婚約者は男で姫でした~とりかえあやかし奇譚~

あさの

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とりかえあやかし奇譚

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※ ※ ※



月光が庭園を照らしている。

長く暗闇に慣らした目は、灯りがなくとも夜の帳が落ちた邸を見渡すことができた。

広大な邸といえど、同じ邸なれば、いつになれば灯りが落ちるのか、そして側付きの女房たちが退出していくのかある程度把握することができる。長く帝のおわす大内裏に忍び込んでいたのだ。敦宣にとって、姉の対屋の様子を伺うことくらい造作もなかった。

人目を忍び、三の姉の対屋へ向かう。重い衣を脱ぎ捨て小袖袴姿になった敦宣の歩みに迷いはない。

案の定、蔀戸から漏れる灯りはなかった。
その場で内部の様子を伺い、ひとの動く気配が感じられないと知るや、敦宣は欄干を飛び越えた。

垂れさがった御簾を持ち上げ、対屋に侵入する。

範子がこの対屋に近付いた際あやかしが現れたが、今宵怪異の影はなかった。
常ならば、奴等は三の姉の乱れた”気”が色濃い大内裏に現れる。あの夜は”気”の根源たる姉の対屋に範子が近付いたために、彼女の気配に惹かれ現れたのだろう。

暗い室内は耳鳴りがするばかりに静寂が充ちていた。歩む度に僅かに鳴る板間の悲鳴が響くようだ。
豪奢な御帳台に歩み寄り、几帳を捲り中へ入る。

そこで横たわる人影を認め、敦宣は一度大きく息を吐いた。

「…姉様」

青白い目蓋を閉じ横臥する姉の側に膝をつく。
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