――…。
脳裏を過る赤い光景に唇を噛む。
見て見ぬ振りをした結果、彼女は傷を負った。それだけではなく、どれだけのひとが内裏の怪異に恐怖し、不安な日々を送っただろう。数えきれない。
その責は贖わなければならない。

敦宣は強い眼差しを姉に向けた。

「わたくしはあの方のように強くはあれないけれど、でも、これだけははっきりしているんです。あの方の前でこれ以上格好悪い真似はしたくない」

伸ばした手で姉の生白い手を取る。

「姉様、止めに致しましょう。長く苦しませてごめんなさい。今度は…今度こそ、わたくしがこの命に賭けて貴女をお救いいたします」

失敗すれば、双方どうなるかわからない。最悪、命に関わることになるかもしれない。
警告してきた蝶の言葉が耳奥で蘇り、最後はやめろと叫ぶ悲鳴に変わった。去り際に塗籠から漏れ聞こえたものだ。ちゃんと聴こえていた。
ごめんなさい、胡蝶、――――範子さま。

目を固く瞑り集中する。
持てる限りの”気”を渡し、その代わりに姉の中に停滞している澱んだ”気”を此方に貰い受ける像を瞼の裏で結ぶ。
これまでの感覚から上手くいったとわかった。
しかし、その刹那、身体中に重い鉛を入れ込んだような倦怠感が襲ってきた。

「…ぐ、うっ」

流れ込んできた姉の”気”が身体を侵食してくる。苦しみ、妬み、悲しみ、姉が抱えていた強い感情が流れ込む。
想像を超える苦しさに堪えかね胸元の小袖を掴む。掴んだ指先から力が抜けていく。堪らず畳に手をつく。
徐々に視界が霞んでいく。
無意識に伸ばした指先は誰を求めていたのだろう。
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